(7)
「シンパシィ達は、いまどうしてる。どこだ」
「なんか、座標表示はここ20分以上、ずっとかわってないです。ここ、なんだろ、なんかのライドアトラクションです。しーちゃんの動作状況は問題ないし、モニター上は異常ないですけど。閉じこめられてるっぽい感じかもしれません」
そう話している間も続々と家族連れが帰宅してゆく。坪倉と林の焦る気持ちとはうらはらに、窓の外はのんびりとした世界がひろがっている。だが、駐車場内も遊園地の職員らしき者たちが急かすように彼らを誘導していた。
桜井は椅子を一つ借りて、例によってコートも脱がずに尾津の横に座り、尾津が話す内容に聞き耳を立てている。少し離れた場所で別に電話をしている八盾以外のエンジニア達は、明らかに今、普通ではないことが起こっている雰囲気を察して全員が尾津と桜井を囲んでいた。
尾津も、もう何を隠しておくつもりもない。なにか始まったかもしれないんだ。すでに。
電話口から、尾津の耳元に坪倉の緊張した声が聞こえる。
「尾津さん、おれら、どうしたらいいですか」
「とにかくモニターに注意してシンパシィ達を…」
そう話す尾津の受話器が、突然もぎ取られた。自分の電話が終わり飛び込んできた八盾だった。いつもの陽気な雰囲気はみじんもない。八盾は周りにも聞かせるように、大きめの声で早口で言った。。
「あ、坪倉さん、八盾です。大変なことが起こった。理由はあとで話すから、とりあえず移動整備車をさ、フルパワーで稼働させてしーちゃんとのダイレクトリンクのリピーターにして。こっちまで電波とばして!すぐ!」
「あ、はい、はい、すぐ、はい。じゃ一旦電話切ります!これから先のやりとりは、データリンクで。電話切ります!」
坪倉はあわてて電話を切った。エンジンを始動させる。
さらに発電用エンジンとその予備機の始動ボタンを押した。一緒稼働させる。その上でシートベルトをはずし、助手席の林に、ちょっと運転席みててと言い残して車両内の整備ルームに移動した。ルーム内のコンソールにつく。落ち着いて、と一度思い、その上で操作を開始する。
車両上部の超々指向アンテナの展開を開始。車両とアンテナ部両方のジャイロが連携し精密制御を行い、一番近いモニターシステムをねらって波を拾う。リピーター起動。シンパシィとのデータリンクをコネクト状態からスルーに。一瞬アラートが鳴るが切った。
整備車両の全性能をシンパシィと分室間の中継器として使用する。他の全システムの電源カット。最大出力でリピーターを運転。送電開始。
一瞬にして近隣住民は強い電波障害に見舞われる。テレビもラジオもホワイトノイズだけになった。
坪倉は車両の機器制御もリピーターに乗せた。八盾さんに任せた方がいい。でもこのフルパワーじゃどれだけもつか。リピーターのアナログ部分が焼き切れちゃうよ。だけどもう、こちらでやることはない。後は。
無意識に車両後部ハッチの施錠を眼で確認した。
うん、閉まってる。
車内の全コンソールにパスワードロックをかけ、坪倉は運転席側から車外に出た。
「きたっ」
つぶやいて、八盾は自席の端末を操作する。
十分な強度で整備用車両からの電波を、この街中に仕掛けられたシンパシィのモニターシステムの多くで拾っていた。十分な強度が稼げている。フィルタリングして波を整理する。おぉ、車両の制御もこっちにまわしてるじゃないの。坪倉さん、気が利いてる。
シンパシィとのリンク確立。車両の制御板をタッチパネルに出す。最高度暗号モードを車両に指示。ステータスを見ると車両は本気のフルパワー運転だ。1時間も持たないけど、エラーを出しているヒマはない。これくらいのパワーは必要だ。はやめにカタをつけないと。
八盾以外は、全員が分室を出て夢夢ワールドにむかっている。音琴からの電話の内容を八盾が全員に伝えたからだ。音琴も焦っていたらしい。無駄な話は一切しなかった。
その話のどれもがすぐには信じがたいものだったが、八盾が音琴から聞いた話を皆に伝えると、それを信じるための理由を尾津と桜井が補足で話した。
音琴からの話はこうだった。
通産省の旧MR推進課の指導でヒト型マシンの開発を進めていたメーカー全社は、数日前に助成金の打ち切りの連絡を受けていたが、その上で本日、今度は即時に研究開発を中止するようにとの通達を、明確に同省から受けた。
理由は二つ。
ひとつは今後その形態のマシンを研究・開発するときは国連で現在策定されているガイドラインに沿って作るべきと判断したことから。おそらくアメリカ合衆国政府に「待て」と言われたのでということだろうと音琴は補足した。
