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「悪いけど」


「せっかくだから二人とも上がっていって? 何のお構いもできないけど」


「実際、何のもてなしも出来ねえよ。こんな狭い家に入ってこられてもこっちが困る。……母さんを部屋まで連れていく。悪いけどここで待ってろ」


 電車を使って、藍咲学園近くの大神家に到着した。確かに築年数の古さは感じるが、大神本人が言うほど狭い家だとは思わない。大神親子が家に入っていった後で、元気な子供の声が聞こえた。もしかしたら大神の弟妹かもしれない。


「ところで、咲夜先輩は知っていたんですか。大神のお母さんのこととか、色々」


「まあなー」


 あっさりとした肯定が返ってきた。ここ最近、咲夜は大神と一緒にいることが多かったので、部内でもちょっとした噂になっていた。


「あたしが部活に行きづらくなってた頃さ、あたしの家まで来てくれたんだよ。最初何言ってるのか分からなかったけど、不器用なりに励まそうとしてくれてるんだなってのが伝わったらさ。先輩のくせに何いじけてんだろって馬鹿らしくなっちまった。あとは、まあ、なんか成り行きで色々喋ったよ。お互いのこと」


「そうでしたか。俺は一瞬、どっちかが好きになったものだと思っちゃいましたよ。咲夜先輩も大神も、あんまり恋愛のイメージはないですけど——」


「ああ、うん。好きだよ」


「はい?」


 聞き間違いかと思って、大樹は間抜けな顔をしながらもう一度問いかけた。


「隠し通せるほど器用でもないから白状するけどさ、あたしは大神が好きだよ。今日の試合もカッコよかったし、意外と家族想いで面倒見の良いところなんて特に好きだ。こんなんで好きになったら単純かな? 篠原はどう思う?」


「いえ、その……。そういうのが大半だと思いますよ」


 人を好きになる理由が劇的なものとは限らない。

 それはそうと、冗談のつもりで口にしたことが当たってしまっていたので、大樹は少なからず動揺していた。咲夜本人から聞かされても未だに実感が伴っていない。


「やっぱりさ、楽しいんだろうな。そういうのって」


「そういうの?」


「や、ほら……。付き合ったらさ、なんか、色々できることがあんじゃん」


「色々」


「た、例えば手を繋いで登下校したり、昼ご飯を一緒に食べたり、下の名前で呼び合ったりとか」


 顔を真っ赤にしているものだから何を言い出すのかと思えば、思った以上にプラトニックな想像で場の雰囲気が和んだ。大樹は微笑を浮かべる。どうやら咲夜は恋愛経験があまりないようだ。


「なんだよ。何笑ってんだよ。あたしみたいな女がこんなこと言うのはおかしいか?」


「いやいや。決してそんなつもりはないです。……確かに、結構可愛いことを言い出すんだなーとは思いましたけど」


「うっせえよ」


 照れ隠しで思い切り肩を叩かれた。女子の威力ではない。じんじんする。


「そういうお前は月夜とどうなんだよ。そういうことすんの?」


「ですから付き合ってないですって何度言わせるんですか」


「秒読みだろ。——じゃあ、篠原は彼女が出来たらどういうことする気なんだよ。言ってみろよ」


 さっきからかった仕返しなのか、答えるまで逃がしてくれる気配はなさそうだ。どうする気だと問われても何と答えようか迷う。大樹にだってそういう欲求が全くないわけじゃないし、あれこれ想像も膨らむところだが女子の先輩にも話していい内容となると……。


「やっぱりキスはしたいですよね」


「う、おおお。なんだよ。勿体ぶった割には案外普通じゃ——」


「毎日」


「ふおおぉぉおおおお!?」


 どんな盛り上がり方だよ。

 耐性がなかったらしい咲夜がよく分からない悶え方をしている。


「お前それはスケベだろ!」


「この程度で!?」


「はあ!? 経験者だからって余裕ぶりやがって! 他には何考えたんだよ!」


「……寝顔を見てみたい、とか?」


「もはやエロい!」


「エロい!?」


 大樹は自分の感性を標準的だと思っているし、世間一般から考えても逸脱したものではないのだが、年上の女子に否定的なことを言われると物凄く不安に駆られた。


 ——ごめん、楓。


 大樹の顔が青ざめた。実は楓が篠原家に泊まったとき、眠っている彼女の寝顔を眺めてしまった。すぐに立ち去るつもりだったのに、その場から動くのが惜しくて、紗季が立てた物音でようやく我に返って部屋をあとにしたのだった。


