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「先輩大好きです付き合ってください」


 色々考えたが、手っ取り早く告白してしまった方が堅実だと思う。

 それで大樹がどういう反応をするのかで、今後の方針を決めよう。OKされたら万々歳、駄目だったら————今はよそう。


 そうと決まれば、いつどこでということが重要になる。


 大樹の横顔を眺めながらあらゆるシチュエーションを想定していく。別にムードを求めるような性格ではないし、セリフにこだわるつもりもない。簡単に、気負わずにいけばいいはずだ。


 ちなみにこの時、楓は眉間に皺を寄せた険しい表情を大樹に向けており、大樹は気が気でなかった。また知らぬ間に楓の機嫌を損ねたのではないかと。


 昼休みを告げるチャイムと同時に、楓はシミュレーションを終えた。

 気合も充分入った。鉄が熱いうちに仕掛けさせてもらう。


「大樹。ちょっと———」


「森崎さん」


 楓の言葉を遮るようにして、委員長が声をかけてくる。

 出鼻を挫かれて少しだけ不機嫌を露わにした楓だったが、委員長の申し訳なさそうな表情で察する。


「楓? 今何か言った?」


「いや、何も」


 大樹に背を向け、楓は教室を出た。

 満ちていたやる気が急速に萎んでいくのを感じる。しかもさらに気が滅入るのは、止めてもらってありがたかったと思ってしまったからだ。


 男子生徒が手を振る。案の定だった。毎日ではないにせよ、こうしたお呼び出しがある度に楓は憂鬱になった。


「どう? 付き合ってみない?」


「すみません、そういうのはちょっと」


 中庭に場所を移して、楓は告白を受けていた。

 最近、こういう手合いが増えた。


 今回の相手は上級生で、体格もかなりがっしりとしている。

 同学年なら未練が残らないように強気にバッサリと断れるのだが、年上相手だとその切れ味も出ない。表情には出さないが、恐怖すら感じる。


 彼の勢いは止まらない。


「せっかくだからお試しなんてどう? こう見えて結構モテるよ、俺。この機会を逃すともうチャンスはないかも」


 うっせー、寒いんじゃい。お前がモテようとモテまいと私には関係ねえだろ。

 だいたいなんだそのアピール。今だけお得価格! ってか。通販商法かよ。


 と、本来ならこういうツッコミを入れたい。

 黙りこくった楓を脈ありだと勘違いして、セールストークが火を噴く。うんざりしつつも、諦めてくれるのを待つ方が吉だと判断して、言葉は右から左へ流す。


「おいおい。その子、嫌がってんじゃん。やめろよ」


 また誰か来たと思ってうんざりしたが、その姿を見て楓はほっと胸を撫で下ろした。

 近頃寒くなってきたのに、彼女はまだ夏服のままの軽装だった。でも不思議と似合っている。


「は? 誰お前。邪魔すんなよ」


「ああん?」


「ひぃ!?」


 情けない声を出す男子先輩。楓は白けた表情で成り行きを見守った。

 やがて、悪態をつきながらも彼はすごすごと去っていった。


「おっす。邪魔だったか?」


 彼女は、名前を村上咲夜という。最近になって偶然接点を持った先輩で、大樹と同じバドミントン部に所属している。


「いえいえそんなことないです咲夜先輩大好きです付き合ってください」


「お、おう……。いや、女の子と付き合うとかはちょっと、ないけど」


 楓の冗談を真に受けてしまった咲夜が照れる。

 なんとなく流れでそのまま腰を落ち着けることになった。


「助かりました」


「楓って結構モテるのな」


「全然嬉しくないですけどね」


「おっ、今何割かの女子を敵に回したぞ」


「だってそうでしょ? じゃあ咲夜先輩はさっきの人に告られて嬉しいんすか?」


「いや全く」


 楓は思わず噴き出した。こういう本音のやり取りはすごく楽しい。

 恋愛が上手くいかない者同士シンパシーを感じるのか。そういう意味でも一緒にいると妙にしっくりくるのだ。