もうひとつは、すでに開発進行していたうちの一社、一体が暴走していること。危険な状態にはまだ至ってないが、いつどうなるかわからない制御不能な知性体となっていることが確認されたからだ、とのこと。
それがシンパシィのことらしい。
ふざけんな、八盾は思うがそんなこと思っている時間もない。
シンパシィは開発費用の多くを米国防総省からの援助金に頼って開発、運用されていたことも音琴からの電話ではっきりと知った。僕らが通産省からと思っていたのは、実際にはそうだったんだ、と八盾は唇をかむ。開発費もだったなんて。売り込んでいるという噂は聞いていた。だが、そんなに根深かったなんて。
故に米国は、責任を非常に重く感じて対策チームをすでに派遣済み。対策方法は現地指揮官に一任しているとのこと。
そして最後が、その「対策チーム」とは米陸軍の一部隊で、とにかく、シンパシィを破壊しにきているということだった。
「すでに作戦展開中だって通産省の平井からね。どういうつもりか知らないけど、一応連絡しておく、とか言ってたわ」
と音琴は言った。
あと、すでにどうでもいいことだが、と音琴は前置きをして水守が失脚したことも伝えた。軍事利用目的を明確にもって開発を進めていたことが大きな理由だ。葛田に呼び出されて直接言い渡されたとのことだった。
しかもその最中に音琴は平井からの連絡を受け、それをその場で葛田に伝えたところ「キミのやったことの結果が、これだ」と、水守は即刻その部屋から出されたそうだ。
葛田は自社の資産であるシンパシィをなぜ米軍が破壊しにくるのか、とその場で猛然とした抗議を心当たりに電話して行った。作戦中止を求めたが、事はすでに遅く、彼らも十分な根回しを受けていた。
結局、音琴が言うこの解釈が一番正しそうだった。。
「つまり、米国は自国で産業化したかったのが予想外にこっちが進んじゃったんで、とにかく中止させて、資料も確実に破棄させたい。あたし達の研究成果は十分提出させてね。そうしないとどうなるかって警告に、シンパシィを難癖つけて壊すことにした。出来がいいとはいえ、試作一体を破壊することで自分たちがどこまで本気かを教えて、鼻薬を効かせるつもりなんじゃない?」
八盾の指が猛烈なスピードでキーボードをたたきつづける。時間がない、とにかく、本当に時間がない。
こないだの定例MTGの後、こんな日のために作っておいた機能だ。使いたくはなかった。でもしーちゃんが、もしも本当に、そんなことになるまえに、ないことを祈るけど、でも、もしものときには。
耕平と涼子、シンパシィはもう長く、暗がりの中に閉じこめられていた。寒い。
なにかが明らかにおかしい。
建物の中を4人乗りのカートが進んでいくアトラクションで三人乗りをして進んでいる最中に、事故が起こったからそのまま待て、との放送を建物の中で聞いた。
それから、もう何十分も停止している。
自分たちの前後のカートは見えないアトラクションだったが、耕平が業を煮やして降りて見に行ったところ前にも後ろにも、無人のカートがあるだけだった。自分たちは完全に取り残されている。その上、それぞれそこから先は照明が落とされていてわからない。
とりあえず、最初に乗っていたカートで三人は待つことにした。ここだけは照明がついている。
「…これじゃ、ショウ、みられないですね…」
ぴかぴかの赤いランドセルを背負ったシンパシィがしょんぼりと下を向く。
「うーん、でもまだ、わかんないわよ。もうすぐ出られたら楽勝だし」
涼子が腕時計を照明に当てて時間を確かめる。あと30分くらいで20時。予定ではそろそろ席を取りに行っているころだった。だが、そんな状況でもないのかもしれない、と思いつつ、せめてシンパシィを元気づけるように涼子はそう言った。
シンパシィは、そんな涼子の気持を察したように隣に座る彼女を見上げる。
「でも、今日はランドセルがあるからいいです」
けなげにそんなことをいうシンパシィに、なにか方法がないものかと後ろに座る耕平が思った瞬間、がこん、となんのアナウンスもなくいきなりアトラクションが動き始めた。前後の照明も急に点灯。
「うわ、たすかったかも」
耕平はほっとする。
ゆっくりとカートが通り抜けていく中、楽しげに動いているはずの動物の人形やあらゆる仕掛けはとまっている。動いているのはカートだけだ。最初はよろこんだシンパシィだったが、照明にむきだしのまま、静止している人形は不気味だった。
