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-設計課分室 定例MTG-

 -設計課分室 定例MTG-




「じゃぁ、始めます」尾津が口火を切った。


 毎週金曜日17時から開催される設計課分室での定例ミーティング。

 メンバーそれぞれの担当領域についての報告事項と、主に尾津と八盾から全体への情報伝達が行われる。計測機器や作業機器、治具などで手狭な分室は、当番以外の設計メンバーも勢揃いし、さらにぎゅうぎゅうとしている。

 シンパシィの設計リーダーとしては尾津が立っているが、SP-Pjにおいてはソフト部分、特に人工知能と制御の比重が非常に大きいことから、その領域を専門にする八盾との二人で実質上のリーダーとなっている。

 設計課は大きく、電気、ソフト、メカの三カテゴリーにエンジニアが別れている。シンパシィのような完全な特殊プロダクトではその三カテゴリーにおさまらない案件も多いが、それも比較的近いカテゴリー内でおさめることにしている。

 課全体に対する伝達事項をまず尾津が伝える。

 各素材メーカーから売り込みあった新素材についての簡単な紹介と、興味がある場合の連絡先。社内研究所からの最新レポート概要。ゴミはきちんと分別して捨てるように。機密書類は溶解処理をわすれずに。また、音琴哲子がうるさいので、酒瓶はきっちり証拠隠滅しておくこと。もちろん19時までの飲酒禁止も念のため再度徹底。

 普段無口な岩本が「てつこ、そんなことばっか気にするからなぁ」とぼそっといい笑いが起こる。社内では、彼女は本名の哲子あきこは、鉄の女、鉄子てつことこっそり呼ばれている。

 一般連絡事項は終了。本題にはいる。

「じゃぁ、まずは電気から。林」

「はい、んじゃ」

 薄暗く落とした照明の下で、林がノートパソコンに資料を表示して皆に向けた。シンパシィのメンテナンスベッドをテーブルにしたミーティング。いつもの陽気なエンジニアたちは、ノートをかまえて真剣な表情で臨む。

 普段も、そしてこのミーティングでもいつもは最もにぎやかな八盾は、順番が回ってきたら今回話さなくてはいけないことを思い返して、ソフトサブの坪倉と視線を合わせた。坪倉も、八盾を見ていた。


 林からは主にアクチュエータの動作効率が今週だけでもさらに4%向上していることが報告された。

 社内の論理的な運動テストだけでは得られないデータによる成果だとうれしそうだった。視覚センサの動体追尾性能も向上。まるで、本当に子供が成長しているみたいですねと話し、これも八盾さんのAI設計と自分たちの物理設計が正しかったことを指す、と満足げに報告を終えた。特に尾津からのコメントはない。今後改善すべきポイントも、林自身から十分にあがっていた。

 メカについての報告は、老師こと高浜から。素材の劣化についての報告を「現在の運用ペースでなら十分了承できるものと考える」と結んだ。

 また各部メカ設計についても、特に間接部分は自己最適化してゆく素材と構造を採用しているがこれも今回の使用では満足できる。ただ、今後はコストと量産対策に目標を持ってすすめるべきとした。素材の果たしている役割は大きいが、これらもコスト高の原因になっている。

「メンテナンス頻度の問題と同時に、こちらもそろそろトライの時期ですな」

 現在のTyoe-00シンパシィは、一品モノとしては問題ない。だが実用性の高い商品とするには割り切るところは割り切って量産性の高いモノにしないといけない。定年を超えて再雇用をうけている高浜は、

「まぁ、僕が生きているうちにはライン・オンしたいね」

 と言った。

 研究・開発テーマとして量産への課題は大きく、しかも本題だ。だが今後10年以上かけるスケジュールはむやみに長期な期間設定ではなく、めずらしいことでもない。誰もがうん、とうなずいた。


 そして、ソフト。

 いつもは坪倉が話すのをうんうんと聞き、時折、この真剣な雰囲気の中でも冗談をおりまぜたつっこみを入れ、最後には「じゃぁ、みんながんばりましょう。根性!富士山!」と気合いを入れて場を締める八盾だが、今日については「今日は、坪倉さんじゃなくて僕から話すね」と話を切り出した。

