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 涼子とシンパシィは、今日は朝一番から耕平が配達に出ることはわかっていた。それを見計らって、二人は内緒で買い込んでいた手作りチョコレートの材料を台所にならべた。計画していた作業を始める。

 削ったチョコを、湯煎して溶かすと、川澄屋の台所に甘い匂いがたちこめた。

 ずいぶん前に、シンパシィはこの日のことを涼子に教えてもらった。

 自分が大好きなひとたちに、チョコレートをあげる日。そう聞いたシンパシィは、紙にチョコをあげたい全員の名前を書いて数を数えた。設計課のメンバーと、涼子の父親、護堅興業、商店街のみんなや、映研のみんなをはじめとする大学内でも知り合ったひとたち。そのほか知る限りのみんなに。そして耕平にはとっておきのを渡そう。

 シンパシィは、好き、という気持ちはわかるが、相変わらず食べたり飲んだりすることや、おいしい、という感覚はわからない。だが、それも「そういうものがあって、とてもよいことらしい」とだけは理解していた。だからこのイベントは楽しみだった。

 味をみたり、台所仕事を教えるのは涼子た。

 踏み台の上にシンパシィはのり、湯煎のなべを教えられたように、ゆっくりとかき回す。

「わー、いい匂いですねー。甘いんですねー」

「あら、しーちゃん、そういうのわかるの?」

「わかりますよ。でも、食べたいとか、そういうのはないんですよ。なんかもったいない気がします」

「そう。でもね、いいのよ。そういうのもきっといいの。みんなきっと喜ぶよ」

 その涼子の言葉にシンパシィはああかな、こうかなと思いえへへと笑う。

 今日はイベントが目白押しだ。

 耕平が午前中から何軒も配達にいっているのもそのためだ。

 音琴から数日前に、連絡があった。今日の午後3時から、マヤ本社で行われる「ランドセル授与式」を見学することになっている。そのあと、マヤの会長、葛田に会う。急遽決まったスケジュール。

 これらはすべて水守の指示だった。葛田に好感をもたせて、シンパシィとSP-Pjを再導入することが目的。

 音琴がそのことを伝えに深夜、耕平のアパートを訪れたとき、「あなたたちの予定はともかく、必ず参加してください」と聞かされた耕平は、都合のこともあったが、あまりのことにあわてた。

「そんな、授与式とか会長とか。おれ、どうすれば?なんか聞かれるんですか?」

「ばかねぇ。耕平くんはつれてくるだけでいいの。葛田さんには原理試作の時にしかSP-Pjの成果を見せてないからって水守さんがね。耕平君も居てもらうとおもってるけど、主役はシンパシィです。あなたは居るだけでいいの。でも、くれぐれも失礼のないようにね」

「それ、夕方までには終わりますよね。その日は、シンパシィと別の約束があるので」

「大丈夫なんじゃない?でも、こちらの都合を優先させてね。そうそう、あのお店のお嬢さんも一緒にね。実験の成果ってことで。シンパシィとなかよしみたいだし」

 それは耕平にとっても、助かる条件だった。

 もともと今日の夜は、シンパシィの好きな遊園地にナイトショウを見に行く予定があった。涼子もいっしょだ。これも数日前にいきなり決まった話だったが、音琴の押しつけた予定よりも先に決まっていた。

 最近店の常連になった、引っ越してきたばかりで大学教授だという大柄なアメリカ人が店番をするシンパシィにチケットをくれたことが理由だった。

「もうそんなに日にちがないし、入場日も指定なのでお役にたたないかもしれませんが、もらったので、よければ」

 見るからに人の良さそうな雰囲気と流暢な日本語で、大きな体を縮めるようにして恐縮しながら彼は言った。シンパシィは大喜びで、耕平と涼子もは何度も頭を下げた。その後彼は、いつも通り高価な吟醸酒を涼子の父親の長い講釈を飽きもせず聞き、何本も買っていった。

 そのことから、今日はもともと移動整備車両と運転をする坪倉、そして助手として来る林には夜の予定を頼んでいた。だがさらに、音琴の持ってきた予定により日中はマヤ本社への行き帰りも彼らと行動を共にすることになる。

 結果、今日はぎっしりと予定の詰まった一日となった。

 午前中に耕平は配送。涼子とシンパシィはないしょの台所仕事を終わらせて、三人は13時過ぎに川澄屋を軽トラックで出発。いったん耕平のアパートの前まで行き、そこで坪倉の車両と合流。道案内をしてもらいながら、そのままマヤ本社へ。15時から式典の見学と、シンパシィの葛田への挨拶。その後遊園地に向かう。遊園地の駐車場で整備車両は待機して、20時からナイトショウ。22時の閉園で帰る。目の回りそうな一日。

 だが、川澄屋に帰り着いたころには、チョコレートも冷えてきれいにかたまっていることだろう。涼子は、耕平から日中の予定を聞かされたときには自分もその社内イベントや会長への挨拶に同席することに違和感を感じたが、興味もあり承諾した。

