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「シュルツ准将。どうかね、さっきのあの、ミズモリとヒライの報告内容は」

 リッツは二人が退室した部屋で、さっきまでと変わらないにこやかな顔で聞いた。

 今日の水守によるプレゼン内容も、毎回と同じく非常に速いスピードで進捗をしている開発内容と、今後の予定についてのものだった。これまで水守と平井は、事前に宣言した通りの開発を予定通り進め、スペックも満足させている。

 シュルツは、リッツの問いかけの意味が十分わかっていた。故に、期待されているままの返答をまずは避けた。

「正直に申し上げて、今回だけではないのですが驚いています。彼らは我が国が同様のテーマに投下している開発費の、数分の一程度の投資であれだけのものを作っている。これは評価してもいいと思われます」

「シュルツ、私はそんなことを聞いているんじゃない」

 リッツは笑顔を変えず言う。だが内容は表情通りのものではない。

「私が聞きたいのは二点。ひとつは、彼らの開発の方向性を正しいと思うか。もうひとつは、彼らの開発は我が国での同テーマの開発結果に対して脅威となるか。その二点だよ」

 さっきまで、いつも通り「すばらしい、すばらしい」を連発し、あげくに「これで一定の評価を私から得たとおもってもらっていい。次回の報告を受けるときには、こちらで想定するウェポンシステムへの応用例と、「人形部隊」についての確定版ミルスペックを伝える」とまで言っていたリッツだったが、今彼が聞いている内容はそのような言葉をベースにしたものではない。

 シュルツは返答をためらう。

 思った通り言えば、どうなるかはわかっている。あんな、芸術品のような開発内容を不幸にしてしまう。だが逃げられない。いつも通りだ。今回も。

 そう思うシュルツを、リッツはさらに追い詰める。

「返答する気がないのなら、私が判断するが」

「いえ、リッツ議長。私の判断を伝えさせて頂きます」

 うむ、とうなづき、テーブルの上に両肘を置き手を組むリッツ。

 シュルツは、正直に言うべきだと腹をくくる。肘掛けに当てた手のひらが汗ばむ。

「まず、一点目。彼らの開発の方向性は、我が国が求めている内容を含んでさらに幅広い。特に彼らの人工知能理論、あのハイパーリンカ理論の有用性と開発力は、試作の運用で証明されています。ほかへの応用も含めて正しく、しかもすばらしく高度だ。ただ、我が国で求める内容を正確に手にするためには、彼らが最後までプロダクタイズすることは不可能。もともと畑違いです。適当な時期に引き取って伸ばすことが、最後まで正しく進むための方法と考えます」

 うむ、うむ、と満足そうにリッツは聞いている。

「そして」

 言わなければならないのか。

 いつもの柔らかい声で、一旦言葉を切って黙ったシュルツにリッツが言う。

「どうした、シュルツ。君と私の仲じゃないか。もうずいぶん長い。私は今でも覚えているよ。君が若い頃にぶった、兵器は消費されなければならないって演説。あれで、私は君を仲間に入れてやろうとおもったんだ。その君の、冷静かつ現実的な意見を聞きたいんだがね」

 リッツは、シュルツが最終的に返答する内容を理解している。だが、それをシュルツ自身に言わせることが必要だ。処理まで実行させないといけないのだから。

 逃げられない。改めてシュルツは思う。この状況は、初めてのことじゃない。ここで、リッツの意見を肯定することが自分の役目にされてしまっている。

「はい、では、もうひとつについての返答ですが」

 あのころの自分は間違っていた。今は思う。

 思い切り開発がしたかった。軍ならばコストなんて気にしないで開発ができると思って技術将校を目指して今日までの道のりを歩んだ。確かにサイフは大きかった。でも、そこから予算を取り出すには手段も必要だった。リッツという悪魔に教えられるままの。

 自分はあのころ、悪魔に魂を売っていた。

 消費するための兵器。開発も消費あってこそ。店も客があってこそ。企業も、国も。いつの間にか政治家シュルツにからめとられて手駒とされた。いまさら拒否すれば、自分のすべてを失う。命すら。

「もうひとつについての返答は…」

「返答は? 早くいいたまえ、シュルツ」

 楽しむようにリッツはシュルツを追い詰める。薄暗い部屋の中で、リッツのにこやかな表情の中の視線は冷たく、不気味に光る。

 シュルツにはよくわかっている。リッツという男は救世主のような笑顔のままで赤ん坊を踏み殺せる。そんなやつだ。だが、だから逃げられない。

 言うしかない。

 自分は、正確に判断を伝えるだけだ。すまん、ミズモリ。

 それと、あのアンドロイド。

 絞り出すような声で、シュルツは返答した。

「脅威となりえます。現段階ですでに脅威です」

 その言葉を聞いたリッツは、さらに笑みを増した。その表情はまるでシュルツの苦悩も楽しんでいるようだ。それも十分味わったとでもいいたげな笑みで、リッツはシュルツの返答を聞く。

