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「お手本を見せてあげる」

今回で試合を終わらせたかったですが、無理でした……(´・ω・`)

 セカンドゲームは大樹が奪取した。

 インターバル以降、月夜は瞬く間に調子を取り戻して大樹を圧倒した――なんてことはなく、そのままの点差を維持したまま大樹がゲームポイントを取った。


 だが後半の月夜のプレイは懸命だった。拙いフットワークながらも必死でシャトルを追い、一心不乱に返球する姿はギャラリーの心を掴んだはずだ。月夜が得点すれば喝采が起き、失点しても激励して場を盛り上げる。月夜は完全に観客を味方につけている。ほとんどはクラスメイトだから、元から身内のようなものだが……。


「いいね」


 真琴がそう呟いた。大樹がセカンドゲームを制したことに賛辞を送ったわけではないのは、理解できた。大樹も、最終セットまでこぎつけたことに安堵は覚えつつも、それ以上に月夜の変化が喜ばしかった。


「別人かと思うくらい下手くそなのは変わらないけど、今の月夜はどうすれば篠原くんに勝てるのかを模索して、もがいてる。良い傾向よ」


 満足げに真琴が何度も頷く。

 試行錯誤が得意な真琴にとって、本能だけで動く選手は相容れないのだという。


 大樹としても惜敗したファーストゲームより、勝ったセカンドゲームの方がハラハラさせられた。それでも正直なところ、物足りなさはある。


「真琴先輩、アドバイスしにいかなくていいんですか?」


「月夜に? してもいいけど、必要ないと思う」


「なんでですか」


 真琴が無言で指差す。

 大樹が視線を向けた先には、月夜と翠がいる。それはいいのだが、少し離れたところで咲夜がスポーツドリンク片手に挙動不審な姿を見せている。

 近づこうとして足を上げるが、再び同じ位置に戻る。


「月夜、すごい汗だけど平気?」


「ちょっと疲れる。喉も渇いたし」


 足踏みを続けていた咲夜が、そっと月夜に歩み寄る。


「ほらよ」


 ぶっきらぼうな口調で、無造作にドリンクを放る。月夜は咄嗟にそれをキャッチした。


「……咲夜」


 驚いたように、月夜は友人の名前を口にした。


「もらっていいの?」


「お前に買ってきたんだよ。いいから飲めって」


「篠原くんの味方をしなくていいの?」


「あたしは贔屓なんてしない。バドミントン部全員の味方だから」


「……私は部員ではないけれど?」


「――――はあっ!? い、今そういうの関係ないだろ!?」


 と、なんとも珍妙なやり取りを繰り広げていた。

 同時に微笑ましくもある。


 月夜には、翠と咲夜がついていれば問題ないだろう。


「すみません、真琴先輩。最終セットは、俺の好きなようにプレイしてもいいですか」


 真琴は険しい顔でこちらを睨む。

 生意気が過ぎたか?


「そもそも、今日に関しては私の指示なんて聞いてないじゃない」


「すみません」


「別にいいけど。月夜に何か言いたいことがあるんじゃないの? プレイの中で」


 中々鋭いな、と感心する。


「高宮と試合したときのあなたと、雰囲気が似ているから」


 そうだろうか? 大樹は首を傾げた。

 あのとき、自分はどんな気持ちで試合に臨んでいただろう。高宮と初めて試合をしたのはほんの数週間前だというのに忘れかけている。あれから何度も試合をしたからだろうか。


 二分が過ぎて、大樹と月夜はコートに入る。最終セットは、インターバルを挟んだらまたコートチェンジになる。公平性を保つためだ。シャトルを目で追って、照明と重なることも多い。


 月夜が体を硬くしているのがわかる。クラスメイトからは、そんな彼女にひっきりなしに声援がかかる。彼女は今までにない状況下で試合をしているせいで、本来のプレイスタイルを見失っているようにも見えた。


