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平井が急な打ち合わせを言うのは珍しくなく、さらにそういう場合には重要な情報提供がなされたがこれまでも多くあった。故に、水守は無理にスケジュールを調整して、翌日の10日に平井との打ち合わせをマヤ本社でもつことにした。
そして、そこで水守が聞かされたのは、あまりに突然の、そしてこれまで自分が認識している様々な現状からは完全に予想できなかった申し出だった。
マヤ本社ロビーからつながる、部長級以上の者が使用する豪華な応接室で、平井はいつもの、慇懃無礼な言い回しで告げた。
「…ということで、政府の財政上の理由がありましてね。SP-Pjに今後予定していた資金援助を打ち切ることとしました。これまでずいぶん援助させていただきましたが、これきり、ということで」
あまりのことに、言葉を失う水守。
平井自身は、これまで自身が課長となって汎用のアンドロイド開発を推進し、実質的な国内メーカーへの統括を行っていた通産省MR開発課を解散し、兼務していた別の課の課長職に専念すると告げた。まぁ、今度も似たような仕事なのですが、と言いつつ。
言葉を失う水守に、平井はさらに追い打ちをかけた。
「私としても大変残念なのですがね。これは、すでに決定事項でして、政府としても判断を覆すことはありません。もちろん、」
一息おいて、
「もちろん、シュルツ氏やリッツ氏も、この判断はご存知です。いや、私も身を切られるようにつらいのですよ」
平井は、苦渋の表情を作って言う。だがこれまでのつきあいで、それが平井の感情の表れでもなんでもないことを水守はよく知っていた。
来年度の援助についての約束はご破算。本年度分についても、未引き渡しの分は打ち切りを相談したいとの平井の申し入れに水守は怒りに顔を真っ赤にしつつ、応接室の中で努めて冷静に話そうとした。
「平井さん、私はてっきり、リッツ氏やシュルツ氏から、例の件での正式採用をご連絡いただいたのではと思ってお会いしましたが、まさか、こんな話を切り出されるとはね」
「あの会談も、次回は無期限延期にしてほしいとの連絡が先方から来ました。次回が開催されることは、ないでしょうね。大変残念ですが」
平井は、目の前の応接テーブルに出された白い磁器の湯飲みから茶を一口飲み、いや、残念なのですよ、私も、と繰り返した。
「今回の判断は、御社だけではなく他社も同様ですので」
「ですが、平井さん、政府の財政上の理由とおっしゃるが、今回の費用援助は、」
米国からの援助費用を、通産省経由でもらっているいるだけじゃないか。なにを、見え透いたことを。水守は続けようとしたその言葉を飲み込む。オフィシャルには水守は知らないことになっている事実だった。
平井は、その水守が言いかけてやめたこと自体を内心で薄く笑いつつ、言葉を続けた。
「いや、まぁいろいろと理由は無くはないんですが、はい、あくまで政府の財政上の理由ですので、これ以上は、はい。申し訳ないです」
水守は気づいた。
つまり、これは米国側からの指示だ。
平井には今回の人型マシンの開発を急遽やめさせる理由がない。開発は順調だ。だが米国側企業での状況は違う。そして、それで影響を被るのはシュルツやリッツ。彼らは純粋な軍人ではない。うすうすわかっていた。いわゆる軍産複合体の中心メンバーだ。
そして、平井は自分の知らないレベルの会話を平井とは行っているに違いない。
水守は、にやにや笑いが透けて見える平井の残念そうな表情を見つめて言った。
「…つまり、リッツ氏達の、指示ですか?」
「なにをおっしゃいますか。彼らは私たちになにを指示する立場でもありません。水守さんもご存知でしょう。見込まれる優良顧客なだけの彼らです。二人で散々営業に行ったじゃないですか」
平井は、なにを動じることもない。そして続けた。
「あぁ、ですが、今回の件について先方にご連絡をいれたところ、コメントがありました。他社様の成果以上に、特に水守さんのところについては危惧を感じているとのことでした。例のハイパーリンカ理論での無制限自律進化についてですね。いやいや、私も同感なんですがね。そんなマンガのような、人類に刃向かう機械知性になるとかそういうことではなくて、いわばコントロールされない知的な猛獣がいるのは、それだけで脅威ですし。ええ」
