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「オワタ」


 大樹たちの予想を裏切ることなく、楓はかなたと出会うことはなかった。


「あれ、誰もいない……」


 無人の相談室を見回し、楓は呟いた。

 視線を手元の衣装に移す。


 ミスコン会場に向かう途中で、先輩である神谷に遭遇して預かったものだ。

 相談室に届けろなんて言うものだから、てっきり誰かが――かなたが待っているものと思っていたのだが。


「とりあえず、このへんに置いておけばいいのかな」


 分かりやすい位置に衣装を置く。

 これで神谷に怒られたとしても、それはあの人の責任だろう。目的も意図も何も分からない形の命令だったのだから。


「あー、やばい。そろそろ行かないと」


 全く気が進まないのだが、これから楓はミスコン会場に行って、しかも解説役として進行をしなくてはならない。

 何故、好き好んで自分より可愛い女の子を褒めなくてはいけないのだろう。


 それを抜きにしても、制服がなくなったせいで気持ちがただでさえナイーブだというのに。


「マジで頼むぞ、大樹」


 この件は、クラスメイトに任せてある。


 篠原大樹は別に頼りがいがあるわけではないし、楓がからかって遊べるので扱いやすいいじられキャラくらいにしか思っていなかった。


 ……最近までは。


 ここ一か月くらいで、楓の中での大樹の評価はかなり上方修正された。

 相談室のメンバーを除けば、初めて家族についての悩みを打ち明けられたクラスメイトであり、色々と助けてもらったこともある。


 今日のこの件についても、やたら自信満々というか、その意気込みが信頼に値した。

 取り乱さずにいられるのは、彼のおかげである。

 なんとかなるだろうという気になってしまったのだ。


 だから、必要以上に気落ちすることはない。


 相談室を去り、ミスコン会場へ。時計を確認する。ここからは長丁場になるはずだ。楓は女子トイレに入った。

 そして個室の扉を開けたところで、彼女は絶句した。


 人がいたわけではない。いたらいたでそれは大問題だが、そうではなく。


 楓の目にまず飛び込んできたのはカボチャだった。もちろん本物ではなくハロウィン用に作られたであろう被り物だ。その下には衣装が敷かれている。


 どちらも見覚えがある。


「これ……ウチのクラスのやつ……?」


 カボチャは大樹の私物だし、衣装については演劇部からの借り物だ。

 なんでこんなところにこれが? あまりに謎過ぎる状況で言葉も出ないが、ここに放置しておくわけにはいかない。


 楓はそれらを回収し、会場へ向かった。






「はいっ!! それでは今年も始まりました。藍咲学園ミス・コンテスト! 今年は一体誰がミス藍咲に輝くのか! 進行は、司会のわたくし、山口太郎とーー!?」


「解説の森崎楓で、お送りいたしまーす。いえーい」


「テンションが低いっ!!」


 人差し指を突き出して、楓を非難する太郎。

 うんざりした様子の楓が言い返す。


「お前は逆にテンション高すぎな。っていうかツッコミどころ多すぎるんだけどさ」


 司会を務めている男、山口太郎は楓の知り合いであった。

 彼は文化祭実行委員会から統括部に立候補している人間で、文化祭を運営する側の立場の人間である。いわば、楓の同僚のようなものである。


 いつもずり落ちる眼鏡を中指で押し上げ、意識高い発言をかましている実に面倒な奴だ。だから、こういう企画の司会を、しかもそんなハイテンションでこなしていることが解せない。


「このミスコン、有志って聞いてたんだけど、なんでお前が司会やってんの? 会場に来たらタローがいるからびっくりしたじゃんかよ」


「そんなもの、僕がやりたいからに決まっているだろう!? そんなことも分からないのか森崎は! 僕は毎日激務続きで禿げそうなくらいストレスが溜まってるんだ! 見目麗しい女子を近くで眺めてもバチは当たらないだろう!?」


