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「ポーズ解きまーす」

前話を改稿しました。

そちらを確認してから読んでください。

2020/01/04


「ふぅー! ご馳走様でした!」


 紗季が両手を合わせる。


 月夜と楓が加わった食卓はいつもより賑やかで楽しいものになった。これだけの人数で食事を共にすることは滅多にない。腹も膨れて満足したのでとても眠くなってきている。


 少し食べ過ぎてしまっただろうか。しかし、月夜の肉じゃがは絶品だった。


 薄くなり過ぎず、濃くなり過ぎない丁度良い味付け。十分に煮てあるから食感が柔らかくご飯がよく進んだのだ。母も紗季も美味しそうに食べていたし、楓でさえ悔しそうにしながらも箸は全く止まっていなかった。


「……どう、だった? その、お味は?」


 不安そうに問いかける月夜だったが、もちろん答えは決まっている。


「凄く美味しいですよ」


 大樹の一言に、月夜は頬を緩める。


「そうですね。大ちゃんよりも上手かもしれません。いっそ毎日ご飯を作りにきてほしいくらいです」


「是非。毎日通います」


「コラ、母さん。変なこと言わないで。センパイも悪ノリしないでください」


 その許可を出したら本当に毎日通いつめてしまう気がする。


「肉じゃが、よく作るんですか?」


「ううん。初めて作った。だからちゃんと美味しいか自信なかった」


 初めてでこの味……。

 自信がなかっただなんて、どの口が言うのだろう。


「楓に勝負を挑んだときはあんなに強気だったのに?」


「だって、負けたくないから」


 今日のところは不戦勝だけど、と月夜は不満そうに呟く。


 楓は複雑な表情を浮かべる。本人は料理対決に戻る気でいたのだが、紗季から『かまって攻撃』を受けて断り切れずに一緒にゲームをしていた。


 紗季と楓が遊んでいたのは世界的にも有名なゲーム。赤い帽子をかぶったおじさんが土管をくぐってお姫様を助けにいくアレだ。ずっとクリアできないまま放置されていたのを知っている(なぜなら大樹も手伝っていたし、それでもクリアはできなかったから)。


「さあ、楓さん! 続きをしましょう」


「うん。最終ステージだね」


 二人がテレビの前に戻っていく。

 画面では赤帽子と緑帽子の兄弟が城に乗り込む目前だった。攫われてから(買ってから)一年くらい放置されていた姫様もこれでようやく救われる。


 その救出劇を洗い物をしながら見守ろうとしていると、月夜がふらっと二人に近づいていった。


「うん? なんですか朝日先輩」


「私もやりたい」


「……は?」


「私もやりたい」


「いや、ちょ……」


「私もやりたい」


「分かったからコントローラー奪おうとするのやめてくれない!? ちょっと大樹! もう一個コントローラーないの!?」


 また月夜と楓が揉めている。楓にコントローラーの位置を教えると争いはすぐに収まった。小学生の喧嘩みたいな光景だった。


「あんた……急にどうしたの? ゲームとかやるキャラだっけ」


 月夜に対して『あんた』とか言って大丈夫か。敬語は大事だぞ。

 月夜が気にした素振りはないが。


「いえ。ただ、妹さんと仲良くなる良い機会だと思って。あとさっきしそびれた勝負をゲームで代用しようかと」


「欲に素直で正直に白状しちゃうところ、嫌いじゃないっすよ」


 リモコン型のコントローラーを色々な角度から眺める姿を見ていると、本当にテレビゲームに慣れていないのが分かる。


「よし。始めましょう」


「いやいや! なにドヤ顔で構えてるんですか。それ、まだ接続してないですから。さっさと済ませてください」


「せつ、ぞく……?」


「ああっ、もう!」


 苛立ちながらも、設定画面からコントローラーとゲーム本体を連動させる楓。意外と面倒見が良い。

 紗季がこちらを振り向く。目で何か色々と訴えてきているが今のところ何もする気がない。単純に洗い物が忙しいから。決して二人が怖いからとかではない。仕方なくである。


「つ、月夜さんってこのゲーム初めてなんですか?」


 声が上擦りながらも、コミュニケーションを図る紗季。

 月夜の方も色々と緊張気味のようで、紗季としっかり目が合っていない。


「そう。……恥ずかしながら、ゲームは友人と遊ぶときにしか。最近は結構頻度が多くなってきたけど、まだ分からないことが多い」


「じゃあ、色々教えてあげますね!」


 いよいよロードも終わり、三人で城への侵入を果たす。いきなり最難関のステージだが月夜は大丈夫だろうか。


「これは何をすればいいの?」


「とりあえず右に歩いていけばいいですよ」


 楓の雑な説明。

 月夜のキャラはトコトコゆっくり歩いていく。崖の淵に立ってもそのまま進むものだから、溶岩に落ちて命も落とした。


「……死んだのだけれど。嵌めたの?」


「いやジャンプすれば良かっただけですけど……本当に何も知らないんですね」


「月夜さん! これはですね~……」


 紗季は嬉しそうに基本操作を月夜にレクチャーしていく。多分、自分より下手な人を見つけて得意になっているのだろう。最初から最後までドヤ顔だったのが身内として恥ずかしい。

