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「昔はこうして」


「ねえ。手離してほしいんだけど」


「ダメだよ。こんなに人多いのに。迷子になったらどうするの」


「ここ自分の学校だし……」


 手を繋ぐ楓たちに、通行人たちが好奇の視線を向けてくる。片方が上機嫌で、もう片方がこれ以上ないくらいに不機嫌ならば、気にかかって当然というもの。


 先程から手を離そうともがいてみるのだが、奏がしっかり握り返しているせいで全く意味がない。しかも力任せに握っているわけではなく、楓自身はちっとも痛みを感じない。こんなところでも優秀さを発揮しなくていい。


「お腹すいてない? ずっと頑張ってたみたいだからさ。お姉ちゃんと食べない?」


「……奢ってくれるなら」


「もちろん」


 そう言って中庭に出たが、未だに激混み状態だ。昼の時間を大幅に過ぎてこれなら、食堂も多分似たような状況だろう。生徒の家族を迎え入れるキャパシティ不足だ。藍咲はそんなに小さい学校ではないのだが……。


「困ったね。……じゃあ、こうしよう。お姉ちゃんが色々買ってくるから、楓はそのうちに席を見つけてもらっていい?」


「ハイハイ」


「……どっかに行っちゃわないでよ?」


「―――。しないよ」


 密かな目論見を見破られ、抵抗する気も失せた。

 渋々、楓は空いている席を探していくが、どこにもそんなものはない。空きそうな雰囲気も感じられない。というか、明らかに食べ終わっている連中が居座っているのが問題だ。回転率を上げてほしい。今こそ文実の出番だぞ、大樹。


 それでも辛抱強くキョロキョロしていると、楓に向けて手を挙げる男子生徒を見つけた。小柄な少女と一緒に二人席を占拠している。


「よお、森崎じゃん」


「楓ちゃん! お疲れ様!」


 桜庭紅葉が手をぶんぶんと振っている。

 譲ってくれるのかな、と思いながら近づいてみる。


「呼んでみただけだ」


「ですよねー」


 神谷はそういう性格の持ち主だった。

 でも今しがた席についたばかりなのだろう。神谷はコーヒーを飲み、紅葉がケバブバーガーを手にしている。この距離からでも香ばしい肉のにおいが楓の鼻を刺激してきて……急に空腹感を覚えた。