カートがアトラクションの終了ポイントまできて静止する。係員も居ない。とにかく降りるが、闇の中で月明かりを頼りに降りることになった。
園内の照明がすべて消えている。しかも、誰もいない。家族連れも、ポップコーン売りも、風船を持ったピエロも、誰も。
耕平はシンパシィの手をぎゅっと握り引き寄せる。涼子が耕平に寄り添う。肩を抱く。
「…とにかく、なんか普通じゃないな。今日は帰ろう。な、シンパシィ、涼子さん」
そうしよう。にしても、どうしたんだよ。
ここでおれが弱気になってどうすると思い、大丈夫だよ、ここはおうちもちかいところだし、駐車場には坪倉さんたちもいるし、とあえて言う。
「そうですね、はやくお父さんたちのところにいきましょう」
シンパシィは少し元気がでたらしい。特性の違いなのか、闇に目が慣れてくるのは耕平達よりもシンパシィのほうが早かった。シンパシィは
「しーちゃん、見えるようになりました」
と耕平の手を引き、耕平は涼子の肩を抱き進む。背中のランドセルが、少しだけあるあたりの光を反射している。ゆっくり、ゆっくりではあるが、大観覧車の陰の横を通り、メリーゴーランドの脇をすぎて、シンパシィの好きな外輪船の浮かぶ池までたどりついた。
この池は入園ゲートからつながっている。あとは池沿いに行けば。もう出たも同然だ。
「あー…こわかったー!」
涼子が闇に目が慣れたのか、気分を明るくしようとして素っ頓狂な声をあげる。そして、耕平くんいつまでこの手を回してますか!と肩に回した手をぺちんとたたく。あたっ、と耕平は放し、シンパシィは笑い、とにかく出られそうに思えた。
その瞬間、
闇に慣れた三人の目を、突然強い光が照らした。
由美子達は、なんとか、東京本社にたどりついた。
アンディは今、修理をうけているはずだ。
由美子は思う。そうやな、結局、明日一日しかなくなった。なんか悔しい気もするけど、明日はまぁ、なんかぱぁっと二人で遊びにいこかな。なにか買ってやろうか。まぁ、でもまぁアンディの意見も聞かんとな。どこにいこうか。どうしたもんやろ。
まだ時間は8時過ぎ。エンジニアも多くまだ社内にいた。マンション内に設営していた整備ルーム常駐組だった見知った顔もみかけた。
あとで謝った方がいいようなこともあるような。でもまぁ、ええかな。そんなことを思いつつ、本社のロビーで由美子は待ち続けた。
だが、何時になってもアンディは由美子の元に戻ってこなかった。
もう二度と、アンディの姿をみることもなかった。
桜井、尾津、そのほかの設計メンバーは自分たちの車やバイク、あるいはタクシーに分乗して夢夢ランドに到着した。
そこで見たものは園内をぐるりと取り囲み警備する、在日米軍の兵士達だった。
「現在作戦行動中です。日本国政府の正式な承認も得ています」
警備の責任者だという迷彩服の男はその一点張りだった。英語で押し問答をする尾津。だが桜井がやりとりの詳しい内容はわからないにせよ状況を察して、止めた。
「尾津さん、軍人さんは、駄目だ。別の方法をかんがえやしょう」
いまこの中で、シンパシィ達が、音琴の連絡通りだとすると、今この瞬間にも。
桜井は少し離れて携帯電話を出した。こうなったら、あまり使いたくないツテだが、と思いつつ心当たりに電話をしようとしたが、液晶に妙な表示が出て使えない。
「おい、どうしたよ。こういう大事なときに」
すると何か騒ぎのような声が聞こえた。クラクションがけたたましく鳴っている。尾津が音の方に走った。駐車場だ。全員が後を追う。
そこで皆が見たのは、がらんとした駐車場に残る移動整備車両。エンジンがかかっている。そして、それを取り囲む兵士達じりじりと間を詰めている。
運転席では林がクラクション暴力的に鳴らしつつ、窓ガラス越しに「近寄るな!来るな!」と、叫んでいた。そしてもう一人。外に出て、整備ブースに入る後部ハッチの前で両手と両足を大きく広げ、歯をむき出して兵士達をにらみつける、精一杯の威嚇で車両を死守しようとする坪倉の姿。
「よしよし、こいこいこいこい、そうそう、そうそう」
八盾は端末の前でつぶやく。瞬きをすることも忘れてモニターを見つめる。その中ではゼロの羅列に、最後の数桁の数字が徐々に減っていっている。
「そうそう、がんばって、しーちゃん。がんばって」
強い光。何も見えない。耕平達は思わず目を閉じて顔をそらせる。
パネル状の投光器が三人を照らしていた。学者部隊のうち四名が、それぞれ二人がかりで耕平と涼子をシンパシィから強引に引き離した。歩かせもせず光の脇に引きずり出し、押さえつけた。