 なにより、耕平とシンパシィと三人で出かけられる期間は、もうそんなに残っていないことを彼女は強く意識していた。

 涼子に教えられたとおりに、ゆっくりと小鍋の中のチョコをかき回すシンパシィは、お気に入りの時代劇の主題歌を歌っている。この姿は、もうすぐマヤの中に消えてしまう。この日常も。だから、大事にしたい。忘れたくない。

 甘い香りの中、涼子は寂しい気分を口に出してしまいそうになる自分をはげますように、シンパシィに言った。

「上手ね、しーちゃん。もう、今日はいろいろ楽しみだね!あの遊園地は前もいったけど、ナイトショウ、見るの初めてだもんね」

「そうですねー。あと、しーちゃん、あそこにある大っきなおふね、好きなんです」

「あ、あの池の外輪船ね。あれ、すてきよね」

「はい、あれは本当は、海にいるんですよね?どこまでもいけるって耕平お兄ちゃんが前行ったときに言ってました」

 別に湯煎しているホワイトチョコもいい具合だ。涼子はちら、とそちらの鍋の様子もみつつ返事した。

「えー?耕平くん、あのときそんなこと言ったの? 外輪船で海は、ないんじゃないかなぁ。…でもまぁ、おふねはおふねだね。うん、正しい、かも、だよ」

「そうですか! しーちゃん、おふね好きなんです。おっきくてどこまでもいけそうで」

 涼子はそろそろいいかな?と火を止めた。シンパシィは涼子のその手つきを「覚えるぞ!」という風に見ながら、言った。

「いつかしーちゃん、おふねで遠くまでいきたいです。涼子お姉ちゃんも耕平お兄ちゃんも、お父さん達も、みんなみんないっしょです。


 シュルツの声がマイク越しに響く。

 学者部隊のブリーフィング。屈強な、見るからにたたき上げの者や、兵士と呼ぶには線の細い神経質そうな学者然とした者も居る。その前でシュルツは言った。

「今回の演習は、寒冷状態における装備評価を目的とする。諸君、今回はかなり贅沢だぞ。RMX-98XIを搬入していることは知っている通り。さらにテストフィールドは借り切った一般地域だ」

 シュルツは日本に来ていた。彼の統括する先進開発軍団、その中の実戦運用をテストする通称「学者部隊」と共に。

 部隊を前に今回の演習について彼自身が説明を行う。湾岸部にある在日米軍基地の一室。

 シュルツ自身が演習に来ることは、それが新開発装備の検証を行う際には決して珍しくはなかった。だが、それでも着席する部隊のメンバーには緊張が走る。20人ほどの部隊。

「私からこのような説明ができることをうれしく思う」

 演習の開始時間は部隊には知らされない。立ち上がり時間も検証すべき内容だからだ。故に演習内容も概略しか伝えられないのが常だが、学者部隊の場合は装備の開発と検証を主な存在理由としているため、準備する装備からある程度演習内容が想像できる。

 また部隊内でも、隊員それぞれが専門領域を持つプロフェッショナルなため、階級や規律はあるものの比較的自由な発言が許される。揶揄する意味でも「学者部隊」と周りから呼ばれる所以だ。

 スクリーンを前に、シュルツが言う。

「質問は?」

「よろしいでしょうか?」

 イグナシオ曹長が挙手をし、立ち上がる。彼がねらって冗談を言うときの真面目くさった表情だ。部隊内でも古参の彼が今からなにを言うのかシュルツはうすうす気づいているが、聞く。今回の演習に笑いはいらない。そう思いつつ。

「なにかね?」

「今回の装備は、対人用で、しかもハリネズミみたいな装備であります。もしかして今回の演習地帯にはスモウレスラーも借りているのでしょうか?」

 笑いが起こる。シュルツは「黙れ」と思いつつ、だがいい質問だ、と、にこやかに返答する。

「そうだな、なにか出てきたら全力で対応しろ」

 さらに笑いが起こり、イグナシオは満足して着席した。

 ほかにはないか?では、解散。

 部隊長が確認し、号令をかける。皆が一斉に立ち上がる。

 シュルツは質問の内容を否定しなかった。そのことに気づいた者は居ない。



 正午になる前、耕平は予定より早く配達から帰ってきた。

 かなりがんばってやってきたらしい。寒い中での配達だったが、手慣れてきた最近ではめずらしく汗をかいていた。息を切らせながら店に入って、ただいま、と言ったあと妙にそわそわとした調子で言った。

「うはー、おれ、ちょっと家でシャワーあびてきていいですか?さすがに汗とか、ホコリとか」

「うちで使ってきなさいよ。タオルだすわよ」とレジにいる涼子。

「あ、いや、それはちょっと」

 ジャンパーに店の名前の入った前掛けをつけて軍手で配送。いまやそれも板についた耕平だったが、今日は特別に準備していることがある。バレンタインデーに遊園地でナイトショウだ。耕平は耕平で、この日のためにスーツをクリーニングに出してあった。

