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「一片の迷いさえ感じさせないくらい」

 告白してきた美人な先輩と、密室で二人きり。

 普通に考えれば喜ばしいシチュエーションなのだろうが、大樹は足の震えが止まらなかった。変な汗も出てくる。


 大樹は一度、月夜の告白を未然に防いだ。それも彼女の口元を押さえるという乱暴なやり方で。そしてそのまま逃げだしてしまった。月夜がそのことを怒るのは当然のことだ。


 だから煮るなり焼くなりされても文句など言えるはずもない……が。


「こ、ここじゃなんですし、外に出て話し合いませんか」


「ここがいい。誰にも見られたくないし、邪魔されたくないから。だから鍵をかけられる場所を選んだ」


「そ、そうですか……」


 怖い。ひたすらに怖い。

 全然色っぽい想像がはたらかないし、今から何をされるのか見当がつかない。

 ちなみに電気は点いていないので、外からの微量の光で部屋を照らしているのだが、ものすごく薄暗い。それが恐怖に拍車をかけている。


 暴力に訴えるということはないと思う。月夜はそんな短絡的な思考回路をしていない。でも最近になって平手打ちを喰らったことがあるので、今度はグーパンくらいを覚悟している。


 月夜が大樹の目の前まで歩み寄る。大樹はぎゅっと目を瞑った。

 しかしいつまで経っても何も起きない。おそるおそる目を開くと、呆れたような月夜の顔があった。


「ストレッチを始めよう」


「は、は? すとれっち?」


「練習後に、ちゃんとやってなかったみたいだから。明日以降に響く。床に座って」


 有無を言わせない態度で迫られる。確かに、後片付けやミーティングのことで頭がいっぱいになってストレッチは疎かになっていたので、逆らうつもりはない。


 大樹は目一杯に足を開く。180度はいかないが、中学時代からの積み重ねでそれに近いところまではいく。ただし縦方向にはいかない。

 後ろから月夜が手で押してくる。丁度良い刺激が襲ってくる。


 お、これは……。変な意味ではないのだが気持ちいい。どこかの大神さんは力任せで痛くて困っている。

 それからも月夜に指示されるままに体勢を作り、ストレッチに協力してもらう。やり方が上手いのか、刺激によってかえって眠気がやってくる。このまま目を閉じれば眠ってしまいそうだ。


「次は仰向けに」


「ふぁーい……」


 寝ぼけて返事する。

 ぼんやりと天井を見上げた。随分汚れているなあなどと考えて——一瞬後には、腹部に強烈な重みを感じた。


「ぐっ……!?」


 反射的に漏れ出た声だった。首を下の方に動かすと、なんと月夜が大樹の腹の上で馬乗りになっている。

 眠気が一気に吹っ飛んだ。油断してしまった。もがいて大樹は起き上がろうとするが、月夜に頭を押さえつけられる。軽い体重と力だが、この体勢に持ち込まれると簡単には抜け出せない。


 叫ぼうとした瞬間、口を塞がれる。


「助けを呼んだって無駄。誰も来ない」


「(悪役みたいなセリフ!?)」


 ついに本性を現したか。


「今夜は寝かさない。朝まで付き合ってもらう」


「(今度は少女漫画に出てくるイケメンみたい!)」


 というか冷静に考えて朝までは付き合いきれないけど。

 優勢に立ったためか、月夜はこの状況を楽しみ始めているように見える。


 大樹は無駄な抵抗をやめて、手足から力を抜いた。反抗の意思がないことが伝わり、月夜は大樹の額と口元から両手をどかしてくれた。マウントはとられたままだが。


「本題に入る前に、大事なことをもう一度言っておく」


「?」


「好き」


「……っ」


 大樹は脳に直接揺さぶりをかけられたかのような感覚を覚えた。

 頭がくらくらするし、わけのわからない幸福感が溢れてきて平静を保っていられない。

 大樹が複雑な顔をして悶えていると、月夜の表情が曇った。何も言ってくれないことを不安に思ったようだ。


「嘘や冗談ではないつもりだけど……ちゃんと伝わっている?」


「ああ、はい。疑っているとかではなくて。ちゃんと……信じてます」


「そう。それならいい————いやよくない」


 ノリツッコミが入ってきた。


「あの日……どうして何も言ってくれなかったの?」


 文化祭の夜のことを思い出す。

 月夜から醸し出される雰囲気、目の泳ぎ方、緊張したような面持ち——それら全てが、何を物語っているのか。大樹に分からないはずはなかった。でも答えを示されるのが怖くなって大樹は逃げてしまった。


