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「選手の力が一番伸びるのは」


 六花総合との合同練習日を迎えた。よく晴れた日曜日だが、十月になってからというもの、肌寒くなっている。特に朝は一層厳しい。


 六花までの道程は、藍咲学園のメンバー全員と行くことになった。ちなみに、既に引退したはずの真琴もいる。彼女が統率の役割を担う。このご時世、学校までのアクセスなどスマホで簡単に調べられる。それでも現地集合にしなかったのは、多分遅刻防止のためだけではない。


 藍咲学園は他校との練習経験がないという。蒼斗から聞かされた。


 はっきり言おう。大樹は興奮していた。これから向かう場所は全国クラスの猛者が集う戦場とか、そんなところに自分が行くなんて命知らずだとか、ネガティブな感情ばっかりだったはずなのに、皆がいるとそんな気分にはならない。


 今この瞬間、大樹が信じている人たちが一緒にいること。それが嬉しい。


 真琴が先頭に立って、生真面目な表情で誘導をこなしていて。蒼斗もそれとなく手伝っている。

 大神は無口ながらも気持ちが昂揚しているのか早足になって、それを咲夜が追いかける。

 芝崎は明らかに緊張していて顔が強張っている。

 双葉は相変わらず今日も女の子にしか見えない格好でしきりに話しかけてくる。


 願わくば。


 ここに月夜の姿もあってほしかったが。


 もしここに月夜がいたら、どんな顔で歩くのだろう。多分、無口でちっとも笑っていなくて、誰かが気を遣って話しかけてようやく言葉を返してくれるんだと思う。それで、気遣われたことに気付かないんだと思う。


 いつか、彼女が戻ってくる日は訪れるのだろうか。


 六花総合に辿り着いた一同は、全員言葉を失う。事前に、生徒数が数千人のマンモス校だとは聞いていたが、なかなかにデカい。人の出入りも激しい。流石、どの競技も全国区の強さを持っている学校だけある。設備も充実している。


「来たね」


 体育館……というよりアリーナと表現した方が正しいか。その入り口で高宮凛が待ち構えていた。出迎えを名乗り出たらしい。

 藍咲メンバーを先導して、案内される。


「藍咲学園の皆様、お連れしましたー!」


 高宮が声を張り上げた瞬間、




『こんにちは!!!!!!!』




 地震でもやってきたのではないかと思うくらいの揺れを感じる。部員全員による挨拶。流石強豪。人数の厚みが違う。藍咲も全員でやり返したが、なかなか敵わない。


「はい、どーもー! よくぞいらっしゃいました! わざわざご足労いただいてすみませんねー!」


 かなり陽気な人物がやってくる。この人が、監督か。後ろにはコーチらしき人物が何人かいる。指導者の人数まで豊富か。

 真琴が前に出る。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。他校との練習は滅多にないことですので、本当に楽しみにしていました」


「おー、嬉しいこと言ってくれるねー! じゃあ早速試合する?」


「いえ……まずはアップ運動からにしましょうか」


 朝から夕方までの練習予定だ。今から試合をしていては体力がもたない。

 藍咲のために用意されたスペースに移動し、準備を整える。大樹はちらりと六花総合の練習に目を向けた。


 やはりというか、全員の質が高い。ただ単純に、走る、止まる、打つ、動きひとつひとつが洗練されている。シャトルの音を聞けば、実力が知れるというもの。朝日月夜が何人もいるような感じだ。

 ただ――


「女子しかいないんですね」


 六花総合には残念ながら男子バドミントン部は存在しない。


「油断しないことね。彼女たちは常にハードな練習に耐え、そして試合という舞台でずっと勝ち続けた人なんだから」


 真琴の言う通り、雰囲気がある。選手たちはかなり高い集中状態にいるようだ。よく見ると、全体で同じメニューをこなしているわけではないようだ。おそらく、自分が必要だと思った練習をしている。


「あそこでノックをしている彼女。あれは去年全国大会でベスト4になった生駒桃子だね。それにその向こうでスマッシュをしているのは辻美雪。彼女も全国有数の実力者だよ。この機会によく観察しておきなさい」