「自分が好きな奴から告られないと、何も感じないんですよ」


「……だよな」


 咲夜の態度が幾分か沈んだのを見て、今更のように楓は自分の失言に気付いた。

 咲夜にも好きな人がいて、つい最近に告白したばっかりだ。結果は良いものではなかったと大樹から伝え聞いている。


「あー、今のなし、です。真剣さが伝わってくると、言われた側はかなり揺れますよね」


 咲夜のフォローのために放った言葉だったが、言いながら楓は自分の言葉に固まった。


 だって、本当にその通りだ。


 大樹に好きだと言われたとき、ものすごく胸がざわついた。あんな風に嘘偽りない強い気持ちをぶつけられて、嬉しくならないわけがない。そう思わせてくれたのは大樹だけだ。

 なんであのとき断ってしまったのだろう。もったいない。


「そうなのか?」


「です、です。告られてからその人を意識するなんてよくあることですから。いや本当」


 咲夜が元気を取り戻していく一方で段々と楓は気落ちしていった。最後の方は咲夜にも聞こえないくらいに尻すぼみになっていた。


「それって、もしかして実体験か?」


「まあ、否定しませんけど」


「楓もさ、好きな人がいるって言ったじゃん。


「言いましたね」


「そいつに告った?」


「……まだ」


「そうか」


 相槌を打った咲夜は、それから途端にそわそわし出した。誰もいないのにあたりを気にして、何度も咳払いしている。

 楓は居住まいを正した。なんとなく言わんとしていることを察してしまう。


 咲夜は自身の爪先に視線を落としながら言う。


「あたしこの前、大神に告白したんだけどさ」


 予想通りの話題だったのに、楓は心臓が跳ね上がるくらいに緊張した。

 咲夜の横顔がすごく綺麗に見えて、途端に平静さをなくす。


「あっ、あっ、そう、ですか。ふひっ。ど、どんな感じっすか」


 おかげで初めて聞いた振りがヘタクソになった。というよりただのコミュ障みたいだった。だが、咲夜の方も手一杯のせいか指摘されることはなかった。


「駄目だったよ」


 あっけらかんとして答えてみせる。

 もう未練がないわけでも、吹っ切れたわけでもないだろう。弱い部分を見せないのは、彼女なりの意地だ。


「もうね、マジでやばいよ。すっげえやばい。喉が張り付いて声が出なくなる。足も震えてさ。大神と二人きりになるのが怖くて、篠原についててもらったし」


「あ、そうなんですか?」


 それは初耳だった。

 伝え聞いたにしてはやけに具体的な描写で説明してくるとは思っていたが、まさかその場に居合わせていたとは。


「それ……逆に落ち着かなくなりませんか?」


 第三者がいるなかで告白とか、遊園地での公開プロポーズみたいだ。


 一対一で、誰の手も借りずに二人きりで完結させるべき行為のはずだと楓は考えている。


 大樹だって、月夜だって、そうしてた。

 数時間後の自分だって、同じ状況の中にいるはずだ。


「私も、だっせえなって思ったんだけどな。本当はバシッと決めて帰りたかったし。泣かないで済んだのは篠原がいてくれたからだろうな」


 そのときの感情が掘り起こされたのか、咲夜の頬が痙攣した。震えは全身に広がっていく。

 楓は何も言わずに、自身の手を咲夜の手に重ねた。咲夜が強く握り返してくる。


 咲夜から伝わってくる震えに、楓は身を任せた。咲夜が落ち着くまでずっとそうしていた。

 ほんと、困った人だなと思いながら。



 昼休みが終わるギリギリで教室に戻ってきた。

 自分の席に戻ったとき、隣人の様子が少し変だった。


「あ、お、おかえり。楓」


「えーと、じゃあ、ただいま? っていうか大樹、なんでそんなに汗かいてるの?」


「えっ!? あ、暑いから! 最近暑いよね!?」


「いや寒いよ……」


 未だ夏服の人もいるが、あれは特殊な人種だと思っている。どうでもいいことだが、小中学生のときはそういう男子を多く見かけた。

 大樹もそういうタイプなのか?