「そういやよ、ちゃんと制服は戻ってきたか」


 神谷が唐突に口にした言葉に、楓は驚く。


「え? なんでそのこと知ってるんですか」


「あ? 篠原から聞いてないのか」


 なぜ、大樹と神谷がそのことで繋がっているのだろう。


「もしかして、先輩も制服探すの手伝ってくれたんですか?」


「……ある意味では、そうかもな」


 神谷が遠い目をする。そういうことならお礼を言っておこうかと思ったのだが、その前に紅葉に話しかけられて遮られる。


「ほーいへははー、ふぁおひほ、はーれー?」


「……えっと」


 口にものを含みながら話さないでもらいたい。

 神谷が補足してくれる。


「そういえばさー、あの人、だーれー? だってさ。お前、さっきまでの年上の女の人と手を繋いでたろ。今、列並んでる人」


 神谷が指で示すのは当然、奏のことだ。

 奏は楓の視線に気づくと、笑顔で手を振ってくる。


「あれは……姉です」


「え!」


「ふぅん」


 びっくりしてケバブを落としそうになる紅葉と、意味ありげに頷いてみせる神谷。この二名は楓の家庭事情について把握している。


 険悪だったはずの姉妹が二人でいる。姉の方の真意は分からないが、少なくとも楓は奏に対して苦手意識があるのは、神谷と紅葉も察するところだ。


「お前が呼んだのか?」


「聞いてくださいよ。私は何もしてないのに、勝手に大樹が奏に招待券を送ったみたいで。ほんと、ありえないです。奏にはミスコンまで見られていたみたいだし……」


「……お、おう?」


「しかも、私と奏を一緒にするために、文実の仕事全部持っていったんですよ! マジで自分勝手です!」


「……そうか」


 ツッコミポイントが色々あったはずだが、神谷は指摘するのをやめた。

 そうこうしているうちに奏が戻ってくる。ハンバーガーに、クレープにお好み焼きなど、本当に『色々』買ってきた。どうやって全て支えて持っているのか謎だ。


「楓、席あった?」


 瞬間、神谷の顔がひきつった。奏が声を発した直後のことだった。


「残念だけど」


「こちらの方々は?」


 再び奏の声を耳にして、神谷は確信を深めた。


 ―――この女の声、間違いなくカボチャ女だ。


 脂汗が噴き出してくる。こんなやつと同じ空間にいたくない。


「神谷先輩と、紅葉先輩」


「ああ、アカウントによく出てくる」


「あんた、マジで私のネットストーカーだな……」


 楓が余計なことを喋ったせいで神谷の身元が奏にバレてしまった。

 奏本人は、神谷があのオオカミの着ぐるみの人物だと分かっていないはずだ。分かっているなら、こんな気安い雰囲気にならない。


「神谷くん、どうしたの? すごい汗だけど……」


 神谷の異常に気付いた紅葉が傍に駆け寄って気遣う。

 神谷は、紅葉に耳打ちする。


「ちょっと近い、近い。なんなら当たってるから。あっ、やだ、くすぐったいんだけど。……え? なんで?」


 神谷が有無を言わさないで、首を振る。


「えっと、ごめん! 神谷くん、気分が悪くなっちゃったみたい! ちょっと保健室に連れていくね?」


「平気ですか?」


 奏も尋常ではない神谷の様子に戸惑い、手を差し伸べようとする。

 しかし、神谷はそれを拒否する。


「本当につらそう……。喋れないほどだなんて」


 ――喋ったら俺だってバレんだろ!


 というツッコミを神谷は飲み込んだ。

 紅葉に支えられるようにして、二人はその場を去った。


「季節の変わり目だからかしら。楓も気を付けないと駄目だよ?」


「前に神谷先輩、俺は体調崩したことがないって自慢してたような気がすんだけど」


 人の不幸を喜んではいけないが、おかげで座れる席を確保できた。


「はい! あ~ん♪」


「いらん。自分で食べる」





 腹ごしらえを終えて、奏に腕を引っ張られるようにして校内を散策する。

 奏がスキップでもしそうな歩調で進んでいくために、楓は早足を余儀なくされる。奏にしては珍しく気が利かない。そんなに高校の文化祭が楽しみなのか。


「あっ、楓ちゃん」


 かなたが、こちらに気付いて駆け寄ってくる。


「今日のことは本当にごめんなさい。今度、きちんと謝らせて?」


「あー、はい?」


 話は全然見えてこなかったが、今度で良いなら今は気にしなくてもいいか。


「こちらの方は?」


「……姉の、奏です」


「ええっ!?」


 と、かなたは随分おおげさなリアクションをとってみせた。

 ……今更ながら、相談室メンバーからしたらそんなに意外な光景なのだろうか。自分が奏と一緒にいるのは。


「あ、あの、楓さんにいつもお世話になってます。結城かなたと申します」


「……ご丁寧にどうも。森崎奏です。こちらこそ妹がお世話になっているみたいで」


 大人らしい、社交辞令としての挨拶。

 長々と話すつもりがないのは、両者の反応から察せられる。かなたは気を遣うようにしてその場を去ろうとする。


「お二人とも、文化祭を楽しんでいってください。今年はどこも盛況ですよ。……楓ちゃん、後で色々お姉さんのこと聞かせてくださいね」


 かなたの姿が見えなくなったところで、奏が楓に聞いてくる。


「今のが、相談室のかなたさん?」


「そうだけど」


「へえ。なんか、意外。あんなに若い人だったなんて。けど若すぎるっていうか、失礼だけどちょっと頼りないかも」


「……まあ、確かにそうかもだけど。すごく良い人だよ。あの人に見つけてもらわなかったら、今の私はいない」


「……へえ」


 じっと、かなたが消えていった方向を眺めている奏。

 奏は身内に……というか楓以外には容赦がないので、変な興味を持たれると困る。楓の方から奏の腕を引っ張ると、嬉しそうな顔をしてノコノコついてきた。


 ……ちょろい。


 その後は、どう見ても主役の王子様が女の子にしか見えない演劇を鑑賞したり、やたらと「名前で呼ぶな!」と怒る女のお化けにおどろかされたり、どっちが真の委員長なのか争っている人たち――はクラスメイトだった、を見物したりして過ごした。


