(3)
何度聞いても同じ内容に、手に持ったボールペンの尻で刑事は頭をかく。
本籍は?住所は?名前と生年月日は?そういった質問に制服である作業着姿の尾津は、向かいに座って正確に答える。その刑事の想定していた知りたい情報ではないことばかりが積み重なる。困り果てたように刑事は言った。だが、その口調は深刻さをあまり含んでいない。
「こまったな。そんなロボットが店番してるなんてことも初めて聞いたが、これじゃぁまず誘拐事件にならない。窃盗だな」
「なにいってんですか!」
大声をあげて刑事につかみかかりそうな耕平を、尾津は制した。
「…そうかもしれません。ですが、彼女を連れていった者がいるなら、誘拐だと思っているはずです。私たちの同業者じゃないかぎり」
「じゃぁ、その線はないんですかねぇ。ほら、その、産業スパイとか。ますます私らの仕事から離れるなぁ」
マヤの名刺をだした尾津が話すことは、聴取した内容として使っていいのだろう。そうなれば、この証言を理由にして窃盗事件としてのあつかいで間違いない。なんだ、誘拐じゃないのか。まぁのんびりやるか。刑事は耕平のにらみつける視線とさっきの大声を不快に感じてますますそう思う。
涼子の祖母は仏壇に手を合わせ続けていた。父親は狂ったように「怪しいヤツをみなかったか」と商店街中を聞き回っている。涼子はシンパシィの帰りを待つようにレジに座りうつむき、尾津と一緒にきた渋田は奥の座敷で端末と無線機をつないで分室とやりとりを続けている。
「まぁ、だいぶ値打ちのあるものを盗まれたってことで、鑑識とか呼びますけど、明日になるかもしれませんなぁ」
刑事は立ち上がり、おい、いったん戻るぞ、と、隣に座っていた若手の刑事に声をかけた。近隣の商店も含めて聴取を行った彼は、シンパシィが明らかにヒトであるとの認識をもっていた。故にその上で聞いた尾津の説明との間で混乱しているところだった。だがまずは、これで引き上げることができるとほっとする。
まぁ、気を確かに。生きてないもんだったら殺されることもないでしょうし。とにかく署にもどったらもう一度連絡いれますので、と刑事たちは座敷を出た。
尾津は渋田のいる奥の座敷に行きふすまを閉めた。耕平は見送るというわけでもなく刑事達と一緒に外に出て、では、と刑事たちに挨拶をされたが返答はしなかった。
そういうことに慣れているのか、刑事たちは何事もなかったように店先にとめた覆面パトカーに乗り込み、サイレンを鳴らさずに去っていく。
川澄屋の入り口には、だいぶ減ったが近くの商店の人たちが集まっていた。子供たちも数人。しーちゃん、ゆーかいされたの?と親に聞き、滅多な事いうな!とどやされている。
店先まで出た耕平を、覆面パトカーが遠ざかったあたりで彼らが囲み口々に言った。
「耕平ちゃん、あんた、なにしてたんだい!」
「大丈夫、しーちゃん帰ってくるよ。あんなにかわいい子に、なんかできるやつなんていやしないって」
「ほら、おばさん、おにぎりにぎってきてあげたから。うちの店のコロッケも入れてあるから。あんた、ご飯たべてないだろ?弘さんも涼ちゃんも、腹ごしらえちゃんとしてね、ほら」
すみません、ありがとうございます、すみません。
食事の大きな包みをもらい、肩をたたかれ、耕平は店に戻る。レジに座りじっとうつむいている涼子。
警察がかえったからか、店の前の皆もそれぞれ家に戻り始めた。子供連れの親は、その手をしっかり握って。
涼子のその姿を前に、店の中で立ちつくす耕平。
「涼子さん、ごめん」
それしか言えない。
涼子はうつむいたままだ。耕平も黙るしかない。
そんな中、後ろから声がした。
「お取り込み中、失礼しますよ。警察のダンナが帰られたんで、やっとこれました」
振り返ると桜井だった。その後ろにはサブが控えていた。大きな茶の封筒を抱えている。
「あたしら、なんにもしてないのに目ぇつけられるんでね。…耕平さん、ちょいとお話したいことがあって来たんですが、いいですかい?」
「あ、あぁ、ええ」
「桜井さん、すみません、お手数かけて。あがってくださいな」
そういったのは涼子だった。顔を上げて、泣きはらして赤くなった眼を向けている。
「お嬢さん、このたびは大変なことで。お察しいたしやす」