水守の顔がさらに怒りで赤くなる。
何を言っているんだ。あんたも、彼らも知っていたことじゃないか。それどころか、もう数年前になるこのプロジェクト発足時に、制限のない自立成長の結果が見たいと口頭で要望したのははあの政治家、リッツだ。
だが、おちつけ、と、水守は冷静になろうと努める。
平井のペースにのせられてはいけない。自分が、これまで公的に与えられている情報の中での返答をまずすべきだ。情報を引き出さなければ。そうだ、少なくとも。
「平井さん、本当にその判断で政府は、通産省はいいのですか。開発を継続するにはには多額の費用がかかる。いただいていた援助がなければ、これまでそちらにご指導いただいて進めていた汎用ヒト型マシンの産業育成全体が死にますよ。いや、殺す気なのか」
「そんなそんな、恐れ多い。私たちは民間企業のみなさんに、なにをしろと指示する立場ではありません。ご提案はさせていただきますが。また、私たちの仕事は大きく政治に振られます。時に突然にみえることもありますが熟慮した結果であります。ご理解いただけると」
「いくらなんでも、これはちょっと拙速なご判断だったのではと思いますがね」
「熟慮しましたので。他企業のみなさんはトップから現場のかたまで話が通って、研究のみでの継続や一旦の開発終了など、いろいろあると聞いていますが」
他社に比べ、水守は平井に対して違う深いつきあい方をしてきていると信じていた。実際は米国防総省の資金であるとはいえ、ここ数年の開発資金援助は他社より手厚く得ているはずで、実際に成果も出していた。リッツ氏も高評価をしてくれていたではないか。
熟慮しましたので、と平井に突っぱねられたことにどう返すかと考えている水守に、そういえばと、平井はもう一太刀浴びせる。
「そうそう。そういえばこのお話、他社のみなさんはもっと早く現場まで降りていたような気がします。今日は水守さんとのお話のなかでまだご存じないのをおかしいと思いつつご説明しましたが、御社の葛田会長にはすでに数日前にお話させていただいております。もともと、一番最初にお話を入れさせて頂いた先でもありますし」
「葛田は、なんと申してましたか?」
「いやぁ…これを言っていいのかわかりませんが」
出されてぬるくなった緑茶を一口すすって、
「ふう。いやぁ、びっくりしました。水守さん、リッツ氏やシュルツ氏のこと、葛田会長にも小嶺社長にもお話されていませんでしたね?」
平井の言葉に耳を疑う。
確かに話していない。軍事利用と聞いた瞬間にストップがかかるからだ。
だがそんなこと、平井は知っていたはずだ。
テレビだって軍事利用されてますし、と、自分を口説いたのは平井だ。水守さん、マヤでは窮屈でしょう、半官半民の開発法人で自由にやりませんか?、とまで言ったのも彼だ。
「水守さんが私に、毎回マヤとしては、マヤとしてはとお話されるので、私はてっきりすべてお話を通されていたのかと思ってました。葛田さんはプロトタイプ以降見てないが、どうしたのだろうともおっしゃってましたねぇ…」
とぼけた表情で、平井は言った。水守は意識する。
完全にハシゴをはずされた。
社内の予算だけでは来期に必要な分の数分の一にも満たない。それすら商品化を前提としているが故の社内予算だったが、想定していたもっとも大きい市場、軍需用途を切り開くことがこれで不可能になった。
いやそれ以上に、これまで進めていた来るべき日のための社内工作や準備も、これからこれからおれに逆効果に働いてくるだろう。水守はすべてを察した。これ以上平井と話すことは、無駄だ。
「わかりました。決まったものなら仕方がない。これからは援助金をうけずに独自開発を進めることにしますよ。お世話になりました」
水守はソファから立ち上がり、ヒマではないんだとアピールするように会議室のドアを開け、平井に帰るように促した。負けてなるものか、と、あくまでも紳士的なスタイルは崩さないまま。
平井は、またの機会には、是非、などといいつつ立ち上がり、ドア前で水守に再度、慇懃無礼な礼をする。
そして一言、
「ただ、リッツ氏からはこちらと西王さんへは伝言を受け取っておりまして。私たち、通産省MR開発課としてはとうてい容認できないことなのですが、一応お伝えしますが」