 どうしてそんな行動をとったのか、理由ははっきりしている。自分のことなのだから。


 でも、それは口にできない。……したくない。


「私が何を言おうとしたのか、気付いたの?」


 大樹は答えない。


「気付いたから、聞きたくなかった?」


 大樹は答えない。


「聞きたくなかったのはどうして?」


 大樹は答えない。



「————迷惑だったから?」



 大樹は答え、られなかった。

 そんなことはないのだと、咄嗟に否定しようとして言葉を詰まらせる結果になった。


 月夜は泣いていた。


 いや、涙は流していない。一瞬、くしゃくしゃに顔を歪めて涙をこぼす姿が目に浮かんだのだ。実際には顔色ひとつ変えていない。月夜が泣いたところなど見たことないくせに、どうしてそんな想像ができたのだろうか。


 月夜は無表情のままで項垂れる。


「私は……君のことが、わからない」


 腹にあった圧迫感から解放される。月夜が大樹の上から降りたのだ。

 背を向ける月夜に、大樹は取り返しのつかないことをしてしまったときのような焦りを覚えた。


 今、月夜の心をとんでもない傷をつけてしまった気がする。


「君はいつだって私の近くにいた。望んだときも——拒んだはずのときだって。君がどういうつもりでそうしていたのかは分からないけど……私にとってはすごく特別だった」


 小さい声なのに、聴きとりやすい。得体のしれない何かが、彼女の言葉を届けてくれているみたいだった。


「君のことを考えると、自分が自分じゃないみたいになる。ちょっとした一言で嬉しくなったり悲しくなったりする。馬鹿みたいに。多分、この世界中の誰よりも君のことが気になって仕方ないのが私よ。どうしようもない」


 普通の、女の子みたいだった。

 初めて触れる月夜の剥き出しの本音に、大樹はたじたじになっていた。大樹は月夜のことを特別な存在として認識していた。自分とは立っている場所が違くて、だから普段見えている景色も違うのだと。


 でも今は、同じ目線で、月夜を近くに感じる。

 彼女は振り向く。



「だから、どんな答えでも、篠原くんの言葉が欲しい……の。受け止める準備はしている、つもり」



 覚悟を孕んだ強い口調なのに、口元はひくひくとしている。


 ここで、大樹は自分自身に対して相当の嫌気がさした。月夜はきっと、人に告白するのが初めてだったはずだった。戸惑いも恐れも感じながら、それでも懸命に言葉を尽くしてくれている。これで黙って逃げるようなら、不誠実なんて表現では生ぬるい。


 自分だって、告白をした経験があるのだから。月夜の覚悟は分かっている。


 もうどう取り繕ったって、ずるくて情けない気持ちは隠しておけないのだ。受け止める、という彼女の言葉を信じて——その優しさに甘えて、ようやく決心がついた。


「断る勇気がなかったんです……」


 大樹は白状した。


「————。それは、もしかして。断った後の私との関係性に悩んで、ということ? 気まずいとか」


「そういうのもないわけではないですけど。それよりも怖かったのは……」


 大樹はそこで言葉を止めた。

 決心がついたはずだったのに、また気持ちが鈍る。こんなことを言ってしまって本当にいいのか? 月夜にどんなリアクションをされてしまうか全然予想できない。絶対困らせるとは思うが……。


 口を噤んだ大樹を、しかし月夜は逃がしてはくれない。鋭い眼光に射抜かれる。


 少し喋ってしまったのだ。もう全部吐き出してしまえばいい。


「もしも、ですけど。俺が断った後でセンパイが————それでも俺に迫ってきたなら。断り続ける自信が持てなかったんです。すみません」


 頭を深々と下げる。こんな身勝手で、自分に都合のいい思惑で告白を止めるなんてどうかしている。

 沈黙がつらい。

 大樹はお伺いを立てるように、おそるおそる、目を開けてみる。


 月夜は口元に手を当てたままで固まっている。耳まで真っ赤だった。


「それは——両想いということでよろしい?」


「待ってください」


「いいえ、待たない。断る自信なんて捨ててしまっていいから。何回告白すれば付き合ってくれる? 万でも億でも言える、言うからっ、——好き!」


「だから待ってくださいってば!?」


 月夜が暴走している。

 今にも抱き着いてきそうな距離感だ。

 このままでは空気に流される!


