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「何を口走ったの!?」


 楓と交代する形で、今度は大樹の相談が始まる。

 大樹には毛ほどの興味もない神谷だが、今回に限っては別だ。楓の話が本当なら、大樹の相談内容は十中八九……。楽しい話が聞けそうだ。


「結城先生、バドミントン部の顧問の件、改めてありがとうございました。おかげ様でこれからも部活動を続けていけそうです。……まさか学年主任が顧問になるとは思ってなかったですけど」


「……学年主任さんは私の恩師でもありますので、お願いしたらきっと引き受けてくれると思ってたんです。これからは、先生と仲良くやってくださいね」


「結城先生も、たまには見に来てください。あと二年くらいお世話になりたいんですから」


「……う、うん。そうする」


 ぎこちなく、かなたは返事をした。

 息遣いが聞こえた。大樹は意を決して口を開く。


「さてと。実は一昨日————」


「あ、ちょっと待って」


 大樹の声を遮って、かなたが不意に立ち上がった——気がする。

 ドアが開く音。


「うわっ!」


 どさっ、という音と共に楓が驚いたような声を出す。聞き耳でも立てていたのだろう。大樹のことが気になって仕方ないようだし……。


「か・え・で・ちゃ・ん~?」


「あはは……そんな怖い顔しないでよ、かなたさん。もうちょっと離れるからさ」


「まったくもう」


 ドアが閉まる音。

 ようやく再開か。


「よく分かりましたね」


「私、こういうの分かっちゃうタイプなので! 親しい人が近くにいればすぐにその気配を感じ取っちゃうんです。私が裏をかかれることはありませんよ!」


「(……ここに俺いるけど?)」


 逆説的に神谷とは親しくないということなのか……悲しい。

 まあ、かなたがポンコツなのはいつものことなので気にしては負けだと思う。


「さて、じゃあ仕切り直して——どうぞ」


「はい。実は一昨日、後夜祭のとき————」


 後夜祭という単語に、かなたと神谷は生唾をゴクリと飲み込んだ。

 やはり大樹の言わんとしていることは例の件で間違いないようだ。


 しかし……。


「いえ。すみません。やっぱり相談は撤回させてください」


「(ここまで来ておいて!?)」


 神谷は驚愕と共に憤慨した。もったいつけてんじゃねえよ、何に悩んでるかなんてお見通しなんだっつの。わかったら赤裸々に全部ゲロってしまえ。


「外で待っている間に、色々と考えたんです。そうしたら、なんだか誰かを頼るのはまだ早いような気がして。もう少し一人で悩んでいたいんです。すみません、急に押しかけてきたくせに」


「い、いえ……。全然気にしないください。な、何のことで悩んでいるのかはちっとも! 全く! 見当がつきませんが! いつでもお待ちにしておりますので安心してください!」


「は、はい。いつもありがとうございます……?」


「いえ、やっぱり取り消し! 今年度中に来てください! 何故かは言いませんが!」


「どうしたんですかさっきから!?」


 大樹が思いっきり困惑しているのが分かる。それくらい、かなたは挙動不審であった。


「(隠すのが下手過ぎるんだよ……)」


 大樹の相談内容を知っていることも、そして……今年で藍咲を去ってしまうことも。

 全然隠せていない。

 そんな態度をしていて————俺が、気付かないとでも思っているのか。


「それで……結城先生が、人の相談内容を言い触らさないのは重々承知しているのですが——」


 神谷が物思いにふけっている間に、大樹が何事かを口にしていた。


「楓は、大丈夫でしょうか」


 神谷は大きく目を見開き、そして呆れたように笑った。

 その声音だけで、大樹がどんな気持ちでそれを口にしたのかが伝わってくる。


「(森崎の奴……だいぶ愛されてるじゃねえの)」


 楓の心配は杞憂ではなかろうか。


「今日、朝に会ってから様子がおかしくて。俺が近づこうとすると逃げるというか、避けるというか。なんか俺に知られたくないことでもあるんじゃないかと。……なんだか凄い怒鳴ってたし」


 それはただの好き避けだ。

 矢継ぎ早に言葉を並べて、大樹は随分と必死な様子だ。かなたがそれをなだめる。


「実はさっき楓ちゃんから色々なお話を聞きました」


 大樹のマシンガントークが止まった。


「もちろんそれが何かを話すことは出来ませんが——安心してください。楓ちゃんのお話は高校生の女の子の悩みとして健全でした。問題ありません。それにもし何かあったとしても、楓ちゃんのケアは私に任せてください」


