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「送ってくれたらいいんじゃない?」

今回から新章突入です。これが最後の章です。



 藍咲学園の文化祭を終えた大樹たちに待っていたのは、大量の後片付けだった。具体的にはクラスの装飾物の処分や、文化祭実行委員としての事後報告。必死に集めたハロウィングッズをひとつひとつはずしていくのは物悲しいが、文実の仕事も最後まで手は抜けない。


 十月最後の日はあっという間に過ぎていく。大樹は懸命に働いた。そうしていないと、別のことを考えてしまいそうになるからだ。振替休日を含め、大樹はある事情から眠れない夜を過ごしていた。少しでも気を抜いてしまえばそのことばかり頭にちらつく。


 だがそれとは別で、大樹には気がかりなことがあった。


「なあ、楓。この衣装ってさ、どこから借りてたものだっけ」


「え? あー、それ委員長の私物」


「……わかった」


 楓が、目を合わせてくれない。

 違和感に気付いたのは今朝に顔を合わせてからのことだ。普通に挨拶しただけなのに、ぎこちない感じで返事をされ、ことあるごとに話しかけてみてもこの有様だ。避けられているのは明白だった。


「なんでだろう」


 ゴミ袋を縛りながら、大樹は思い悩む。少なくとも、一昨日のバドミントンの大会から戻ってきたときには何の問題もなかった。普通に会話を楽しめた。後夜祭では残念ながら会うことは叶わなかったが。


 つまり、あの日から今日までの間に何かが起きたということになる。


「まさか……」


 思い至るのは楓の家族のことだ。彼女は家庭環境に悩みを抱えている。それは長年にわたって形成された深い溝で、楓はずっとそれに振り回されていた。だが楓の実姉――奏の協力を得てそれは解決されたはずだ。


 ――楓はもう、大丈夫。


奏からはそんなことが書かれたお礼のメールが送られてきた。


 楓には内緒で奏を文化祭に招待し、姉妹を二人きりにするために仕事量の調整などをして根回しをしてきた。きっと二人には、ゆっくり話す時間が必要だっただけだ。その機会を作る手伝いが出来たのなら、大樹としても嬉しい限りだ。


 ただ、両親との軋轢はどうにもなっていない。


「また何かあったのかも」


 それも仕方のないことだ。楓がずっと悩んでいたことが、大樹が少し根回ししたぐらいでどうにかなるなら、楓だって苦労はしない。


今日大樹のことをずっと避けているのは、大樹に対して何か気付かれたくないことがあるからかもしれない。大樹以外とは普通に会話しているのも、楓の家庭環境について知っているのはこの場では大樹だけだからだと予想できる。


 しかし、わざと気付かなかったフリをするつもりは毛頭ない。楓がそうやって無理をして追い込まれた結果が前回の家出だ。あんな風に泣く楓はもう見たくない。


 ――楓にとっての一番であり続けたい想いはちっとも色褪せていないのだから。


「それとなく聞いてみるか」


 ならばさっさと仕事は済ませなくては。


 ……いつになったら楓の心は救われるのだろう。



「それじゃお疲れ様! 気を付けて帰ってね」


「はい、失礼します」


 翠に見送られ、楓と大樹は生徒会室をあとにする。既に一般生徒は帰った後で、文化祭実行委員だけは残業に駆り出されていた。ようやく全ての後処理が完了して今は夕暮れ時だ。


 ――まったく、大樹と二人きりとか勘弁してほしい。


 不可抗力ではあったのだが、楓は一昨日、大樹が月夜から告白される現場を目撃してしまった。そのときの衝撃は強烈で楓は未だにその全てを受け止め切れていない。


 なにせ、同じタイミングで楓も大樹に告白しようとしていたのだから。月夜に先を越されて出鼻をくじかれる形になってしまったのは予想外だった。


うじうじせず、大樹に対する好意を意識してすぐに行動に移そうとしたのに、この仕打ち。もしこの世に神様がいるなら恨む。めぐり合わせとかタイミングが絶妙に悪い。


 どんな顔をして大樹と顔を合わせていいか分からない。大樹は月夜の好意を受け入れたのかどうか。それが気になり過ぎてあまり寝付けなかった。余計なことを考えないようにと、今日はひたすらに仕事をこなそうとした。


