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「俺が招待したから」


「はい、いよいよ藍咲ミスコンテストも大詰めを迎えています。今年は最大のライバルである朝日月夜さんがいないということで、みなさん張り切っているように感じますね。優勝のチャンスだからでしょうか。タロー君はどう思いますか」


「お前どこに目ん玉付けてんの!?」


 淡々と実況する楓に、山口太郎は声を張り上げた。


 今年はミスコン参加者が例年の半分以下に落ち込んだようで、あっという間に参加者紹介も自己PRも終わった。進行役からの質問内容は太郎が考えてきていたのだが、ときたまセクハラまがいの質問をぶつけてしまうせいで、参加者とその彼氏から顰蹙(ひんしゅく)を買い、お通夜のような空気になっていた。


 ミスコンが続くにつれ、楓はカボチャの被り物の中で表情を消していった。


 ――私はただの機械だ。口だけが動くカボチャだ。心は動かす必要がない。


 奇しくも同時刻、大樹も似たような心境でナンパ活動をしており、二人の気持ちは嫌な形でシンクロしていた。


 早く終わってほしいなあ、と。


「テメーこそ調子乗るなよ。スリーサイズとか初体験とかを聞いて許されんのはフィクションの高校だけだ。同じ女としてただただ気持ち悪いだけなんだよ」


 楓の声をマイクが拾う。ミスコン参加者や観客の女子生徒たちが、賛同を示すかのように首を縦に振った。


「とはいえ、どうする森崎? 時間まだたっぷりあるのだが」


「お前が言うなってやつだな」


 楓はステージ利用のスケジュールをもちろん把握しているのだが、ミスコンのためにとられた時間はまだある。別にこのまま、投票からの優勝者発表でいいと思う。次の入りがスムーズになるだけで、誰も迷惑しない。


「そうだっ! お前は仮にも女なんだから、ミスコンの参加者になっちゃえよ!」


「張っ倒すぞ」


 仮にもとか言っちゃうところだぞ。お前の悪いところ。

 太郎の提案については、耳を貸すまでもない。時間稼ぎのために見せ物になるつもりはさらさらない。


 とりあえず投票でもするかと意識を切り替えようとしたとき、観客のざわめきが聞こえ、楓は手を止めた。


 どうしたことか、彼らの視線が楓に集中しているような気がしている。

 いや、気のせいでは済まなくなってきた。体の震えがカボチャに伝わり、ガタガタと音を鳴らして揺れた。


「こ、このままみなさんの投票に入りたいと思いまーす……」


 アナウンスをすると、何故かブーイングの嵐。太郎に向けられたものに負けず劣らずひどい有様だ。


「カボチャちゃんの素顔見たーい」

「解説ちょっと面白かったぞー!」

「結構男っぽい口調だね? やっぱりボーイッシュ系なのかな?」

「そのクソ司会者へのツッコミ、スカッとしたよー!」

「せめて名前だけでもー!」


 楓は突如として騒がしくなったこの状況に呑まれそうになりながらも、なんとか言葉を紡ぐ。



「な、名前は、森崎楓です……」



「あんまり聞いたことなーい!」

「何年生なんだ?」

「俺の学年じゃなさそう」

「おとなしい感じの声可愛いー!」

「せめて顔だけでもー!」


 最後のやつ、調子いいな。

 一度要求に屈して隙を作ってしまったのは楓の不手際だった。段々と『そうしないといけない』空気が伝染していく。このままでは無駄にハードルが上がっていくだけだ。楓は観念した。


 楓は立ち上がり、ステージ中央に移動した。

 カボチャをはずし、素顔を晒す。


 それまでの騒がしさが嘘のように消え失せ、静けさだけが残った。

 楓は見られていることを意識して、今更のように前髪をいじる。




『………意外と可愛いっ!』




「意外とってなんだ!」


 ――カシャカシャカシャ!


 観客の一角からフラッシュがたかれる。


「ちょっとそこ! どんだけ撮ってんだっ!?」


 これには観客たちにも動揺が広がったみたいで、皆であたりを見回して犯人を捜そうとするのだが結局見つからなかったらしい。


 ……SNSで勝手に使われて笑い者にされていなければ、文句はないのだが。


 一人が声を上げる。


「おーい! クソ司会者! その子の紹介もしてくれよー!」


「なんで僕が……」


 太郎がぼやくと、彼はまた物を投げられた。渋々といった感じでマイクを手にして次の瞬間にはビジネススマイルを浮かべていた。順応が早かった。


「えー、それでは僭越ながらわたくしが森崎様の――ゴホッ、ゴホッ! 森崎さんの紹介をさせていただきたいと思います。彼女は今年の文化祭の実行委員であり、わたくしと同じ1年生でございます」