 尾津には事前に相談してある内容だった。尾津もうん、と無言でうなずく。

 八盾が話し始めた。

「なんというか、ちょっと困ったことが起こってる。僕は困ってる」

 私語の一つもないミーティングの、雰囲気がさらに緊張する。

「しーちゃん、いや、Tyoe-00は僕の予想を超えた進化をしている。単に伸びているだけだったらいいんだけど、本来伸びないように設計したはずの能力も生まれている。これから、みんなもType-00に接してもらうなかで知っておいてもらった方がいいとおもって、今から話す。意見もほしい」

 本当に話したいは別にある。この場でぶちまけてしまいたい。

 だがそれは言えない。だから、せめて。

 八盾は説明を始める。前提の整理から。


 Type-00を設計するにあたって、9才の女の子型を目標とした理由は明確にあった。

 小型化へのトライアルという意味もあったが、それ以上にヒトの生活におけるあらゆるシーンでのコンパニオンロボットとしての企画主旨の中で、たとえばあからさまな性欲や物欲をヒトのような正常進化でもつのではなく、ストイックにヒトに寄り添い作業する存在としてはその年齢、性別が最適であるとの社内基礎研究所のコメントを採用した結果だ。 そのコメントを作成したのは、ほかならぬ八盾だった。

 もともと八盾は、基礎研究所で先進人工知能の研究を行っていた。八盾は、学会内でも有名な人工知能の研究者だった。

 sp-pjをスタートさせる前、調査のために再三研究所にミーティングにきていた尾津と音琴、そして水守から今回の設計活動が始まることを知り、自身の理論を実用化できるとの希望から、志願してこのプロジェクトに加わった。

「まぁ、商品化してもさ、しばらくはいろいろバグるとはおもってたからさ、そんときは「小さい、女の子のしたことだから」って許してもらえるかなーって気もしたしね」

 これまで何度も八盾の話していたことだった。今日もそれを前置きしたあとで、続けた。

「水守さんの指示で、理論的にはそこそこ完成していた完全な自己進化型AIを搭載しているのはみんな知ってると思うけど、その自己進化が予想以上に進んでいる。具体的にいえば、Tpoe-00は嘘をつくことや、ある種の創作活動も行い始めている。その辺のを避けるための基本教育は注意深く養育ポッドの中でもおこなったし、必要以上かと思うほどその芽はつんであった。でも、たとえて言えば伸びるはずがないところから、幹からいきなり花が咲いたりしているようなことになってる」

 八盾がそんなに深刻になるようなことなのかどうかは尾津と坪倉を除くエンジニアには事前の理解もなかったが、とにかく八盾の表情と声はその深刻さをあらわしている。

「これを見てほしい」

 一枚の紙を八盾は出し、皆が取り囲む整備ベッドの真ん中においた。

 新聞広告の裏紙に、クレヨン書きでぐしゃぐしゃと絵が描かれている。耳のはえた、かわいらしいなにか。ずんぐりむっくりして、口はかかれていないがひげが左右に数本延びている。猫を漫画化したもののようだ。マントまで羽織っている。

「これは、川澄屋さんに買い物にいったときにあそこのおばあさんから渡された。「しーちゃん、お絵かき上手なのよ」って。これは、Type-00が自分で創作したキャラクタらしい。ネコたんマン、というそうだ」

 八盾が指差したその紙の端には、これもクレヨンで子供の字でそうかかれている。その上には、品よくボールペン書きでなぞるように、丁寧に書かれた字も載せられていた。

「上から書いたのは涼子さんらしい。でも、この創作活動自体は間違いなくTyoe-00が行った。あと、同じように店の経理書類でおりがみしたのを、自分じゃないって言い張ったそうだ。最後はごめんなさいしたようだが、あそこのおばあさん、子供らしくっていいわ、とも言ってた」