 大樹とは対照的に顔を真っ赤にしていた咲夜は、しばらく唸っていたがやがて意を決して、こんなことを言い出した。


「決めた。いっそのこと告白してやる」


「そっすか」


「今から」


「今っすか」


 有言実行は大事なことだ。


「もやもやしてるのは気持ち悪いからな。……な、なあ。やっぱり大神も男子だしさ、そういう、さっきみたいなこと考えんのかな。っていうか今更だけど彼女とか気になっている子とかいないよな? 篠原そこらへんの話なにか知らない?」


 不安な気持ちも多少あるらしい。


「知らんです」


「なんでそんな素っ気ないんだよ!?」


「俺はゴミだ」


「マジでどうした!?」


「おい、お前らうるさい。近所迷惑になんだろうが」


 不機嫌そうに大神が顔を出した。着替えてきたらしく、ラフな服装になっている。

 咲夜は大神を目の前にして、固まってしまっていた。普段は普通に話せていても、いざ『そういうつもり』で顔を合わせると途端に黙ってしまうのは万人共通だ。


 口をパクパクと動かしているが、言葉にはなっていない。

 大樹は踵を返そうとした。咲夜は必死に頑張ろうとしている。ここに大樹がいるのは無粋というものだろう。


 しかしどういうわけか、咲夜が大樹の腕を掴んできた。ミシミシと音を立てる。

 大神に聞こえないくらいの小声で耳打ちしてくる。


「なに帰ろうとしてんだよ」


「だって、これから告白するんですよね。俺がいたら邪魔じゃないですか。シンプルに」


「お前今のあたしを置いてけぼりにするのか!? なんかよく知らんけど膝がガクガク震えてんだぞ!?」


 視線を落とせば、確かに足が————というか全身がガタガタと揺れている。

 しかし弱気な発言な割に、大樹を逃がすまいとする腕の力は凄まじく、このままでは痣が残りそうである。


 ……諦観と共に、大樹はその場に留まることにした。


「一瞬! 一瞬で終わるからそこで見ておけって」


 それは一瞬で振られるということだろうか……。なんて不吉な想像を働かせるくらいには大樹の心は沈んでいた。


「大神!!」


 咲夜が想い人の名を呼ぶ。

 よく通る良い声だ。部活中での声出しでも、叫んでいるのに一音一音がはっきりと発声されて聞き取りやすいのだ。


 ただ……。


「近所迷惑だっつってんだろ。いい加減にしろ」


 バッサリと斬られて、咲夜の勢いが削がれた。

 咲夜の想いに全く気付いていない大神からすれば至極全うな指摘なのだが、傍で聞かされている大樹としては気が気でない。冷や汗が出てくる。


 咲夜が泣きそうな顔して振り返る。

 ……気持ちは痛いほど伝わってくるが、ここが正念場だと思って堪えてほしい。


 大樹にも過去に経験があるからわかる。告白しようとして出鼻を挫かれて、仕切り直したいけど今更逃げるに逃げられなくて、不安に押し潰されそうになっているのだ。


 もし、今この場で咲夜が想いを伝えられなかったら、次は今以上の勇気を振り絞らないといけなくなる。それが分かっている大樹は、悲痛な表情で手を合わせて、咲夜にエールを送る。



 頑張れ、と。



「おい、篠原は変な顔して手ェ合わせて何やってんだ?」


「俺のことはいいから咲夜先輩の相手しろよ」


「はあ……?」


 意味が分からないという顔をされるが、大神は大樹の言葉に従ってくれたのか咲夜に向き直る。


「何か言いたいことでもあんのか?」


 先輩相手でも敬語を一切使わない、ぶっきらぼうな口調で言葉を投げかける。

 別に、大神は普段からこんな態度なのだから気にする必要もないのだが、咲夜としては心をかき乱されて仕方ないだろう。


「あ、あたしは……」


 振り絞るように、今にも泣きそうな声で咲夜は言葉を紡ぐ。

 奥歯を噛み締めて、自身を奮い立たせるために腿を強く叩く。背筋を伸ばして想いをぶつける。


 風が強く吹いて木の葉が舞った。咲夜の言葉は掻き消されて、大樹には届かない。なんともタイミングが悪い……と思いかけたが、これはこれでいい。大神と咲夜の二人だけが分かっていればいいのだから。


 大神は表情筋を動かさず、しかし目だけは大きく見開いていた。


 言われるまで、気付いていなかったようだ。大神らしいといえば、らしい。


 大樹は祈りポーズのまま固まっている。自然と力が入ってしまって、肌に爪が食い込む。


 おい、大神。黙ってないで早くなんとか言ってくれ。心臓に悪い——


「悪いけど」


 大樹の思考が中断される。一瞬大樹の心の声を引き継いだのかと思ったがそんなはずない。今のは、咲夜に対する答えで——


「俺はアンタを、そういう風には見れない」


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