 恥も外聞もない主張に、楓は黙った。

 そういう正直な意見は嫌いではないが……。


「おい、タロー。言葉に気を付けろよ。進行席からは見えてるんだけど、その見目麗しいはずの女子たちがお前のことすんげー顔して睨んでるぞ」


「僕はこんな見た目と性格だからな。今更女性に好かれようとは思っていないさ。大人になったら札束の力で見返してやるんだ」


 諦めにも似た悟りと浅ましい性根が低次元で絡まり合い、楓の涙を誘う。


 ウケる、という意味で。


「というか、森崎! 僕からも一言言わせてもらうが!」


「なんだよ」


「なんで顔を隠しているんだ!」


 今更かよ、と楓は思った。

 ミスコンが始まってからずっと、楓はカボチャの被り物で顔を覆っていた。もちろん、女子トイレで見つけた例のアレだ。


「僕はお前まで出場者かと思ったぞ! 下は魔女の仮装をしているみたいだし! というか、どこでそんなもの見つけてきた!」


「そのへんで偶然拾ったんだよ」


「そんなわけあるか! 信じられない!」


 あったんだよ。信じろよ。


「だいたいね、誰がミスコンのとき好き好んで顔を晒すと思うの。これから出てくる女子たちは全員、私より可愛い顔をしてんだよ。そんな人たちと並ぶなんて絶対嫌。だから隠したままで進行させてもらいまーす」


「あははは! 天下の森崎楓が、そんなことをおっしゃいますか! 傲岸不遜、唯我独尊とはまさに森崎のためにある言葉で――――すみません、何でもありません森崎様。だからそんな怖い声を出さないでください」


 楓が低い声で威圧すると、太郎はペコペコと頭を下げた。

 文化祭実行委員発足からの短期間で、上下関係を厳しく教え込んだ賜物だ。


「えー、来場者の多さの割に、すっかり空気が冷え切っておりますが、そろそろ進行していきたいと思います。これから、どしどし可愛い子が出てくるんで、好きな子に投票しろ。以上」


 楓が投げやりに言う。


「イェーイ!」


 太郎は途端に復活して雄叫びを上げた。


「僕の独自の調査で、圧倒的人気で優勝候補となっているのはこのお方! その名も――――朝日、月夜!!」


 会場の男性陣が一斉に沸き立った。


「はーい、静粛に」


「朝日月夜さんは、学年ごとで三十人しかいない特別進学クラスの一人で、現在2年生! まさに才色兼備! 去年は他の美女たちを押しのけ見事優勝! 今年も無敗記録が更新されてしまうのか! 乞うご期待!」


 太郎がはやし立て、観客のボルテージはマックス状態にまで跳ね上がる。

 そんな彼らを尻目に、楓は視界の端にスケッチブックを抱えたスタッフが動くのを捉えていた。何か書かれている。


「あー、えー?」


 読んでしまった楓は項垂れた。すごく言いづらい。


「おい、タロー」


「なんですか森崎様」


 敬いモードが抜けきっていない太郎が聞いてくる。


「残念だけど朝日さん、来てないみたいだよ」


「ええっ!? 朝日月夜さん来てないの!?」


「バカッ、お前……」


 太郎の声を拾い上げたマイクが、その情報を一気に拡散させる。

 会場が沸き立った。ブーイングの嵐で。物が飛んでくる。太郎に向かって。


「ちょ、やめて! 僕に物を投げないでくれ!」


「あー、もうこれは……」


 ミスコンは一時中断となった。





 神谷を保健室に送り届けた大樹は、その足で相談室へ走った。

 だがそこには誰の姿もなく、テーブルの上に問題の悪魔衣装が置かれているのみだった。


「これは……どういう状況になったんだ?」


 衣装が置かれているなら、間違いなく楓は一度ここに訪れたということだ。

 どうして、かなたはここにいないのだろう。神谷の話では、かなたは着替えもないまま、制服姿でここに隠れているはずだった。


 そんな状態で、かなたが校内をうろついているはずはない。ならば、無事に着替えた? いやじゃあ、なんで悪魔の衣装がここに……。いや、確かかなたは普通に私服も持っていて……。


 思考が堂々巡りになってきた。


「楓か、結城先生のどっちかに確認できれば……」


 しかし、かなたは行方知れず。楓もこの時間はミスコンの進行をしているから割って入るわけにもいかない。


 そこで再び本部から無線連絡が入る。


『篠原くん、聞こえる!?』


 翠だ。


「はい、篠原です。今度はどうしました?」


『ミスコン会場が暴動みたいになっちゃって! 事態を把握してきてくれない!?』


「……俺らって、何でも屋なんでしょうか」


 しかし、好都合かもしれない。これで労せず楓と接触することが出来る。

 早速ミスコン会場――第一体育館へ向かうと、怒号が飛び交っていた。その中で、ある単語が――より正確に言えば人名が何度も繰り返し叫ばれる。


「センパイが、どうかしたのか……?」


 朝日月夜の名前ばかり、耳に届く。

 関係者用の通路を利用して、檀上近くの進行役二人に近づく。


「……その、カボチャを被っているのは楓かな」


「そうだよ」


 カボチャをはずし、素顔を見せてくれる。


「なんでそんなもの被ってるの? というかそれ……」


 先程、学園中を騒がせたカボチャ女のものでは?

