(8)
シンパシィはすくんで動けない。光の真ん中にいる。
「シンパシィ! おまえら、なにするんだ!」
肩口を押さえつけられながら耕平が叫ぶ。渾身の力を込めて暴れるが、逃げられない。
「しーちゃん!しーちゃん!」
涼子の半狂乱の叫び声。
耕平は彼らの姿を、見た。軍隊なのか?黒ずくめで、写真でも見たことのない顔全体を覆うマスク。表情もわからない。足音も何もしない。一切無言で統率されている。いや、そんなことよりも。
「シンパシィ!」
耕平が繰り返しさけぶ。光の中で、ランドセルを背負ったシンパシィが耕平のほうを見た、鳴きそうな顔。物理的に拘束されているわけではないことで、エマージェンシーモードにも入りにくい。
普通じゃないことが起こっている。シンパシィにはそれしかわからない。足ががくがくと震える。耕平も涼子も押さえられて、自分だけ。どうすればいいかわからない。
強い光のほうを見た。そのシンパシィの眼に、逆光ではあるが二列に数人並んだ人らしきの姿が見える。ヒトのようだ。だが、今日、ついさっき、いっしょに「がんばろう!」と声を上げたヒトの仲間だとはとても思えない不気味ないでたち。
手に何か持っている。
光の外に出された涼子と耕平からは、それがはっきり見えた。長い、銃のようなものだ。二列目には背中にボンベを背負い、さらに長い棒のようなものを持った連中が。二列めの端にいる一人が、さっと片手をあげる。
一列目が、銃をシンパシィに向けた。
「離せ!やめろ!」
「逃げて、逃げて!しーちゃん!」
シンパシィからも見えた。今自分はなにか、されようとしている。きっとよくないこと。こういうときは、なんと言うんだっけ、そうだ、テレビで、お侍さんだったら。シンパシィは、逆光の中彼らを、きっとにらみつけた。
「…名を名乗れ!」
力一杯叫ぶ。
片手をあげた兵士が、それをさっと前におろした。
銃声はしない。だが、シンパシィの身体は背にしていた外輪船のほうに吹っ飛ぶ。
銃撃をうけている。体中を銃弾にたたかれ、倒れることも許されず服が、ランドセルが、腕が足が、頭が、すべてに穴が開きばらばらになり小片となりまき散らかされてゆく。
様々な液体が飛び散る。血液のように見える。耕平と涼子のところにまでシンパシィだったものが飛び散る。
耕平は声もなく、目を見開いてそれを見るしかなかった。これ以上ないくらいに残酷に形を変えられていくシンパシィの顔が、耕平の視界の中で一瞬笑顔に見えた。次の瞬間には破裂するように吹き飛んだ。
ほんの数秒のことだった。そして、一列目の間から、二列目が前に出る。長い棒を構えた。その先から長い紅蓮の炎が魔法のように伸び、粉砕されたシンパシィだったものに、さらに火がかけられる。
「…ぁあああ!、ああ、あああ!!」
涼子は激しく身体を動かし、女性だからと油断していた兵士の手をのがれた。気が狂ったようになりふりかまわず声を上げて、自分の近くに飛んできていたシンパシィの破片を両腕でかき集めまくった。その上で火の中にも入ろうと走り込むのを、再度、今度は数人がかりで押さえつけられた。
それも、耕平はすべて、眼を見開いて見ていた。
おれは、わすれんぞ。おれは、絶対にこれを、わすれんぞ。
けたたましいアラート音が分室に響いた。
シンパシィが誘拐された時を同じ音だ。だが、今回は断続音からではなくいきなり連続音が響き、そしてふっと消えた。
八盾の目の前のいくつかのモニターの一つ。地図表示にシンパシィの位置が表示されていたものから、ふっと、赤い光点が消えた。
「…さよなら、しーちゃん」
それは、八盾がシンパシィの人工知能の全部分を、移動整備車両の中継でダンプコピーし終えた直後だった。
数日後、川澄屋でシンパシィの葬儀が執り行われた。
飾られた写真は晴れ着で撮ったものだった。骨はなく、涼子の服についていた破片がひとつ、骨壺にいれられた。
喪主は耕平が務めた。
川澄屋の、涼子の父親は人目もかまわず大泣きし、祖母は寝込んでいた。涼子は当日の受付も気丈に行い、決して人前で涙は見せなかったが、耕平と二人の時には泣き崩れた。