「はい。結構詳しいんですね?」


「うん。……そうだね」


 含みのある言い方。しかし大樹はそれには気付かなかった。


「ところで真琴先輩は、結構俺たちの練習に度々付き合ってくれますけど、大丈夫なんですか」


「何が?」


「例えば受験勉強とか」


 ふん、と真琴が不満げに鼻を鳴らす。余計な一言だったろうか。

 真琴は腰に手を当て、虚空を見つめる。


「逃げたい時もある」


「ダメじゃない!?」


「シャトルを触っている間は、とても落ち着くの」


「俺嫌ですよ。来年真琴先輩がしれっと浪人しているの」


 しかも責任の一端が自分にあるような気がしてならない。この一件が全て終わったら、お礼に学業成就のお守りを渡してみようかな。


 いよいよ合同練習が始まる。


 午前の時間は基礎体力向上の練習メニューに混ぜてもらった。二校対抗戦でダッシュをしたり、体幹を鍛えたり、泳いでみたり。そう、なんと今日の練習、水着を持参するように言われていた。


「これだけの女子の水着が拝めて、ラッキーじゃな~い?」


 と、六花の監督にはからかわれたが、大樹の興味関心はそこにはなかった。いや、まったくないわけではないが、それよりも亜樹のことが気にかかる。あいつは本当に男なのか、この目で確かめておきたかったのだが……。


「あ、すみません、ボク忘れちゃいました……」


 と言って亜樹はプール練習を見学していた。大樹の拳が震える。


「そんなに双葉さんを睨んでどうしたんだよ、篠原」


「いえ、亜樹の水着姿が見たかったと思って」


 真琴と咲夜から手刀をくらった。何故だ。

 プールからあがると、どっと疲れを感じる。同時に一時間の昼休憩をもらう。自由に休んでいていいという指示に従おうとしたのだが、ここで問題発生。


 やたらと六花の女子選手たちに絡まれる、というか囲まれる。話を聞くと、男子と接する機会が滅多にないのだという。特にモテモテなのは蒼斗だった。双子だから神谷同様に顔立ちは整っているし、先ほどのプールで鍛え抜かれた上半身に惚れ込んだ人間も多いようだ。蒼斗があんなに狼狽えているのは中々珍しい。


 なんとか彼女らから逃げきって、外に出る。嬉しいというよりは疲れた。

 お弁当を片手にどこか落ち着ける場所はないか探していると、物音が聞こえてきた。


 いや、これはただの物音ではない。すごく聞き覚えがある。シャトルがガットに当たった時の音だ。規則的に聞こえている。

 誘われるようにして足を進めていくと、そこには高宮凛がいた。彼女もこちらに気付く。


「ああ、こんにちは。篠原クン」


 シャトルリフティングの真っ最中だ。大樹もよく、練習の隙間時間でやっていた。シャトルを軽く跳ねさせて、落下に合わせて勢い殺してキャッチする。多少心得のある人間なら造作ないことだ。


「練習、結構きついね」


「シャトルに全然触れないのが不満」


「そうか。みんなとご飯食べないの?」


「こっちの方が好きだから」


 じっと見続けていると、高宮が不意に笑みを浮かべた。

 シャトルを、フォアハンドとバックハンドの交互にキャッチする。おお、と大樹は感嘆する。バックハンドは少し難しい。


 今度は少し高めに打ち上げて、股下からラケットを通してキャッチ。すごい、すごい。

 と、思っていたらまだ先があった。彼女はおもむろに右腕だけで逆立ちをしてみせて、左持ちのラケットで器用にシャトルを弄ぶ。もちろん一度も落とさない。


「ええっ!? ほんとに凄いな!? どうなってんの!?」


 惜しみない拍手を送ると、さすがに照れくさくなったらしい。頬を掻いて、


「朝飯前だよ、これくらい」


 終わらせてしまう。語彙力が貧弱になるくらい凄い。見応えがあった。選手というよりサーカスの曲芸師に近い感じがする。完全にシャトルの扱いをモノにしている。


「あ。後で試合しようね。藍咲の人たち全員と相手したいって思ってるからさ」


「え、ああ、もちろん」


 こちらから申し出ようと思っていたところだったのに、先に言われてしまった。

 まさか相手をしてくれるなんて。この間の雰囲気から「弱い人とは打ちたくない」ぐらい言ってのけるかと不安だったのに。


 高宮は機嫌よくシャトルをはじく。それは休憩時間の終わりまで続いた。



 ここからようやくラケットを触れる練習に入るが、まだ試合ではなく、ノックだ。シャトルをひたすら追いかけ、あちらのコートに返す。今日は軽めのメニューにしていると聞いていたが、何回かこなしたところで腕が上がらなくなっていく。ステップも重い。