「なんですか、今度は」
水守が聞く。平井は水守に視線を合わせ、瞳の奥に無表情さを見せつつ少し落とした声で言った。
「特にマヤさんと西王さんは、今回の研究結果を彼らにすべて提出したのちに、破棄してほしいとのことです。お伝えだけはしておきます。私たちはなにも強制できませんので。ですが、あれだけの援助を受けたのですから、無視するのは怖いですよ」
では、失礼いたします。平井は再度きっちりとした礼をして、会議室を出た。ロビーを歩きつつ、平井は、これまでなら必ず見送りに来ていた水守が来ないことに心の中でくすりと笑う。
まぁ、しかたあるまい。
おそらく、遠からずUSサイドは何らかの理由をつけて、各企業のレベルではなくMR推進課でとりまとめた全企業の研究成果についても、供出と破棄を要求してくるだろう。
確かに今回は派手に開発が進みすぎた。次はうまくやろう。
平井はすでに次の機会の算段を頭の中で開始していた。
水守は、歩き遠ざかる平井の姿を会議室の出口からしばらくにらみ、そして意識して息をふっと抜き、同じく会議室を出た。自身は、社内フロアの通用ドアへ向かう。
セキュリティをくぐり、目の前のエレベータホールで呼び出しボタンを押す。乗り込んで階数ボタンを押すと左右からドアが閉まって動き出す。
ふん、平井め、そういうことで来るのなら、今度はこちらは正攻法だ。
まず、Type-00を会長に効果的に見せることが必要だ。もうすぐあのイベントの日が来る。アレをうまく使おう。
軍事利用の件は、可能性の模索だったということでいいだろう。決まっていたわけじゃない。あと予算縮小となれば、これまでの研究成果が財産だ。
いまのうちに成果はすべてまとめきっておく。だが、あまりに極端な予算減少だ。現状では社内のみでの今後の確保はむつかしい。研究規模を下げるか?いや、せっかくここまできているのにそれはないだろう。
そうだ。ここまで進んでいる。これがこちらの武器だ。
やはり、研究成果を引き渡してこちらは破棄なんてあり得ない。こちらの手元にあるのだ。ここからが第二ラウンドさ。まず社内。会長を攻略して、次に社外の資金援助。日本はもうアテにならない。欧州か?大陸か?しばらく歩かなければ。その上で米国防総省とは、カネで解決だな。
提出して破棄しろだ? ふざけるな。そのへんは適当にがらくたをダミーデータと一緒に渡しておけばいい。とにかく、カネだ。どこから引き出すか。
エレベータが開いた。降りて、目の前の部署のドアのセキュリティボックスに自分のIDカードを通す。最重度セキュリティのロックがかちりと音を立てて解除され、穏やかなクリーム色に塗られたドアが開く。その色合いと、ドアの厚みをはじめとする雰囲気はそぐわないと言ってもいいほどに硬質だ。
水守はドアを抜け、歩きながらさらに頭を巡らせる。音琴と尾津に早速指示をださないと。あの二人、最近私への報告が足りない。特に音琴はなにかたくらんでいるようだ。
今回の件をうまく処理できなければ、自分自身の社内での進退に関わることを水守は十分理解している。だが彼は、今日のことはこれから起こるシナリオのごく一部でしかないことを、まだ知らない。
伊東由美子は、その後もアンディに対して変わらないスタンスで接していた。彼女にとっても稼働実験はあと二ヶ月。3月の末までだ。
同じ街にあるとはいえ、耕平とは違う学校、女子大でアンディを連れ回す伊東は、耕平とは違った意味で学内の有名人になっていた。
曰く、従者付きの由美子さん。
曰く、女王様。
最初はアンディを「かわいい!」と取り囲んでいた由美子の数少ない友人達も、由美子の気張った調子と、しかも高圧的なアンディへの対応に最初はかわいそうだよと言い、そして徐々に「まぁ、「一所懸命伊東さん」のやることだから」と彼女から距離をとるようになっていた。
由美子の学校はいわゆるお嬢様学校だ。
由美子自身も関西の名家の出身。形ばかりの入試で入学している。西王への入社も親のコネだ。それは由美子もしっている。
今日までの彼女の人生で、親のかかわりがなかったことは一度もなかった。
だが、これからは違う。
由美子は、それだけを思って頑張っていた。
笑われていることも、からかいの視線も知っていた。
だから、その夜に来た西王の指示を受け入れることもできなかった。