「ええやないですか、そんなの。子供は落書きしますやん。僕ら、喜んでもいいんっちがいますの?そんなうそも、かわいらしいもんやし」

 プロジェクト中一番若いエンジニアで関西出身の渋田が、何らかの理由を八盾が持っているのは察しつつ一応意見する。数人がうなづいた。

「うん、渋田さん、たとえばType-00が僕の子供だったらこれは、僕も喜ぶよ。でも彼女は、いや、Type-00はヒトじゃない。ヒトとして成長しすぎるのは危険だ」

 なにか言いかけていた渋田は黙る。八盾が続けた。

「細かい説明は省くけど、創造性を含むあらゆるヒトの動作や行動の一番の源は本能的な性的衝動だという考え方がある。セックスの欲求、ということだけじゃなくてね。攻撃性や独占欲、支配欲、そういうの欲求は比較的その原始欲求に近いところに生まれる。typo-00にはそういう感情を持たせないためにも、こういう進化が起こらないように自己進化シミュレーション上で芽になる要素は全部摘んであった。でも、こうだ。これからもう、何が起こるかわからない。場合によっては、Typo-00は、しーちゃんは」

 言いたくない。僕はこうしないための提案を、水守さんにしていた。でも、押し切られた。だから。こうなるのは予想きてたから。

 八盾の頭の中をぐるぐると後悔と言い訳が回る。だが、この一言を言うしかない。言う。

「場合によっては、失敗だ」

 うつむいて、

「彼女は、本当は生きてないはずだったんだ。でも、いまや生きてる。だからとめられない。でも、とめるしかないかもしれない」

 身体制御と純粋な社会常識の学習での経験蓄積だけのつもりだったのに、この部分は、自己進化をさせない形でテストに出したかったのに、水守さんがいいから出せって、問答無用で。僕も興味はあったけど、感情モデルの進化は止めても、実用上問題なかったのに、水守さんが…。

 八盾はぶつぶつと続けた。

 すでに報告でも相談でもない。これから起こるかもしれないことへの泣き言だった。

 それも止み、そしてしんと部屋は静まり返る。

 間があり、尾津が「八盾さん、おれ、続きを話すよ」と言うとうつむいた八盾が、力なくうなづいた。この分室は社内扱いになっているはずだ。盗聴器などはない。さらに分室は作業用にシールドルームにしてある。それを思い返してから尾津が言った。

「みんなも知ってるように、Type-00、いや、シンパシィのベースユニットを養育ポッドから出して社内で基礎教育を行っていた段階から、自己進化の規制は全部はずしていた。確かに水守さんの直接の指示で完全にフリーにした自律進化状態のままで今回の運用実験にも入った。でも理由はともかく、今回の事態が起こる可能性は、決して高くはないとはいえ最初に八盾さんから聞いて、おれら二人で決めた。その意味では、これも予想の範疇だ。な、八盾さん、そうだよな」

 顔を上げないままの八盾が、うなずく。

「だから、なにがあっても俺たち二人の責任だ。みんなの責任問題は考えなくていい。その前提で、ここにいる俺たち全員は、彼女の、親だ。あいつは、俺たちの子供だ。お父さんたち、なんて呼ばせたのもおれらだしな」

 全員が同時にうなづく。

 尾津は、気持を決めた。この全員からの、力強く誇り高い同意を裏切るわけにはいかない。話すべき事が、さらにある。もうひとつの話も話せるところまでは、話そう。

「八盾さん、もういいだろ。あの話も、言うよ。いいね?」

 八盾はうつむいたまま、再度うなずいた。

 尾津は瞳に力を込めて、全員にわびつつ続けた。

「詳しいことは、すまん、話せないが、シンパシィはいま妙な動きに巻き込まれ始めている、かもしれん」

 それが何かは、まだ確証もないし言えない。

 確証があったとしても、正しければますます言えないことだ。音琴さんの連絡を待つしかないが、だから、理由は言えない。

「だから、みんなでシンパシィを守ってやりたいとおれは考えている。そのために、今から話す注意事項をこれからみんなにお願いしたい。…最近水守さんの動きが怪しいことを音琴哲子から聞いている。おれの予想が正しければ、今回八盾さんから報告のあった内容も水守さんからすれば俺たちに言っていない理由での成功かもしれない。でも、そんなのは、許さない」