 ホームである六花総合の選手にとっても、かなりきついらしい。険しい顔つきの者が増えてきた。動きの鈍さが目立つ。だがそんな中で、軽快にシャトルを捉え、コート上を踊っている者が一人。


 高宮凛だ。午前中はどこにいるのか分からないくらい希薄だったのに、今は存在感を放っている。端的に言って、楽しそうだった。表情が生き生きとしている。シャトルに触れているときは本当に最強だな。


 二時間ほどして、本日の目玉。練習試合。

 六花の監督は団体戦をやりたがっていたけれど、藍咲は現役女子が咲夜しかいないし、男子は人数自体は揃っているものの、亜樹に試合をさせるのは酷だ。


「じゃあ男女混合になってもいいからさー!」


 監督に駄々をこねられる。部長の蒼斗は苦笑いになりながら、一度藍咲メンバーを集めた。


「せっかくだし、やろうか。オーダーを決めたいところなんだけど」


「ね、ねえ。私も出ていい?」


 真琴が遠慮がちに手を上げる。全国クラスの猛者が集まっているこの機会を生かしたいらしい。

 現役を主体にしつつ、組まれたオーダーは以下の通り。


D1 篠原大樹・大神蓮

D2 神谷蒼斗・芝崎和也

S1 村上咲夜

S2 姫川真琴

S3 神谷蒼斗


「申し訳ないけど、双葉さんには見学してもらうか、六花の人たちと練習してもらってもいい? 俺からも頼みにいくし」


「はい! じゃあせっかくなので打たせていただきます」


 かなりきつい練習が続いていたが、亜樹は元気に答える。彼女にとって……間違えた。彼にとってこの練習が意義あるものになってほしい。藍咲団体メンバーに名を連ねる者として期待する。


 ……試合の結果を示すと、この中で勝利を収めることが出来たのはS2とS3だけだった。ダブルスはどちらも惜しい試合展開になったが、全国のダブルスの完成度には敵わない。個々の能力ではなく連携の面があと一歩及ばなかった。


 肝心の高宮だが、このオーダーには出場していなかった。何かの作戦だろうか?

 簡易団体戦が行われている間、残った六花同士の練習試合もしていたが、高宮は誰とも打っていなかった。ずっと一人でシャトルと戯れていた。


 だが、簡易団体戦が終わった瞬間、高宮はこちらに駆け寄ってきた。


「もういいー? 藍咲の皆さん、私と試合しましょうよー」


 馴れ馴れしく、どこか甘えるような声音。

 大樹以外の藍咲メンバーは、困惑と共に顔を見合わせる。全国中学チャンピオンにそんなことを言われ、咄嗟に反応が遅れたみたいだ。


「じゃあ高宮、まずは俺とやる?」


 昼の約束もある。


「いいよー、篠原クン。早速準備しよう」


 高宮は踵を返して走っていく。空いているコートを押さえようとしているのか。結構ノリノリである。

 大樹も軽く水分補給した後で、すぐに追う。

 高宮が待ちきれない様子で急かしてくる。静かに笑っている感じ。


「――私を楽しませてね?」


 そう言ってのけた高宮に、大樹は何も言い返せなかった。背筋が凍り付く。


 怪物と対峙したときは、こういう心境なのかもしれない。



 自由奔放という言葉が、高宮にはよく似合う。


 中学時代、月夜の引退試合のときに高宮のプレイを初めて目にした。既存のステップや、ラケットストロークを無視した動きで対戦相手を翻弄する。まるで遊びのように戦うのに、彼女は他を寄せ付けないほどに強かった。


 誰にも似ていない、独特のスタイルだ。


 だがそういうイメージよりも、当時の彼女の笑顔の方が印象に残る。心から試合を楽しんでいるのが伝わっていたのだ。言葉を失うほど圧倒的強者なのに、その中身は無邪気な子供のようで、見ていて微笑ましさを覚えるほどだ。


