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(5)

 店の前まで出た耕平に涼子の父親は「じゃぁ、頼むよ、惣領、いや、耕平よ」と、まるでもう決まったかのような言葉をかけ、さらにどういう意味だか「鍛えてやっから」と付け足した。祖母は笑顔で「じゃぁ、しーちゃんまたね」と店先まで出てきて、手を振った。 耕平は、なぜかすでに台車を押していた。

 慣れない耕平を先導する涼子と、手をつないでうれしそうに歩くシンパシィの後をついてゆく。

 耕平のアパートへの道筋でもあったことから、今日はとりあえず手伝うよと引き受けざるを得なかった。涼子が、店を出た耕平とシンパシィの目の前で台車にビールのケースをのせようとしたのを「おれ、やるよ、いいよ」と手伝った時に、すでにこの状況は約束されたものだった。

 台車の上には瓶ビール三ケースとその上にソフトドリンクのペットボトルが二本。

 商店街のスナックまでの配達だった。もう夕方とはいえ9月の5時過ぎ。残暑はまだ厳しい。

 よろよろと台車を押す耕平の額や背中から汗が噴き出す。こんなことなら、さっきオレンジジュース、おれは飲んでおけばよかったと耕平は今更思いつつ慣れない台車の握り棒を押した。通常歩いてかかる時間のの倍以上をかけて、目的地のスナックに到着。

 涼子はまいど、川澄屋ですと挨拶をして開店前の店に入り、容赦なく耕平に指示をして店の中にビールケースを運びこませた。その間に、まだ化粧まえで眉のないスナックのママと涼子は伝票の受け渡し。シンパシィは店内を、またぐるぐる見回している。がらがら声の、年はすでに50を超えているママがよかったわぁと涼子に話していた。

「川澄屋さん、男の人はいったのね。うちもね、涼子ちゃんにいつもわるいなっておもってたの」

「ええ、これからもよろしくお願いしますね」

 調子よく涼子が答えているのを耕平は聞いた。

 いろいろ決まっていく。

 観念するしかないらしい。その涼子の姿をみつつ、耕平は今夜、尾津たちにどう話すかを考えていた。せめて、尾津の「そんなもん駄目にきまってるだろうがぁ!」との一喝を期待するしかない。


 その夜、耕平は涼子の提案を設計課分室で話した。相手は八盾。

 尾津は、耕平と帰宅したシンパシィと一緒にマヤ本社に向かった。ここではできない定期点検の実施のためだと言っていた。今日の宿直番には八盾とソフトの坪倉、電気の川村。

 八盾は自分の机で、その横に手近な椅子を寄せて耕平を座らせ話をひととおり聞いた。あぁそう、うんうん、早口の相づちをうちつつ、画面をみてキーを打ちながら耕平の話を聞いていた八盾は、「耕平くんはさ、どうしたいの?」とそのままの姿勢で耕平に聞いた。今日はなにかの追い込みらしい。仕事しながらでわるいねぇと最初に言っていた。

 耕平は、できれば卒業のこともあるが、ともごもご言った。自分が配送を手伝う約束については、今年取得すべき単位数のことを多少オーバー目に言い、故にそれはそれで困るという理由をつけて返答した。

 できたら、あずかってほしい、とも。

 耕平からすれば、学校に行っている間だけでもシンパシィを預かってもらえれば確かにとても助かる話だ。だが、残り半分は自分にとって面倒の増える話でもある。耕平自身も悩ましかった。

 耕平にとって一番いい返答としては、せめて大学にはシンパシィは連れて行かなくてもよい、さらに川澄屋にあずけなくてもよい、つまり、その時間は設計課分室で面倒をみてくれる、という回答が八盾から出ることだった。

 耕平の言った「できたら、あずかってほしい」というのはその意味では本音だった。

 そして、耕平の予想では八盾は川澄屋にあずけることについて「だめだめ、そんなのだめだよ。僕らの大事なしーちゃんだよ。そんな知らない人になんて」と言う事をまず胃のっていた。

 だが八盾の返答は違ったものだった。

「まぁ、いいでしょう。本当は、音琴さんと尾津さんに相談しなきゃいけないところなんだが。あとで僕から話しとくよ」

「え?そんな」

「耕平くん、そうしたいんだからいいじゃない」

「そりゃぁ、そうですけど、その」

 僕らの大事なシンパシィを、誰かにあずけるなんて、ねぇ、という予想した返答ではないことに耕平は拍子抜けした。さらに、会話の流れを自分が掌握できていないままに「あずかってほしい」と言ってしまったことへの後悔がわきおこる。俺は、明日から配送のバイトかよ!