 ある意味で、月夜は場の空気に呑まれているのだ。


「センパイ、覚えてますか」


 真琴のコールがされる前に声をかける。

 緊張感を滲ませた表情のまま、月夜は大樹の言葉に耳を傾けようとする。


「中学で俺の指導をするときに、センパイはこう言いました。バドミントンは素直なスポーツ。シャトルは真っ直ぐに飛んでいくって」


 月夜は、しかしピンと来ない様子で首を傾げる。顎に手を当て思案する。

 やはり、そうか。覚えていないだろうとは薄々思っていた。月夜は効率的な指導のためにそう教えたに過ぎないのだから。

 だが月夜が覚えていなくても、大樹にとっては大切な教えだ。


「しっかり伝えないと、羽は応えてくれませんよ」


 月夜は混乱したみたいな顔をしている。


「ちゃんとラケットには当てているけど……?」


 見当違いな返答をされて、大樹は苦笑した。

 少し試してみるか。


「ファイナルゲーム! ラブオールプレー!」


 ファイナルゲームが今、幕を挙げる。


 大樹はシャトルを高く、頭上の位置まで掲げた。

 それを見た月夜と、他の部員たちは訝しむ。ここまで、大樹はシャトルを前方に突き出して行うバックサーブで試合を進行させていた。


 大樹が手を離す。シャトルは自由落下を始めた。インパクトの瞬間を見極め、すくい上げるようにしてラケットを振るう。


 シャトルは高く舞い上がった。なだらかに軌跡が描かれているのを見て、大樹は「あっ……」と声を漏らした。月夜はシャトルを追わない。その動きに見入っているようだった。瞳を大きく開けている。


 落下地点はエンドラインの外側だった。それも大きく。


「慣れないことはするもんじゃないな、やっぱり」


 あっさりと失点する。異様な光景だった。バドミントンに多少心得がある者ならば、今の大樹のサーブは愚行もいいところである。ファイナルゲームにおける一点が、どれだけ重いものかを理解していないはずがないのに。


 全員が呆けている――――ただ一人、月夜を除いて。


「篠原くん。君は本当に……」


 そこで言葉を切った。

 白い歯を覗かせ、笑みをこぼす。彼女はラケットヘッドを使ってシャトルをすくい上げた。


「お手本を見せてあげる」


 月夜はシャトルを目線の高さに構えた。左足の爪先はわずかに浮いて、右腕は少し引いている。ラケットがなければ、格闘家が戦いの前に集中力を高めているかのようだった。

 瞑想に似ている。月夜は瞳を閉じた。息を吸い込み、そして吐く。目を開いた月夜と、視線がぶつかった。彼女は口元を綻ばせた。


 一瞬、見惚れる。


 シャトルが打ちあがったのを見て、慌てて大樹はバックステップした。大樹の足はコートの外に出ていた。下がり過ぎたとは思わない。月夜のサーブの落下地点はおそらくライン上になる。大樹はクリアで返球する。


 月夜はホームポジションで悠々と待ち構えている。


 月夜がステップを踏む。予想落下地点より少し後ろへ下がり、左手を天へ伸ばす。

 次の動作へ淀みなく移行し、その上一切無駄がない。まるで川を流れる水のようだ。

 落下していくシャトルへ、インパクトの瞬間を合わせる。


 全ての動きがスローモーションで見えていた。視覚からの情報は、大樹に動けと指示を出している。しかし、釘付けとなった視線は動かせそうにない。


 放たれたストレートスマッシュは、勢いが一切殺されることなく大樹の胸を直撃した。



『う、うおおぉぉおおおお!?』



 先ほどまでとは打って変わって、触れれば壊れそうな危うさは鳴りを潜め、正統派としての洗練された身のこなしと、迷いない一撃を秘めたショットを月夜は取り戻した。観客が沸くのも道理だ。篠原大樹が中学時代から見て、憧れ続けた理想的な姿。


「朝日月夜だ……」


 誰かがそう呟いたのが聞こえた。


 基本に忠実で、言葉通りお手本のようなフットワークとラケットストローク。一途に先達が積み重ねた合理性を追求し、バドミントンプレイヤーとしての理想形を体現している。

 見惚れない方がおかしい。


「やっと、ですね」


 感慨深く思う。

 このプレイを、待ち焦がれていた。これからもずっと見ていたい。


「いいの?」


 月夜にシャトルを渡すとき、主審の真琴に声をかけられた。


「これで君が勝つ可能性がぐっと小さくなったけど」


「絶対に楽しくなりますよ。真琴先輩も分かってて聞いてますよね?」


 真琴が肩をすくめた。図星なのだろう。しれっと視線を外した。

 実際、ここからしばらく月夜の独壇場が続くことになる。


 策を弄することなく、ストレートに放ったショットで笑っちゃうくらい決められていく。真っ直ぐ飛んでくるのは分かっているのだが、速く正確なショットは簡単にレシーブできない。

