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けんぽう部  作者: 九重 遥
夏から秋へ
56/129

56話 あの人と千歳

 今日も今日とて部活の日。

 前話の続き。

「は……何だって?」

 御影は耳に入った言葉が信じられず、こよりに聞き返す。

「だから、この学校に入る前に千歳さんに出会ったのです」

「ほ、本当なのか、千歳君!?」

 一縷の望みを託し、千歳に聞く。出来れば否定して欲しかった。

 しかし、現実は残酷である。

「ええ。一ノ瀬先輩がこの学校に入学するちょっと前ですかね。そのくらいの時期に出会いました」

「あの頃は私も青臭い少女でした。世間を知らず、大海を見たつもりで、世界を馬鹿にしていました」

 こよりは物憂げな顔して首を小さく振った。過去の自分を思い浮かべているのだろう。

「中学というと、生徒会長が自分の学校を正してやると息巻いていた時か」

「え?」

「み、御影さん! シャラップ! シャラップです!」

 その時を知らない千歳は御影の言葉に戸惑う。そして、その時を知って欲しくなかったこよりは御影の何気ない一言に焦る。

 その焦りようを見て、御影はニヤリと笑った。

 千歳はその時代を知らないのかと。

「ふふふ、聞いてくれよ。千歳くん。この生徒会長は中学時代はね……」

「そんな事言ったら、御影さん何て変なローブ着て『深淵なる叡智を授けよう』とか放課後に集会を開いていたじゃないですか! 誰も来なかったみたいですけど」

「せ、生徒会長! それは秘密って言っただろう!」

「御影さんが変なことを言うつもりだったからでしょ!」

「何をーー!」

「なんです!」

 ギャーギャー騒ぐこと1分。

「うん。お互い中学時代は清く真面目な一般学生だったね」

「ええ。そうですね、御影さん」

 先程の争いなぞなかったのようににこやかに談笑する御影とこより。

 話がまとまったはいいが、バラされたくない当事者がその場にいるので意味はないのだが。

「で、世間を教えたのが千歳さんでした。だから私に取って千歳さんは恩人なのです」

 先程の騒動なぞなかったかのように話を続けるこより。

「世間を教える? まさかエッチなことではないかね?」

 世間を教えるという意味が理解できずに、桃色思想に変換する御影。

「し、しませんよ!」

「似たようなものですね。生娘を矯正したという意味では。血も出ましたし」

 こよりはくすりと笑う。

「ち、千歳君!?」

「違います! 武術ですよ! 武術の試合をしたんです」

 初めてこよりとあったあの日。

 千歳はこよりと初めて闘った。

 こよりのプライドをへし折り、粉々にした試合。

「それから、時々千歳さんの道場にお邪魔して稽古をつけてもらっているのです」

 初めて会った日。そして、それからの日々を宝物であるように話すこより。

 それを見て、過去の生徒会長と今の生徒会長を知っている御影は内心ずるいなぁと思った。憑き物が落ちたというべきか、余裕がある今の生徒会長を御影は好ましく思っている。本人には言わないが。

「だから、千歳さん達が部活を立ち上げにも許可したんです。反対意見をねじ伏せて」

「何?」

 信じられないと御影は驚く。

 その反応にこよりは呆れてはぁと溜息をこぼす。

「まさか、あの活動内容の説明で通ると思ったのですか。普通なら却下ですよ、却下」

 だが、こよりの言葉に御影は首を振る。それではないと。

「それは良い、ほんとは良くないが……そんなことより! 君は清廉潔白ではなかったのか! 千歳君のためとはいえ、そんなこと……」

 ああ、それですかとこよりは頷く。

「別に私は清廉潔白ではありませんよ。周りが勝手に言ってるだけです。私が気に入らないものを退治していったら、そう言われただけで、私自身はそんな大層なお題目を掲げたつもりはありません。だから千歳さんを贔屓にしちゃいます」

 御影は信じられないと口に手を当てる。

「それにですね、私は清廉潔白より自分に合う言葉を見つけたんです」

 こよりは悪戯っぽく微笑み、

「自分を縛るのは自分の良心のみ。邪魔するものはデストローイってね」

 ウインクを二人に投げた。

「それって……」

 片目を閉じながら茶目っ気に笑うその姿が、御影には輝いて見えた。

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