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けんぽう部  作者: 九重 遥
秋から冬へ
93/129

93話 そんな秋の日のこと

 今日は学校だが部活動のない日。

 場所は物理実験室。

 そこに千歳はいた。

「…………」

 物理実験室の机に座り。一人静かに佇んでいた。外から聞こえる祭り囃子の音。

 距離と外壁によってその音はくぐもって聞こえてくる。生徒達の歓声、祭りを彩る明るい音楽が距離と壁を隔てることによって寂寥感と一抹の不安を感じさせる。

 そこに、カランと戸口を開ける音が物理実験室に響いた。

 いきなりの物音、それも今まで聞こえてきたものとは違う明瞭な音。

 千歳は大きく目を開け、音の発生源へと顔を向けた。

「ここにおりましたか、千歳様」

 そこにはアリアがいた。

 戸口から顔を覗かせて千歳がいることを確認すると、中に入ってきた。

「アリア」

 千歳はアリアの名前を呼ぶ。

 アリアは自己の名前を呼ばれ、頷いた。

「はい、アリアです。千歳様は文化祭というのに何をしてるのでしょうか?」

 そう。今日は文化祭当日。

 外部解放が終わり、在校生だけの祭り、後夜祭のまっただ中。

 体育会では勇姿による大道芸が。

 校庭では歌とダンスの祭典が。

 その賑わいの中で、何故千歳は一人で物理実験室にいるのか。

 アリアは千歳の横に立つ。

「ちょっと疲れたからね。休んでいたんだ」

 千歳は座りながら、アリアは立って。二人の目線の高さはほとんど一緒だった。片方が窓の外を見れば、つられてもう片方も。

 祭りの音を聞きながら、二人は話をする。

「千歳様は文化祭中ナイトにジョブチェンジして大活躍でしたからね」

 文化祭期間、空いている時間はけんぽう部のメンバーと文化祭巡りを楽しんだ千歳であったが、連れ行く相手が全員目を引く美人。外部の人、在校生からのナンパが後を絶たなかった。

「一番声をかけられたのはアリアだけどね」

 部活中はメイド服だが、普段は皆と同じ学生服を着込んで学生生活を送っている。だから、他の学生はアリアのメイド服姿は物珍しく感じたようだ。祭りの開放感もあって在校生から特に声をかけられた。

「アリアの胸を揉みながら『コイツは俺のものだ』って宣言する千歳様にアリアはキュンときました」

「そんなことやってないよ!」

「……胸を触りながら?」

「ニュアンスの違いとかじゃないからね!」

「では来年に期待しております」

「リクエストするの!?」

 アリアは千歳の横に腰を下ろす。足が地面を離れ、ブランコのように宙に揺らぐ。

「珍しいね」

 座る場所は椅子ではなく、物理実験室の机だ。

 マナー違反と言えばマナー違反の行為。

「千歳様の隣に行くにはこうしないといけませんので」

 千歳の言葉にクスッと笑いながらアリアは応える。

「なんか何処かで聞いたような言葉が」

「意識して言ってみました」

 少し苦味の混じった千歳の言葉にアリアは茶目っ気混じりにウインクを返す。

 その仕草を見て、千歳は言う。

「アリアも少し変わったね」

「千歳様?」

 少し真面目なトーンの言葉にアリアは表情を無表情に戻し、首を捻る。

「アリアが僕と出会ってもうちょっとで一年。けんぽう部で半年。色々なことがあったね」

「はい」

「学校生活は楽しい?」

「楽しいかそうでないか、難しいところですね。千歳様がいるからアリアがいます。その前提で言えば楽しいのではないでしょうか」

 曖昧と言えば曖昧。

 だが、千歳はそっかと満足気に笑った。

「千歳様?」

 アリアは千歳の笑顔に理由を聞く。その笑いは心からの喜びに見えたからだ。自分でも曖昧な返答だとわかる。なぜ、その言葉で千歳がここまで喜ぶのかと。

「アリアの感情が豊かになったからね。だから、わかるんだ。言葉の奥底が」

「豊かに……ですか」

 アリアはペタペタと自分の頬を触る。だが、触ろうともわからない。

 千歳はアリアを眺めながら言う。

「うん。アリアは基本的に無表情だけどさ。変わることが多くなったなぁって思うんだ」

「意識はしてませんが……」

「だね。人間もそうだよ。自然と顔にでるんだ。感情で顔が変化しちゃうんだ」

 アリアは感情を持つアンドロイド。しかし、感情が顔には出にくい。技術的、構造的問題というわけではない。感情の出し方がわからないのだと、研究所は言った。人間なら自然と連動するものが繋がっていない。いや、繋がってはいるが、よく断線してるというのが適当だ。千歳に関することならば正常に動くことが多いのだが、それ以外では無表情でいることが多い。

「だけどね。けんぽう部で皆と会話するアリアを見ていると笑ったりすることがあるんだ」

「…………」

「部活に付き合わせただけだと思ってたから、嬉しかった。アリアにもけんぽう部は意味があったんだなと思ったんだ」

「心配されてましたか」

「心配というより、何だろ……」

「何だろってわからないのですか」

「うん。ははっ、わからないや」

 二人は顔を見合わせて笑う。祭りの音を遠くに二人は肩を寄せあって楽しんだ。

 そんな秋の日のこと。

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