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けんぽう部  作者: 九重 遥
夏から秋へ
54/129

54話 緋毬の霊圧が消えた……?

 今日も今日とて稽古の日。

 場所は千歳家の道場。

 その道場で試合が行われていた。

 戦うは黒髪の少女と千歳。

 美少女と呼ぶに相応しい美貌なのだが、何より目を引くのは瞳の輝き。引き込まれるように深く、意思の強い瞳。氷山のように静かに、揺るがぬ力強さがありながらも、水が持つ透き通る性質を合わせ持つ。緋毬とは同系統ながらも種類の違う瞳がそこにあった。

「……もしや、別のことを考えてますか?」

 黒髪の少女は少し不満げに千歳へ問いかけた。

 武の決闘で。

 まさか、自分と相対しているのに他のことを考えている余裕があるのかと。

 千歳は笑う。

「うん。一ノ瀬さんの瞳はいいなって思ってね」

 まさかの肯定。

 その言葉が場に流れた瞬間、道場の床は爆ぜた。

 発生元は黒髪の少女、一ノ瀬こより。

 右足を強く床に叩きつけ、千歳の間合いへ一足で到達する。

「ッツ!」

 門下生の一人がその速度に驚愕の声をあげる。

 一ノ瀬流『紫電』

 一ノ瀬の技の中で最速と名高い打撃。

 先程の移動が稲妻の速さならば、この技は光速の如し。

 こよりの右腕から攻撃が繰り出される。

 その攻撃に千歳は。

「フッ」

 紫電が当たる直前、こよりの右手首に触れた。

 攻撃にもならない接触。

 だが、その交差により右腕の軌道はずらされ、外される。

「なら!」

 こよりは間合いを更に詰め、まるで体当たりするかのように身を千歳へ寄せる。

 接触を回避するために千歳は一歩後方へ下がる。

 こよりは身を千歳へ寄せたまま回転、左拳は円の軌道を描き、一歩後ろへ下がった千歳の顔面へと襲いかかる。

 だが、これも千歳は身体の軸を後ろに逸らすことで回避する。

 そして、千歳が体勢を戻した時、こよりの準備は完了していた。

 一ノ瀬流『千華繚乱』

 対する千歳も同じ技で対抗する。

 千に咲き誇る華の様に絢爛な拳の連打。

 互いの打撃を防ぎ、捌き、ぶつけ合う。

 しかし、準備をしていたこより、一歩遅れて放った千歳。

 同じ技故に、差がでた。

「くっ」

 初めて千歳の声に苦悶が交じる。

 千歳は9割9分防いた。しかし、全ては防ぎきれない。

「ハッ」

 こよりの一撃が千歳の胸を打つ。

「そこまで!」

 一撃が入ったのを見て、審判役の藤堂が声をあげる。

「ふぅ……」

 その声でこよりは力を抜く。

「強くなったね、一ノ瀬さん。ひやっとしたよ」

 千歳はこよりに声をかける。

 だが、声をかけられたこよりは不満げに返す。

「そう言うわりには、千歳さんには余裕があったように思えます。一撃が入ったとはいえ、七乃月の技で防がれましたし」

「はは……」

 言い返すことは出来ずに千歳は愛想笑いする。

「それも! 金剛ではなく、空蝉によって消されました! 難易度の高い技で打ち消す余裕が憎い!」

「それでも、前より余裕がなくなったよ。これでもう一段レベルを上げて相手をしなくちゃならないね」

 そう言って千歳は笑う。

 こよりはその笑顔を見て毒気が抜ける。

 はぁ、と溜息をついた後、千歳と同じように笑った。

「強くなってもまだ先があるというのは有難いことですね。千歳さん、今日はありがとうございました」

「ううん。今日は楽しかったよ。強くなったらまた来てね」

 互いに礼を言う。門下生達はもっと来てと声をあげるが、無視されたことは当然の話。


次回

『55話 御影とあの人』

『56話 あの人と千歳』

『57話 この小説はチートタグがついております』

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