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「誤解でもないよ」

いつも読んでくれてありがとうございます!

 時刻はすでに昼時となっていた。

 午前の部が終了し生徒たちが校舎へと戻っていく。ここから一時間ほど休憩を挟んでから午後の競技が始まることになる。


「さて、疲れたので飯でも食べますかね、大樹さん」

「お前はさぼって怒られただけだろ、楓さん」


 大樹は弁当を置いてきている教室に足を向ける。しかしその後ろを楓がついてきていない。それどころか逆方向に行こうとしていた。


「あれ、どこ行くの?」

「それはこっちのセリフだけど。なんでそっちに行こうとしているの?」

「弁当だろ?」

「購買でしょ?」

 二人の昼の過ごし方の違いがはっきりとあらわれた瞬間である。


「ぐすっ、そうやってまた一人悲しくぼっち飯を堪能するんだね。可哀そうに」

「ええっ!? なんで知ってんの!? てか、また一人なの!?」

 この流れなら、楓と一緒にあの苦痛の時間帯を乗り切れると思っていたのに。楓の冗談のような泣き真似に大樹は狼狽した。仕方がない、また月夜のもとへ避難するか。いや、だがあまり頻繁に行ったら迷惑に思うのでは……。


 とぼとぼと大樹が遅い歩みを始める。すると何故か彼の三歩下がったあたりを楓がついてきていた。

「いや、あの……来るなら隣を歩いてくれないか。一昔前の夫婦じゃあるまいし」

「嫌だよ。君と仲良いとか思われたくないから」

「なんで!?」

「嘘だよ、大樹」

 くすくすとさもおかしそうに笑う楓を見てようやく大樹は「お、おう」と返事をして安心することができた。


「大樹は心配性だなあ、大丈夫だって、大樹を一人にしないって」

「ん……? ああ、サンキュ」

 なんだか、楓の言動に妙な違和感があった気がした。その楓の表情も……教室で見せた悪質な笑顔のような……。

「ところで大樹。その代わりと言ってはなんだけど、大樹も購買まで付き合ってよ」

「あ、ああ……別にいいが……」

「それと大樹。せっかくだし、汗臭い男子どもがいる教室ではなく外で食べようか。あ、でも大樹が女子の汗のにおいが好きだというならやぶさかではないが」

「別に俺、そんな変態じゃないけど……」

 あ、もう少しで違和感に気付けそうな……。

 だが、そこで会話が途切れてしまい大樹はもやもやとするひっかかりを持ったまま、頭を悩ませていた。


 しばらくしてまもなく教室に着こうかという頃。

「だいき、だいき! だ、い、き、だーいき! だいき、だいき!」

「大樹大樹うるせえぇぇえええ!!」

 大樹は楓に向かって怒鳴り散らした。

 そうだった。楓はさっきから、会話の中でことあるごとに大樹という言葉を入れていた。それが違和感の正体だった。楓は遊んでいたのだ。


 大声を張り上げられたにも関わらず、まるでその反応を楽しむかのように楓は腹を抱えて笑った。瞳にたまった涙を拭いながら、

「気付いてた? 大樹って言われる度に顔がどんどん赤くなってたよ」

「マジで!?」

 鏡がないので自分の顔を見ることはできないが、手を頬に当ててみると熱を持っているのがわかった。おそらく楓の言う通りなのだろう。

「み、見るな、こっち見るな!!」

「だいき~♪」

 この真っ赤な顔のまま、教室には入りたくない。しかしここにいても楓がからかってくるだけである上に昼休みの時間も減っていく。楓を振り払い、教室へと大樹は入った。


 幸か不幸か、クラス内での微妙な立場のおかげで大樹に注目している者は皆無だった。

(こういうときはラッキーだな……)

 しかし、なんか悔しい。いつか、クラスの人気者のリア充にまで伸し上がってやる。大樹はひそかに決意を新たにした。

 目的のものを手にし、教室を出ようとして振り返ると楓もいた。なんだかんだで、またついてきたのかと思ったが少し様子がおかしい。


「ちょっと森崎さん! 聞いてるの!?」

「あー、はいはい、わかってますって」


 クラスの女子生徒……確か気が強いところがある子だったはずだ。その言動といい、立ち振る舞いといい、まるで委員長のようだ。その子が楓と言い争っている。

 いや、言い争っているというのは間違いか。彼女が一方的に怒鳴っているのを楓がのらりくらりとした態度で聞いているのだから。


「楓、どうしたの?」

 大樹が仲裁しようとして二人の間に割って入った。だが大樹には目もくれず女子生徒はただ楓だけを睨み付けている。

「どうせ、また遅刻してそのままどこかでさぼってたんでしょ」

「うっ、返す言葉がない……」

 うなだれる楓に大樹が目で問いかけると「球技大会。私が出るやつ」と、ぽつりと呟いた。それで大樹は事情を察した。

 ようするに、出る予定だった競技に楓が来なかったことをこの女子生徒は怒っているらしかった。

 だったら一切の疑いもなく楓に非がある。


「ちゃんと謝っておきなよ」

「うん。……ごめんね」

 手を合わせてぺこりと頭を下げる楓。だが女子生徒の怒りはまだ静まらないようだった。

「ふんっ。だったらもっと早く来なさいよ。ついさっきも試合したばっかりなんだから」

「えっ?」

 間抜けな声を出したのは大樹だ。ついさっきも?