「じゃ、ちょっと行ってくるよ。すぐ戻るから」

「はい、じゃぁ気をつけてね」

 ばたばたと、耕平は店を飛び出した。

 そのころシンパシィは、涼子の祖母と鏡台の前。

「いつもの元気なかっこじゃねぇ」

 と、祖母は涼子が好きで残しておいたおしゃれ着のお古を出して、さらに軽くシンパシィにメイクをしてあげている。

「はい、できあがり」

「わー、お姫様みたいです!」

「お正月の晴れ着も似合ったけど、こういうのもよくにあうねぇ。しーちゃん、おばあちゃんね、お洋服かったげる。来週デパートいきましょうよ」

「デパート!うわ、耕平お兄ちゃんとお父さん達にお願いしておきますね!」

 うれしそうなシンパシィに、祖母は孫を見るように眼を細めてうなづいた。

 耕平は、商店街のクリーニング屋を経由して走って自室に到着。あわてて鍵を開け、川澄屋のジャンパーと前掛けを大急ぎで外し、服を脱ぎ捨てユニットバスに飛び込んだ。


 じゃぁいってきます、と三人がでたのは予定通りの13時。

 結果、なんとも不思議な感じの軽トラックができあがった。

 遊園地に行くとシンパシィは大喜びではしゃいで、耕平と涼子のところから意識も離れがちになる。その知っていた耕平は、今日は、今日こそ、キメる!、と、気合いの入ったソフトスーツとコート、磨き立てた革靴で登場した。

 シンパシィは涼子が同じ背格好くらいのころに好きだったふわりとしたスカートとブラウス、そして軽いメイク。

 そこまでしゃれのめすつもりのなかった涼子は出る直前に二人の様子に気づき「ちょ、ちょっと待ってよ、今日はそういう日なの?」とあわて、10分待って!と言ってそこそこフォーマルな服を出した。

 そのランドセル授与式とかって、そういうものなの?会長さんってそんなに偉いの?などとも思ったが、それぞれの思惑や理由には関係なく、出発するのを見送る涼子の父親はおかしそうに「おい、仮装行列が行くぞ」と祖母に言った。

「酒のことなら川澄屋」と書かれた軽トラックは数分かからず耕平のアパート前につき、駐車場として借りたアパートわきの空き地で整備用車両に乗り込んだ坪倉、林と合流して再出発。

 マヤ本社までの道順に詳しい坪倉が先導して、耕平が後を追う。

 坪倉はときおり停車して軽トラックとの距離が離れすぎないようにしたが、渋滞もなく1時間すこしで本社ビルの駐車場に到着。

「まぁ時間もあるし、好きにしててよ。僕らはここにいるから」

 と坪倉と林は三人を送り出し、彼らの姿が消えると例によって「今夜は本気でコロす。耕平、0時くらいから真剣にコロス」と運転席で飽きもせず計画を練る。

 耕平たちは、これから式典が行われる講堂を先に見に行った。まだ入場時間ではないらしいが、入り口付近には父兄らしき社員と、小学校入学予定の子供達が集まってきていた。この中ではシンパシィは少し年上に見える。

 中を覗くと、体育館ほどの広さの行動にパイプ椅子が並んでいる。

「おっきな会社なのねぇ」

 涼子は感心したように言い、シンパシィは勝手知ったる様子であちこちうろうろしている。壇上ではスタッフによるリハーサルも終わり、壇上の壁面に大きく作り付けられている巨大なスクリーンには入場開始の合図が出ていた。

「ほら、しーちゃん、一回出てようよ」

 その表示をみて、耕平が促した。

 音琴からは、来場者の入場が終わった後こっそり、後ろから入るようにとの指示が出ていた。シンパシィにこのイベントをよく見せて、葛田の前で無邪気な感想を言わせることが水守のねらいだった。

 耕平とシンパシィ、涼子も一緒に一度外に出た。

 その三人の姿は、若い夫婦とその子供に見えなくもない。

 彼らと行き違うように、入場口に多くの社員の親子連れが向かいはじめている。三人は彼らとは逆方向に講堂を出て、数段ある階段を下りはじめた。

 彼らが出てきたところに、黒塗りのクルマがとまっている。

 後部座席の老人が窓の外を見ていた。会長の葛田。もう70歳を超える高齢だ。

 横に座る誠実そうな男性秘書が、階段を下りてくる耕平経ちに気づく。事前に確認していた写真を思い出し、葛田に言った。

「葛田さん、彼らです。AIX Type-00シンパシィと、その運用実験参加者。うちの内定者の惣領さんと、シンパシィと仲のいい女性、川澄さんです」

 それを聞き、葛田は目を疑った。年老いた眼だが、間違いなく見える。

 ふわりとしたスカートの女の子が歩いて、数段ある階段を先にぽんぽんととびおり、振り返りその若い男女と笑いあう。見える限り、どうみても普通の女の子だ。

 我々は、我が社は、ここまで来たのか。我々は、ここまで。

「北島よ」

「はい」

 葛田は男性秘書に指示を与える。


 授与式が始まった。


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