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「賭けてみようぜ」

 午後に行われる種目の時間が迫っていた。

 しかし五月の昼下がり、満腹になったばかりの生徒たちは少しばかり眠気に襲われていた。のそのそと緩慢な動きで各々の目的地に移動していく。

 大樹と楓も例外なく穏やかな陽気に晒されたため、つい中庭でうとうととしていたのだが……。

 これまた学年主任に遭遇し、現在二人は慌てて教室に戻っているところだった。


「まったく。あの人実は暇なんじゃないの」

「もう、これ以上職員室の世話にはなりたくないんだが……」

 既に全員出て行ってしまったために教室はもぬけの殻になっていた。

「っ!? 楓、そういえばお前体操服は?」

「あ……」


 こんな時間になるまで制服姿を貫いたことはある意味見事なのだが、いいかげん着替えなければまた目ざとい学年主任に見つかってしまうだろう。

 ここから女子更衣室までは、少しばかり遠い。それを面倒だと思ったのか楓はネクタイに手をかける。


「ここでいいや」

「え、ちょっ!?」


 反射的に教室を飛び出し、扉を閉める。

 あたりを警戒してみたが自分の他には誰も見当たらない。

 ……よかった。

 ほっと胸をなでおろす。扉にはガラスが付いているのだから外からでも中の様子は丸見えになってしまう。


「………」

 ……女子の着替えはどれくらいかかるのか。

 すぐそこには、楓が半裸の状態でいるはずだ。大樹が少しでも(よこしま)な気持ちを持てば教室の中を覗いてしまうことは造作ない。

(馬鹿!!)

 耐えろ。ここでそんなことをすれば、せっかく築いた楓との信頼関係に亀裂が走ることになる。修復不可能な絶対的なものが。

 それはあまりにも愚かすぎる。大樹は思考を真っ白にしてただひたすらこの苦行が終わるのを待った。


「おい、大樹、どうしたの? 大丈夫?」

 見れば、そこにはジャージを身に包んだ楓が立っていた。

「ああ、別に大丈夫…………やっと終わってくれたか」

「?」

 首を傾げる楓と共にその場をあとにする。

「というか、なんでいるの? まさかずっとそこにいたの?」

「まあな……」

「この変態め」

「なんでだよ!?」

 楓の視線が段々と冷ややかなものになっていく。その肩を自分で抱きながら、

「私が着替えるのを、悶々としながら待ち続けていたなんて……」

「ふ、ふざけるな!! だいたい、いきなり目の前で脱ぎ始めたお前が悪い!!」

「いいの、もういいの。男子だもの。高校生だもの。ちゃんと理解しているから。こんなことで軽蔑したりしないから」

 それから二人が不毛な言い合いをしている間に体育館に到着した。


「そういえば、何の種目?」

「バスケ。汗かくし疲れるから嫌なんだけど。残ってたのがそれしかなかったから」


 体育館に入った瞬間、その人の多さに大樹は驚いた。

 ほぼ満席。男子と女子でそれぞれ片面を使い分けているようだが……男子側の応援席に座っているギャラリー全員が女子のコートに体を向けていた。


「な、なんだ? 次の女子の試合はそんなに見応えあるのか……?」

 そしてさまよった大樹の視線が一人の女子生徒で止まった。大樹はそれを見てなるほどと納得した。


「センパイ!!」

 大樹の声に月夜の体がびくりと震えた。振り向いた月夜は控えめに胸の前で小さく手を振る。大樹も笑顔で手を振り返す。

 途端、月夜の顔が朱に染まりプイっと顔を逸らされてしまった。


「ん? どうしたのかな、センパイ……」

「……あの、大樹さん、大樹さん」

 脇腹を突いてくる楓が呆れたような声で言った。

「さっきあなた、リア充になりたいとか言ってませんでしたっけ」

「え、言ったよ?」

「具体的には彼女が欲しいとか」

「うん……。ちょっと目標が高すぎたかな……?」

「いや全然。もうあれですよ、楽勝ですよ、そこに今すぐ回収できるフラグがありますよ」

「は……? フラグ?」

 意味が分からなかったが、楓は特に説明することもなくコートに入っていこうとする。


「しかし、センパイが相手だなんて運が悪かったな」

「ま、さくっと終わるならそれでもいいさ」

「手も足も出ないかもな」

「言ってくれるじゃないか。運動音痴の君と違って私はそこそこ出来る女なのだよ」

「へえ。じゃあ賭けてみようぜ」

「乗った。朝日先輩が勝つ方にジュース一つ」

「よし。なら俺はセンパイに…………今、お前なんて言った?」

 大樹の呟きは周囲の喧騒の中に消えていった。いよいよ試合が始まるらしい。


 こんな入り口付近に立ち尽くしていても邪魔になるだろうと思い至り、空席を探すがやはりどこにもない。仕方なく床にあぐらをかくことにした。


「ねえ、君!」

 そのとき女子生徒が大樹に声をかけた。おそらく月夜と同じクラスなのだろう。少し身長が低いが、人懐っこい笑みを浮かべている。きっとフレンドリーな性格だろう。

「君って篠原くんでしょ。月夜の後輩の……」

「はあ。そうですけど」

「あ、ごめんね! 私は天野翠。月夜の親友です!」

 翠はグイグイと大樹に詰め寄る。その瞳はキラキラと輝いている。

「月夜の応援? 呼んでこようか」

「大丈夫です。……というか俺としてはできれば自分のクラスに頑張ってほしいんですけど」


 そう言って楓を見やる。当の本人は呑気にあくびをしていた。

 なにせ、楓が負ければジュースを奢らなければいけないのだ。本来なら月夜が勝つ方に賭けているはずだったのに。


「え、あれ!?」

 大樹と楓の二人を交互に見比べている翠はこみかみを押さえ、何を思ったのか急に授業中にするような挙手をした。

「質問です! もしかして二人は付き合ってたり――」

「してません」

 確かに初めての女友達……どころか高校に入ってからようやくできた友人第一号ではあるが。あいつをそんな風に見ることは今後ないような気がする。


「そ、そっか……よかった。いきなり失恋かと思った」

「失恋?」

 何のことかと、大樹が翠に尋ねようとした矢先。

「何してるの」

 月夜が翠の首根っこを掴まえた。そして申し訳なさそうに眉をひそめる。

「ごめんなさい、篠原くん。私の友達が迷惑をかけてしまった」

「全然平気ですよ。頑張ってください。応援してますから」

「う、うん……」

 ああ!? さっきと言っていることが反対なんだよ篠原くん!! と叫ぶ翠とちょっと赤い顔の月夜が遠ざかっていく。

 さて、と。楓がどんなプレーをするのか見せてもらおうじゃないか。


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