 尾津はその言った上で、これからの情報管理についてのルール変更を数点に加え、シンパシィへの接し方はこれまでと変えないようにとのことを、全員に伝えた。

「じゃぁ、そういうことで頼む。…根性!富士山!」

 最後にいつもの気合入れの文句を尾津は叫んだ。全員がそれにつづいて声を合わせて叫ぶ。解散。

 それぞれがいっせいに立ち上がり、自席に戻る。あるい分室当番ではないものは黙ったままマヤ本社の部署に戻る準備を始めた。

 いつもと違い「さて、耕平をからかいにいこうか」「いや、それよりも川澄屋さんに涼子さんを…」などのにぎやかな声は聞こえない。


 シンパシィのメンテナンステーブルのある部屋からエンジニア達が去った後も、八盾はうつむいたまま作業台の前に座りつづけ、無言で泣いていた。大柄な身体を、縮めるようにして。

 しばらく尾津はさっきまでの椅子に座ったままでいた。そして、八盾に近づき、その肩に手を当てた。

「八盾さん、最初の最初。研究所で会ったときから聞こえてた噂だったじゃないか。信じていなかったし、エンジニアとして純粋にあの子を作りたかったってのもあった。けど、ここにきたころから、うすうすわかってもいたろ? いまさらだよ。な。おれらも、作ったおれらも同罪だ」

「でも、いくらなんでも、ほんとにそんな。俺たちは家電屋だよ。尾津さん、そんな、ほんとに、ばかな、しーちゃんが」

 八盾のひざの上に、涙がおちる。

 未知数の自立進化なんて本当は問題じゃない。なんとでもごまかす方法だってある。

 一番の問題は、それもアピールの一つにして売り込んでいるであろう先だ。

 まさか、そんな。

 八盾の中で不定型な気持ちがぐるぐる回る。

 尾津は淡々と、だが静かな決意を込めて言った。

「八盾さん。あとは、どうするかだ。俺たちでしーちゃんを、おれらの子を守ろう。な。おれらの罪は、それで償うしかないよ」

 老師を除き、設計課で唯一の既婚者である尾津は、4年前に生まれたばかりの子供を亡くしていた。それも今回のSP-Pjへの情熱の理由だった。

 うん、うんとうつむいたままうなずく八盾を見ながら、尾津は思う。

 おれの子を、おれらの子を、そんなことに使わせてたまるか。

 ふざけるな。


 その日の深夜、宿直番ではなかった尾津は作業着から背広に着替え、自宅に帰ろうと靴をはき、分室のドアをあけた。定例ミーティングが終わったあと、シンパシィと分室内に来ていた耕平が、その尾津の様子に声を掛けた。

「尾津さん、実はちょっと、話したいことが」

 耕平は、ここではちょっと、と言い、その深刻な雰囲気に尾津はアパート前の公園のベンチで話すことにした。シンパシィは、宿直番で仕事が一段落した林に、涼子の祖母に教えてもらっているお手玉を披露している。それを背にして、尾津と耕平は外に出た。

 昼間は子供と母親でにぎやかな公園は静まり返って水銀灯の明かりだけがともっている。

 尾津は、懐かしく思い出す。ここに来たころはまだ暑かったが、夏を越えてもうすっかり秋だ。

「耕平、どうしたよ。女の相談か?」

 あえて、さっきのミーティングでの件を今はわすれるように軽く耕平に言う。

「そういうことは、おれはしらんぞ」

「そんなことじゃないんです。シンパシィのことです」

 尾津は黙る。耕平を見た。耕平は真剣に尾津の目を見て一気に言った。

「尾津さん、おれ、昨日会いました。西王の、アンディって男の子型のロボットと、それをつれている、おれと同じ立場だって女と。妙にテンパったいけ好かない感じの女だったけど」