尾津、八盾、音琴をはじめとするSP-Pjのメンバーや、商店街のみんな、同年代の子供、そのほか、耕平や涼子にも、彼女以外には誰だかもわからないシンパシィのことが好きだったという参列者はその日とぎれることがなかった。
葛田からも弔花が来ていた。参列した北島から「葛田さんは、本当に申し訳ない、とおっしゃってました」と伝えられた。
桜井は店の玄関先でそっと頭を下げた。
葬儀も終わり数日後。参列したかったができなかったのでと伊東由美子が川澄屋をおとずれた。アンディの姿が無いことに耕平が気づくと、彼女はうん、と寂しそうにうなずいた。
当初純粋に修理を行うはずだった東京本社のエンジニアリングルームだったが、修理開始の直後に「通達」とシンパシィの「処理」についての連絡をうけとった。一度その場で手を止め、大阪本社の指示を仰いだが、結果、きた返答は解体指示だったそうだ。
由美子は仏壇に手を合わせた後、
「あそこにいきたい」
と言った。最初に話をしたあの河原、土手のところだった。あの時と同じく、由美子の運転で向かった。アンディが座っていた助手席に、耕平は座った。
着くと、あのときと同じような時間。季節を超えて、夕暮れ時の少し前だった。言葉少なに、由美子は耕平に聞いた。
「耕平君は、どないするん?マヤに入るの?」
ここしばらく、耕平も悩んでいたことだった。だが、耕平はすでに、自分で決めた結論を出していた。
「いろいろ考えたけど、結局はいることにした。僕は、何にもできなかった。知ってると思うけど、彼女が誘拐されたときも、どんなときも。もう、そういうのはいやなんだ」
土手の上、あのときと同じ立ち位置で、由美子は微笑んで、そう、うなずいた。そして、あたしはな、と話し始めた。
「…あのな、あたしは、結局西王の内定、蹴ったんや」
「え?!」
耕平からすれば、あんなにプライド高く、この場所でくってかかっていた彼女とは思えない発言だった。
「そんな、いいの?伊東さん、あんなに」
「ええんや、もう。もともとしたいことがあったわけやなし。でもな、したいことができたんや。これは一生の仕事にしたい」
由美子は耕平の顔を見て、強い眼で、笑顔で言った。
「あたし、国連に就職したるねん。ほら、なんかガイドラインとかゆうてるやろ?あんなん、ほっといたらアンディやシンパシィがうかばれないものしか出来へん。そやからあたし、人工知能の、ヒト型マシンの人権を確立しようとおもってるんや!」
沈み駆けた夕日が由美子の顔を赤く照らす。だが赤いのはそればかりではないようだった。
「そうか、それは、いいな」
そして耕平は、そういえば、と続けた。
「あのさ、実はシンパシィが死んだあと、マヤのさ、エンジニアのひとたちから提案があってさ」
「なに?なんの?」
「アンディには申し訳ないけど、実はシンパシィが殺される直前に、彼女の人工知能の全部のコピーを採ることができたらしくって」
「…」
「エンジニアのリーダーの尾津さんってひとに、もう一回つくれる。昨日と同じシンパシィにあえるけど、どう思う、って聞かれてさ。…でも、やめてくれって言った」
「…そう」
「彼女は死んだんだ。だから生きてた。機械で出来てたとか、またあえるとか、そんなことよりそっちのほうが大事な気がして」
由美子はにっこりと笑った。少し前の彼女では、これも見られない笑顔だった。
「そうやな。それでこそ、しーちゃんの耕平お兄ちゃん、やな」
そういうと、彼女は夕日のほうに向かって両手を高くあげて大声をあげた。
「よっし、やるぞー!アンディ、みててな!あんたの親類、みんな大事にしたるでなー!」
耕平は「やるなぁ」と言いくすっと笑い、同じように夕日に向かって両手をあげた。
「おれもやるぞー!シンパシィが、仲間になりたいって、一緒にがんばりたいって思ったの、ちゃんとおれ、実現させるからなー!」
そして二人は顔を見合わせて、うなづいた。
(この章終わり。最終章に続きます)