 ――それなのにコイツときたら、人の気も知らずに話しかけてきやがって。


 ボロを出さないように気を張りまくって、かなり神経をすり減らすことになった。


「そういえばさ、もう平気?」


「な、何が?」


 急に言われて楓は身構えた。


「家のこととかさ。お姉さんのこととか」


「なんだ。そんなこと?」


 突然何を言い出すのかと思えば……良い意味で拍子抜けだ。

 その件について、ちっとも悩みなどない。


「なんでそんなこと気にしてんの?」


「今日ずっと様子が変だったから、気になって」


 見当違いもいいところなのだが、大樹に案じてもらって嬉しく思う自分がいる。


 一か月前、両親や姉の存在に耐えかねて家出をしてしまったことがある。土砂降りの雨の中、無感情に立ち尽くす楓に手を差し伸べてくれたのが大樹だった。


 楓はもう、余計なことに惑わされてはいない。この先の将来には、ちゃんと光があることを実感している。そのことにようやく気付いた。


 自然と口元が綻ぶ。


「もう、平気」


 しかし大樹の顔は晴れない。


「本当に? 何かあったらちゃんと俺に言ってくれよ? 心配で気になってしょうがない」


「ちょっと、近い近い。離れて」


 顔が熱くなるのが分かって、咄嗟に楓はそっぽ向いた。ちょっとこれは……さっきとは別の意味でどんな顔をしていいのか分からない。


「そういうこと言うの恥ずかしくない?」


「ちょっ、言うなよ。冷静になるとその通りなんだから」


「言われた側も恥ずかしいですしー」


 お互いに笑みがこぼれた。こういう言葉の上でのじゃれ合いがすごく好きだ。素直に楽しいと思える。先ほどまであんなに不安だったのに、すっかり機嫌が良くなってしまっていることに遅れて気付いた。


「それなら、まあいいか」


 完全に納得したようではないけれど、それ以上追求してくるつもりはないらしい。

 二人無言で並んで歩く。


 この流れだと、一緒に帰る流れになるだろう。だが、今日は相談室に寄っておきたい。楓は自分の気持ちに整理がついていなかった。かなたに話を聞いてもらって今後どう振舞うべきか参考にしたい。


「大樹ごめん。私ちょっとまだ用事あって」


「あ、そうなの? 実は俺も」


 妙な偶然もあるものだ。もう遅い時間なのに、二人してまだやることがあるなんて。



「相談室なんだけど」

「相談室なんだけどさ」



 ……は? 


 一瞬、嫌な静寂がこの場を支配した。お互いの顔を見つめる。


「え、大樹も用事あんの? 相談室に?」


「いや……えっと、まあ軽く」


 歯切れ悪く答えた大樹が俯く。だがすぐにハッとして顔を上げた。


「楓こそどうして? 相談室に何の用なの。さっきはもう平気だって言ってたよね」


 少し怒ったような口調だ。


「違う。家のこととは別の話。かなたさんに聞いてほしくて」


「……嘘じゃないよね」


「しつこいよ」


 楓の語気にも怒りが宿る。いい加減鬱陶しくて、思わず出た言葉だった。

 大樹が表情を曇らせる。楓は慌ててフォローした。


「い、いや、本当、違うんだって。そのことに関しては何も問題ない。大樹にはすごく感謝してる。色々助けてくれて、嬉しかった」


 つい手が伸びてしまって、でもどこに触れていいのか分からなくなって、結局袖口をつまむ。


「あ、ありがとね」


 つっかえながら口にする。改まって面と向かって言うと気恥ずかしいなんてもんじゃない。今すぐ逃げ出したくなる。

 だが、面映ゆいのは大樹も同じようだ。鼻の下を掻くと、


「お、俺の方こそごめん。わかった。もう言わないから」


 また二人して黙ってしまう。

 これは、こちらが沈黙を破るべきなのだろう。


「大樹……は、平気なの? 相談室に行きたいなんてさ。悩みごと?」


「……結城先生にお礼言っておこうと思って。バドミントン部の顧問のことで。学年主任に顧問になってもらえるように説得してくれたみたいだからさ」


 少し間を空けて、大樹はそう言った。楓にはそれが言い訳がましく聞こえた。かなたにお礼を言いたい気持ちは本当なのだろうが、それだけではない気がする。


「じゃあ一緒に行こうよ。しばらくかなたさんを借りることになるから、お礼なら先に済ませちゃいなよ」


 探りを入れてみる。すると大樹は予想通り動揺した。視線が泳いでいる。


「あー、実はそれだけじゃなくて。俺もちゃんと相談したいことがあるっていうか」


「……どんなこと?」


「楓に話すほどのことでもないよ」


 大樹は目を逸らした。その反応を見て、楓は確信する。相談内容は十中八九、月夜からの告白の件だ。というか、絶対に間違いない。


 相談をするということは、二人は付き合っていないのか。いや、それとも恋人としてどう接していくかを相談したいのか? だめだ、分からない。


「じゃあ先に大樹が行ってきなよ。私は後からでも大丈夫だから」


「え? いや、いいよ。楓こそ先にどうぞ」


「いやいや、大樹が先にどうぞ」


 くだらない押し問答になってきた。


「俺の後だと、楓の帰りの時間が遅くなっちゃうかもしれないから。楓に夜道を歩かせる気はないの。お先どうぞ」


 怒った口調のくせに、楓を気遣ってくれるそのセリフに不覚にも胸が高鳴った。

 わずかに逡巡し、やけくそになった楓は言う。


「お、送ってくれたらいいんじゃない?」


「え?」


「だ、だから。終わった後で大樹が私を家まで送ってくれたら、いいんじゃないですか」


 なぜか敬語になってしまった。


「あー、え? ええっ?」


 予想外の返しだったためか、大樹が困り果てていた。

 そういう反応をされると、もう恥ずかしすぎて死にたくなる。殺してほしい。


「じゃあ、その、そうしようか」


 最終的に大樹がそう言ったところで、楓は頷いた。


「う、うん。よろしくお願いします……」


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