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「      」

サブタイトルはミスではないです。


「ねえ、篠原クン。君ってば、朝日サンのこと好きでしょ?」


 時間は数日遡る。

 その日、大樹は大神と共に高宮凛と待ち合わせをして、体育館でバドミントンをしていた。六花総合との合同練習以降、高宮とはこうした交流が続いている。大神も必ずと言うほど参加してくるから、この三人が固定メンバーだ。


「お、おい。やめろ、そういう話を急に……」


 同じ部活でペアの大神もいるのだ。なんとなく、あいつにはそういう話を聞かれたくないという思いがある。しかし当の本人は興味がなさそうに壁打ちをしている。耳には入っているはずだが。


「高宮も、意外と女子っぽいところあるんだな。バドミントンにしか興味がないと思っていたんだけど」


「うん? 興味ないよ? 誰が誰を好きかなんて」


「じゃあ何で聞いたんだよ!」


 最近は楓に告白して振られ、もう一度しっかりと振られ直されたためにその手の話題にはデリケートになっていた。可能ならそっとしておいてほしい。特に月夜に関しては、色々な人からウワサをされるのが一度や二度のことではないのだ。未だにどう受け流すのが最善なのか分からない。


「いやいや。好きって気持ちはどんな場面でも大事じゃん?」


「……?」


 言わんとしていることに察しがつかない。高宮を見返す。


「私さ、バドミントンを始めたのは中学二年のときだったんだけど」


「知ってる。よくそれで全国優勝できたね」


 フィクションの登場人物みたいだ。


「それは勝手についてきた結果だよ。気が付いたらそうなってただけ。とにかく、やり始めたらめちゃくちゃ面白くて。ほとんど毎日シャトル触ってた。バドミントンを初めて知ってから、一日も欠かしてない」


「それにしては、去年は一回も大会出てないね」


 高宮は中学二年生の時、期待の新星としてバドミントン界を騒がせた。初めて一年にして全国大会出場、優勝までしてみせ時の人となった。だが、中学三年生の彼女には、公式大会出場の記録はない。それについては当時結構なニュースになったものだ。


「まあ、周りが色々うるさかったから。煩わしいのは嫌だし大会に出るのはやめておいた。……それは今どうでもよくて、つまり言いたいのは好きって気持ちは偉大ってことだよ。だから私はこんなに強くなれたんだと思う」


 触れてほしくない話題なのか、早口に高宮はまくし立てる。


「好きこそ物の上手なれって言葉があるくらいだからね。……俺だってバドミントンは好きだよ」


「でも、私ほどじゃないね」


 そう言われると、大樹は言葉を詰まらせた。確かにバドミントンは好きだが、高宮ほど一途な情熱を傾けているかと問われたら、なんとも答えづらい。


「だったら大神は? あいつはバドミントン馬鹿だと思う」


 突如、シャトルが大樹の後頭部にヒットした。

 油断していたが、大神には会話が筒抜けなのだった。


「テメー、次は目に当てるぞ」


 失明するので、冗談でもそういうことは言わないでほしい。


「大神クンも、ひた向きな姿勢がポイント高いけど。でも大神クン、それだけがラケットを握る理由じゃないんじゃない?」


 大神は眉間に皺を寄せた。顕著な反応を示したことに、大樹は前のめりになった。


「えっ、どういうこと」


「………」


 大神は黙っているが、それは高宮の問いかけに肯定しているも同然だった。

 だが、詳しく話すつもりはないようで再び壁打ちに戻っていった。


「結局、この話はどこへ向かうの? 今よりももっとバドミントンを好きになれってこと?」


「そうなってくれたら話は簡単だし、私も嬉しいけど。実際、好き嫌いの感覚なんてどうしようもないじゃん。気持ちは作るものじゃなくて育てるものだよ。でも理由付けとして、他のところから気持ちを借りてきてもいいと思う」