 一度甘い球を返したところ、容赦なくプッシュを叩き込まれてシャトルが見えなくなった。床を反射して大樹の額に当たるまで失点に気付くのが遅れた。


 月夜のプレイは静寂を生み出すのが常だった。ラリーを続かせずに、ほとんど一撃必殺で淡々と得点していくスタイルは、観客から言葉を失わせるのだ。見目麗しいのも、関係している要素だと思う。


「すげえぞ朝日!」

「このまま勝っちゃって!」

「ゴッ、ゴッ、ゴー!!」


 だが今、彼女は――否、月夜だけでなく大樹も喧騒の中にいる。

 スポーツ選手にとって場の空気は意外とないがしろに出来ない。冷たい雰囲気の中では心まで冷め切って、満足に自分のプレイが出来ない。


 だからこそ思う。こういう空気の中で月夜と対戦できる時間はかけがえないものになる。


 月夜は多少余裕があるのか、時たま階上のクラスメイトに手を振る。その度に黄色い声が上がる。


「何やってんだ篠原ァ! しっかりしろ!」


 対照的にこちらへ送られてくるのは罵声だ。ちなみに先ほどから大樹を叱咤しているのは大神だ。大樹の不甲斐ない姿を我慢できないようだ。


 まったく、もう少し気を遣ってくれてもいいのに。――俺も出来れば女子から応援をされたい。この際、亜樹でもいい。あいつは声まで女子っぽいのだ。


 絶え間ないラリーにシャトルが悲鳴を上げ、月夜が交換を申し出る。

 ゲームがしばらく途切れるのを見計らい、大樹は天井を見上げた。荒い息を吐く。少しの間でも体を休ませて呼吸をととのえておきたい。


 視線を下に戻そうとしたとき、視界の端で見慣れた顔を見つけた気がした。

 月夜のクラスメイトが集まっている階上よりさらに上には、小窓がある。昇降口のすぐ横に位置しており、この第二体育館を見下ろすことが出来るのだ。


 そこにぽつんと。


 楓の顔があった。


「………」


 時間にして数秒、お互いに顔を見つめてしまったと思う。

 楓はハッとなって、そこから消えてしまった。ただ、そのまま注視していると再び楓が戻ってきて、また目が合う。気まずそうにしていたが、楓はその場に留まることを選んだらしい。


 ……いつから見ていたのだろう。

 嬉しいような恥ずかしいような、どういう表情をしていいか分からずに大樹は変な顔になる。楓には、あまり格好良くないところを見られたくない。


 正直な気持ちを吐露すると。

 この第三ゲームは負けてもいいと考えていた。

 この対戦の目的は、月夜をバドミントンで本気にさせることだった。月夜が昔からの自身のスタイルを取り戻した時点で、その目的は果たされているのだから勝負にこだわる必要はない。なんなら月夜に勝ちを譲った方が終わり方として綺麗だし、もしかしたらまた部活に戻ってくれるかもしれないという打算もあった。