 だから、今の高宮を見ていると息苦しさを感じる。


 13―4


 大差がついたスコアボードを見て、大樹は焦っていた。中学チャンピオンとはいえ、ここまで一方的な展開になるなんて。

 スタイルが劇的に変化しているわけではない。どういうプレイをしてくるか知っていたはずなのに、中盤を過ぎてもちっとも慣れない。


 だらりと弛緩してラケットヘッドが下を向いているにも関わらず、インパクトのタイミングを逃さない。やはり通常のステップを使わず、まるで舞踏会でダンスを披露するかのようにコート上を動き回る。

 ドライブの打ち合いになったとき、わざと大きい動きで空振りをしてみせた後、体を捻って後ろ向きに打つなどの予想外の動きを見せる。スマッシュを股下からレシーブしてみせたこともあった。


 遊びでならまだしも、試合中にそれを実践し、しかもそれを武器として昇華させてしまう技量に舌を巻く。やっぱり強い。


 感心している場合ではないはずだが、突破口が見つからない。

 どこに打てば? どのように打てば? 高宮を崩すことが出来るのだ。


 気が付けば点を取られている。マッチポイントでのラリーの応酬、大樹は驚異的な粘りで高宮に食らいつく。だが彼女はそれを嘲笑うかのように試合を操る。


 大樹の苦し紛れのドロップを、高宮がレシーブする直前。大樹は相手のラケットの面を凝視し、次のコースを計算する。

 バドミントンは素直なスポーツ。弾いた方向にしか飛ばない。その教えを思い出しながら。


 高宮はラケットヘッドを正面に突き出している。そのままヘアピン? それとも溜めを作ってロブで上げてくるか? まだ、シャトルは届いていない。もう少し。


 ガットがシャトルに触れる寸前、高宮が溜めを作るためにラケットを引くのが見えた。ならば後ろか。大樹はバックステップをしようとして――


「いや……わざとらしいな」


 あえて逆にネット前に突っ込む。高宮の大振りな動きとは裏腹に、シャトルの勢いは弱い。やはり前に飛んで正解だった、はず、なのに……。


「なんでだ……!?」


 高宮が腕を振り上げた方向とは逆サイドにシャトルが落ちている。


「……へえ」


 高宮が思わず、声を漏らす。


「前に飛んでくるんだ。勇気あるね」


 白々しく感じる。本当はそんなことを思ってもいないくせに。

 大樹はゲームに敗北した。


「さーて、次に相手してくれるのは誰かなー。この際藍咲じゃない人でも全然いいけどー?」


 ぐるりと辺りを見回す高宮だが、名乗り出る者はいない。大樹とのワンサイドゲームを見て、藍咲の面々は萎縮してしまっている。あの大神でさえ、言葉がないようだ。


 そんな高宮を冷ややかに見ているのは、六花総合の選手たちだ。声を大にして何かを言う者などもちろんいないが、言葉にせずとも彼女たちがマイナスな感情を抱えているのは明らかだった。


 わざとらしく高宮が肩をすくめ、コートから出る。そしてその場でシャトルリフティングを始めた。昼休みのときと同じように。それはまるで、自分一人の世界を作り上げて閉じこもっているかのようだった。


「――いやだ。こういう終わり方は駄目だ」


 高宮がシャトルを取りこぼす。大樹に肩を掴まれたからだ。


「もう一度、戦ってほしい」


「でも、君には飽きちゃったんだけど……」


「やる」


 大樹の瞳は真剣だった。高宮はその瞳の奥に、猛火の如き執念を感じた。掴まれた肩が痛い。高宮はその腕を振り払いながら嘆息する。


「はい、はい。もう一回だけね。他に誰もいないみたいだし」


 少し休憩を挟んでから試合再開を約束して、各自水分補給に戻る。スポーツドリンクをわずかに口に含み、大樹はタオルを手にした。あまり汗はかいていない。それだけ実力差があったということだ。


 ドン、と背中を押される。真琴だ。肩で息をしている。急いで駆け付けてくれたみたいだ。


「また対戦するの?」


「そうです」


「――――。どうして?」


 明らかに間があった。意図的に作られた沈黙。単なる興味本位で聞きたいわけではないのかもしれない。今日は色んな選手と試合をするために来ているのだから、高宮に拘るべき理由はない。


 しかし。


「あんなつまらなそうな顔、させたくない。……です」


 試合が進むにつれ、高宮の表情から感情は消えていった。失望を、隠し切れないみたいに。彼女は試合中、大樹のことなどまるで相手にしていなかった。眼中になかったのだ。スポーツマンシップに則れば、高宮の態度は褒められたものではない。


