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講堂の大スクリーンにひらがなの多い式次第が出て、遅れなく進んでゆく。社員の子供が小学校に入学する前に、ランドセルを授与するという式典だった。
進行役になっている、総務の若い女性社員がマイクで次のプログラムを告げる。
「では、次にはマヤの会長、マヤを最初につくったひとですね、葛田さんにお祝いのおはなしをしてもらいます」
わきおこる拍手。壇上の袖から北島の押す車椅子に乗って、葛田が現れる。北島が壇の中央まで来て、止め、来場者の方をむけて車輪をロックし、マイクの高さを葛田の前に合わせて、すっと袖に消えると葛田の話がはじまった。
「みなさん、こんにちは。私が、葛田です。いつもみなさんのお父さんお母さんと一緒に働いています…」
すこししわがれた声で、だがはっきりと話す。
定番の挨拶だった。葛田はゆっくりと話す。
みなさんが生まれるずっと前、ここは焼け野原でした。私はそのころはみなさんのお父さんくらいの年でしたが、みんな戦争に、大きな大きな戦争にすべてを焼かれて、たくさんの人が死にました。いろんなものがなくなってしまいました。だけど、その中からもう一回立ち上がろう。みんなでいろんなものを作ろう、そうしてマヤができました。でも最初はみんな、すごく貧乏でした。お金も、なにもありません。でも夢を持ってがんばりました。…そんなある時、おじさんは、社員の子供が小学校に入るのにランドセルが買えないという話を聞きました。その社員だけではありません。みんな、貧乏なころでした。だから…。
葛田はこの式典には必ず出席してきた。
話の最後は、「みなさん、いっぱい勉強して、いっぱいがんばって、世の中の役に立つ立派な人に」と締められるところだったが、今回は少し違う。それは、さっき葛田が車の中で決めた今日の、特別な挨拶だった。
葛田の話が講堂中に響く中、講堂の後ろで式典を見ていた耕平とシンパシィ、涼子に音琴が小走りに近寄ってきた。「探したわよ」という顔だ。
「こんなところにいたのね。探したわよ」
「あぁ、すみません。どこにいていいかわからなく…」
「ちょっと、大変よ。シンパシィにはいまから壇上に上がってもらいます」
「え?」
耕平がびっくりする。シンパシィにはなんのことかわらないが、自分の名前が出たので音琴の方を向いた。
音琴はシンパシィの前にしゃがみ、目の高さを合わせて数言彼女に言った。シンパシィはにっこりと笑い、うん、とうなずいて、葛田が話す壇の袖の方に向かう。音琴も立ち上がりシンパシィのあとを追った。
葛田の話は続く。
「…みなさんが大きくなる頃には、世の中はどうなっているでしょうか?みなさんのお友達は、もしかすると今ここにいるみなさんだけではないかもしれません。もっと仲間が増えているとおじさんは思います。みんなで力を合わせて、すばらしい未来を作るためには、みんな仲間になって、仲良く、それぞれの得意不得意を補いあって、がんばらないといけない。争ったり、取り合ったり、壊し合ったり、そのばかばかしさをおじさんはいっぱい見てきました。つまらないことです。だから仲良く、新しい仲間を迎えたいとおじさんはいつもおもいます。おじさんや、みなさんのお父さんお母さんが一生懸命作っている、ラジオやテレビも、特別な力を持った仲間です。そして、そういうラジオやテレビだけではなくて、今、おじさんたちは、これまでにない、もっともっと、新しい仲間を、使うためではなく、いっしょにがんばる仲間を作りだそうとしています」
音琴とシンパシィは、壇上の袖、カーテンの陰に控えた。音琴がシンパシィに「もうすぐよ」と言うと。シンパシィは音琴から教えられたことを思い出して、もう一度うん、とうなずく。もうすぐ、葛田の話の中で、シンパシィの名前が呼ばれるはずだ。
「…でも、みなさんも、おじさんも、新しい仲間に、きちんと仲間にしてもらえるように、認めてもらえるように、がんばらないといけません。がんばってお勉強して、がんばって仲良くして、がんばって助け合う。今日、みなさんにお渡しするランドセルは、みなさんに、がんばってくださいねという、おじさんたちの気持ちのあらわれです。みなさんは、今日、ランドセルをもらいますか? がんばりますか?」
会場から、2,3「がんばります!」との声が聞こえる。
「ん?それだけかな?」葛田は耳をかたむける仕草をする。
さらに数人が、最後には口々に皆が言う。
「はい、はい、わかりました」静まって「…じゃぁ、いっしょに言いましょう。おじさんも言います。ランドセルをあげるのは、おじさんたちもがんばりますよという気持ちでもあります。だからみんなでいいましょう。はい、がんばります!」
「がんばります!」会場が一斉に。
「はい、よくできました。おじさんもがんばります。みんなでがんばりましょう。そして、実はさっきみなさんにお話しした、新しい仲間、おじさんたちが一生懸命、いま作っている新しいおともだちが、今日は、ここに来てくれています。おじさんは、その新しいおともだちにも、このがんばりますの約束のランドセルをあげたいと思います。みなさん、いいですか?いいとおもうひとは、拍手をしてください」