 今更ながら、自分の学校は個性的な生徒が多いな。


「あっ、楓! 縁日がやってる! 入っていこうよ!」


「なんで祭りの中に祭りを作っちゃうかなあ……」


 審査に通ったのなら、それなりの企画ということにはなっているのだろうが。


 おそるおそる中に入ってみると、なるほど本格的な仕上がりになっている。わたあめ、スーパーボール掬い、型抜き、射的など、それらしい種類を押さえているのはもちろんのこと、提灯までぶら下げている。何より……。


「あっ、来てくれたんだ森崎さん!」


「どうも翠先輩。……翠先輩まで浴衣なんですね」


 スタッフが男性まで含めて浴衣姿というのが、情緒ある。屋台で遊ぶよりもその浴衣姿目当てでやってきている人たちも多いだろう。


「2年生は、体育祭で盆踊りをやる予定だからさ、その日だけしか着ないのはもったいないからね。……と思ったらハロウィンブームが来ちゃって、凄いズレた感じになっちゃったけど」


「あ~、それはすみません」


 そう言いつつ物色してみる。どうやら、輪投げや射的などの遊戯系はその得点がずっと溜まっていく形式らしく、最後出るときのポイントに応じた景品がもらえるらしい。


 そして最高得点に置かれている景品は――――


「これ、絶対本人の許可取ってないですよね」


「筋肉痛なんかで休む月夜が悪いよ」


 それは朝日月夜の特大ポスターだった。浴衣姿で、むっとしたような顔をしている。きっと、嫌々撮られたものだろう。

 だが、おそらくは面白半分で作ったものだろう。全ての屋台で最高得点を出さなければ手に入れることは出来ない。挑戦者は後を絶たないようだが、未だ到達した者はいないらしい。


「楓。せっかくだから勝負しようよ~」


「嫌。アンタとやったら勝負にならないでしょ」


 奏に本気を出されると大差がついてしまってつまらなくなるし、接待もされたくない。昔は奏が手加減していることが分かると、楓は癇癪を起こしていた。……余計なことを思い出してしまった。


「もうっ! でも私はやってみたいし……せっかくだからあのポスターをゲットしてみようかな」


「朝日先輩のこと、知ってたっけ」


「私と同じ中学で、二歳差だったでしょう? 学年が違ってもすごい人が入ってきたって噂になっていたよ。朝日さんも藍咲にって思うと……世間は狭いね」


「あんなポスター、持ってかえれないでしょ」


「確かに。……篠原くんにでもプレゼントしてあげようかな。私はいらないし」


「―――。待って、やっぱり私もやる」


 途端にやる気を出した楓が、奏の前に出た。

 妹の気まぐれに首を傾げる奏だったが、二人の争いは意外にも白熱することになる。お互いに最高得点を取り続け、最後まで集中力を保っていたのは楓だった。


「お、おめでとう、森崎さん……。えっと、いる?」


「一応、もらいます!」


 誰の手にも渡らないようにしたい。後で月夜本人に返せばいいだろう。

 奏の元へ戻ると、負けたというのに彼女は清々しい様子だった。


「なに」


「昔はこうして、よく遊んでたよね」


「………」


 自然と思い出されるのは、幼い頃に二人で街に繰り出した記憶の数々。

 あの頃は、ただ無邪気に、奏と一緒にいることに何の違和感も持っていなかった。


「すごく、良い文化祭だよ」


 しみじみと奏は呟いた。


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