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けんぽう部  作者: 九重 遥
秋から冬へ
87/129

87話 とあるメイドロボの話1

 都市の中心部から車で走らせることしばし。

 賑やかな街の喧騒と離れ、裕福そうな一軒家が多く散在する場所にそれがあった。天を突くようにそびえ立つ高層ビル。住宅街や公園がある場所に不釣り合いなそのビルは夜には光が瞬いて綺麗なことから辺り有数の景観スポットとなっている。

 そのビルの名前は竜崎エレクトロニクス研究所。

 日本、いや、世界でも名を響かせる企業の研究棟である。

 竜崎エレクトロニクス。

 面白いと思えば何でも首を突っ込み、医療技術で難病を解決する薬の開発に成功したと思えば、駄菓子界に革命を起こしたりする。両方の立役者が同じ人物であるから笑うに笑えないのである。畑違いすぎるだろうと人問えば、二毛作だと答える奇天烈さ。

 倫理・使命・名誉・重圧全てを跳ね除け自分の道を突き進むことを許し、それでも成果を上げる企業。

 それが竜崎エレクトロニクスだ。

 その研究所の高層階、入室できるのは竜崎エレクトロニクスに属する社員でも片手で足りるほどの場所。

 そこに白衣を着た中年男がいた。

 白衣を着た中年男は無精髭をさすりながら、興味深そうにと棺桶コフィンに入ったメイドロボを見下ろしていた。

「…………」

 棺桶コフィンはロボット素体を格納や調整をしておく機械で、人一人がすっぽりとはいる容器のようなものだ。

 瞳を閉じて微動だにしないメイドロボはまさしく人形のようで、蒼い髪が棺桶の底に広がって様子はサンゴ礁が広がるような蒼い海のようだった。

「くくっ、気分はどうかね?」

 シューと音を立てて、棺桶コフィンが開く。

 それと同時に眠っていたかのように閉じていたメイドロボの瞳が開いた。

 焦点のない瞳は何を見ているのかわからない。虚ろな瞳は棺桶コフィンとメイドロボに繋がれたケーブルと相まって終末医療を受ける患者のようでもあった。

 中年男は何が楽しいのか口端を歪めながらメイドロボに問う。

「気分というはどんなものでしょうか? 何も感じません、碧人様」

 メイドロボは無表情のまま中年男、つまり竜崎碧人の言葉に応じる。声に抑揚もなければ感情もない平坦な声音。電子音、機械音に近い。

「あちゃーわからないか………ま、言ってみただけなんだけどね」

 わざとらしく高い声で驚いた後、肩をすくめながら最後に言葉をつけたした。

「まぁでも、実験は成功しているはずだけどね。君は世界で唯一人間と同じ感情を持つアンドロイドだ。誰が定義するわけでもなく、誰が認めるでもなく僕が認めよう。君こそが人間であり機械でもありメイドロボであるとね」

 棺桶コフィンの直ぐ側にパソコンを見ながら、碧人は満足そうに告げる。

「…………」

 告げられたメイドロボはわからないと言うように首を僅かにかしげた。

「くくっ……本当に本当に楽しみだ」 

 その注意しなければわからないメイドロボの小さな反応に碧人は楽しそうに、本当に楽しそうに笑ったのだった。




 その出来事より一年が経とうとしたある日。

 アリアは顔をしかめながら朝食を食べていた。

 口の中に入れる白米が苦い薬であるかのように眉間に皺を寄せ、口をすぼめながら咀嚼している。

「どうしたの、アリア? ご飯がまずかったの?」

 朝食の同席者である千歳がアリアの顔の訳を聞く。

 湯気を立てながら白く輝き立つお米を見ながら、千歳は疑問符を上げた。今日のお米を炊いたのは千歳だ。新しいブランド米を使用したのだが、不味かっただろうかと不安になる。

「いえ、お米は美味しいのですが……とても美味しいのですが」

 アリアは言いづらそうにそこで言葉を切る。

 千歳はアリアを見続ける。

 その無言の要求にアリアは負けた。

 はぁと溜息をつきながら口を開く。

「アリアがアリアである前の記憶を思い出しまして」

「ん? んん?」

 わけがわからず、千歳は首を捻る。

 アリアとしてもそれ以上説明せず。

「アリアとしては、せっかくのお天気ですから、碧人様の研究所に釘バット片手に乗り込もうと思ってるんですが、千歳様もどうです?」

「脈絡もなく一体何!?」

 まるでピクニックでも誘うかのように物騒なことを言うアリア。

 驚愕の声を上げる千歳を尻目にアリアは味噌汁をズズズと飲んで、一言。

「これが定めか……」

「なんか格好いいこと言ってるけど、やろうとしてるのはテロだよね!?」


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