 何故それを楓が持っているのだ……。


「信じられないかもしれないけど、トイレで見つけたの。これ、ウチのクラスのだよね?」


「ああ、そうだな」


 そうか、あの人――衣装をトイレに置いていったのか。


「問題がなければこのまま使ってもいい? これで顔を隠して進行したいから。可愛い女の子に並びたくないし」


「………」


 ここで、楓も可愛いじゃん、と言ってフォローしたいところなのだが、ぐっと堪える。


「それで聞いての通り、参加予定だった朝日先輩が来てなくてブーイングが起きてんのよ」


「それさ、無理やりにでも進行させる他なくない?」


 まさか一人の欠場のためにミスコン自体を中止させたいわけではないだろうし。


「それは分かってるよ。でも念のため、朝日先輩を呼び出してくれない? もしかしたらワンチャン来てくれるかもしれないし」


「……誰が?」


「分かり切ったこと聞き返すなよ。大樹がだよ」


「………」


 気が進まないなあ、と思う。

 大樹は一旦人の少ない静かな場所まで移動して、携帯電話を取り出した。画面に、朝日月夜の名前を表示させる。


 ……名前を目にしただけで、指先が震えるほど緊張している。

 昨日の今日で、まだどういう雰囲気で会話をしていいのか分からない。

 ただ、圧力を感じるのでモタモタせずに連絡を入れてみた。



『はいっ!? 篠原くん!?』



 1コールで出てくれた。

 逆に面食らう。話す心構えを全くしていなかった。


「あの、篠原です。今、話しても平気ですか……?」


『平気……! だけどちょっと待って。今は人様に見せられる恰好ではなくて……!』


「落ち着いてください。電話なので顔が見えてないですよ」


 だいぶ気が動転しているようだ。


『……いきなり連絡がきたからびっくりしただけ。何か用事だった?』


「はい。センパイ今どこにいらっしゃいますか?」


『どこって……家に、います』


「……えっ。家、ですか?」


 予想外の回答に頭が一瞬真っ白になった。

 どうして学校に来ていないんだ?


「今日、文化祭なんですけど」


『……少し体の調子が悪くて、今日は休ませてもらってる』


「え、大丈夫ですか」


 昨日はお互いに全身全霊をかけて試合をしたので、その反動でどこか体を痛めてしまったのだろうか。

 少しだけ罪悪感が込み上げてくる。


「すみません、俺が無理を言ったばかりに。その、痛むのはどのあたりですか」


『全身』


「全身……!?」


 大怪我ではないか!!