 しかしその雰囲気が、朝日月夜と重なる。

 他者を拒絶して、ひとりになろうとするところがそっくりだ。……多分、本心では誰かが踏み込んできてくれるのを期待しているくせに。


「高宮を本気にさせれば、何か、掴めるかもしれないんです」


 簡単なことではないと分かっているが、それでも。


「試合に、バドミントンに、夢中にさせてみせます」


「そう。わかった。……けど、このまま無策でいくなら二の舞だよ。ちゃんと考えている?」


 気まずくなって黙る大樹に、真琴は呆れ顔だ。早足でその場を去り、かと思いきやすぐに戻ってきた。大樹の目の前にひざまずく。何をしているのだろうと覗くと、何やらノートにペンを走らせていた。


 棒人間とラケットのイラスト。コートを上から見た図まで描いてくれている。簡易的で見やすい。


「高宮の強さは、多彩なショットの打ち分け。より正確に言うなら、ラケットのスイングをフェイクに使ったトリックショットにある」


「あれ、どうにか対応出来るんですか」


「相手の好きなように打たせ過ぎなの。それで高宮も調子が出てくる。逆に言えば、プレッシャーを与え続けるゲームメイクをすれば、相手はストレスを感じて精彩さを欠くはず」


「そう、なんですか? あの中学生チャンピオンが?」


「月夜との試合を見ていたから、私は確信している。高宮を崩すのは、そんなに難しくはない」


 そうなのだろうか。大樹が試合中に気付いたことなんて、終盤になるほどプレイが雑になっていくことくらいだ。勝ちを確信し、油断しているからそうなるのだと思う。

 それを真琴に伝えてみる。


「そう。その通り。逆に君は終盤で粘り強くなるタイプ。今回も終盤でかなり粘ったでしょ? 私の試合の時もそうだったけど、覚えてる?」


「ええ、はい」


「どうして、粘るの?」


「はい?」


 意味が分からず、間抜けな返事をしてしまう。


「そりゃ勝ちたいからですけど」


「そうだろうね。けど勝負どころが違うの。王手をかけられた状態の土俵際で粘ったって、逆転はありえないの」


「今バドミントンしてるんで、将棋だか相撲だか分からないアドバイスやめてください」


「バカ! 真面目に聞きなさい! 君は終盤で粘ってラリーを長引かせることが出来る。それを自分自身後半が強いからだと思っているかもしれないけど、大きな間違いよ! どこで粘ったって変わらない。だったら、大事な勝負どころで一点を大切にしなさい」


 大事な勝負どころで、一点を大切に……。

 大樹は顎を撫でて、考え込む。


「そんなの、どう判断すれば……」


「考えるの!」


 真琴に強く言い切られる。今回、真琴が一番伝えたかったのはそのことかもしれない。


「君はよく見て考える人なのに、試合が長引けば長引くほど思慮が足りなくなる。それは試合の終わりを感じた瞬間から頭をちっとも働かせていないからだよ!」


「………!」


 歯に衣着せぬ言い方だが、思い当たる節があり過ぎる。接戦になっているときは例外として、終盤になると無意識に思考が止まる。


「考えることが大切だってのは、この前に言ったばかりだよね。思考停止は諦めたも同然。諦めないってのはつまり、考えるのを止めないこと」


 定期試験と同じね、と彼女は付け加えた。遅れて、彼女なりのジョークだと気付いた。上手く笑えた自信はないが。


「高宮から色んな影響を受けて成長してきなさい。選手の力が一番伸びるのは、試合の時だから」


 それだけ言って、真琴が去っていく。しかし、彼女は高宮がいるコートが見える位置に腰を下ろす。大樹の試合を見ていくつもりだ。



 ――やばい、真琴先輩かっこよすぎない?



 なんだ、さっきのアドバイスは。すごくやる気が出てくる。大樹はその場で屈伸運動をして、(はや)る気持ちを抑えようとした。


「作戦会議は終わった?」


 高宮が言う。真琴と一緒にいるところを見ていたらしい。


「ああ。平気。次はさっきみたいにならないよ」


「はーい、期待してます」


 間延びした言い方。やはり相手にしていない。大樹をちっとも脅威として感じていない。


「上等だよ」


 今に見返す。


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