「というと?」


「誰かを想う気持ちが力の源になってもいいと思うの」


 ここで言う『誰か』を、わざわざ記す必要はないだろう。

 高宮が一歩、距離を詰めてくる。大樹は後退するが、再び歩み寄られた。


「分かってる? 今回、仮に朝日サンを繋ぎとめてもそれで万事解決じゃないんだよ? これからもずっと、朝日サンに君の実力を示して続けていかなきゃいけないの」


 その場しのぎではいけないのだ。

 朝日月夜が引退するまで、いや卒業まで、もしかしたら一生、そんな関係が続いていくかもしれない。その覚悟が問われているのだ。


「だから、もし篠原クンが朝日サンを好きなら手っ取り早かったんだけどね」


「センパイのためにバドミントンを強くなるかもしれないから?」


「そういうこと」


 大樹は嘆息した。

 高宮の言うことは、一見して理屈が正しいように聞こえる。

 だが、大樹にとってそれは愚問だった。


「あのな、高宮――――」



 時間を現在に戻す。


「ちょっと待って、今の何!?」


 インターバル時、真琴が興奮した様子で問いかけてくる。双葉もそれに続いた。


「そうですよ。今、完全に朝日先輩はスマッシュを打とうとしていましたよね!? 実際にはドロップショットを繰り出しましたけど、どうして反応出来たんですか!? もしかして読んで……?」


「あ、うん……なんとなくなんだけど」


 まだ曖昧な仮説なのだが、しかしどこか確信している自分に気付く。


「さっきのセンパイは熱中しているように見せかけて、実はびっくりするくらい冷静だったんじゃないかと。多分、俺のトリックショットを見たからだと思うんですけど。昔のセンパイは、そのままストレートに決めてもいい球をあえて別のショットで決めてくることがよくあったから、もしかしたらと思って……」


「うそ。月夜にそんな癖ないよ。ビデオを散々見たけど」


「わかりやすい、体の癖とかじゃないんです。なんというか……いや、すみません」


 言葉で説明しようとすると想像以上に難しい。

 これは、大樹だからこそ出来る荒業。月夜と長く接し、何度もバドミントンで同じ時間を過ごしてきたからこそ、直感的に月夜の次の動作がわかる。


 予測ではなく、把握なのだ。決めつけと言ってもいい。


 きっと次はこういうショットを打つだろうという傲慢な決めつけが、しかし当たるような気がする。


「つまり、こういうことかな。月夜が意図を含めたバドミントンをしようとするなら、そのタイミングが篠原くんに伝わってしまう、と」


「まあ、そうですね」


「どういう理屈なのかは分からないけど……。だったら、月夜には存分に悩ませなさい。考えない方が良いなんて開き直られたら、追いつけなくなる。君の方も、常に意図を持ったプレイを心掛けなさい」


「はい」


「もし雑なことをしたら……分かっているよね?」


「…………はい」


 掠れた声で大樹は返事した。


「それにしても、皮肉なものね」


 真琴は嘆息する。


「考えた方が、負ける可能性があるなんて」




 最後のインターバルを終えて、試合を再開する。いよいよ最終局面に突入する。


 大樹はラリーを続けていく中で確信を深めていった。全てではないが、時たま月夜の意図が明確に伝わってくることがある。

 そんなときは迷わず、必殺カウンターで得点を重ねていく。

 ジワジワと大樹が追い上げてくる。

 ここにきて月夜もようやく悟る。


「そっか――全部読まれている」


 激しい攻防の中で、フェイントをかけるショットを何度か送った。しかしそれらは大樹に全てカウンターで返されてしまった。まぐれではない。完全に自分の思考回路が読まれてしまっている。


 今の大樹に生半可な攻めは危険すぎる。

 攻めるならもっと緻密に策を弄する必要があるのだが、月夜はゲームメイクが不得手だ。

 それは考えること自体が苦手というより、機会に恵まれなかったせいでもあった。


 いつもあっさりと勝利を手にし、実力が拮抗している選手と戦えば途中で勝手に相手が諦めてくれるのだ。頭も体も目一杯使って試合をしたことはなかった。


 ストレートスマッシュは、もう決定打にはならない。慣れてきたのか、きっちりとレシーブしてくる。大樹も強打には自信がないようで月夜にとって脅威にならない。

 本来なら膠着状態になるところだが、たまに仕掛けてくるフェイントショットは全く軌道が見えず翻弄され、大樹の先読みカウンターにも苦しめられる。



 どうすればいい……?



