54話 緋毬の霊圧が消えた……?
今日も今日とて稽古の日。
場所は千歳家の道場。
その道場で試合が行われていた。
戦うは黒髪の少女と千歳。
美少女と呼ぶに相応しい美貌なのだが、何より目を引くのは瞳の輝き。引き込まれるように深く、意思の強い瞳。氷山のように静かに、揺るがぬ力強さがありながらも、水が持つ透き通る性質を合わせ持つ。緋毬とは同系統ながらも種類の違う瞳がそこにあった。
「……もしや、別のことを考えてますか?」
黒髪の少女は少し不満げに千歳へ問いかけた。
武の決闘で。
まさか、自分と相対しているのに他のことを考えている余裕があるのかと。
千歳は笑う。
「うん。一ノ瀬さんの瞳はいいなって思ってね」
まさかの肯定。
その言葉が場に流れた瞬間、道場の床は爆ぜた。
発生元は黒髪の少女、一ノ瀬こより。
右足を強く床に叩きつけ、千歳の間合いへ一足で到達する。
「ッツ!」
門下生の一人がその速度に驚愕の声をあげる。
一ノ瀬流『紫電』
一ノ瀬の技の中で最速と名高い打撃。
先程の移動が稲妻の速さならば、この技は光速の如し。
こよりの右腕から攻撃が繰り出される。
その攻撃に千歳は。
「フッ」
紫電が当たる直前、こよりの右手首に触れた。
攻撃にもならない接触。
だが、その交差により右腕の軌道はずらされ、外される。
「なら!」
こよりは間合いを更に詰め、まるで体当たりするかのように身を千歳へ寄せる。
接触を回避するために千歳は一歩後方へ下がる。
こよりは身を千歳へ寄せたまま回転、左拳は円の軌道を描き、一歩後ろへ下がった千歳の顔面へと襲いかかる。
だが、これも千歳は身体の軸を後ろに逸らすことで回避する。
そして、千歳が体勢を戻した時、こよりの準備は完了していた。
一ノ瀬流『千華繚乱』
対する千歳も同じ技で対抗する。
千に咲き誇る華の様に絢爛な拳の連打。
互いの打撃を防ぎ、捌き、ぶつけ合う。
しかし、準備をしていたこより、一歩遅れて放った千歳。
同じ技故に、差がでた。
「くっ」
初めて千歳の声に苦悶が交じる。
千歳は9割9分防いた。しかし、全ては防ぎきれない。
「ハッ」
こよりの一撃が千歳の胸を打つ。
「そこまで!」
一撃が入ったのを見て、審判役の藤堂が声をあげる。
「ふぅ……」
その声でこよりは力を抜く。
「強くなったね、一ノ瀬さん。ひやっとしたよ」
千歳はこよりに声をかける。
だが、声をかけられたこよりは不満げに返す。
「そう言うわりには、千歳さんには余裕があったように思えます。一撃が入ったとはいえ、七乃月の技で防がれましたし」
「はは……」
言い返すことは出来ずに千歳は愛想笑いする。
「それも! 金剛ではなく、空蝉によって消されました! 難易度の高い技で打ち消す余裕が憎い!」
「それでも、前より余裕がなくなったよ。これでもう一段レベルを上げて相手をしなくちゃならないね」
そう言って千歳は笑う。
こよりはその笑顔を見て毒気が抜ける。
はぁ、と溜息をついた後、千歳と同じように笑った。
「強くなってもまだ先があるというのは有難いことですね。千歳さん、今日はありがとうございました」
「ううん。今日は楽しかったよ。強くなったらまた来てね」
互いに礼を言う。門下生達はもっと来てと声をあげるが、無視されたことは当然の話。
次回
『55話 御影とあの人』
『56話 あの人と千歳』
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