「俺、楓が好きなんです! だからセンパイの告白は受けられません!」


「!? やっぱり、つ、付き合ってるの!?」


「いえ、付き合ってはいませんが……」


「そ、そうなの。ほっとした」


「二回くらい告白したんですけど、振られてしまって」


「んぅ!? 聞き捨てならない! ちょっと色々教えてほしい!」


「え、嫌ですけど!?」


「教えてくれないなら、今の話にあることないこと付け足して言い触らす!」


「あることだけにしてくれませんか!?」


 結局、月夜には根掘り葉掘り、楓との関係を問いただされた。

 家に泊まりに来たことがある話をしたタイミングが、一番ひやひやした。あからさまにイライラしていたからだ。誤魔化そうとした大樹に、それでも話すように迫ったのは月夜なので地雷を踏んだのは彼女の責任である——。と、言い訳をしておく。


「————うん。大体わかった。私が一人で足踏みしている間に、二人は気持ちを通じ合わせていたと」


「う、うーん。確かに前よりは仲良くなったかもしれませんが、別にそれだけですよ……?」


「そして体の方も通じ合っていたと」


「やめて」


 何故だか分からないが、そういう話をしてはいけない気がする。

 いつもの月夜のボケに付き合ったつもりで、軽いツッコミを入れた。そして、大樹は遅れて気付くことになる。彼女がやけに深刻そうな表情をしていたことに。


「あの、センパイ。俺ら、本当に、何も————」


 何も——なんだというのか。


 まだ実感には乏しいが、大樹を好きだと言ってくれている人が目の前に現れた。

 しかしそんな人を前にして————自分が好きな別の異性の話をする。

 告白未遂の件といい、どれだけ月夜をないがしろにすれば気が済むのだ。


 大樹は口を閉ざした。


「今の話を聞いたら、さっきまでのは、ぬか喜びだったと分かる。全然両想いじゃないから。君は明確に、私よりも森崎さんのことを好きでいる」


 月夜の言うことを、大樹は否定できない。

 そういう反応になることを、月夜も分かっている。物分かりが良い。


「もう、私が君のことを『好き』だと言うことはない。もちろん『付き合ってほしい』と言って迫ることもない」


 落胆している自分がいることに気付き、そんな自分を戒める。

 こうなって当然だろう。どうして自分に都合のいいことばかり期待してしまうのだ。いつまでも好きでいてもらえるなんてあり得ない。王様にでもなったつもりか。



「だから————もしその時が来るなら、篠原くんから好きだと言ってほしい」



「……は?」


 本気で意味が分からなかった。文脈的にそんなセリフはおかしい。

 月夜は不敵に笑っていた。そんな表情も、彼女はサマになっていて一瞬目を奪われる。


「あの、センパイ、意味がよく……。どういうことですか?」


「もし、篠原くんと森崎さんが実際に付き合っていたら、私は身を引くつもりだった。個人的には略奪愛に肯定派だけど、それで大事な人の幸せな時間を邪魔するのはつまらないわ」


 さらりと怖い発言が混じっていた気がするが、一旦スルー。


「でも、付き合っていないなら、私がおとなしくしている理由は何もないから」


「あの、センパイ」


「?」


「キープされているとは疑わないんですか」


 わざわざ、墓穴を掘るような馬鹿な問いかけ。でも、この部分を曖昧にしておきたくはなかった。

 月夜は笑った。口元だけで。


「疑うも何も。君のそれは間違いなくキープだよ」


「………」


 そんなことないよ、君はそんなひどいことできないよ、とかそれらしい言葉が出てくると思っていただけに、不意を突かれた。胸が痛い。かなりショックを受けているみたいだ。


「……ごめんなさい。本当に」


 謝るしかない。自己満足にしかなっていなくても。

 大樹も分かっているのだ。楓が振り向いてくれないから、自分を見てくれている月夜に心がなびいていることぐらい。


「私を選んでくれるなら、全部を許す」


「それは都合が良すぎませんか。俺にとって」


「色々と思うところはあったけど、私に幻滅させるほどではなかった。ここにきても尚、私の気持ちは一切変わらない。ようするに、君が一片の迷いさえ感じないくらい——朝日月夜に夢中にさせればいいだけの話でしょう?」


「それはっ、まあ、そうかもしれませんが……」


 そこで大樹は顔を見せていられなくなった。両手で隠す。燃えるように熱い。


 なんなんだ、この人。ちょっと直球過ぎませんか?


「そろそろ帰ろう。長居し過ぎたから。……地元も同じことだし、君の家にお邪魔してみたいなー」


 棒読みでそんなことを言ってのける月夜に、大樹は戦慄する。


 近いうちに、本当にお邪魔されそうな気がした。


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