 月夜はかつてないほどに頭を回す。目を見開き、大樹の弱点を探る。

 冷静になれ。フェイントショット以外は奇抜とは言えず、特別なプレイはほとんどしていない。私が後手に回る必要なんてない。


 ラリーのテンポを速める。大樹が対処不可能になるまで強打を続ける。

 月夜は手足のリーチを最大限に利用して、早いタイミングでシャトルに触れる。乱打戦を続け、月夜もポイントを重ねる、が。


「オーバー、18-18」


 ポイントが並ぶ。

 このゲームも、終わりを迎えようとしている。

 ここまできたら、泥臭く足掻くしかない。最後まで戦う。


 大樹のサーブを強打する。

 焦りの感情を読まれていたのか、大樹はドンピシャで返球してくる。床を蹴り、腕を伸ばす。ストレートかクロスか迷い、結局ストレートにした。


 打った先に、大樹はスムーズに入り込む。これも合わせられていたか。

 無理のないフォームからのオーバーヘッドストローク。選択肢はもはや無限に思えてくる。月夜はわずかな挙動を見逃すまいと、大樹の全身から情報を探った。


 そこで閃きが月夜を襲った。奇しくもそれは大樹が得た直感と同種のものだった。


「ああ、なるほど」


 どうして全て読まれているのか不安になっていたけれど、それは技術的な要因ではなかったようだ。大樹はその根拠を、第六感に任せていたのだ。


 強い確信がある。クロスドロップだ。

 大樹が腕を振り、ラケットがシャトルに当たるその直前。月夜は既に走り出している。大樹はもうキャンセルできない。

 プッシュで決まる。


「なっ……」


 大樹は言葉を失っていた。

 どうして予測されたのか、わからないようだ。


「君と同じだよ、篠原くん。君に私のことがわかるなら、反対に私が君のことをわかるのも道理でしょ?」


 大樹も月夜も、お互いのプレイを読める。もはやこの戦いにフェイクは意味を持たない。


 対応させる暇は作らせない。月夜は休む間もなく試合を再開させる。

 大樹はネット前にサーブレシーブした。甘い。叩ける。この距離感で、その返球は悪手だ。

 月夜は爪先に力を込めて、前に飛び出そうとした。


「えっ……」


 何故、目に映る景色がネットに近かないのか、月夜は一瞬理解できなかった。

 腕だけを伸ばしてもシャトルは拾えない。足を動かさなくては。


 しかし、月夜は気付いていなかった。


 既に自分は限界を迎えていたのだと。


 決着は唐突に訪れる。




「ど、どうして朝日先輩は動かないんですか!?」


「ただの体力切れだ」


 双葉の疑問に大神が答える。


「あれだけ派手に動き回っていれば、当たり前だがな」


 ファイナルゲームまでもつれ込んだなら、終盤はスタミナが底をついていることなんて珍しくない。大樹も月夜も死力を尽くしていたが、特に月夜は常人らしからぬ動きをずっと見せていた。


