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(2)

 耕平は緊張する。なんで俺の名前を。しかも、マヤって。わけがわからないながら、女の様子と言葉に耕平はすぐに連想した。桜井の言葉。急激に、意識に登る様々な疑問。

 もしかして、こいつが。これがおれの知らないなにか、なのかもしれない。怖い堅気の衆。だが、そんな耕平の意識ごと馬鹿にするような口調で女は続けた。

「誰でもええやん、と言いたいところやけど、まぁ名乗ったるわ。伊東由美子。あんたと同じような立場で、西王の内定者。で、つまりこいつが」

 あごで助手席のうつむき加減に座っている男の子をくいっとさした。

「つまり、ロボットや」

 シンパシィと同じような立場のものが、他にもこの街にはいる。桜井は言っていた。

 目の前にそれが現れたことが耕平にもわかった。相手の素性はわかった。だが、それだけだ。だが、それはこの女が自分の目の前に来て、自分のことをすでにしっているなんの理由にもならない。言葉に詰まる耕平。だがそれとは対照的に、伊東由美子と名乗った女は余裕といやらしさを混じらせた言葉を続けた。

「さっきまで、あの店番ロボットをみてたんや。でもあんたが帰ってきて、都合ええわ。滌除視察だけのつもりやったけど、ちょっと話したいことがある。うしろ乗ってよ。たいして時間はとらさへん」

 そして、由美子はそこで一度言葉を句切り、吐き捨てるように、

「それにこんなとこでは、話されへんわ」

 耕平は一瞬迷ったが、すぐに決めた。

 この女に言いたいことはいろいろあるが、まずはその話とやらを聞きたい。自分よりもいろいろと知っていそうなこの女に聞きたいこともある。目の前に居るのは桜井の話に出てきたその当人かもしれない。短く、返答した。

「わかった」

 耕平が伊東由美子にそう言うと、ドアロックがはずれる、小さくはぜるような音がする。耕平は振り返って店の中を見た。閉まったガラス戸ごしに、レジでお絵かきをつづけるシンパシィ。そして、その横に折りたたみ椅子を出して座るエプロン姿の涼子。涼子は車の運転手と長く話している耕平が気になっているのか、少し心配そうにガラス越しにちらりとこちらを見ていた。耕平と視線が合う。

 耕平は身体ごと店の方にむき直し、少しガラス戸を開けて涼子に言った。

「涼子さん、ごめん。シンパシィを、まだしばらくお願いできるかな」

 その耕平の顔に、涼子は何かを察したようだった。何も聞かず、真面目な顔で「うん、わかった」とだけ言いうなづいた。シンパシィも耕平のほうを向いて「おかえんなさーい」とにっこりしたが、耕平は笑顔だけを返した。

 涼子のシンパシィに向けた意識的に明るい声。

「しーちゃん、耕平くんね、もうちょっとご用があるんだって。お姉ちゃんと遊んでようね」

 耕平は戸を閉めた。閉まる直前にシンパシィの「はい、しーちゃん待ってます!」の元気な返事が聞こえた。車の方にむき直ると、すでに運転席の窓は閉まっていた。運転席の後ろの座席のドアを開け、乗り込んだ。エンジンがかかる。

 誰もが無言のまま、動き始めた。

 混雑時の始まっている商店街を、人をかきわけるようにして車は進んだ。


「このへんでええやろ」

 伊東由美子は商店街を抜けると、このあたりの地理をよく知っているふうなハンドルさばきでさらに20分ほど移動した。止めたのは耕平は来たことのない、大きな川の土手横だった。さっきまで川澄屋のあった側には、雑草の生い茂る土手。

 由美子は車をおりた。耕平も降りてドアを閉めると、由美子はキーのリモコン操作でドアをロックした。車のハザードランプが一階、フラッシュした。

 助手席には男の子はまだ座ったままだ。閉め込まれている。

「おい、あの子」

「いいから、こっちきて。ロボットやないの。暑くても死なへんわ」

 由美子はそう言い、さっさと自分だけ歩き始めた。そして車の鼻先から少し先の、土手を登るコンクリートの階段を上がる

 耕平はあまりの横柄さと、なによりも自分たちのシンパシィへの接し方とあまりに違う由美子の様子に気味悪ささえ感じつつ、車のほうを何度か振り返りながら由美子を追った。由美子の後を追い、耕平も階段を登る。登り切ったところで由美子は土手の向こう側を見るように足を止めた。耕平も追いつき、同じ側を見る。沈み掛けている、赤く、大きな太陽と、グラウンドになっている河川敷が見えた。もうすぐ日が沈むころ。薄く夕焼けが拡がっている。

 その中では少年野球のチームが練習を終えて片付けをはじめていた。

 由美子は、周りに遮る者のない土手の上からさらに周りをぐるりと見渡し、近くには自分たち以外には誰もいないことを確認した。耕平に向かって、というよりは、独り言のように。