「あの、ついさっき、ってどれくらいかな」

「さっきよ、さっき。今終わったばかりよ」

 ぶっきらぼうに答えた女子生徒の言葉を裏付けるように、彼女はうっすらと汗をかいていた。

 ということは、大樹と楓が一緒に職員室にいた時間帯だ。しかもその原因は……。


「ちょっと待って、だったら楓は――」

 悪くない、そう言おうとした大樹の手が引っ張られた。そして教室を出た。

「誤解は解いておくべきだと思うけど」

「誤解でもないよ」

 大樹を強制連行した本人はそう言った。

「実際、さぼったし。それに全く言い訳ができない分の試合もあったはずだよ」

「でも……」

 それでも最後の分は不可抗力だ。しかもそうなってしまったのは、楓が自分のために行った行動の結果だ。だとしたら気が気でない。

 そう伝えた大樹の気持ちを深く察しなかった楓は呑気なものだった。

「面倒だよ、そんなの」

 そんな言葉で一蹴し、話はこれで終わったとばかりに楓は手を合わせてパン、と音を鳴らした。

 大樹には不満が残ったが、あとできちんと自分から言っておけばいいかと、今は気にしないようにした。


「ところでなんで教室に入ってきたの? 外で待ってればよかったのに」

「財布忘れちゃって」

「ああ、なるほど」

 購買でパンを買う楓を待ち、楓の用が済むと二人は食事をする場所を探した。


「それでどこで食べるの?」

「う~ん……ちなみにどこがいい?」

「あっ! 屋上とかどう? 青春してる、って感じがする」

「高校の屋上なんて高確率で入れないでしょ。テレビや漫画の見すぎ」

「あ、そうか……どうしよう」

 そうなると他に適当な場所が思いつかない。だが楓の足取りははっきりとしているものだった。見当はつけているらしい。

「どこ行くの?」

「中庭」


 藍咲学園の中庭は結構な広さがあり、憩いの場として知られている。昼になると女子生徒が集まって昼食をとったり、その後でバレーボールで遊んでいる姿が見ることができる。

 今日も例外なく、中庭には女子生徒が多かった。男である大樹が居心地の悪さを感じて視線をさまよわせると、ちらほらと男子生徒もいた。少し安心する。


「いつもここで食べてるの?」

「いつもってわけじゃないけど、割と気に入っているよ。私は人の多いところは好きじゃないからね」


 日陰になっている場所を見つけ、緑の芝生の上に腰を下ろした。大樹が弁当を広げている間に楓はビニール袋からパンを取り出す。


「君のせいでお気に入りのパンが買えなかったよ」

「それはすまなかったね」

「あ、冷食のオンパレードだ」

 やきそばパンをかじりつつ、大樹の弁当に視線を落とした楓が指摘した。

「……どうして女子って冷凍食品を見抜くスキルが高いのかな」

「だってそれ、食べたことあるし。大樹が用意してるの?」

「まあね……」

「どうして?」

 それは以前、月夜にも聞かれたことだった。あのとき大樹は適当なことを言って誤魔化していたが――

「うちの親……ちょっと問題があってな……」


 素直に話せたのは、大樹自身がもう既に楓のことを友達と思っているからなのかもしれない。初めて家族のことを相談できる友人を作れたことを喜んだ大樹は、しかし楓を見て一瞬戸惑ってしまった。

「え……?」

 動揺を隠しきれていない、その顔を大樹は初めてみた。ぐらぐらと視線をさまよわせた楓はやがて震える手で大樹の肩をつかんだ。

「お、おい、君まさか、実の親からネグレクトのようなものを受けているんじゃないだろうね!?」

 楓が、こんな風に取り乱す様は目の前で起こっているというのに現実味が沸かない。どうやら悪い方向に勘違いさせてしまっているようなので慌てて訂正しようとする。


「ち、違う!! そんな深刻な方じゃなくて、その……」

 ……が、あの家族をなんと表現したらよいのか。一言では説明し切れない。だが楓の不安な表情は見ていていい気分にはならない。

「母さん、結構名前がある家柄の出身だったみたいで……まさしく箱入り娘っていうのかな? 世の中の常識がまるでついてないし、今でも家事なんか何一つ出来ないよ。父さんも仕事でなかなか帰ってこないし、妹も―――残念なことに頭が足りない。いや、ほんとに」


 そう、一番心配なのは妹のことだ。あれはもう神に愛されているバカだ。神が面白半分に作ったような存在だ、なんてバカなことをしてくれたのだろう。それでどれだけ苦労してきたか……。

「そ、そうか」

 なんとか楓から暗い表情は消えたが、今度は引かれてしまったようである。


「ま、よかった。学校でぼっち生活を強いられているのに家でまでそんな状態だったらさすがに可哀そうだったわ」

「いや、だから! ぼっちって言うなよ! 俺は絶対、リア充になるんだよ!」

「え、何言ってんの……? 大丈夫? 保健室行く?」

「別にどこも悪くないからな!? だから『何、意味不明なこと言ってんの?』みたいな目で見つめてくるのやめてくれるかな!!」

 失礼な目をしている楓と取っ組み合いになりながらも、こんな賑やかな昼食は初めてだなと大樹は思った。



「……なんでニヤニヤ笑ってるの? 気持ち悪いんですけど……」

「いいやつだと思っていたのに、台無しだな、おい! 今に見てろっ、友達めっちゃ作って彼女だって作ってみせるからな!」


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