 今更ながら重大な見落としに気付く。

 気が変わったと言ってもいい。


 多分、そういう下心は誰かに見抜かれる。

 そうなったら、大樹は今後顔を上げて歩いていけない。一生後悔することになりそうだ。


 それに月夜に関しても。この程度の満足感で終わっていいはずがないのだ。なにせ朝日月夜は普通ではないのだから。今は良くても明日はどうなっているか分からない。


 絶好調な月夜は敵なしだ。しかし、だからこそそんな彼女に一泡吹かせなくては、今日の試合内容が彼女にとって取るに足らないものに成り下がってしまう。



 ――俺はあの人にとってのその他大勢じゃない。モブキャラなんかじゃ終われない。



 月夜をもっと苦しませたい。

 ファーストゲームの集中力を手放したのが悔やまれる。あの状態なら、今の月夜にも引けを取らなかっただろうに。


 いや、あんな偶然の産物に頼ってちゃ駄目だ。


 一瞬で自分の全力を引き出せるのは、一握りの天才だけだ。

 そんなものに縋らなくたって、戦い方は皆から学んだではないか。


「来いよ、センパイ……!」


 幾度目かの、月夜のフォアサーブ。また高い軌道。だけどいい加減慣れてくる。スムーズに後退し、クリアで奥へ押し込む。

 とにかく、ラリーを続けさせたい。コートを広く使い、シャトルを散らして走らせる。


 月夜のスマッシュに合わせて、直感的にラケットを伸ばす。ガンッ! と衝撃が手の平、腕にと伝わってくる。


「よし!!」


 ラケットを握っておくだけで、相手のスマッシュの勢いをそのまま跳ね返すストップショットになる。シャトルは緩やかな速度でネットを越えていく。ファイナルゲームで初めて、月夜を前に誘い出すチャンスを得た。


 当然、月夜は球を拾いに行く。


「はやっ!?」


 というか長い。ホームポジションから、ほぼ一歩で距離を詰めてくる。腕と足のリーチの長さがそれを可能にした。

 腕を伸ばしきった状態で、クロス方向へのショットを繰り出せるとは思えない。大樹はその場で跳躍した。


 月夜のロブに、早いタイミングで触れる。奥へ飛ばす。最前から最奥へ、月夜を動かす。決まればそれでいいし、そうでなくても返ってきた球をさらに押し込んでやる。


「……っ!?」


 月夜が背中を向けている。まさか、と思う頃には遅い。バックスマッシュが、ストレートスマッシュとほぼ変わらない威力で放たれる。また追えなかった。


「うおお!? すげえ! 今後ろ向いたまま打たなかったか!?」


 階上が騒がしいが、大樹自身も驚いている。

 さきほどの大樹のショットは月夜の頭上を越えていたのだから、いち早く返球したいならハイバックでシャトルを捉えるのが合理的だ。


 だけど届かせない高さと距離の感覚を狙ったつもりだったし、月夜はラウンドで正面を向いたまま打ってくると思い込んでいた。予想を裏切られる。


 今、大樹は二種類の事実を見た。


 一つ目は、月夜は昔のスタイルだけでなく高校生になって以降の新しいスタイルを織り交ぜて戦うことが可能だということ。お行儀の良いだけのプレイだけでなく、時には荒々しく過激に攻めてくるかもしれない。


 二つ目は……体格と身体能力の話になる。

 こうして向かい合い、本気で試合して初めて実感する。女子にしては高い身長と、すらりと長い手足。そしてその体格を存分に活かす、潜在能力。守備範囲と攻撃可能範囲が、とんでもなく広いのだ。


 だからさっきの場面も、取らせないつもりだったのにあっさりと押し込まれた。

 月夜は何のテクニックも使っていない。ただ速いから、手足が長いから追いついたのだ。


「だったら」


 基本に立ち返って、ボディを攻める。

 そう思って臨んだドライブ合戦は、たいしてラリーが続くことがなく終わった。もちろん大樹の失点で。


「不用意だぞ! 悪手を選んでどうする!?」


 だーっからわかってるってば。


 舌打ちしたくなる。


 四隅に散らそうとすれば守備範囲に捕まって反撃に転じられる。かといって、真っ向勝負をすれば分が悪い。確実に負ける。


「どう攻めればいいんだよ……」


 ここまで完成度の高い選手と戦ったことがない。経験の差が露骨に現れている。


「マジで強い……」


 笑っちゃうくらいに、手も足も出ない。

 ラリーを続けて粘っていけば、スタミナ勝負に持ち込めるだろうか。いや、多分そうなる前に仕留められてしまう。


 何か、突破口はないだろうか。


「足掻くんだ、篠原! 朝日が隙を見せるまでシャトルを落とさない、それだけ考えろ!」


 蒼斗が外から声をかけてくれた。

 咲夜が後に続く。


「頑張れ、篠原! 男なら意地見せなよ!」


 大樹は呆気にとられ、慌ててただ頷いた。


 大樹も大樹で、自分が応援されるのに慣れていない。特に、今みたいに気持ちの込められた言葉は……かけられたことがあっただろうか。


 ショットのクオリティで大樹は完全に月夜に負けている。

 蒼斗の言う通り、今はこらえていくしかない。


 再び月夜の猛攻が開始される。

 ここにきて、目と体が慣れてきたのかなんとか返球はできる。月夜がストレートショットに拘っているのもその要因か。月夜は得意なショットを抑えてゲームメイクはしない。シャトルが真っ直ぐ飛んでくるとわかっているから、ラケットの面をそこに合わせておくことで対処できる。