 一ヶ所だけ訂正はあったが、それ以外は淀みなくスラスラと話してみせる太郎。

 観客たちも、姿勢を前のめりにして耳を傾けている。


 本当にやるのかよ……。


 これだけ多くの人を前にして、しかも檀上に立っている状況は人生初のことであった。

 大抵のことなら平静を装ってみせる楓だが、先刻から足の震えが止まらない。


「何かアピールポイントはありますか?」


 思考放棄してノータイムで答える。


「夏休み前の成績発表で学年一位だったこと」


「おまっ、この場で言うとか僕に喧嘩を売っているのか!?」


 楓が頭を真っ白にさせている間に、太郎が泣き崩れてしまった。どうしたのだろう。

 そして観客たちも何故か『おお~』と楓に羨望に近い眼差しを向けてくる。


「頭良いのか」

「それも意外」

「遊んでそうな見た目してるのに」

「勉強教わりたい」


 やたら自分のことを褒めてくれる彼らのことが、少し不気味だ。

 太郎はふらふらになりながらも立ち上がり、マイクを構える。


「き、休日は何をされていますか? やはり勉強を?」


「いえ。ストレス溜まるんで、だいたい外をブラブラと。一日中遊んでることが多いです。ゲーム実況の動画見て潰れることも。最近楽しかったのは同級生の妹ちゃんと遊んだことですかね」


