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「も、もう絶対言わない!」


 せっかく付き合うことになったというのに、目前に迫った定期テストのせいで浮かれていた気分が一瞬で消し飛ぶ。毎度のごとく、大樹はあまりテスト勉強をしていなかった。

 テストの前は、大会だったり文化祭だったりと忙しいことが多い気がする。来年からは学校の行事スケジュールを見直してほしい。


「ほら、ボケっとしてないでこれを頭に叩き込んで」


 大樹を叱咤する声が飛んでくる。

 告白以降、楓は毎日大樹の家を訪れて、勉強を見てくれている。大樹は嫌々ながらも日本史の文章問題に目を通す。


 初めこそ毎日会いにきてくれることに舞い上がってしまっていたのだが、いつも勉強だけして終わればすぐ帰ってしまうので変な期待をするのはやめた。

 もう少し甘酸っぱい展開になってもいいのだが、文句は言うまい。こうして学校以外の時間で会えるだけでも大樹は嬉しかった。


「楓さん、もうそろそろご飯にしてもいい?」


「うん、ありがとー。いつもご馳走になってわるいね」


「ううん。だって楓さんが一緒だと楽しいもん!」


 紗季が嬉しそうにキッチンに戻っていく。あらかじめ大樹が作っておいた料理をテーブルに運んでくれているのだ。夕食後もまた勉強。そう考えただけで空腹感が追いやられる。休憩は束の間のことでしかない。