「あの商店街近辺とかでは、なんの話もできへん。あの車ですらヤバそうやし。油断も隙もないからな」

「どういうことだよ」

 耕平が聞くと、ふん、と馬鹿にするように由美子は鼻を鳴らす。右の頬をゆがめて、嫌みな口調で言う。

「やっぱりな。あんたらの寝ぼけた感じ見てて、もしかしたらって思ってたんや。ええか?よう聞いとき。あの町中は、うちらの住んでる家からどこから、いろんな仕掛けでいっぱいや」

「って、それはシステムの監視をしてるって話とは」

「それとはぜんっぜんちゃう。盗聴や盗撮の仕掛けだらけって意味や。警察も真っ青なくらいに、全部のぞかれてる。あたしらだけやない。あの町全部がな」

 耕平は耳を疑う。由美子はまた、

「あんた、知らんやろ? あたしらがなにを話してるなんて、みんな盗み聞きされまくり。いつものぞき見されまくりや。下手すると尾行もついてる。あたしや、あんたには特にな」

 耕平はわけもなく振り向いた。誰もいない。だが由美子の言うことを否定もできない。由美子のほう向き直る。由美子は勝ち誇ったような顔で、さらに、ふん鼻をならした。

「ええか?うちのロボットも、あんたんとこのロボットも確かに異常がないかは無線でされてる。あのロボットら、電波だして自分の状態をいつも送信してるからな。それを受信するアンテナは町中にの電柱の上に張られてる。でも、それとは、全然違う話や。あたしの言ってるのは」

 一呼吸おいて、伊東は吐き捨てるように続けた。

「あたしもあんたも、この町中が実験されてるんや。エンジニアは機械の調子しか知らへんし、それしか情報は持ってない。でも、このプロジェクト自体はあたしらがどうやってあのロボットを受け入れていくか、あるいは拒否してるかも資料にしてる。そういう実験や。それだけやあらへん」

 由美子は、少し声のトーンを落とした。

「あたしらの会社がしかけているだけやったらまだましや。少なくとも、あんたとあたしんとこには、政府やら別の外国の機関もなんか仕掛けてる」

 耕平はだまるしかない。もう、何かを聞きだすという状態ではないのは明らかだった。桜井の言葉のあと、耕平は自分なりに考えていた。護憲興業にシンパシィと行ったときのことを、よくわからない言葉で音琴に聞かれたことから、今、由美子の言っていることに近いことも想像したこともあった。だが由美子の言っていることはあまりに極端だ。

 だが、普段の尾津や八盾をはじめとするマヤのエンジニア達とのつきあいの中からは想像できないことでもあった。まさかという気持ちが強かった。

 土手の上で、耕平の目の前で由美子の顔が夕日に染まっている。あたりは夕焼けで真っ赤になっていた。もうグラウンド側からも何の声も聞こえない。由美子は、声のトーンを落とした一言の後少し黙り、耕平との間に沈黙が流れた。

 そして、もう一度声の調子を戻して、由美子は言った。

「…でも今日は、そんな話をしに来たんとちゃうねん。今日は、盗み聞きしてる連中に聞こえないところで、あんたらに宣戦布告にきたんや」

 耕平をぐっと睨んだ。強く、敵意のこもった視線で。

「惣領耕平。あんた、あたしのことしらなかったやろ?でも、あたしはあんたのこと知ってた。しかも、あんたの知らんことをあたしは知ってる。これは、どういう意味やと思う?」

「どういう意味って、」

「あんたは、すでにうちに負けてるってことや。でも、うちのロボットとあんたのロボットは競ってる。それは認める。今あの街では、うちら西王とマヤのほかにも、フォルテ、要南、甲重のロボットがそれぞれ内定者にあずけられて暮らしてる。その中でも、あんたんとこのとうちのは、国の評価もかなり高い。要南なんか先月から実質二日しか稼働してないし、フォルテのはおっさん型で小型化できてない。本命は、うちのと、あんたんとこのや」

「ちょっと待てよ。競ってるって」

「あんな店番なんかさせて、いかにも「役に立ってますよ」みたいなことしよって!」

 由美子は、自分の勢いを押さえる気はなかった。負けへん。あんたには、あんたらには負けへんからな。あたしは、西王で上り詰めたるんや。あたしと、うちのロボットが勝つんや。あんたに、マヤに、あの店番ロボットに。全部に!

 耕平は、大声を出して興奮する由美子にとまどう。さっきまでの話は、教えられてありがたい話だったが、由美子が目の前でそこまで興奮する理由がわからない。

「待てよ、だからおれは」

「あんな店番ロボットには負けへん!あんたにもや! 技術も商売もうちらが一番や!みとき!」

 最後にそれだけ言うと、伊東は耕平を再度強くにらみつけ、そして、来たときと同じように何も言わずにさっきの階段を一人で下り始めた。ちょ、ちょっとまてよ、と耕平は言うが無視する。早足で降りきってロックをといてドアを開け、のりこんで乱暴に閉めた。エンジンをスタートさせ、スモールライトをつける。