 大樹がマッチポイントを奪う。あと一点で終わる。

 その間、月夜は満足なフットワークが出来ていなかった。今の彼女は、足が棒のように感じているはずだ。シャトルを追おうとしても上半身が前のめりになるだけだ。


「篠原は……手を抜くつもりはないみたいだな」


 妙な気遣いをしてくる男だ。ここで甘い配球をしてくるかもと思ったが、容赦しないらしい。

 大樹はロングサーブを打つ。月夜はその場でジャンプして、後ろには下がることなくシャトルを返す。やはりフットワークをさぼっている。


 誰もが、次の大樹のショットを予想できる。

 優しくラケットを振るう。柔らかいタッチが、シャトルを捉える。


 ゆっくりとシャトルはネット前に落ちていく。月夜が腕を伸ばしても届かない距離だ。



 咆哮が轟いた。



 誰のものかなんて考えるまでもない。

 足は動かないまま、月夜は倒れ込むようにして飛び出す。頭から床に直撃し、鈍い音が鳴る。這いつくばりながら、それでも前に進み、腕を伸ばす。


 双葉は静かに目を閉じた。大神はそっと息を吐く。


 届いて、いなかった。


「ゲーム! マッチワンバイ篠原!」


 真琴が告げる。

 決着がついた。

 幕切れとしては、少しだけ呆気ない。だが見どころはあった。


「最後……朝日先輩、動いてたね」


「……そうだな」


「凄かったね」


「ああ。最後の一瞬、あの人は本気だった」


「どっちが勝ってもおかしくなかったね」


「いや、今だから言うが……どう転んでも篠原が勝ったと思うぞ」


「どうして」


「今回、勝敗を分けたのは、結局のところ……バドミントンへの誠実さだったからだ」






「勝った……?」


 信じられない気持ちで大樹は呟く。

 スコアを確認する。21点を先に取った。ゲームポイントも2になっている。

 嘘じゃない。夢じゃない。


 あの、朝日月夜に正々堂々と戦い勝利した。


 大樹が雄叫びを上げて、喜びを露わそうとしたそのときだった。



 ガンッ!! と強く固い音が体育館に響いた。



 ぎょっとして、音のした方を見やる。

 月夜が、拳を地面に叩きつけている。何度も、何度も。


 異様な光景だった。

 まるで幼い子供が駄々をこねるように、月夜は再び両手で地面を殴る。


「ちょっ、やめなさいよ、月夜」


 真琴も戸惑いを隠せていない。

 ここまでの激情を露わにする月夜を知らないからだ。


 月夜は立ち上がろうと、足に力を込める。しかし、足に負担がかかり過ぎたためか、自重を支えきれずにまた倒れ込む。


「大丈夫!?」


 真琴の手を借りて、月夜はもう一度立ち上がろうとする。しかし、真琴一人ではどうやら支えられないらしい。大樹は慌てて駆け寄る。

 月夜に肩を貸そうとする。


「……来ないでっ!」


 肩を押しのけられる。


「………」


 ちょっと軽くショックだ。

 バドミントンに本気になってほしかったから、悔しがってくれるのは嬉しいのだが。ここまで過剰な反応を期待していたわけではなく――


「……あ」


 月夜の充血した瞳を見て、大樹は少し距離をとった。

 デリカシーに欠けていた。

 大樹は翠にアイコンタクトを送った。翠が駆け寄って月夜の傍につく。


「月夜、お疲れ様」


「翠……ごめんなさい」


「なんで謝るの?」


「みんなに応援してもらったのに、最後まで頑張り切れなかった。すごく情けない」


「そんな風に思っている人は、ウチのクラスにはいないよ。……みんな来て!」


 翠の声に、階上にいた月夜のクラスメイトたちは動きを見せた。我先にと、月夜の元に走ってくる。騒然とする光景だ。


 女子生徒が月夜に抱き着く。


「惜じがっだよ、あざひさん!!」


 涙声混じりで月夜を励まそうとする姿を見て、他の者も続く。


「かっこよかった! やっぱり朝日さん、バドミントン上手い! 私感動しちゃったよ」

「っていうか立てる? 足つったりしてない? ちょっと男子――――は駄目だわ。何しでかすか分からないし」

「おいおい! 言いがかりだろ!」

「朝日。バドミントン部に戻る気はないのか? 辞めちまうのはもったいねえと思うぞ」

「……って、ああ!? 朝日さん泣いてんじゃんか!」

「なに!?」

「おい一年生――あんまり調子に乗るなよ」


 身の危険を感じた大樹は両手を上げた。降参のポーズ。

 溜飲が下がったのか、特待生たちは月夜の元へ帰っていく。


「足がつらいなら、ひとまず保健室か?」

「バカねー、男子は。先にシャワーでしょ。女子何人か手を貸してよ」


 女子何人かで、月夜を運んでいく。

 やがて、第二体育館からは翠を含めた約四十人が姿を消した。


 一気に静かになった。


 と思ったら今度は男子生徒が数十人ほどなだれ込んできた。

 バスケットボールを持っている。


「あ……」


 部活練習交代の時間だ。

 バドミントン部は迅速に撤収作業に入った。



 その日の下校時間を迎え、大樹はダッシュで教室を飛び出していった。

 明日の文化祭について、最後の打ち合わせが長引いてしまった。もしかしたらもう全員集まっているかもしれない。


 大樹がバドミントン部の部室についたとき、予想通り全員が集合していた。


「やっほー。篠原くん。お久しぶりだねえ」


「相馬さん!?」


 懐かしい顔が何食わぬ顔をしてまぎれこんでいる。

 相馬遥斗はバドミントン部の元副部長だ。引退後はこれといった接点はなく、おとなしく受験勉強をしている。今日もこれから塾だと言って嘆く彼を見て、同学年であるはずの真琴の将来が不安に思えてきた。