 ……どれも沈んでくるショットだから、上げ過ぎてしまわないように力を加減するのはめちゃくちゃに難しいが。


「ここが、また勝負どころか……!」


 大樹が前に出ようとしたところで、月夜が大きくシャトルを上げてきた。

 ちょっと反応に遅れる。


「思考の幅が狭い、篠原くん! 自分がやられて嫌なことくらい分かってなさい!」


 真琴に怒られる。

 月夜も、考えながらプレイをし始めている。彼女のゲームメイクは真琴ほどではないだろうが、バドミントンは心理戦が絡むと途端にレベルが跳ね上がる。鬼に金棒を持たせたくない。


 シャトルの落下位置に追いつきそうもない。

 そのとき大樹に妙案が浮かんだ。こういうショットをしたら、月夜はどう反応するだろうか。


 大樹は後方に飛び、ラケットを振る。スイングはシャトルを捉えることなく空振りした。

 月夜が少しだけ気を抜いたのがわかった。

 大樹は着地と同時に、体をひねって再びラケットを振る。


「はあっ!?」


 誰かが戸惑いの声を上げる。

 ここまでの試合展開で、シャトルが迫ってきたら行われるアクションは打つか、ミスするか、空振りするかの一つずつ。

 イレギュラーな戦い方を見せた大樹を、信じられないものでも見ているかのように認識するのは無理もない。


 月夜も油断があって、足が動き出すまで猶予があった。

 やっとのことで届いたラケットがシャトルを弾いてくる。


 ――ここでもさらに仕掛ける。


 大樹はラケットの振りとは逆方向に、シャトルをカットした。

 変化に対応しきれなかった月夜は、それをただ見送る。


「サービスオーバー、4-9」


 なんとか得点できた。


「今のはスカッとしたぞ!」

「すごいです、大樹さん!」


 大神と双葉から惜しみない称賛を受ける。


 ぶっつけ本番だったから怖かったが、高宮に教わっておいて良かった。

 特に最後に決めたクロスヘアピンは、初めて高宮に見せてもらったときは驚天動地だった。手首の動きが全く読めないのだ。


 今のは大樹でも扱えるように簡易化したものだ。高宮ならもっと、相手に読ませない。このショットは乱発してはいけない。こういうショットも打てるのだと、相手に警戒させるのが一番効果をもたらす。


 月夜も、今のプレイには見覚えがあるだろう。二年も高宮のことを追い続けてきたのだから。

 月夜の纏う空気が明らかに変化した。ここにきて、さらに凄みが増している。

 勘弁してくれと思うと同時に、面白くもある。

 もう月夜に、バドミントンがつまらないなんて言わせない。


 そしてここで、大樹は活路を見つけることになる。


 長い打ち合いの末、月夜の沈むドライブに対応しきれなくて高く上げてしまった。

 月夜が構える。

 あのフォームはスマッシュを打つときの体勢だ。大樹は距離をとり、レシーブの体勢を取る。おそらくまたストレートだ。


 ふと、月夜の瞳が揺らいだ気がした。


 月夜はハイジャンプして高い打点でシャトルを捕まえた。放たれたショットは、ネット前に低速で落下していく。ドロップショットだった。


 大樹は前に飛び出し、プッシュで得点する。


「!?」


 対戦相手である月夜はもちろん、観戦していた部員たちも動揺を隠せない。主審である真琴もスコアのコールを忘れていた。


 ありえないタイミングで、大樹は足を前に出していた。

 スマッシュを警戒すべき場面で、通常は叩こうなんて発想にはならない。

 だが大樹は、今の自分のプレイをまぐれでないと主張できる。


「……掴んだかも」


 突破口を。


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