 もごもごした耕平の返答に、八盾は端末の画面からくるりと、座っている椅子ごと回して顔を耕平に向けた。八盾は意外だなぁ、という顔をする。

「なんか、言いたいことでもあるのかい?希望通りでいいんじゃないの?」

「いや、そうなんですが、完全に希望通りとは…」

 耕平は、最後まで言えなかった。八盾は耕平の言葉の途中で、あっそう、といつもの早口で言い、さらに続けた。仕事の途中だったからか、いつものわけのわからない駄洒落は出ないが身振りはオーバーだ。両手の平を耕平の前に出し、ぶんぶん振りながら言った。

「あ、勘違いしないでね。僕は、シンパシィの社会経験を増やしたいだけ。そのおばあさんの意見は一理ある。それに、シンパシィもうれしそうだったしねー」

「え?」

「耕平くん、今日、商店街で台車押してたでしょ? よろよろしてたけど」

「え?え?」

 いつの間に!いったいどこで! 耕平は聞こうとしたが、さらに端末に向かったままのと、川村が振り返りもせずに言った。

「見てたよー。僕ら、夕ご飯食べに出てたんだよね。しーちゃん、きれいな子と手ぇつないでもらっててさぁ」

 次いで、さらに坪倉も端末を見たまま、、眼鏡をずりあげつつ言った。

「そうだね、川村さん、きれいな子だったねぇ。耕平君、台車に「川澄屋」って書いてあったからさ、これからおれら、酒は毎回そこに買いに行くことにしたから。あのきれいな女の子にもよろしくねー」

 そしてぼそりと川村と坪倉は声をそろえて言った。

「コロす」

 完全に、逃げられない。耕平は悟った。

 世の中、自分で決められることは数少ないことを耕平は思い知った。



 そのころ。

 マヤ本社にタクシーで到着した尾津は、同行しているシンパシィを本社SP-Pjルーム内の通称「診察室」内に寝かせ、必要な検査項目の指示を担当のエンジニアに出し終わったところだった。

 「がんばってな」と、整備ベッドに寝かされたシンパシィの頭を一回なでてから、担当者に後は任せて診察室を出た。

 診察は一時間ほどかかる。その間にプロジェクト室長席横のミーティングテーブルで水守に報告を行うことがもうひとつの、今日のスケジュールだった。

 向かうと、すでに水守も音琴もテーブルについていた。尾津もテーブルに着く。

 先に、資料は二人に伝送しておいた。20枚程度のプリントにしたものがステープルされ一部、テーブルにのっている。水守と音琴はそれぞれ自分の分のプリントをぱらぱらと読んでいた。

 尾津も置かれたプリントをとり、いつも通り前置きもなく要点だけ話し始めた。

「資料の通り、物理的な機構動作に関しては一切不安はありません。リモートで監視している全パラメータは常時正常値です。あの地形のわりには予想外に燃料電池の消費も少なくて、ちょっと驚いています」

「感情モデルのほうはどうかしら?」

 音琴が聞く。尾津が短く「12ページです」と言い、自分もそのページをめくって内容を確認した後でコメントした。

 そこには八盾のレポートがあった。

 複雑な図形と専門用語で占められている。この部分は、あまりにも専門的すぎて八盾と、ソフトサブの坪倉にしか内容はよくわからない。

 故に、この部分については尾津は別に概要説明のコメントを事前に八盾から聞いていた。 話した。

「八盾さんからのコメントだと、いつもの説明も含みますが、原始モデルは解析可能だったものの、Tyoe-00が搭載しているマインドジェネレータの処理出力と、経験を含む全入力を記録構成するホログラフィックDBも、」

 尾津は一旦言葉を切り、ちらり、と水守を見た。水守の表情はなにも変わらない。尾津の言葉など聞いていないかのように、尾津からの説明の流れには関係なく、赤いサインペンで印をつけながら手元の資料をぱらぱらとめくってみている。

 水守の表情の変化に気をつけつつ、尾津は続けた。

「水守さんの指示通りに、」

 変わらず、水守は尾津の言葉など聞いていないように勝手に資料を見ている。尾津は続ける。言葉の上では、よどみなく。

「…自己進化を抑制していませんから、モデルアルゴリズム自身も含めすでに解析不能です。ですが、内容はともかく規模とプロセス量は急激に成長しており曲線的には原始モデルからの比較で2百パーセントを超えています。また、モニタしている限り過負荷等のアラートは出ていません。ロジックの効率化が進んでいますので、実際にはその数十倍の処理を行っているはずだと八盾さんはコメントしていますが、ハード的にも全く実力以内に収まって…」

 尾津がそう話し終える瞬間、水守が変わらず資料をめくりながら唐突に言った。聞いてはいるらしい。

「村岡君のほうからも、例の学生とType-00の行動に特に問題はないとの報告がきている。意外と、あの学生はまじめなやつだったのかもな。Type-00に日常生活を過ごす中で嘘をつかせることがないとのことだ。ロジックの成長にはノイズがなくてよいだろう。その分、自分が嘘をついているようだが」

 まぁ、それも善し悪しだ、と水守は言い、ペンで印をつけ終わった資料をテーブルにどん、と投げ置いた。円形でクリーム色のオフィステーブルの上に投げられた紙束の中には、真っ赤になるほどに印がつけられている。水守は指示を出す。

「尾津さん、今日までの要点を最新のレポートとしてまとめておくように。音琴さんはこの資料から私が抜粋したところと、後で追加で渡す分を英訳しておくこと。来週、通産省への報告と、その翌週の米国出張にもってゆく」

「水守さん、米国って。SP-Pjのことは、まだ海外販社や生産事業所には内密にしてください。まだ海外にNDA結んだ先は、」

 いつもクールな音琴にはめずらしく、あわてたようにいうのを水守は遮る。

「君は気にしなくていい。通産省の平井さんと一緒に行く。資料、急いで作成しなさい。全部にMAYA Confidentialの印を忘れないように」

 音琴は小さく一言「はい」と言い、黙る。

 動きがあやしい。調べておかなければと思いつつ。



(この章終わり。次章に続きます)

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