78話 あの時、アリアもいましたのですが!
今日も今日とて部活の日。
前話の続き。
「さて、どっちの話をしようかな」
先程、疑問点が二つ出された。
神代流は八つの流派があること。もう一つは初代について。
千歳は内心タイトロープとはこういう感じかなと思った。
皆に話をしたことは嘘ではない。だけど、全てを語っているわけではない。
今は語るべきではないことを巧妙に避けているのだ。
千歳はチラリと緋毬を見る。
すると共犯者でもある緋毬は小さく頷いて、
「まず、八つの流派についてだな。神代流の武術は八つの流派を使いこなす。これは半分正解で半分間違っている」
話の流れを作った。
「どういうことですの?」
そこに乗ってセルミナが質問する。
すると、質問された緋毬が自分の役割は終わりだとばかりに千歳に目線を向け、
「千歳」
語り手を千歳に戻した。
「うん。それはね……」
そして、千歳は頷いて話の担い手になる。
視界の端っこでアリアがハンカチを噛みしめているのが気になるが、千歳は話を続ける。
「使いこなせる人が全然いないんだ」
「ん? ああ、そうか」
御影が一瞬戸惑いの声を上げるが、すぐに納得する。
普通、武術を修めているといっても流派は一つ。だが、一つと言えど奥深く、武術の頂きは険しく高い。それが八つもあるのだ。常人に習得は不可能である。
「二代目は天才。だから、使いこなせた。だけど他の人にそれが出来るかと言うと不可能だよね。だから、神代流の使い手は不格好ながらも不器用に四苦八苦しながら色んな流派を使うんだ」
「それって武術として衰退しませんの?」
セルミナが当然の疑問を投げかける。
使えない技がある状況でその技術を継承出来るかという話だ。
「ついでに二代目は相手が使った技は盗めるけど、使ってこなかった技は存在自体知らない。それに、今は戦国時代から数百年。新しく出来た技も沢山ある。神代流は型の元となった流派と交流しながら技を教えあってる。だから、現在もドンドン技が増えている」
ズズズとお茶を飲みながら緋毬が補足説明をする。
余談だが、門下生は終わらない夏休みの宿題に追加課題を出された気分だそうだ。
「では、千歳君も使えない流派があるってことだよね?」
先程の論理ではそうなるはずだ。
御影が当然の意味を込めて確認の言葉を投げかける。
だが、千歳が口を開くより先に緋毬が答えた。
「いや、千歳は全ての技を使える。だからさっきのセルミナの問いに答えると、千歳がいる間は衰退することはない」
「え?」
「ですわ!?」
「そこで、千歳様両手を掲げてガッツポーズを!」
「やらないよ! やる意味がわからないし!」
「内心僕って凄いよなってガッツポーズをしている千歳だが」
「説明しなくていいよ! 思ってもやってもいないし!」
千歳のツッコミを無視して、緋毬は話を続ける。
千歳を指差し、緋毬は告げた。
「コイツは、神代流の三代目正統後継者なんだ。神代の長い歴史の中で二人しか許されていなかった正統後継者の名を受け継いだ人物。それが神代千歳。神代流三代目後継者」
その淡々とした緋毬の言葉に説明を受けた者は言葉を失った。
幾度と聞き流していた三代目という呼称。
その言葉の意味を突きつけられた。
その呼称の重さと凄みに門外漢であっても来るものがある。
もし、緋毬の声に感情の色があれば、誇張あるいは大げさなものと思えただろう。
だが平坦な声音と淡々としたリズムは緋毬の言葉が真実であるということを何より雄弁に物語っていた。
「ま、だから武術の技を使いこなすなんて千歳の前では朝飯前ってことだ」
場の空気を変えるように、緋毬は明るい調子で話す。
その言葉で空気が緩む。
「朝飯前ってことじゃないけど……大変だったし」
戻った空気に安堵しながら、千歳は口を尖らせる。
「スケールが大きすぎるのと畑違いすぎて、千歳君は凄い人物としかわからないな。と、とりあえずサイン貰った方が良いのかな? 高く売れるかな?」
「御影さん、混乱してわけわかない事言ってる! そして、売るつもりなの!?」
「千歳は見かけでは全然強そうではありませんのに」
セルミナの言うことはもっともだ。
千歳の体つきは華奢だ。押せば飛ぶとまではいかないがよろめきそうな体格である。
「千歳様は体つきを餌にして、相手をねじ伏せるのが何よりの愉悦ですので」
「もっともらしく嘘を教えないでね、アリア」
「それでわたくしが被害にあったのですわね」
「何かセルミナさん納得してる!?」
「ちょっと、その話詳しく!」
「御影さんが食いついた!」
「これはわたくしと千歳の秘密ですわ。私達の出会いを軽々しくお教えすることなんて出来ませんの」
「ぐぬー! 凄い羨ましい! ずるい! セルミナ君ずるい!」
「ずるいって……」
もう一つの話題は何処へか。
騒いでいるうちに本日の部活動は終了したのだった。