桜井は深々と頭を下げ、じゃぁ、こんな時ですしお言葉に甘えてと言い姿勢を戻してサブから封筒を受け取った。手ぶらになったサブは店の前に出て、見張るように端に立つ。
「あたし、お茶いれてきます」
さっと立ち上がり、涼子は先に座敷に上がり台所に向かった。耕平も桜井にどうぞと促して上がり、桜井も失礼しやすと一言いって後に続いた。
さっきまで刑事たちが居たちゃぶ台を挟んで、耕平と桜井は向き合った。台所からかちゃかちゃと音がする。
奥の座敷にいた尾津が、襖を開けて耕平に「じゃぁ、俺は分室に」と声を掛け出てきた。桜井と目が合う。耕平が「このかたが、桜井さん」と言うと事前に話をきいていた尾津は桜井の方を向いて正座をし、マヤの尾津でございますと頭をさげた。
桜井も頭を下げ、名乗る。
「護堅興業の桜井です。耕平さんと川澄屋さん、嬢ちゃんには、いつもお世話になっとります」
尾津の名乗りと作業着姿に、桜井は耕平に、こちらがあの嬢ちゃんをつくられたかたですかい?と聞いた。耕平が設計の責任者ですと返答すると、桜井はよければこちらさんもできたらと言い、尾津もちゃぶ台についた。
涼子が戻り、三人分のお茶を煎れて急須をおき、またレジに戻った。シンパシィの帰りを待つように。
少しだけ無言の時間が流れて、そして桜井が口を開いた。平静に、世間話をするように。
「それにしても、尾津さんとおっしゃいましたっけ?どえらい仕事を、いや失礼、いい子をつくられましたねぇ。あたしら、あの子にはチャンバラごっこで斬られてばっかりで」
再度の沈黙。しばらくして尾津が
「シンパシィが、お世話になってます」とだけ。
桜井は茶を一口飲んだ。そして、さらりとした口調で言った。
「まぁ、どういうやりかたでだかは省きますが、あたしら、嬢ちゃんのだいたいの居場所をつかみました。誰が連れてったかも目星がついてます」
耕平がはっとした顔で桜井を見る。
「シンパシィは、シンパシィは無事なんですか?!」
「それはわからない。場合によっちゃぁバラされてるかもしれねぇ。でも、そのへんはおたくさんらのほうが確かめる方法をお持ちでしょ?」
もしものこともあるんで、まぁ、あえて、と繋げつつ桜井は言った。
尾津の返答。
「確かめる方法はあります。最大で彼女の半径300メートル以内なら、衛星からの座標情報をベースにした位置情報と動作状況を把握できます。シンパシィが発信していますので」
仮に破壊されていても、燃料電池が分離されていない限りユニット自体から発信されますのでと尾津は続け桜井と目を合わせる。こりゃ技術屋さんだ、と決してからかうわけではなく、純粋に感心した風に桜井は言い、さらに聞いた。
「あたしはむつかしいことはわかりませんが、その方法だけですかい?」
「それだけです」
尾津と桜井はまた無言で眼を見合う。
数秒後、桜井の「わかりました」の一言で沈黙は終わった。
桜井は畳の上に置いていた大きな茶封筒をちゃぶ台にのせた。
「あたしらなりの方法で探した結果がこれの中身です。あたしら、会社やってるとはいえおたくさんらとはずいぶん違う。この街の堅気の衆にちょっかいだすバカには、バカに通用する方法で相手もする。あたしら、そういうやつらだ。そんなやつらの勝手なお節介でよければ、見てもらえるとうれしいんですが。もちろん、なんの恩着せもしません。忘れてもらって結構なコトですので」
「喜んで見せてもらいます。ありがとうございます」
尾津は即答し、頭をさげた。
桜井はその様子に眉を少しだけ動かし、驚いた表情を作った。
封筒から出てきたのは、粗い白黒写真とカラーコピー数枚。履歴書のような書類の束、そして地図に赤い印を点々とつけ、その横にそれぞれ数字が書き込まれたものだった。
桜井は説明する。
「こちらの耕平さんがね、えらい勢いで駅向こうの大通りを嬢ちゃんが移動していったと言われたんで、もしやと思ったらアタリでした。あの通り、一般道なんだが一カ所オービスがあってね。あの時間、引っかかってたのがこれ」
大延ばしされた白黒写真を一枚、尾津と耕平のほうに向けた。
運転する男とナンバーが写っている。助手席に不自然にかけられている毛布も。
「雪の中でしたしね、まぁ、そんな時に突っ走るバカはあの時間帯ではこいつだけでした。そして、このナンバーの車の所有者は井後賢一。こいつです」
