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『滞納者矯正特区』

『さて、コレより研修の説明会をおこないます』


 聞こえてきた言葉に私は与えられたブースでどぎまぎと教壇に立つ女性を見つめることしかできません。

 大きな襟元が華やかな純白のブラウスに桜色のロングフレアスカート。刺すようにまっすぐな茶髪。細縁の眼鏡が装いのスパイスで素敵な先輩です。

 そろっと視線を女性から外せば、そこにあるのは仕切りと目前にあるモニターで、受ける圧迫感に息が詰まりそうです。


『みなさんには二週間の体験実習に出てもらうことになります。現在、皆さん方の交友関係の調査が行われております』

 他のブースからどよめきが聞こえます。

「プライバシーの侵害だ」

「どうして?」

「事前調査ならやったんじゃないのか?」

 そんな声が仕切りの向こう側から聞こえてきます。

『お静かに』

 先輩の言葉にみんなが黙ります。

『交友関係の確認調査は体験実習の実地場所に関係しております。実習場所は『滞納者矯正特区』となります』

 その存在のうわさは聞いたことがあり、誰もがあると思いつつまさかねと思うような場所。

 この国のモットー『納税は国民の義務』コレを守ることができなければどうなるか?

 この国は荒れた海に囲まれた実質鎖国状態の国です。

 一部の特権階級の者だけが外の国を知り、外貨を得、国に還元する。

 その役割を担うのは軍部であり、王国外交の担当者達である。

 それ以外は国内ですべてが回るのです。

 つまり、どこかで滞れば簡単に破綻しかねない。私たちの国はそんな国です。

 滞納は重罪です。

 ですがその理由を考慮されないわけではありません。

 怪我をした、病気で働けなかった。助けてくれる身内が死んでしまった。

 そんなの仕方ないじゃないですか。

 自ら歩き出そうとするそんな人たちに手を貸し助け励ますのも時には我々納税課の職務の一部と考えられるのだとパンフレットにだって書いてあります。


『滞納者矯正特区』

 それは努力を怠り逃亡した者に残された道。

 そこでは厳しい更生のための生活が待っていると噂だけが先走っている。

 少なくとも軍による情報統制の管理下に置かれている場所なのです。

 私たち研修生がきっちり状況を理解したタイミングを見て先輩が手を打ちます。

 私は口元に笑みをはいた先輩をただ見つめます。

 おそらく仕切りむこうの同期たちも同じでしょう。

『あなた方にはタイミングと場所をずらし、『矯正特区』で生活してもらいます。『矯正特区』で『滞納者』がどういう道を歩み、生活しているのかを知ってほしいのです。私たちの職務は税を徴収すること。そしてその手助けをすることなのです。私たちはすべて同胞です。我々の国土は、狭く限られております。ですから互いを助け合う。そのことを忘れてはならないのです。『矯正特区』には『軍部』そして『厚生課』『技術局』『生産課』我ら『納税課』が大きく関与しております』

 先輩はそこでふっと息を吐き出し、私たちを優しく見回します。

『他の部局や課に負けるわけにはいかないのです! 私は後進たるあなた方に期待しています。他部署とは時に協力、時に競り合い、そう、切磋琢磨により互いを高めていかなければなりません! 『矯正特区』での落伍。それは予算、待遇の劣化に繋がり、かつ常に取り替わろうと言う部署が狙っているのです。我々は納税課として『矯正特区』に関わり続けなければならないのです! 国家の安定のために!』

 先輩の言葉が途切れ、私はぼんやり圧倒されていました。

 途中何を言われていたのかはっきりしないのですが、切磋琢磨や国家の安定は大事ですよね。

 どこかでぱちりと手を叩く音が聞こえました。

 一拍置いて拍手が増えました。

 私もつい、拍手に参加します。

 どこからか、「打倒軍部!」とか「技術局の裏をかけ」とか聞こえてきます。

 厚生課と生産課に敵意をもたれると困るのは有名な話です。だからこの場でも名前が上がらないのでしょう。

 有給休暇や現物支給系のボーナスの内容に響くのが如実だとか。こわいです。

 盛り上がりを満足げに見回した先輩はにこやかです。

『皆さんに『矯正特区』実習に行ってもらう訳ですが、そのときの状況を説明したいと思います』


 熱く盛り上がった空気は先輩が説明するに連れて酷くさめた冷たいものになっていったのです。

 私も怖いです。

 もっていける私物はノート筆記具のみ。

 自分を証明するものは一枚のルームキーや通帳もかねた『IDカード』

 支給されるのは鞄につめられた着替え(長袖半そでズボン二着ずつ。女性にはロングスカート一着。下着数枚)非常食セット4食分。ハンドタオル4枚。バスタオル一枚。タオルケット一枚。救急セット一式。水一リットル。

 『滞納者ほんもの』より幾分優遇された中身なのだと説明されました。

 第一別に野外生活をしろと要求されているわけではなく、二週間、『滞納者』に『税務官(見習)』と露見することなく同じ場所で生活し、改善点や問題点、現状を知ることが今回の研修の意義だと説明を受けました。

 それでも、いきなりのこの実習、とても、こわいです。




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