「さてみんな揃ったところで、始めますか。進行役を務めてほしいって真琴に言われたから来たけど、久しぶりにみんなの顔を見れて嬉しいよ」


「真琴って呼ぶな」


 お決まりなやり取りをしたところで、全員の視線が月夜に向く。


 すっと、月夜は立ち上がる。彼女は綺麗な姿勢で前に出ると急に頭を下げた。


「今回の一件、私の身勝手な行動でバドミントン部へ多大なご迷惑をおかけしました。この場をお借りして、深くお詫び申し上げます」


 堅すぎる謝罪に、部員は面食らう。

 今日の対戦が終わった後、大樹は月夜からメッセージを受け取った。



 ――部員全員を集めておいて



 それぞれみんな忙しかったはずだが、月夜から連絡があったことをグループで伝えると全員了承してくれた。

 あの場では、話もできず流れてしまったから皆としても落ち着かなかったのだろう。


「それで?」


 真琴は厳しい態度だ。

 そんな彼女を相馬が軽く小突いた。言い方気を付けようね、と。


 月夜は唇を真一文字に結んでいたが、やがてその言葉を紡いだ。




「もう一度、バドミントンを続けたいです」




 大樹の目頭が一瞬で熱を帯びる。

 まさか本当に涙を流すわけにもいかないから必死にこらえる。


「でも、皆さんは私のことを許せないかと思います。何でもやります。どうかこの部活に、皆さんの傍に置いてください」


 そう言って、再度頭を下げる。


 誰も何も言わない。月夜も微動だにしない。


 停滞する話し合いに、相馬が一石を投じる。


「えっと、色々あったことは把握しているけど。やっぱり現役たちの判断に任せたいんだよねえ。現部長から、何か言うことは」


「では」


 蒼斗は提案する。


「現在部員として所属している者だけで、多数決を。朝日月夜の復帰に賛成か反対か。それを部活としての正式な判断とします。あ、双葉さんもちゃんと挙手して」


「は、はいっ!」


「では賛成の者は挙手を」


 大樹は迷いなく手を挙げた。

 蒼斗はあたりを見回し、宣言する。



「賛成多数――――満場一致で朝日月夜のバドミントン部復帰を認めます」



「ちょっと、待って」


 月夜によって静止がかかる。


「こんなあっさりで、いいの? 私としては、皆にはもっとよく考えてみてほしいと思ってる」


 だが、蒼斗はこれ以上何も話すことがないとばかりに素知らぬ振りをする。

 月夜は咲夜に目を向けた。


「咲夜。副部長として、一人の人間としてその判断で本当にいいの?」


「――私は」


 重々しく咲夜は口を開く。


「篠原との試合でどんなに凄いプレイを見せて、強さを示したとしても絶対に反対にするつもりだった」


「だったらどうして」


「あんなもん見せられて、反対に出来るやつなんているわけねえだろ」


 途中で割りこんできたのは、沈黙を保っていた芝崎だ。


「相馬先輩だけは見てねえから分からないだろうけど、他の全員はもう知ってるんだよ。お前はもう、いい加減な理由で投げ出さないって」


「へえ。そこまで良いものが見れたの? 僕もその場にいたかったなあ」


 気の抜けた会話に、空気が弛緩していく。


「俺も。前は朝日先輩をただ強いだけの人だと思ってたけど、今はそれだけじゃないと分かる。だから反対はしない」


 大神も文句はないらしい。


 月夜と大樹の視線が交錯する。自然と笑みがこぼれる。


 月夜は拍子抜けという感じで肩をすくめる。