なんのことだかわからない来場者。社員である父兄の中には察したものもいるはずだが、そんなに多くない。最初はぱらぱらと、だがすぐに全員が拍手をする。
「はい、ありがとう。じゃぁ、新しいおともだちに出てきてもらいましょう。…シンパシィさん」
ほら、と音琴が促す。さっきの「がんばります!」をシンパシィは舞台の袖で、皆と一緒にやっていた。あ、と自分が壇上に出ることを思い出し、シンパシィはカーテンの陰から、段の中央に向かって歩き始めた。
みんなといっしょに声を出すことが楽しかったのか、にこにこして壇上を歩き、葛田の前に来て、少し前で止まる。音琴に言われたあたり。
葛田は、眼を細めてシンパシィを見て、言った。
「もうちょっと近くに、きてくれるかな、シンパシィさん」
「しーちゃんって呼んでください」にっこりと笑い、もう数歩進んで葛田の車椅子の真横に立つ。
「おじいさんは、葛田さんですね」
北島が自然な動作で現れ、葛田の車椅子のロックをはずして会場にむかって斜めに向けて去っていった。葛田がシンパシィと少し話がしやすいようにする。
「おぉ、そうか、しーちゃんか、そうか」
葛田は、しわがれ声をさらにかすれさせながら、そうか、そうかと何度もうなずき、顔をくしゃくしゃにして孫に対する祖父のような笑顔で見る。
できたら、もっと若いときにキミに会いたかった。もうよく見えないし、一緒にあるけない。右手だってあがらない。でも、そうか、キミか。
会場からは、ひそひそと「新しい仲間?」「なにあの子?」「ロボットよ、うちでつくった」と声が拡がる。シンパシィの声と葛田の「しーちゃんか、そうか」の言葉をマイクが拾い、シンパシィのその受け答えにさらに信じられず「うそでしょ?」の声も聞こえる。
葛田はシンパシィに向かってひとしきりうなずき、顔をマイクに向けた。シンパシィも来場者のほうを向く。葛田が話す。
「ではみなさん、ご紹介します。私たちの新しいおともだち…」
「えーあいえっくす、たいぷぜろぜろ、シンパシィです!はじめまして!」
自己紹介の練習は今日までたくさんしてきた。葛田の言葉が途中でとぎれたので、シンパシィは得意の自己紹介を行った。
葛田のマイクがシンパシィの声も明瞭に拾う。講堂に声が響き渡る。
これまでで一番上手にできた!
彼女は思った。そしてぺこりと頭を下げる。
しんとした会場。そうして、ぱん、ぱん、ぱん、と、葛田の拍手の音がした。あがらない右手を車椅子の肘掛けに置いたまま、その手の甲を左手でたたく不格好な拍手だった。だがその音にシンパシィは頭を上げた。葛田を追うように、すぐに会場全部から割れるような拍手が巻き起こった。
そして、壇上で葛田から赤いランドセルを授与された。北島が持ち上げた赤いランド出るに葛田も左手を添え、渡す。葛田は、両手でうれしそうにランドセルをうけとるシンパシィに、
「…おめでとう!!」
と、口をつきだすように力一杯に言った。
みんなでがんばろう。いっしょにがんばる約束のランドセルだ。
がんばろう。おめでとう。おめでとう、シンパシィ。
拍手に送られてシンパシィは壇上から降り、耕平達のところに戻った。
「今日は葛田さんが、もうあれでいいってことだから。行っていいわよ」
音琴の言葉は、この後に予定されていた葛田への挨拶の予定はこれでなくなったことを意味していた。
授与式はその後も進んでいる。だがさっきまでとは違い、会場中の、特に来場者からの視線がシンパシィを追いかけていた。このままだと周りに迷惑かもしれないし、それに、彼女がつまらない思いをするかもしれない。そう思った耕平は、そうですね、行こう、シンパシィ、と会場をあとにすることにした。涼子はさっきの葛田の「おめでとう!」で少し涙ぐんでいた。
「お、早かったねぇ」
駐車場で坪倉と林が十分な討議が済んだらしくにこやかに三人を迎えた。
坪倉と林は、シンパシィがもらったぴかぴかのランドセルを「いいもんもらったなぁ、しーちゃん!」と喜び、ベルトの長さをなおしてやって彼女に背負わせた。それを何に使うものか、彼女はわかっていなかったが「ランドセル、ランドセル!」と喜んでくるくるまわってみせた。いっしょにがんばろうの約束だと、それだけで彼女には十分だった。彼女はランドセルを離すのをいやがり、背負ったままで軽トラックにのりこんだ。
川澄屋に戻る道筋で遊園地に向かう。坪倉がまた先導することになっている。
出発する前、整備車両の運転席の窓越しにルートの確認をする耕平に、坪倉がぼそっと言った。
「あのさ、耕平くん、林と相談したんだが、つまり、今日、ばっちりキメてよ。そうしないと、コロす」
「は、はい!」
意外な内容だったが、返事をしてしまう耕平だった。
とにかく、移動開始。耕平も、涼子とシンパシィの待つ軽トラックに乗り込みエンジンをかけた。
時間は4時過ぎだ。ナイトショウには間に合うはずだ。
坪倉の車両がゆっくり出発し、耕平の軽トラックが後を追う。
由美子のマンション。
由美子は自分で組んだアンディへのカリキュラムを今日を含めて二日でどうやっておわらせようかと必死だった。