「そうか、それは…いやそれは、残念なことだな、シュルツ准将」

「ただ、私の部隊で正しく引き取ることができれば、脅威もとりこんで、」

「いや、残念だ。あれは世界平和への脅威であるわけだな。いやはや」

 リッツはシュルツの話を遮り、今度は急に沈痛な面持ちで言う。

 これから始まる内容を、シュルツはすでに知っていた。

 リッツは、殉教することも辞さない聖職者の顔と声になる。

「我が国は、自国の利益や平和のみならず世界平和を維持するための努力を率先しておこなわねばならん運命の元にある。それが、属国の平和と幸せのためならばなおさらだ。我が国の庇護の元、我が国の兵器を運用して、一糸乱れぬ統制をはかることがまずは大切な目標だ。時にはつらい役回りもくるが、これも神が与えた役割だ。なぁ、シュルツ准将」

「ですが議長、せっかくの開発を、努力を無駄にすることは」

「そうだな、シュルツ。もう一つ聞くが、あのヒライがつれてくるほかの要南、フォルテ、甲重、あと西王の開発状況と能力、脅威性についてはどう思うかね?簡潔に」

「…西王とマヤは近いレベルの能力を持っていますが、ほかは突出しているところがあっても全体的には低レベルです。脅威性で言えば、比較の上で西王よりマヤがやはりもっとも脅威となりえます」

「ふむ、ならば脅威の芽を摘むにはどうすればいいかね?」

「ヒライから各企業に開発中止を命じさせるべきでしょう。ヒライには中止させる理由がありませんが、日本の政治家経由で命じれば、理由はともかくとにかく中止するのではないかと」

「私もだが、君も年を取ったな、シュルツ」

 リッツが哀れむ顔で言った。

 軽くテーブルに右の拳をとんとんと落としながら、続ける。

「そんなもので、何が止まるわけもなかろう。今後の芽もきちんと詰めない行動は無意味だよ。これは脅威に対する対応なんだよ、シュルツ。そうだな、そうだ」

 相変わらず往生際が悪い。反抗しているとしても無駄だ。これでいけ、シュルツ。多少面倒になってきたリッツが、実質上の指示を出す。

「マヤの汎用ロボットの実験体は、その人工知能に欠陥があると君は判断しているはずだ。すでに製造者のコントロールを離れた独自の進化をはじめている。つまり暴走中だな。なにか起こった場合、日本警察やセルフディフェンスフォースでは全く対応を期待できない事態も想定できる。あのキモノドールに対処し解析までできるのは、シュルツ、世界広しといえども君の学者部隊だけだ。この意見に、可能性においての間違いがあるかね?」

「…いえ、ありません」

 もう何回、こんなことをしただろう。この返答をしただろうか。シュルツは思う。

 リッツ議長、それは彼らがあなたの言うとおりにした結果じゃないですか!

 フィジカルユニットも大切だが、AIはさらに大切だと、できるかぎり自由な進化によるあらゆる可能性を探りたいからと、そう言ったのはあなたでしょう!それも、最初から、結果だけを手にしてすべてを終わらせるための仕込みだったくせに!

 そう思うシュルツの前で、リッツがため息をひとつついた。さも、残念そうに。

「いや残念だ。それと、そうだな、君の部隊は、アジア地域での超先進装備の運用テストはあまりやってないだろう。一度、演習してくるといい。途中で行動内容が変わるなんてのもよくあることだ」

 そうだ、私に手伝えることがあるならば、と前置きして続ける。

「思いっきり、カネをつかってかまわんよ。私の方から関連企業に実用テスト費用ということでコストを持つように言っておく。あのべらぼうに高価な無音ヘリももっていくといい。すべては世界平和のためだ。政治上の対応と指示は私の方からしておく。続けるとどうなるか、それをひとつ見せれば彼らは全速力で尻尾をさげるさ」

 リッツはこれで話は終わりだという合図として、席を立った。

「来月ごろには、すべて片がついていることを期待するよ。マヤのキモノドールがかわいい存在のうちに処分してやってくれ。それと、今回の結論は君の意見を重視した結果だということも忘れずにね」

 ドアに向かう後ろ姿の向こうから、リッツは歌うように言う。その顔は見えないが声音からすれば、さぞかし悪魔のような表情をしていることだろう。

「君も僕も、運命をともにする仲だ。国も軍も産業も、世界も同じことだ。しかも君の部隊はとんでもないカネ喰い虫。今日まで存在してくるために、いろいろやってきたなぁ、シュルツ」

 ドアノブに手をかけ、足を止める。

「それに、人類始まって以来、そしてこれからも」

 ノブを回して、止めたまま。

「片手に握った長槍を背中に隠さずできる対話はないのだよ。君も、もっと絶望を直視したまえ。そうすれば君が手を汚してまで見た夢も、少しは世界の役にたつさ」

ドアノブを押した。外開きに、開け放してリッツは出て行った。


 ひとり残されたシュルツは、該当時期のトウキョウの気候や諸条件と、「演習」に持ち出し運用テストを行いたい超先進装備の選定に入っている自分に気づく。

 形はちがっても、確かにおれはリッツと同じだ。



(この章終わり。次章に続きます)

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