 耕平が土手を降りきった。窓越しに由美子になにか言っている。由美子は少しだけ窓をあけた。耕平の声。

「…ありがとう。実はいろいろ、疑問になってる最中だったんだ。でもまだわからないことがいっぱいある、もうちょっと、」

「もう話した。これで宣戦布告はおしまいや。これからは、本気でやるからな」

 無表情な由美子の声が、会って最初から何度も繰り返されたように、また耕平の言葉を遮った。

 耕平には、その理由がなんなのか想像もつかないが、少なくとも彼女は今回の実用テストでの競争結果にすさまじい執念をもっていることはわかる。耕平はどう言葉を返そうか迷うが、ふと、由美子の横の助手席からの視線を感じる。さっきまで締め込まれていた男の子、西王のアンドロイドがうつむきながらも控えめにこちらを見ていた。機械には、やはり見えない。シンパシィと同じように。ずいぶんとフォーマルな格好をしている。

 耕平はその視線に気づいて、彼とちらりと眼を会わせ、また由美子を見て言った。

「…とにかく、ありがとう。おれなりに、ずっと考えていたことに答えをもらった気がするよ。そうだ、おれの預かっているロボット、彼女はシンパシィっていうんだ。その、きみんのところの男の子の名前は?」

 由美子は、短く答えた。耕平が聞いた以外の返答も含めて。

「アンディ。でもまぁ、ロボットや。いくで、ロボット」

「はい、ご主人様」

 唐突に耕平の目の前から、車が急発進した。ウィンカーも出さずに土手の脇の道からタイヤを鳴らして国道のほうに消えてゆく。

 取り残された耕平。

 夕闇の中でも目立つ真っ赤な車体を見送りつつ、耕平は無意識に口元をひきしめた。混乱しつつも、さっきまでの話を思い出す。

 あの伊東由美子という女の話、本当かどうかわからない。あの剣幕の理由もわからないものの嘘を言っているとも思えない。それにもし本当だとすれば、これまでわからなかったことにいくつか説明がつく。護憲興業に配達に言ったときに、音琴に聞かれたことも、桜井の言っていたことも。

 連想して、思い出す。さっき助手席のあの男の子、アンディ。由美子に「はい、ご主人様」と言っていた。あまりにもシンパシィと違う様子。

 そしてさっき彼女が言っていた盗聴・盗撮の仕掛けだらけの街になっているという話。

 夕暮れはあっというまにおわり、周りは薄闇に覆われていた。そして、耕平は自分がずいぶん川澄屋からはなれた場所にいることに思い至る。

 帰らなくちゃ。シンパシィと涼子と、みんなのところに。

 耕平は歩き始めた。

ここがどこだかわからないが、由美子の車で来た方を逆に、とにかく。

 途中、自動販売機の横に公衆電話を見つけた耕平は川澄屋に電話した。街灯にてらされて、緑色の電話機から涼子の声がした。涼子の「耕平くん、いま、どこなの?」との言葉よくわからないと言い、もうすぐ帰ることだけを伝えた。涼子がずいぶん心配していたらしいことが、口調から耕平に伝わった。涼子の声が受話器から次いで、聞こえる。

「とりあえず、帰ってきて。しーちゃんは、いまおばあちゃんとお手玉の練習してるから」

「遅くなるよ。いまもう一人だけど、ゆっくり考え事して帰るから、設計課に電話してシンパシィは、だれかに迎えに来てもらって。ごめん」

「ちょ、ちょっと耕平くん、タクシーで帰って来なよ、ねぇ耕平…」

 受話器を置いた。テレフォンカードが緑色の電話機からはき出され、音が鳴る。耕平はカードを抜き取り、カードケーズにももどさずにジーンズのポケットにそのまま入れた。

 ゆっくり、耕平はまた歩きだした。

 そして思う。

 護堅興業での桜井の言葉。妙なからくり。本当に怖いのは堅気の衆の中に。「うちの中は」と桜井が言ったのあ、盗聴器などに対策を行ったと桜井は言いたかったのだとしたら。

 そして音琴はそのことから、耕平とシンパシィが護憲興業にいた時間帯のことがわからなかったから、自分に「変わったことはなかったか」と聞いたのだとしたら。話はつながる。

 きっと川澄屋も、学校も、あらゆるところもすべて。

 そんなこと一言も聞いていない。そんなこと、いくらなんでも。

 川澄屋のおじさんも、おばあさんも、涼子も。学校も、町のみんなも。だれもが実験動物扱いだ。それでは。

 どんないいわけがあるというのだろうか。沸々と怒りがわく。

 さらに、伊東の言っていた「外国の機関」とはなんだろう。彼女もはっきりとしらなかったのかもしれない。想像もつかない。外国のメーカーということか?

 でもまずは、さっきまでの話が本当かどうか、確かめないと。音琴に聞いてもごまかされるだろう。エンジニア達は知らない話のようだ。だが、尾津や八盾だったら。

 どんな風に監視されているのかわからないが、とにかく、なにも気づいていないふりをして当面暮らすしかない。だが、それにしても。

 そんなことを考えながら、暗くなった中を街灯を追って歩いた。



 由美子は、車を走らせ続けてた。

『今から帰るあたしの家かて、みんな監視されまくりや』

 彼女はハンドルを握りながら無表示に思いながら。



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