カラーコピーを前に出す。免許証のコピーだった。オービスの写真と比べると、ほぼ間違いなくこの男だ。
「で、この井後ってバカ野郎の経歴はこれ。まぁ簡単に言えば、名古屋あたりで株やりすぎて失敗して、てめぇの会社はコカすわカミさんと子供には逃げられるわでトンズラしてる最中です。おたくらの同業者さんとは一切関係のない、調子にのってしくじったただのバカです」
井後の経歴書のようなものと、彼の負債一覧を桜井は重ねて置いた。ここ数日の日付でのキャッシュカードやクレジットカードの利用履歴。別名義のものだがこいつの使っているモノですと桜井は付け加える。
「そして、これが最後ですが」
と、赤いペンでいろいろ書き込まれた地図をこれまでの写真や書類の上にひろげて置いた。
「これが、こいつのクルマの移動のあと。この街に来るまでの経路もわかってます。それぞれ、この日付、この時間に通過してるって印です。見るとこいつ、だいたい昼間に移動してきている。夜は酒でもくらってるんでしょう。そしてこの街からの履歴はここでとぎれています」
桜井が指さしたそこは、ここから200キロほど離れた北の幹線道路上だった。少し先には市街地がひろがっている。
逃げるヤツってのはだいたい北にむかって、大きめの街に仮の宿をとるんでさぁ。なんでかは知りませんがね、と桜井は付け加え、おそらくはここですな、とその市街地あたりをとんとんと指でたたいた。
どれもこれも、おそらく警察や銀行、カード会社の資料。シンパシィの安否は不明のままだが、耕平は居場所が何となくわかったことで少し安心したのか、「すごいですね、こんなの、どこから」とつぶやくように言った。桜井が答える。
「耕平さん、それは知らない方が身のためだ。ですがね、まぁどんなとこにも出来の悪いヤツってのはいるんで、あたしら、そういう奴ら同士で支え合ってる。そんなとこです。あたしらもね」
尾津は表情を変えない。
桜井はそれに何を思ったのか尾津の顔を下からのぞき込むように見た。その視線は、この資料、違いますかい?、と聞いているようだった。
そして突然、意を決したように尾津は大声で呼んだ。
「渋田ぁ!」
「はい!」
隣の座敷で端末と無線機にかじりついていたはずの渋田がはじかれたようにふすまごしに返答する。こちらの話を聞いていたのかもしれない。
尾津は同じ調子で続ける。
「分室に連絡!川村は本社から高速ヘリを燃料満タンで呼べ!ヘリポートは分室前の36番ポート!岩本と林に誘導灯の準備をさせろ!八盾さんにアンテナと移動端末の準備を!坪倉と老師は移動整備車両に部材詰めるだけ積んで待機!手の空いているヤツは手伝って最速でやれ!」
「はい!」
それを聞き、桜井はにっとうれしそうに笑う。
「ほほぉ、さすがにすごいですなぁ」
「尾津さん!尾津さん!」
耕平は尾津の名を繰り返し呼ぶ。尾津はきっちりと頭を下げて、桜井に礼を言った。
「ありがとうございます。桜井さん。この資料、ありがたく使わせていただきます」
「いや、あんたらのためにやったんじゃない。嬢ちゃんの、この街の堅気の衆のためだ。気にしないでください。あぁでも、これ、持って行かないでくださいよ。これを都合してくれたボンクラともに迷惑かかるといけないんで。覚えてってください」
尾津はありがとうございます、覚えました、と再度深々と頭を下げ、では準備がありますのでと立ち上がり土間に降りた。そして、おまえも来い、と耕平も呼んで店を出た。
耕平も桜井に一礼したあと飛びだした。その後ろ姿に店から「耕平くん!がんばって!」と涼子の声。
隣室では渋田が、はずんだ声で無線機で指示を出していた。
「…繰り返します!移動局KSYより設計課分室!最優先実行指示!最優先実行指示!type-00のおおよその居場所判明につき、アクティブシークを開始します!指示内容は以下です…!!」
座ったままで桜井は二人の後ろ姿を見送り、渋田が交信する声を聞きながら、涼子に出されたまま冷えた茶を一口飲んだ。
おれのしたことなんざ、とんだ道化の役まわりなんだろうがな。
まぁでも、いいさ。
そのころ。
井後は桜井の読み通りの街にいた。
これから自分の身に起こることもわからず、犯罪者特有の「自分だけはうまくいく」という気分のままで。