 目が回ってきた。思いついたことをそのまま口にしているだけで、頭は全然はたらいていない。

 太郎は愕然したように後ずさる。


「なん……だと……」


 太郎は毎日八時間以上の勉強をとり、そのおかげで全く遊ぶ時間が取れていなかった。

 自分と同類と期待していた楓の返答が予想の真逆過ぎて、太郎は再び泣けてきた。なんだよ、同級生の妹と遊ぶって。ちょっと理解できない。


「オン・オフしっかりするタイプなのか」

「ゲーム実況誰の見てんのー!?」

「遊んでいそうな見た目をしておきながら頭良くて、それでいてガリベンではない。……アリだな」

「一緒に遊びたーい!」


 太郎はそろそろ心が死にそうになっていたので、さっさと次の質問をぶつけた。


「えー、それでは今好きな人、もしくは気になっている人はいらっしゃいますか?」


「はい」


「えっ!?」


「ん?」


 太郎の素っ頓狂な声に引っ張られて、楓は意識を取り戻した。


「え、ごめん。よく聞いてなかった。なんて?」


「好きな人がいるかって。そしたら、はいって」


「………」


 このとき、楓は嘘をついていなかった。

 太郎から投げかけられる質問に対し、取り繕うことなく本心を告げていた。今の楓は考えてから話す余裕がなく、彼女自身それをわかっていた。


「あ……。えっと」


 つまり、『そうした人物』がいるということを楓は本心から認めてしまったことになる。


「ちょっと、あの、すいません。間違えました。いないっす。はい」


 慌てて言い訳をするが、もう遅い。

 追記すると、このときの楓の顔は遠目からでも真っ赤に染まっているのが一目瞭然であり、説得力など皆無だった。


「ええっ!? いるのマジで!? あの森崎楓が? 人をモノみたいに扱う悪魔に好きな人!? ちゃんちゃらおかしいぞ!」


「タロー、お前……後で覚えてろよ」


 太郎の未来が決定した。



 大樹は生徒指導室から解放された。

 ナンパの件については、事情を説明したら意外にもすぐに許してもらえた。学年主任の機嫌が何故かよかったのが関係していると思う。


 そして思わぬ朗報が飛び込んできた。


「篠原大樹。私は今日付けでバドミントン部顧問になった。部員たちに連絡を取ってもらえないだろうか」


 言われたときは腰を抜かした。多分、かなたが根回しをしてくれたおかげだと思う。

 だが、これでずっと解決できないでいた悩みの種が解消された。嬉々として部長である蒼斗に連絡をして、明日の大会に問題なく参加できることになった。


 今日一日色々なことがあった気がするが、ようやく肩の荷が降りた。

 ……あと、大樹が気にかけなければいけないことは一つだけ。


 大樹が自分のクラス前で戻ってくると、楓が疲れた顔をして帰ってきた。大樹は嬉しそうに声をかけた。


「ミスコン優勝おめでとう!」


「どこから聞いてきた!?」


 調子に乗って大声で褒め称えたが、お気に召さなかったらしく腹パンをもらった。

 大樹はミスコンの様子を見られなかったのだが、一体どんな魔法を使ったのだろう。そもそも楓は参加者ではなかったはずなのに。


「ただのその場のノリなんだよ、これは。面白半分で投票されて、観客たちも自分でやったくせに驚いてた。私より可愛い子は多かったよ」


「いやいや、見事。観客たちを味方につけたってことでしょ。多分パフォーマンスが良かったんだよ」


「ああ、まあ、うん」


 楓は歯切れ悪く答えた。

 一体どういうことをしたのか、詳しく聞きたかったのだが楓は話したくないようだった。


「あと、楓、これ……」


「なに? おおっ!?」


 紙袋に入れてあるのは、楓の制服だった。

 無事、かなたから返してもらうことに成功した。本人も、あとで楓に謝りにいくと言っていたが、急いで返す必要性を感じたために大樹が預かってきた。


「サンキュー! 信じてたわ! これどこにあったの?」


「いや、なんというか……。話すと長くなるし、俺がこの場で言っていいのかも分からないから、また今度な」


「そう?」


「で、楓……。朝に約束したこと覚えてる?」


 大樹は急に真面目な口調になった。

 楓には、文化祭を一緒に回るために時間を作ってほしいと頼んでいた。


「覚えてる。けど、ごめん。今日は色々あったからさ。さすがに文実本部の仕事をしないと」


「いや、分かってる。でも問題ない。俺が楓の分までこなすから」


「……? どういうこと? 私と回りたいんじゃなかったの? 文化祭」


「うん? ああ、ごめん。一緒に回ってほしいのは俺じゃなくて、別の人なんだ」


「……え、誰」


 楓が難しい顔をして困惑する。

 朝に約束を取り付けたときは、大樹には少しはぐらかしたというか、誤魔化そうとした節があった。だって本当のことを喋ったら、きっと楓は聞く耳を持ってくれないだろうから。




「良かったよ。楓、おめでとう」




 その声に、楓がはじかれたようにして振り向く。

 優しげに楓を見つめるその人物は、彼女と似た目鼻立ちをしていた。楓があと数年成長したような姿。


 森崎奏。楓の実姉である。


「な、なんでお姉ちゃん――」


 楓がぶんぶんと頭を振る。次の瞬間には『妹』から『楓』としての顔になる。


「どうして奏がここにいるの? ねえ?? マンションの時といい、ほんとどこにでも現れてくるね。ここには招待状がないと身内でも入れないんだよ。当然、私は両親にもお前にもそんなもの渡してないよ」


「ああ、俺が招待したから」


「は? な、なんで大樹が奏に?」


 思わぬ方向からの援護射撃に、明らかに楓は動揺した。


「見てほしかったから。今の楓が、どんな風に高校生活を送っているのか。と言っても今日は文化祭だから、普段とは全然違うけどさ」


「や、だから意味わかんないんだけど。それで奏をここに連れてくる必要があんの?」


「そりゃあるでしょ。お姉さんは、いつまでも楓のことを見守っているんだから」


 ……今日に関しては、空回りしまくっていたのだが。


 楓の制服が失くなってしまったことを奏に報告すると、彼女は早速犯人捜しに尽力した。その結果、カボチャの被り物をしてオオカミ姿の神谷と鬼ごっこを繰り広げ、色々な人たちに迷惑がかかることにはなったのは、彼女の名誉のために今は口にしない。


 どれだけ必死だったのやら。


「閉会までの時間、そんなに長くはないけど、二人で遊んできなよ。文実の仕事の残りは全部俺らがやっておくから。明日は、楓にほとんど任せちゃうことになるし」


 大樹は明日の大会に出ることが確定したので、公欠になってしまうのだ。


 楓は顔をしかめて不満を訴えてきている。

 そんな彼女に耳打ちする。


「お前のお姉さんは、確かにすごい人だよ。でも、だからって何でも出来るわけではないし、普通なことで悩みもするよ。お前への距離感とかさ」


「大樹、私の昔話を聞いておいて、なんでそんなこと言えるの? 奏は私のことが嫌になって家を出たんだよ。修復の余地なんてないの。わかったならこういう話、今すぐやめてくんない?」


 眉間に皺を寄せて不愉快さを隠そうともしない。

 楓のそんな険しい表情を、しかし大樹は受け流した。


「俺、お前を見てて思ったんだ――本当はお姉さんのこと、好きなんじゃないの?」


 さらに噛みついてきそうだった楓の勢いが削がれる。

 口を半開きにしたまま、怒りと羞恥で顔を真っ赤にしている。


「おま、お、お前……!」


「積もり積もった話も、全部今日話しちゃいな。俺からはそれだけ。……奏さん」


 奏はこくりと小さく頷く。彼女は妹の手をしっかりと握る。

 手を引かれる楓は、大樹に恨みがましい視線をぶつけてくる。


「この裏切り者」


「はいはい」


「風見鶏。八方美人。二枚舌。コウモリ野郎。詐欺師。ウジ虫」


「悪口のオンパレードだな!?」


 最後のやつだけは全然関係ないし!


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