 月夜は素直に紗季の言うことをメモしている。真面目か。


「——こんな感じです! 大丈夫そうですか?」


「分からなかったらまた聞く。ありがとう。……さ、さ、さき、ちゃん……」


「はい、ポーズ解きまーす」


 月夜が妹の名前を頑張って呼ぼうとしていたタイミングでゲームが再開される。

 絶対わざとじゃん。

 我に返った月夜は再びコントローラーを握りしめ——そこからのプレイはそれまでとは比べものにならないものだった。


 アイテムブロックは確実に叩いていき、やり込み要素であるスターコインも全て拾っていく。先頭に立つ月夜が全ての障害を排除していくので、後続の二人は随分楽になっただろう。


「………」

「………」


 驚きのあまり言葉が出ないようだが。


「つ、月夜さんに嘘つかれた……! 絶対初心者じゃない……!」


 初心者です。間違いなく。

 ただ異常に呑み込みが速いせいでそう見えるだけなのだ。


「あれ?」


 月夜がファイアボールを楓に当ててしまう。当然楓は無傷なのだが、そこを疑問に思ったようだ。


「何故あなたは無事なの?」


「味方に攻撃は当たりませんから。当然です」


「え。じゃあどうやってあなたと勝負したらいいの?」


「知らんですけど」


 その後もプレイは続行。もう少しでボスにたどり着くという手前で、またスターコインを発見した。しかし、今度の配置はかなり高い場所に設定されていて通常のジャンプでは届きそうにない。


 月夜はそれを目の前にして一時停止。どうやって取ろうか考えているようだ。


「朝日先輩。その場でジャンプしてみてください」


「……何故?」


「いいから」


 楓に言われた通り、その場で飛び跳ねる月夜。タイミングを合わせて、楓は助走をつけたハイジャンプ。最高点に到達したのち、月夜の頭を踏んづけてさらなる跳躍を見せた。


 楓がスターコインをゲットして、月夜は溶岩に落ちた。


「……味方への攻撃は無効では?」


「ただの協力プレイです。良かったですね、先輩。これでスター全部ゲットです」


「————なるほど。そうやったら殺せるのね」


 びっくりし過ぎた楓がコントローラーを落とす。


「あなたの残機はあと10ね」


「な、なんですか……?」


「勝負内容を決めたわ。ステージをクリアしたとき、残機が多かった方の勝ち。これならどう?」


「意外とまともな勝負ですね。いいですよ」


 そこからは醜い蹴落とし合いだった。

 味方を盾代わりにしたり、体を持ち上げて崖下に突き落としたり、強化アイテムを独り占めしたりエトセトラ。


 初めこそ涼しい顔で受け流していた楓も、段々と抑えが効かなくなったようで完全にブチギレていた。

 大樹は、喧嘩は良くないと他人事のように思った。


 今、彼女たちはラスボスを前に獅子奮迅の働きをみせているが、以下が現実世界での二人のやり取りである。


「ちょっと! アイススキル全部独り占めしないで! 炎に抵抗できないでしょ!」


「そっちこそ、1UPを全部持っていった。おかげであと何回殺さなきゃいけないと思ってるの」


「その直前で私を画面外に追い込んだこと許してないから!」


「ふ、踏まないで……!」


 敵ボスにダメージを与えつつ、隙あらばお互いの足を引っ張る。自分がラスボスだったら、こんな侵入者は恐怖でしかない。理解不能だ。


 ちなみに紗季はそんな二人についていけずに早々に退場している。今は大樹の横で片付けを手伝ってくれている。出来た妹なのであとでお菓子をあげようと思う。


 ぎゃーぎゃー騒ぎながらも、どうやらラスボスを倒したようだ。

 勝利のファンファーレが鳴り響く。

 ちらりと確認すると、二人とも残機を一つだけの状態でクリアしていた。


 あれだけやってまだ決着ついてないのかよ。


「朝日先輩。同じキャラシリーズでレースゲームがあるんですけど、そっちで仕切り直しません?」


「いいよ、森崎さん。休憩したらやりましょう」


「いや、もう二人にはゲームさせないけど!?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 助けられた桃姫もびっくりでしょうね、鞠男も類似もそこら中焼け焦げていたり、血だらけになっていたり…… 「あ、今回はノリで攫われたらあかんやつやったかもしれへん」って。 陽気な顔して殺し合う…
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