「なんか楓の荷物多くない?」


 集中力が切れたついでに、気になっていたことを聞いてみる。

 いつものスクールバッグの他に、もう一つ鞄がある。今日は体育もなかったはずなのに。


「そりゃそうだよ。だって泊まっていくし」


「……は? え?」


 一瞬で頭が真っ白になった。

 そんな大樹の反応を、楓は面白がっているように見える。


「き、きいてない」


「今言ったから。あ、大樹のお母さんや紗季ちゃんには許可取ってあるよ? さすがにそこはきちんとしないと非常識だし」


「いや俺にも言ってよ!」


 悲鳴じみた声が出た。そんな大事なことを今まで黙っていたことが不満だった。

 ……悔しいことに嬉しいと感じている自分がいる。


「なんで急に泊まるなんて」


「明日は日曜だし、それが終わったらいよいよテスト本番だからね。明日までに大樹を仕上げるわ」


 色っぽいことを少しでも期待したのが馬鹿だった。

 大樹はペンを放り投げる。


「もうやる気出ませーん。ゆっくりしたい」


「そうだね。私も疲れたし。ご飯食べたら映画でも観ようよ」


 てっきり夜まで勉強かと思っていたので、楓の甘い提案に気付くのが遅れた。

 浮かべた笑みに嗜虐的な色があるのはいつものことだけど、大樹を見つめる眼差しは優し気だった。


「いいの?」


「私を誰だと思ってるの? 根詰めすぎて受験に失敗した楓ちゃんだよ? 適度なリフレッシュはマジで大事。これだけやったんだから、ちょっとくらい大丈夫」


 それから意味深に言葉を付け加えた。


「私だって我慢してた」


 大樹は口を開けたまま固まった。

 やがて紗季がもう一度呼びにくる。食事の準備が整ったようだ。

 四人で食卓を囲んでいる間、頭の中は先ほどの楓の言葉がぐるぐる回っていて料理の味がよくわからなくなった。


 結果的には、かまって属性を発揮した紗季に邪魔されて三人でテレビゲームをすることになったのだが、これはこれで楽しかった。

 風呂も済ませてしまってあとは寝るだけになったとき、思い切って楓に聞いてみた。


「あー、えっと、どこで寝るつもりなの」


「紗季ちゃんの部屋に決まってるじゃない」


 分かってはいたことだが、落胆する気持ちは隠せない。


「当たり前でしょ。私は異性の部屋で、ましてや本人が使ったベッドで寝泊まりなんてしません」


「どの口が言うの?」


 異性の部屋、その本人が普段使っているベッドで寝泊まりした人間がまさに目の前にいるのだが。

 どうやら、あの嵐の夜のことは忘れてしまったらしい。

 まあ、仕方ない。前回は非常事態だったし、家には普通に家族もいるのだ。下手なことはできない。


 あっさりと別れたあと、大樹は寝床についた。連日続いていた緊張感が解け、疲れが溜まっていたこともあってすぐに眠りに落ちた。


 扉が開くような音が聞こえた。

 眠りの浅かった大樹が半目で寝がえりを打つ。うすぼんやりとした視界に黒いシルエットが浮かんでいた。ゆっくりとこちらに近づいている。


「楓……?」


 大樹がその名前を呼ぶと、なんと彼女は布団に入り込んできた。

 眠気なんて一瞬で吹き飛ぶ。


「楓」


「うん?」


「紗季の部屋で寝るんじゃなかったの?」


「抜け出してきちゃった」


 悪びれる素振りはなく、可愛らしく舌を出してきた。

 その声は分かりやすいくらい弾んでいた。


「ほら寒いし狭いんだから、もっと詰めて」


 言われるがまま大樹はスペースを空けて、楓がそこに滑り込んでくる。

 目と鼻の先に楓の顔がある。お互いをずっと見つめ合っていたけれど、やがてこらえきれなくなったように笑みがこぼれた。


「ほら、可愛い彼女がやってきましたよ。何か言うことは?」


「ほんと可愛い……」


「ば、ばーか」


 自分から言って仕掛けてくせに予想外の反撃に恥じらう楓。

 思ったことがそのまま言葉になっただけだった。たまらない気持ちにされてしまったから。

 こういうとき、どうしていいのかわからない。


「どうしたの?」


「ううん。なんていうか、びっくりして。こういうことされると、なんか、なんか……」


 言葉が続かない。

 楓がずいっと顔を寄せてくる。


「我慢できない?」


「………」


「いいよ?」


 上目遣いになって目を閉じてくるので、遠慮はしなかった。

 あのときは触れるくらいの軽いキスだったけど、今度は楓を抱きしめて強く唇を押し付けた。歯と歯が当たって少し痛い。それでも興奮は簡単におさまってくれない。

 ほとんど大樹が一方的に求めてしまったせいで、楓が苦しそうに胸を叩いてくる。そこでようやく我に返った。


「ご、ごめん。平気?」


「う、うん。大丈夫。……ふふ、そんなにしたかったんだ?」


 息も絶え絶えのくせに得意げな楓。

 大樹は素直に頷いた。


「うん。すごく」


「……なんだろ。からかってるこっちの方が恥ずかしくなってくる」


 からかわれても、いじられても構わないと思う。

 恥ずかしいというよりも、不安の方が大きかった。


「あれから一週間近く何もなかったから、もしかして付き合ってるのは俺の勘違いかもって思い始めてたところ」


「それは……ごめん」


 付き合うことになったあの日も、一緒に帰った以外に特別なことはなかった。

 翌日学校で会ったときなんて、大樹は死ぬほど緊張していたというのに楓はいつも通りだった。一人でそわそわしているのが馬鹿らしくなって、途端に冷静になった頭はよくないことを考え始めた。


 大樹があまりにもしつこかったから、楓が折れてくれたのかもしれない。

 キスだけで彼氏彼女になれると思うのがそもそも間違い?

 楓にはその気が一切ないのかも。


 昨日の夜も眠れなかった。


「だからこうして彼女っぽいことしてるじゃん」


 それについてはすごく嬉しい。

 今すぐ外に出て走り出したいくらいに有頂天になっている。

 でも、それとは別に大樹ははっきりさせたいことがあった。


「ねえ、楓」


「なに?」


「俺、楓のこと好きだよ」


 唐突な愛のささやきに、楓が取り乱す。


「な、なに急に……。知ってますけど。どうもありがと。嬉しいよ?」


「何か俺に言うことない?」


 気まずそうに視線が泳ぐ楓。

 大樹の言わんとしていることに気付いているのだ。

 気付いた上で話題を逸らすつもりだ。


「大樹。キスをしよう」


「ごめん、あとでいい」


「あとでいい!?」


 ショックを受けているようだが、その手には乗らない。

 実はこの一週間、ことあるごとに大樹の方からこの話を持ちかけていたのだが、楓はのらりくらりとここまで逃げ続けていた。


「俺は楓のこと好きって言ったけど、楓が俺のことをどう思っているかを聞いてない」


 そう。

 思い返してみると、一度だって楓から好意の言葉を受け取っていないのだ。

 もちろん、手紙には書いてあった。ただ、はっきり言って物足りない。何度その言葉を言わせようとしても、わかった上で楓は避けてくる。大樹はそのことがずっと不満だった。


「それはまあ……わかるじゃん」


「ちゃんと言葉にしてほしい」


「言葉がなくても想いが通じる関係って素晴らしいよね。以心伝心」


「————」


「わ、わかったから……。そんなに怖い顔しないで」


 険しい顔つきをしていたつもりはないのだが、かなり強張っていたみたいだ。

 意識的に顔から力を抜くように努めて、じっと楓の言葉を待ってみる。


「えー……。なんていうか、その」


 わかった、とは言いつつも中々踏ん切りがつかないらしい。

 薄暗くても分かるくらいに顔を真っ赤にして、言葉を紡ごうとしたところで大樹と目が合うと恥ずかしそうに俯いてしまう。


 見ていてすごく楽しい。


 こうしてベッドに潜ってきたりキスに抵抗感がなかったりと大胆なところを持ち合わせているくせに、一々仕草が可愛い。

 待っている時間は苦ではなかった。むしろ惜しいくらいだった。


「…………………すき」


 これでせいいっぱいという感じ。

 ここまでの破壊力だとは思ってなかった。ああ、録音しておけばよかった。一生聴いていられる。

 顔がにやけるのも仕方ないというもの。


「も、もう絶対言わない!」


 不貞腐れた楓は布団から抜け出してしまう。そのまま部屋を出ていこうとするので慌てて捕まえる。


「ごめんって! もう笑ったりしないから。もう少し一緒にいて?」


「やだ。怒った」


 怒り方まで可愛い。

 なんとか機嫌を直してもらいながら、寝床まで戻る。

 もう言葉はいらないが、今度は触れあっていたい気持ちが止まらなかった。眠くなるまでじゃれ合って、気が付いたときには二人とも眠ってしまっていた。


 翌朝、一緒の毛布にくるまっているところを紗季に見つかり、楓が顔を真っ赤にしながら言い訳するのだがそれはまた別のお話。


これにて『高校入ったし、とりあえずリア充目指してみる』完結です!!!

皆様の応援のおかげで完結にまでたどりつくことが出来ました! 作者は感無量です!!

連載を開始してから6年も経ってしまいました。書きたいことを書いていただけなのに、まさかここまで文字量が膨れ上がって長丁場なストーリーになるとは思っていませんでした。お付き合いくださりありがとうございます。


今回の更新で本編は終了なのですが、実は後日談を用意していて時期を見てまた更新しようと思っています。あれ、じゃあ完結していないのでは……(笑)


これだけ長い期間、筆を折らずにいられたのは『面白い』って伝えてくれた皆様のおかげです。

本当に感謝をしていて、どれだけ言葉を尽くしても足りません。今一度感謝を。


これからも創作活動続けていきますので、どうぞよろしくお願いします!






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