「楓でいい」
更新が遅れてしまって、ごめんなさい!
何故あんなことをしてしまったのだろうか、と楓は考える。冷静になってみると自分らしくない行動であることが今になってわかったのである。
「いや、あのですね、あれは事故みたいなものと言いますか。説明すると長くなってしまう複雑な事情がありまして――っていうかお前も何か言えよ!! お前がやった張本人だろ森崎!!」
横で大樹がぎゃあぎゃあ騒いでいるが無視。
今、大樹と楓は問題児として職員室の教師陣から手厚い歓迎を受けていた。さっきの出来事が、どうやら学年主任に目撃されていたようなのである。大樹が困り果ててしまっているのとは対照的に楓はぶつぶつと何かを呟いては『考える人』のポーズをとっていた。
そして、彼女の脳内は実にシュールなことになっていた。
『それでは会議を始めたいと思います』
十人程度の小さな楓が、テーブルを囲んで座っている。一人が立ち上がりホワイトボードに何かを書いていく。
『今日の議題は、加藤さん殺害事件についてですね』
議長っぽい白い髭を生やした楓が宣言した。
『いや、殺してないから』
『まったく大人気ないことをしてしまったものよ』
『というか、私って意外とすごいんだな。男一人を震え上がらせたぞ』
『まあ、私って何でもできるしー。当然っしょ』
『話が逸れているのだが』
議長の言葉に残りの楓たちが姿勢を正した。
『で、なんだっけ』
『なんで加藤にあそこまでしちゃったんだろうね』
『それな』
『まあ、ぶっちゃけイラつくじゃん、あいつ』
『せっかく私も手伝ってやってるのにさー。なにが心の中で笑ってるだろ、だよ』
『的外れな決めつけがうざかったな。てめえのことなんか、どうとも思ってねえって』
『てか、この会議めんどくね? 解散、解散!!』
『待って!!』
今まで発言していなかった楓が手を挙げた。他の楓とは雰囲気が違う。目がキラキラと輝いていて、何故だか分からないが天使のような羽が背中から生えている。
『どうして、目を背けようとするの? 私は、篠原くんのために怒ったんだよ!』
次の瞬間、天使が残りの楓にリンチにされ、会議はうやむやになってしまった。
結局、結論は出なかったのである。
「あれっ、会議は?」
「会議? 話し合いならとっくに終わったよ」
気がつけば、大樹と楓は職員室の外にいた。楓が頭の中でくだらない妄想劇をしている間に大樹は懇切丁寧に一通りの事情を説明した。肝心な問題児本人が何もしてくれなかったおかげで随分と時間がかかってしまったが、加藤にも原因の一端があったことはどうにか認めてもらうことができた。
「はあ……、もう」
「溜息の数だけ幸せが逃げると言いますね」
「誰のせいだよ!?」
どうにも彼は異常なテンションを発揮しているらしく沸点がやたらと低いことになっているようだ。まったくこれくらいで声を荒げるなんて……キレる若者こわい。
「どういうつもりだよ」
もう一度、大樹は問いかける。しかし楓の中にその答えはない。結論はまだ出ていない。
「……ん、もちろん、君のためだ」
彼女は天使の御告げに従うことにした。照れ隠しに適当な補足を付け足しておく。
「加藤の発言は度を超えるものがあった。君がどう感じていたかは知らないが私には看過できるものではなかった」
はたして本当にそうなのか? 楓に自覚はない。自問自答が頭の中で繰り広げられるがやはり無駄だった。それを聞いた大樹はまた嘆息をした。
「ま、いいか。スカッとしたのは事実だし……ちょっと嬉しかったよ。ありがとう」
だが次の瞬間には、頬が緩み彼は苦笑していた。
「やっぱ俺も一言ガツンと言っとけばよかったかな。何やってんだろ俺」
「まったく君はなんて気の小さい人間なんだ。困ったときは私を頼りたまえ。助けてやろう」
「……お前って実はいいやつだよな」
(は?)
今、この男は何と言っただろうか。いいやつだと? それは見当違いとか的外れなんてものを通り越して滑稽に思えた。楓は自分のことを『実はいいやつ』などと思えない。それなら断然大樹の方が……。
「いつも何考えてるのか分からない不思議なやつだと思っていたけど意外と人間味があるというか。これじゃお前を責めづらいな」
頭をぽりぽりと掻きながら大樹ははにかんで笑顔を見せた。
(………)
「おい」
「ん?」
さっきから黙って聞いていれば、好き勝手言われてしまっている気がする。やはりここはビシッと指摘しておくべきだ。自分は決していいやつではない!!
「君、さっきから私のことを『お前』と呼ぶのはやめろ。不愉快だ」
なんかずれた。だが、おかしいと思いつつも今更だろうから細かいことは気にしないことにした。
「あっ、悪い……」
大樹は咄嗟に口元を押さえた。確かに、友人同士の間柄でも『お前』と呼ばれることが嫌いだという人間は多い。先輩後輩、夫婦といった関係ならまだしも大樹と楓はタメである。調子に乗ってしまったと大樹は反省した。
「ごめん、もりさ――」
「楓でいい」
「へ?」
「楓でいいよ」
大樹は楓の突飛した発言に頭が真っ白になった。
女子生徒を下の名前で呼ぶ? なんだ、それ。まるでリア充ではないか。それを目指してはいるが。
(いや、落ち着け、俺。落ち着くんだ)
こんなことぐらいで動揺していてどうするのだ。大樹には中学時代、付き合っていた女子がいた。毎日登下校を共にし、そこらへんのバカップルのようにイチャイチャした。女子を名前で呼ぶくらい何ともない。
……はずなのだが。
「かっ、かえっ、か――――楓?」
「どうして疑問形なんだ、大樹」
「!?」
一瞬、大樹は胸が高鳴るのを感じた。そして徐々にその熱が体中に広がっていく。大樹は途端に恥ずかしくなって顔を俯かせた。
さっきも前述した通り、大樹には彼女がいた。名前で呼び合うようなことももちろんした。ただ、大樹がその頃感じていたのは、ぎこちなくてカップルの真似事をしているような……いかにも子供っぽいという自分の印象だった。
それに比べて、楓が大樹の名前を呼ぶと自然な感じで鼓膜を震わせてくれる。なんと心地のいい響きだろうか。
ところで、大樹の頬の赤みが引いたのはそれからしばらくたってからのことだったという。