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(3)

 このままマンションに帰ってもいいのだが、どうせ帰ったところで監視されている。

 由美子は耕平とは違い、事前に今回の実験の説明を詳しく受けていた。実際は、自分の父親経由でしつこく聞き出したのだが、その際に、偶然ならばともかく他社の実験体や被験者への接触は絶対に避けて欲しいとのリクエストを担当者から受けていた。だが、それについて由美子は積極的ではない担当者だと、内心バカにして聞いていた。

 由美子は、西王の大手取引先の社長の娘だ。関西財界の要人でもある父親のコネで西王に内定していた。だが、その父親の力を持ってしてもはっきりしないところもいくつかあったが。

 西王トップから父親への伝言で「自宅内での観察はやめておく」と話はあった。だが、あやしいものだ。不用意に車のなかで独り言も言えない。入社してからの待遇にかかわるかもしれない。誰も、父親のことを意識してあたしの実力を理解していない。西王に入って、あたしは見返してやるんだ。あたしをお嬢さんあつかいしているあいつらを。油断などするものか。

 いや、それ以上に。

 預かっているアンディ、ロボットに妙に気を許しているそぶりでもみせようものならモニターの向こうでは笑いものになっているだろう。由美子は意識する。

 ちょっと気を抜くと人前でも「この子」と言ってしまいそうな自分が居るのは、認める。だが、マンションの別室に待機している整備班はフレンドリーにアンディに接しているが、自分はそうはいかない。自分は、いずれ彼らを統べる立場になるのだ。絶対に。

 彼女は強くそれを意識し、望んでいた。だからアンディへの彼女なりの教育にも熱心だった。第一、あのシンパシィと惣領耕平のように、生ぬるいホームドラマのようなことをさせているだけではなんの意味もない。そうに違いない。由美子は確信していた。

 アンディには家事一切をやらせて、話し相手になるように本も読ませて、感想文も書かせている。余計なことは話さないように、教養のある使用人としてきっちり仕込んでいる。機械でできた使用人と、主人の関係だ。

 もう何ヶ月もいっしょにいる関係なのも事実だ。相手が所詮はモノだとはいえ、そこそこ愛情、いや、思い入れもある。だが、それは厳しく別にしないと。

 それをあいつらあんな生ぬるい。

 のんびりしたことやりくさって。むかつく。

 ちら、と助手席を見るとアンディは窓に頭をもたれさせて寝入っていた。正確に言えば最低限のセンサ活動だけ維持した、ボディの休眠モードに入っていた。この時間はこれまで記憶した内容の取捨と整理、関連づけの処理を行っている。

 首都高の入り口が見えた。乗り入れる。都心に向かう道のりは順調に流れている。由美子はアクセルを踏み込んで加速。流れも無視して、車の間を縫うように走り、いらいらを隠さずに呼んだ。

「アンディ!」

「は、はい、ご主人様!」

 左右にひらひらと揺れる車の動きに眠りを浅くしていたアンディは、伊東の叱責のような呼び声にびくっとして完全に覚醒し、反射的に返答する。

「CD、入れ替えてよ!なにあんた寝てるの?! 使用人はいつでも気を遣ってるものやろ!」

「はい、ええと、すみません」

 アンディはCDの入ったケースを足下から取り出し、開ける。どれにいたしましょうか、ご主人様。おどおどした声。

 由美子は今日の夕方にみたシンパシィと涼子の仲良さそうな姿、耕平のシンパシィを思いやっているとありありとわかるあの対応を、頭から振り払おうとしていた。



 同じ頃。

 アメリカ、サンフランシスコ。現地時間ではすでに明け方に近い深夜。

 水守と通産省産業局 MR開発課の課長である平井篤は空港近くのホテルの一室で、現在の開発進捗と今後の予定についてのプレゼンを行っていた。

 もう10回以上繰り返している出張になる。相手は毎回同じだ。

 その部屋は決して広くはないがベッドも運び出されてがらんとしていた。その中央にテーブルと椅子、プロジェクター、そしてスクリーンだけが置かれている。あらゆる諜報活動をシャットアウトする対策が行われている部屋だった。

 この部屋のあるフロアと上下の2フロアには、彼らしかいない。

 水守が資料を投影しながら、カタカナのような発音の、だが十分通じる英語で話す。

 プロジェクターは一般的なものだが、画像を出力しているのは以前音琴が耕平に見せたあの自発光する「板」だった。ワイヤレスで画像を飛ばし、プロジェクターにつないだ受信ボックスに送り出している。

 話しながら水守が、その板の表面をすっとなでた。画像が変わる。シンパシィの構造図。右上には大きく日図が記入されており、図は青、緑、黄色と色分けされている。

 水守が言う。

「ご覧のように、すでにテストフィールドでの運用実験は4ヶ月が経過した現在も、特に致命的な交換部品は発生していません。念のため表面処理を定期的に行っていますが、本来は人間と同様の入浴で十分です。ただ、各種分泌液は稼働72時間程度で一回、補充する必要があります。自給システムの開発が今後の課題です」