「本当、ですか」


「はい。ふふっ。篠原くんってば本当に楓ちゃんのこと——」


「良かった!」


 雄叫びをあげる大樹。その声量に思わず神谷は驚いた。そしてそれが外に漏れないはずもなく。


「何!? 何が良かったの大樹!? ねえ何が良かったの!?」


「うわっ! 入ってくんなよ! 相談中だぞ!」


 駄々をこねる楓を大樹が追い出して、再び落ち着きを取り戻す。

 ……二人の仲が大変よろしいようなので、さっさと付き合ってほしいと思う。


「それで、結城先生。さっき何か言いかけてませんでした?」


「い、いえ。大したことではないので、気にしないでください」


 そんな風にして、少し拍子抜けではあるが大樹のお悩み相談は終了したのである。



 痛いくらいに視線が突き刺さっている。

 大樹は後ろを振り向いた。


「……どうしたの?」


 楓が眉間に皺を寄せて、ものすごい怖い表情で睨んでいる。「どうしたの?」と聞くのはこれで三度目だが、全て「……別に」と素っ気ない返事をもらった。その顔で何でもないわけがないだろう。


 だがいい加減に、楓も自分が面倒なことをしている自覚が出てきたようだ。


「何を相談してたの」


「……いやあ、楓には関係ないことだからさ」


「関係あるかもしれないじゃん、もしかしたら」


「……まあ、ある意味で無関係ではないけどさ」


「えっ!?」


 ツンツンした態度から一転、なになに、と楓が迫ってきた。近い。


「楓が何を悩んでいるのかなー、って結城先生に聞いてみた」


「そんなこと今はどうでもいいでしょ」


「ちょっとだけ教えてもらえた」


「ええっ!?」


 途端に楓が顔を真っ赤にして、大樹の首をしめてきた。苦しい。


「なにあのポンコツ教師見習い!? 何を口走ったの!?」


「結城先生の悪口がひどいな……。別に答えを教えてもらったわけじゃないよ。悩みの内容が女子高生として健全だって言われただけ」


「……そっか。まあそれくらいなら」


 楓は怒りの矛を収めて、どうにかこうにか落ち着いた様子を見せる。

 しばらくむすっとした顔をしていたが、楓が一歩、大股で大樹との距離を詰めた。大樹が離れようして後ろに下がると、楓がまた一歩踏み出してくる。そんなことを繰り返していると、やがて大樹は壁際まで追い詰められた。


「なに?」


「大樹の相談内容を教えてくれるなら、私のも教えてあげてもいいよ」


「……んっ?」


 なんでそうなるのだろう?

 大樹は一瞬だけ思い悩む素振りを見せたが、すぐに首を振った。


「その手には乗らない。俺にだけ喋らせるつもりでしょ」


「本当だって」


「それに交換条件で喋るようなことでもないんだよ」


「なんでよー! もうーっ!」


 楓が大樹の肩を掴んで、ぶんぶんと揺らす。


「今日どうした? 本当に」


 自分の何がそんなに気にかかるのか、全く見当がつかない。というか、こういうのは気恥ずかしい。気安く体に触れないでほしい。にやけそうだし、そんな顔を楓に見られるのは癪だ。


 そそくさと歩き去ろうとすると、腰のベルトを掴んで離さない。無視して、楓を引きずるようにして前を進む。……この絵面、端から見たらイチャついてるように見えないだろうか。誰かに見られると恥ずかしい。


 そうしてキョロキョロあたりを見回すと大樹の視線は一点で固まった。

 ついでに、その顔が真っ青になる。


「なに、どうしたの?」


 急に立ち止まった大樹を訝しむ楓。彼女も大樹の視線の先を追って、目を見開いた。


 もう、いちいち彼女を形容する言葉を探すのが面倒だ。相変わらず、大樹も楓も彼女の姿に目を奪われる。

一目見たとき、それが彼女だと気付くのが遅れた。いつもはその艶のある黒髪を下ろしているのに、今日はアップにしているのが印象的だ。前に————試合をしたときに似たような髪型をしていたのを覚えている。


「……朝日先輩、どうも」


 固い声で楓が月夜に挨拶をした。意識的だったのかは分からないが威嚇するみたいになっていた。しかし月夜がそれに気を悪くした様子はない。月夜はずっと大樹だけを見つめている。


 大樹は目を合わせることができない。


「……センパイ」


 大樹は月夜にどんな風に接していいか分からず、俯いた。

 自業自得とはいえ、何故、あのときの自分はあんなことをしてしまったのだろうか。

 せっかく、月夜と昔のような関係に戻れそうだったのに……。


 月夜はすたすたと二人の間を横切っていく。まるで引き裂いていくみたいに。

 大樹が意外そうな顔をする一方、月夜と——そして楓の目つきは鋭かった。じっくりと、つぶさに、値踏みするように互いを観察し、女子二人は同時に鼻を鳴らした。


「……どうしたの?」


「しーらない」


 楓は舌を出した。

 明らかに険悪な空気を感じた大樹は、気が気でない。おろおろと楓と月夜を交互に見つめているうちに月夜はどんどん先を進んでいくし、楓はそんな後ろ姿をガン見している。


 不意に、楓はこんなことを言い出した。


「ねえ。朝日先輩はこんなところに何の用なんだろう」


「えっ。そりゃあ……相談室なんじゃないかな。それくらいしか思いつかない」


「だよね。私もそうだと思う」


 腕を組んだ楓はうん、と頷く。


「追いかける」


「はあっ!? ちょ、え、マジ……?」


 楓を止めようとするも、彼女は既に走り出している。

 慌てて、大樹も追いかけていく。


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