 そのことか、と尾津は思う。ありえることだ。さっきまでのミーティングで話したことと、突き詰めればつながってゆく話。自然に返答するように、尾津は努力する。

「会ったのか。西王とはお互いのテストの公平を期すために、居住地域の距離はとってたんだがな。まぁ偶然だよ。」

「尾津さんは、知ってたんでしょ?彼らも、ほかにもこの町に何社ものロボットがテストで入れられていることを」

「…いや、西王以外は、知らんな。」

 嘘だ。尾津は胸が痛む。もちろん知っていた。

 もともとこの小さな町は、政府の指示で選定され指示された場所だ。地形も、住民層の構成も各種モラルの傾向も、すべて検討された結果選定された。

 もしものときのピックアップも容易な地理的条件。政府のバックアップがあってこそ、街中に手を入れられる。この公園ですら、もしものときはヘリポートに使用できる。

 だが、それはまだ耕平に言うべきことではない。

 彼も被験者の一人だ。実験中だ。そう思い、尾津は割り切ろうとする。耕平、これ以上はやめてくれ。お前の雰囲気だと。他にもなにか聞いたのか。やめろ。尾津は言う。

「うわさはあったが、はっきりとは知らないよ。…おれ、用事あるから、帰るわ」

 立ち上がる。

 すまん。今日は、すまん。許してくれ、耕平。

 その後姿に、耕平はさらに言う。

「この町中、テストフィールドだって。あらゆるところが、盗聴器とかでいっぱいだって。おれらの生活や、みんなのプライバシーなんてつつぬけだって。そう、その女は言ってました。そんなの聞かされてません! なんか、外国の機関まではいりこんでるって、川澄屋も、涼子さんも、家の中もどこも全部。…そんなの、黙ってやることですか!」

 そうだ、すべて本当だ。うちの会社に関しては情報管理部のワッチはお前の自慰行為すら記録にのこしている。

 尾津は立ちつくす。その短い時間を、耕平は、由美子から聞いた話を尾津が肯定していると理解した。

 水銀灯の中で、尾津の背中に突き刺さる耕平の若い声。それを言わせている気持ち。尾津は心の中で詫びる。理解できる。おれは、全部知っていた。その上でここに来た。シンパシィを無事に成長させる。新しい仲間を、おれの、おれたちの子供をつくる。そのために必要なことだと考えた。だから反対もしなかった。

 それだけだったら。

 尾津はそのまま足を踏み出そうとした。その背中にもう一度、耕平は叫ぶ。

「尾津さん!」

 踏み出せない。尾津は立ち止まったまま、耕平に背を向けて言った。平静を装う。ここの会話も、間違いなく村岡部隊はワッチしている。

「…耕平、最初に言ったこと覚えてるか?」

「なにをですか」

「シンパシィを、守ってやってほしい」

「覚えてます。でも、それ、」

「お前の聞いてきたことを肯定はしない。否定もできない。もし本当なら俺たちは犯罪者だ。だが、犯罪が認められる場合もある。でも罪自体は許されない。どうしたって、俺たちは罪人だ」

「なに言ってるんだかわかりません、尾津さん、つまりあの伊東由美子って女の言ったことは」

「耕平!」

 尾津の鋭い声に、耕平は口をつぐむ。

「耕平、惣領耕平。いろいろと疑問はあるとおもう。言いたいこともあるだろう。だが、すまん、いまはひたすら、何も考えずにシンパシィを第一に考えてやってくれ。後になったら話せることも、いまは話せないこともある。すまん」

「…尾津さん」

「じゃぁ、今日は行くよ。おやすみ、耕平」

 数歩。そして尾津はまた立ち止まり、少し振り返って耕平を見た。

「耕平、もしお前のいうことが正しいなら、ここでの話も聞かれていることになる。話があったら、明日以降、分室に来い。まぁ、お前の言っていることは妄想だと思うけどな」

 その西王のアンディとやらの話も聞かせてくれよ、じゃぁ、と言い、尾津はその場を離れた。

 耕平は、その後姿を見送ることしかできなかった。



(この章終わり。次章に続きます)

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