「まあ、いいや。それで大樹さ————」


「そういえば楓、どこ行ってたの?」


 楓の言うことを遮って、大樹が食い気味で聞いてくる。

 楓は一瞬だけ硬直した。正直に話すべきか隠すべきか————その一瞬の間で頭を回して判断を下す。


「咲夜先輩に偶然会って、それで話し込んでたんだよ」


「そ、そうなんだ。なんか、いつの間にか本当仲良くなったね」


「ん。縁だね」


「どんな話するの?」


 やたらグイグイ来るな。

 気になる気持ちは分からないでもない。楓と咲夜は見た目も性格も似通ったところはない。恋愛の共通点がなければ自分でも何を話していいかわからない。


「まあ、ちょっとね」


「ふ、ふーん……それだけ?」


「それだけって何が?」


「いや、ごめん! なんでもない。忘れて」


「そう? ……あ、やばい、やばい。言いそびれてた」


 話が逸れてしまったが言いたいことがあったのだ。

 楓は気を取り直した。


「大樹。今日って部活はないよね?」


「うん」


「誰かと帰る用事とかもない?」


「今のところは」


 外堀が埋められていくほどに心音が激しくなるのを感じる。

 緊張しているのだろうか。


「じゃ、じゃあ時間ちょうだい」


「いいけど、なんで?」


「……ちょっと相談したいことがあるからさ」


 自分でも白々しいなと思う。相談って何だよ。

 咄嗟に上手い言い訳が思いつかなかった。まさか告白したいからなんて馬鹿正直に言うことは出来ないが、これはこれで匂わせているような気もする。


 大樹のリアクションが読めなくて、おそるおそる顔色を窺う。

 下手なことを言って後悔した。大樹は決意をこもった表情で何度も頷く。


「うん。なんでも話して」


 しまった。この男、絶対勘違いしている。

 そんな真剣な眼差しでこっちを見ないでほしい。申し訳なくなってくる。親切心につけこむみたいですごく嫌だ。


 なんにせよ、賽は投げられた。ここから後戻りはできない。


 そう意識すると、そわそわと落ち着かない気分になってくる。

 午後の授業は全部上の空で聞き流した。

 ホームルームが終わった瞬間、大樹と示し合わせたように頷き合って席を立つ。大樹が楓のすぐ後ろをついてくる。教室を出た瞬間、誰かとぶつかりそうになった。


「あ……」

「ん」


 月夜が素早く身を引く。おかげで接触せずに済んだが、楓は頭が真っ白になった。

 どうしてここに月夜が。いや、決まってる。大樹に会いに来たんだ。

 予想外だなんてことはない。むしろ来てもおかしくないのに、油断していた。どうすべきか、楓は頭を回転させる。


「センパイ?」


 月夜は大樹に目もくれず、楓をじっと見つめた。蛇に睨まれた蛙のように、楓は動けなくなってしまう。大樹と楓が並んでいるこの状況、月夜は何を思うだろう。


 月夜は口元を緩めると、不敵に笑う。一泊置いて大樹に向き直った。


「放課後デートのお誘いです」


 かなり大胆な誘いもあったものだ。おそらく一目見て、楓の思惑を見抜いたのだろう。その上でこの言動。楓の魂胆を潰す気だ。楓をいない者として振舞う態度は、呆れを通り越していっそ清々しい。


「すみませんセンパイ。お断りします」


「へっ!?」

「えっ!?」


 月夜と一緒になって、楓は素っ頓狂な声を上げた。誘いを断ったこと自体に驚いたのではない。断り方が、あまりにもキッパリとしていたからだ。迷うどころか考える素振りすら見せなかった。