「でも問題があるかもしれない。私が戻ったら、また部員が戻るかもしれない」


「おおー、客観的に自分目当ての人間がいるってようやく理解した?」


 咲夜が茶々を入れる。


「気付いていないふりをした方が良いと思ってた」


「自分のことを可愛いって思ってるくせに、『そんなことないですぅ』って態度の奴の方が嫌われるよ」


「気を付ける」


 月夜が真顔で言うので、皆吹き出してしまった。


「まあ、俺は今更戻ってくる奴は全員お断りするよ。部長権限で」


「その言う割に……随分可愛い子がやってきたね」


 双葉が元気よく立ち上がって、月夜に握手を求める。


「初めまして。先日入部しました、双葉亜樹です! 初心者ですけど、頑張ります! 朝日先輩と一緒にバドミントンが出来るかと思うと、すごく嬉しいです」


「改めて、よろしく。これで女子は三人、男子は四人……。あと一人男子がいれば団体戦に出られたのに……」


 月夜の盛大な勘違いに、くすくすと笑いが起きる。

 月夜は何事かと首を傾げる。


「あの、センパイ……亜樹は男です」


「…………冗談やめて」


「マジです」


「………」


「あははは! 朝日何その顔! アンタもそんな間抜けな顔をするんだ!?」


 笑い転げる咲夜を尻目に、月夜は双葉に詰め寄る。


「あなた、本当に男子……?」


「そ、そうです」


「こんなに可愛いのに……!?」


「て、照れますぅ」


 やかましい雰囲気になってくる。

 大樹がなんとなく、彼女たちの(一名は女にしか見えない男だが)やり取りを眺めていると耳元で真琴が囁いた。


「本当にいいの?」


「うわっ、びっくりした」


 予想外に距離感も近くて、そういう意味でもドキドキする。


「何か問題でも?」


「今はそういう空気にあてられて、殊勝な態度になっているだけかもしれないよ? 明日には化けの皮が剥がれるかも」


「なんでそういう怖いこと言うんですか。真琴先輩自身、そんなこと微塵も思ってないくせに」


「……だとしても、よ。月夜と上手くやっていくなら、それなりに覚悟が必要だよ。わかってる?」


「なんか、同じことを高宮にも言われました」


「え、そうなの?」


 素で驚かれる。「もしかして私ってあの子と同じ思考回路なの……?」とだいぶ失礼なことをおっしゃっている。


「なんて答えたの?」


「別に大したことは言ってないですよ」


 大樹は声を潜める。月夜に聞かれたくはない。


 一言一句、正確に覚えている。

 そのままの言葉を真琴に伝える。


 すると真琴は何故か顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「は、はっずー」


「え!? なんか変ですか?」


「変、ではないけど……。なんで君、それで月夜と付き合ってないのかが、もう意味不明で」


 真琴は手を叩いて、注目を集める。


「はいはい、今日は解散! 明日は文化祭楽しめ! 明後日は男子試合頑張れ! んでもって、篠原くんは月夜と一緒に帰れ! 以上!」


 一つだけ変な指示が含まれていたが、その場はそれでお開きになった。



 この日。藍咲バドミントン部は、朝日月夜を取り戻したのだった。


ふへえ……やっと終わった。

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