 うなずく男が二人、水守と平井の向かいに座っている。

 片方は上機嫌だが、もう片方は苦虫をかみつぶしたような顔をしているのが薄暗い中でもわかる。

「次に、」

 画像を切り替える。

 どこからか撮影された、耕平たちといっしょにいるシンパシィの写真が何枚も並んで表示される。川澄屋での風景、学校、そして中村の映画のワンシーンをとりこんだものもある。

「テストフィールドでの記録です。すでにいろいろとお見せしてきていますが、最新のものとしては」

 水守は手元の板にミラーとして表示されている映画のワンシーンの画像を、人差し指でとん、とたたいた。その画像が画面いっぱいに拡大されて、なめらかに動き始めた。音もクリアに再生される。

 映画のラストシーン近く。夜、月を背にして浴衣姿のシンパシィがあぜ道に見立てた学内の実験農場でゆったりとバイオリンを弾いている。時折、カメラに視線をなげて、照れくさそうに目を閉じる。

「ご覧のこの映像は、最近撮影したアマチュアフィルムの抜粋です。実験体がマシンであるとは一切悟られずに女優として出演を行いました。結果、この映画はコンテストで優勝。実験体はは最優秀女優賞まで取りました。もっとも、事が面倒になるといけませんし辞退させましたが」

「おお、キモノだね。いいねぇ。この実験機体はバイオリンを弾くスキルもあるのかね?」

 米国国防総省 次世代兵装研究会議長 デイミー・リッツは拍手しながら上機嫌で水守に聞いた。水守は即答する。

「いえ、この映画では弾きまね、です。ですが楽器演奏のような数値化しやすいスキルは簡単に実装できます」

「音楽は数値じゃないからね。型どおりに弾けるようにはなるということなんだろうが。だが、マシンだという痕跡を消すことへの、いつもながらの執念は認める。日本人の、ロボットへの偏執ぶりを見る思いだよ」

 もう一人の、これまでも手放しでほめたことのない男は、いつものように顔をしかめて言う。次世代兵装研究会役員で、米陸軍の通称「学者部隊」を直轄するクレゴ・R・シュルツ准将。「あくまで、その部分において、だがね」と付け加えつつ、そうコメントした。

 さらりと、ありがとうございますと返答して水守は続けた。

「ですが、今回お話させていただくタイミングでの成果として最も強調したいのは、搭載している人工知能の成長についてです。自己進化タイプの人工知能であることは従来の説明通りですが、先ほど東京から連絡があり、非常に創造的な絵を描くところまで成長が進みました。これは私たちの作成した原始知性モデルと自己進化型アルゴリズム、そしてホログラフィカルメモリーとの組み合わせが十分なポテンシャルをもつことを示していると、考えます」

「絵を描くのが進歩という兵士じゃ困るがね」

 またシュルツが否定的なニュアンスで言い、それにも水守は冷静に返答する。

「そうではありません。これは成長ポテンシャルを示す事例であります。伸び方として予想以上です。今回はあらゆる進化に制限を入れていませんが、今回使用した原始知性モデルを、たとえば用途に対して必要とする能力、持つべき価値基準に合わせて育成することで用途に理想的な知性をつくることが可能となります。もちろん」

 水守は一回言葉を切り、平井のほうを向く。そしてリッツのほうを見て断言する。

「もちろん、その正しく育成された知性は、そのまま工業的なデュプリケイトが可能です。スキルもマインドも、量産できます。ボディも含め、すでに量産技術と育成技術の開発には着手しております」

「いやすばらしい。水守さん、本質的にはそこなんだよ。ヒトの育成に一番金も時間もかかるといっても、要はスキルとマインドの育成だ。しかもすばらしいアーキテクチャで作られたボディもある。すばらしい」

「ありがとうございます。リッツ議長」

「聞くところによりますと、ただの噂ならば大変申し訳ないのですが、閣下」

 平井が、口を開いた。地味で、決して高級品とは言えない風合いのスーツと、白のワイシャツの中から発せられた少し甲高い声に、水守は黙る。

「合衆国のイグル社、E&G社、DIC社も同様の研究をおこないつつもまだここまでの成果には至っていないと聞いております。我が国としましては、もちろん兵器輸出は悩ましい問題です。ですが、汎用的に使用できるモノや技術をどのようにこちらで使われるかは関知するところではありません、また、ウェポンシステムとしての輸出ですら、議論の必要はありますが20年の計画をもって行えば必ずお役に立てると考えております」

「いやいや、すばらしい。このまま研究、テストを続けてください。いやすばらしい。しばらくはコストは度外視で話を聞きましょう」

 上機嫌なリッツが「すばらしい」を繰り返す。

 薄暗く照明を落としたホテルの一室で、深夜の会合は今回も成功裏に終わったように見えた。



(この章終わり。次章に続きます)

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