「な、何か用事?」


「はい、楓との先約がありますので。この埋め合わせはいずれしますので、今日のところはこれで失礼します」


 言い終えた途端に大樹はすたすた歩き出してしまう。その背中についていきながら、楓は問いかける。


「良かったの?」


「なんで? それより楓の相談の方が大事じゃん」


 当然のことだと大樹は言ってのける。それは嬉しいが……。

 楓はこっそりと後ろを振り返る。


 月夜は面白くなさそうに唇を尖らせていたが、楓の視線に気付くと舌を出してきた。ムカッときたけど、悔しいことに可愛い。なんなら色っぽさもある。


 それから、いきなりガッツポーズを見せてきた。


 意味はすぐに理解できた。頑張れってことなのだろう。さっきは邪魔しようとしたくせに……。こういうところで、すごく人としての格の違いを感じる。

 可愛いと思った直後にカッコいいと思わされてる。


「さて、どこで話す? 相談室に行く?」


「いや、そのへんでいいよ」


 場所なんてどこだっていい。正門に向かう途中の中庭に抜けてきた。昼時なら食事をする生徒で賑わっているが、この時間では閑散としたものだ。

 誰にも見られないなら好都合だ。


「大樹。相談があるっていうのは嘘だ」


「嘘?」


 これ以上もったいつけると良心が痛むので、最初に白状しておく。


「相談というより、伝えておきたいことがあってね。ごめん」


「それは全然いいんだけど……」


 話が見えなくなったせいで、大樹は困ったような表情を浮かべている。

 楓は深呼吸をする。随分遠回りをした。たったこれだけの場を整えるのに時間がかかってしまったが、ようやく。



「大樹。実は私は————」



 楓はそこで言葉を止めた。そこから新たに言葉が紡がれることはなかった。心配した大樹が何かを言っていたが楓はそちらに意識を割くことができない。


 自分の体に現れた『異常』に気を取られる。


 風を引いたときのような熱っぽさと激しい動悸。何かを喋ろうとしているのにそれも叶わない。誰かに首を絞められているみたいだ。


 何故だ。ついさっきまで何ともなかった。いきなり体調を崩すなんてありえない。


 楓は額の汗を拭おうとして、手が激しく震えていることに気付いた。

 まさか、咲夜が言っていたのはこういうことだったのか。あのときは咲夜の言うことがさっぱり理解できていなかった。今更……こんな場面でようやく分かるなんて。


 咲夜を少しでも、侮ってしまった自分を強く恥じた。

 告白は一世一代の大勝負だ。誰にでもできることじゃない。その場にいた誰かから勇気をもらいたくなったって、おかしくない。今の自分がまさにそうだ。


 動揺は楓の中で次第に大きくなっていく。大樹の前で醜態をさらしたくないのに、いつまでたっても体が言うことをきかない。


 ふらつきかけたとき、大樹が楓に駆け寄った。


「大丈夫!? 保健室行く!?」


「いや、大丈夫。少ししたら落ち着くから……」


 大樹は気遣わし気に眉を下げていたが、楓の意を汲んで近くのベンチに移動した。

 楓をそこで休ませて、大樹は飲み物を買って戻ってきた。


「コーヒーは、好きだった?」


「うん。平気」


「そっか。俺は未だに飲めないんだよな」


「お子ちゃま舌だね」


「うるさいな」


 軽口を叩ける余裕を見て、大樹は心底ほっとしたような口元を緩めた。お人好しというかなんというか、やっぱり良い奴だなと思う。

 缶コーヒーを手で弄んで暖をとっていると、大樹が改まった様子で話し始めた。


「あのね、楓。楓から見たら、俺なんか頼りにならないかもしれないんだけど————」


 そう前置きをして、大樹は続きの言葉を言い淀んだ。

 やがて決意のこめて告げる。


「俺、楓に頼られたら何でも手伝うよ」


 全幅の信頼を寄せた発言に、楓の目が点になる。


「相談があるって言われたとき、また家族のことで何かあったんじゃないかなって不安でさ。今はお姉さんも近くにいてくれるわけじゃないから。もし、本当に家庭の悩みだったら、あんまり力にはなれないかもしれないけど……楓に元気ないと俺は嫌だよ。俺はただのクラスメイトだから、家のことに首を突っ込むのは出過ぎたことなんだろうけど」


 不安からなのか、横目に楓の反応を窺いながら。


「なんだったら、また避難しちゃえばいいし……」


 紗季や大樹の母の顔が浮かんだ。きっと、彼女たちも大樹と同じようなことを言うだろう。

 大樹は急に恥ずかしくなって、話を進める。


「と、とにかく。そういうわけだから。ね? 信頼して話して」


「あ……」


 緊張がほぐれたおかげで、ようやく楓は言葉を発することができるようになった。

 大樹は恥も外聞も捨てて、楓の心を救おうとしている。これだけのことをしてくれているのだから、自分もそれに応えたい。



 ————でも大樹。何も言えないよ。



 例えば、他のことで迷ったり悩んでいたりしたなら迷いなく大樹の手を取っていたと思う。別に、頼りないなんて思っていない。雨に打たれていたあの日、大樹に助けてもらったことには多大な恩を感じている。


 でも、こればかりは駄目だ。今回は助けてほしいわけじゃない。

 想いを、拒まずに受け入れてほしい。けれどそんなことを願うのは傲慢もいいところだ。どう受け取るのかは大樹の気持ち次第だ。


 もしここで告白して、うまくいく可能性はどれくらいある? 月夜という最大のライバルもいる。彼女を差し置いて自分を選んでくれる客観的な理由が見当たらない。


「やっぱり、言えない……」


「話せるようになるまで、ここにいてもいい?」


 心臓が潰れそうだ。

 もし全てをさらけ出した結果、大樹が受け入れてくれなくても————そういう風に優しい言葉をかけてくれるだろうか。

 変わらずに、一緒にいてくれるだろうか。


「ごめん。大樹だからこそ話せないこともあるみたい。今は一人にしてほしい」


 大樹はまだ何か言いたげだったが、短く息を吐くとその場をあとにした。


 楓はどんよりとした空を眺めた。

 どうしてなんだ。どうしてこんな難しいことを、みんな平気でやってのける。大樹も月夜も、そして咲夜。その勇気はどこからわいてくるんだ。

 誰か、教えてほしい。


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