「見舞いに行かせてください、お願いします」


『大したことはないから大丈夫。ちょっとだけ寝たきりになっているけど』


「いやだから大事(おおごと)じゃないですか! 待っててください、文化祭が終わったあとでお邪魔しますから!」


『なんだかすごい勘違いをさせたみたいで言い出しづらいけど……ただの筋肉痛』


「へ?」


『筋肉痛、です』


「……ですよね」


 全身が痛い、という証言が取れたところで、もしかしてこれ筋肉痛では? という予感はしていながらも、ちょっとだけ悪ノリしたのは認める。


 月夜はここ数週間、ほとんど運動らしい運動をしていなかったはずだ。それが昨日になって急に激しく体を酷使したものだから、当然の結果といえる。


『授業はないし、特にやることもないから休んでもいいかなと思って』


「いえいえ、センパイはミスコンにエントリーしてるんで、ちゃんと来てほしかったですよ。俺が電話したのもそういう理由でして」


『ああ、そういうこと』


 少し落胆したような月夜の声。


『残念だけど、私は出るつもりない。ミスコンに関しては、去年もそうだったけど誰かが勝手にエントリーさせただけだろうから。運よく逃げられてラッキーだと思ってる』


「そうですか。けど個人的に残念でもありますよ。センパイのミスコン、見てみたかったですから」


『……そこまで言うなら、来年に来てくれたらいいと思う』


「はい、楽しみにしてます」


 月夜との通話を終え、楓に報告する。


「まあ、そりゃそうだよな。うん、確認が取れただけでも良かったよ。お疲れ様」


「おう。……あ、そういえば楓」


「どうしたの」


「制服のことなんだが」


 大樹はわざとそこで言葉を止めた。

 楓の反応を窺うと、彼女はきょとんとした顔でこちらを見つめていた。


 やはり、戻ってはいないようだ。


「いや、その、あれだ。実はもう誰が持っているかまでは分かったんだ。だから安心してほしい。これから取りに行くところだから」


「そっか」


 楓は心底ほっとしたようで、分かりやすく胸を撫で下ろした。


「ありがとう」


 ……最近、楓は捻くらずにこうして素直に気持ちをぶつけることが多い。

 おかげで大樹はどういうリアクションを取っていいのかちっとも分からない。


 それでもこらえきれずに口元をニマニマさせていると、唐突に邪魔が入った。


「篠原! 僕からも頼みが!」


 太郎がしがみついてくる。

 大樹はひそかに舌打ちをしつつ、青筋を立てながら笑顔を浮かべる。


「なにかな、太郎くん」


「いや、ミスコンの出場者が微妙に少ないから、参加者を募ってきてほしいんだ! 飛び入り大歓迎だから!」


「それもういよいよ文実の仕事ではないよね? そこまで言うなら君が言ってきなよ、俺が代わりに司会をしてあげるから」


「なんでそんな怒っているんだ!?」


 太郎が悲鳴じみた声を上げる。





 しかし下っ端属性の根が深いからなのか。


 大樹は律儀に女子に声をかけ続けた。

 声をかけては断られ続け、ときには不審がられたり気味悪がられたりしつつも無心になって仕事を全うする。


 途中、間違えて双葉(女装男子)を捕まえてしまい、この際男でもいいかと開き直り始めたころ、中々後ろ姿が綺麗な女子生徒を見つけた。


 この頃になると初めは感じていた申し訳なさや気まずさ、羞恥心といった感情はすっかり死に絶え、


「へいへい、そこのお姉さん~、ちょっとこっち来てくんない?」


 と、乱暴な手つきで肩を掴み、無理やりにこちらを向かせる始末だった。


「へ?」


「あ……」


 大樹はその人の顔を見て、一瞬で我に返った。

 それはずっと探していた人物である、結城かなたであった。


「ふぁっ!? 篠原くん!? ち、違うんですよ、この恰好は……! その、あれです! 今はハロウィンですからね! ちょっと羽目を外してコスプレなんてしてみちゃったり……!」


「そんな苦しい言い訳しなくていいんで! どういう事情なのかは、神谷さんと確認し合った後なので!」


「あっ、そうだったんですか」


 途端に安心するかなた。

 大樹もほっとした。楓との衣服の交換はまだ済んでいないようだったから、一刻も早くかなたに会わなければと思っていたところだったのだ。客引きまがいのことをしていたことは棚に上げさせてもらう。


「良かったです。制服をなくしたのは楓ちゃんだということを確認したところだったので、本人に直接謝りたくて……」


「楓は今ちょっと手が離せない状態なので、とりあえず相談室に向かいましょう。結城先生の悪魔衣装はそこに置いてあるので、着替えてほしいです」


「ええ、そうですね」


 そうと決まれば、こんな人通りの多いところに用はない。

 かなたを誘導し、相談室へ向かう。



 ……大樹はいい加減学び始めていた。

 今日は、何をやっても駄目な日だと。思い通りにいくことの方が珍しいのだと再び思い知ることになる。



「おい。1年A組、篠原大樹。お前がこの付近でナンパ行為に及んでいるという話を耳にしたのだが、それは本当のことか?」



 学年主任に声をかけられ、大樹はすくみ上がった。

 彼はかなたに目を向け――どうやらかなただということに気付いていないようだが、大樹の容疑に確信を持ったようだ。


「まさか、我が校の生徒が本当にナンパなどしていたとは……。文化祭だからといって、そんな品性のない行為を認めるわけにはいかない。生活指導室に来い」


 まずい、まずい……!


「君も、声をかけられたとしても毅然とした態度で断らなければダメだ。別に私は男女交際全てを反対しているわけではない。ただ、学生らしい清く正しい付き合い方をしてほしいだけだ。……ところで君はあまり見かけない生徒だな。クラスと名前は――――」


 そこでようやく学年主任は気付いた。


「結城……お前、なんだその恰好は……」


「えっと、その……」


 かなたは何も答えられない。


 大樹も見苦しい言い訳はせず、諦観と共に呟いた。


「オワタ」


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