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けんぽう部  作者: 九重 遥
春から夏へ
36/129

36話 そんな春の日のこと

「けんぽう部は緋毬が千歳くんのために作った部活なのさ」

 そう碧人に言われた時、千歳の心臓が鳴った。

 まさか、という思いと何でという疑問が走ったのだ。

「僕は昔、緋毬に千歳くんのことをどう思ってるか聞いたんだ。ねぇ、ねぇ、教えてよ。やましいことがなければ教えてくれるはずだって」

 過去にもそんなウザい聞き方したのかと千歳は内心思うも、話の腰を折らないためにツッコミはやめておいた。そんな心情が手に取るようにわかるのか碧人は笑いながら千歳に言う。

「まぁ、蹴られてけどね。しつこく聞いたのさ。そしたら教えてくれんだ。何て言ったかわかるかい?」

「…………」

 千歳は首を横に振って答える。

「千歳くんは風船のようだってさ」

「風船?」

 その緋毬とのやり取りを思い出したのか、碧人はどこか遠い目をしながら話を続ける。

「うん。風船のように放っておいたらフラフラと風に揺られて飛んでいってしまうってさ。大事に紐をつけて手に持っておかなきゃ安心出来ないそうだよ」

 そんな風に思われてたのかと思う一方、その批評が馬鹿に出来ないと思ってしまう。千歳は周りに流されるまま生きてきたのだ。

「だから親の立場から緋毬に言ってやったんだ。そんな抽象的な答えより千歳くんが好きかどうかを答えてよ。イエスかノーかで答えてよって」

「碧人さん……」

 何処までもウザイのが緋毬の父、竜崎碧人なのだ!

「そうしたら、気がついたら床の上で寝てたんだけど、何でだろう?」

「知りませんよ」

 多分、緋毬がやっちゃったんだろうなぁと思うが言わないでおく。

「ま、まぁ話が逸れたね。何が言いたいかと言うと緋毬は千歳の居場所を作りたかったんだ。千歳くんは風船かもしれない。風に吹かれ流され、幼女が紐を取ったら喜んでついていく風船なんだ」

「最後は否定させてください」

「風船が外に出ないように、家に閉じ込めて監禁すればいいかもしれないが、そんなこと緋毬もアリアも当然僕も望んではいない。千歳くんが千歳くんだからこそ僕達は君に惹かれたんだ。だからこそ、いつでも帰ってきて欲しくて居場所を緋毬は作ったんだ」

「けんぽう部がその場所……?」

「緋毬一人だけの力では弱い。だから、アリアを。自分の親友の御影くんを部活に誘ったんだ。千歳くんが楽しい場所であるように。千歳くんが青春を送れるように。何があってもけんぽう部に戻れば日常が感じられるようにね」

 そこで碧人は立ち上がる。

「大将、会計ね」

 呆然とする千歳を尻目に碧人は流れるように代金を払い、おでん屋を出た。

 そして、別れる間際、まだ上手く考えが纏まらない千歳に対して碧人は言った。。

「何も深く考えなくていい。今まで通りに過ごせばいいさ。それを緋毬が望んでいるのさ」

 そうして、碧人は手を振って笑いながら自宅へと去っていった。


「……ついた」

 千歳は自宅の玄関前で足を止めた。そこで止まったのだ。どういう顔をすればいいのかわからないからだ。わかるのだ。きっと玄関を開ければそこに……。

 そう思った瞬間、玄関の扉が突然、開いた。

「玄関前で何してんだ、千歳?」

「緋毬……」

 呆れながら千歳を見る緋毬の姿があったのだ。

「どうして僕の家に?」

 家に入ろうとしない千歳の代わりに緋毬が外へ出る。

「ああ。借りてた漫画返しに来た。それに親父が迷惑かけたみたいだからな、謝罪にな」

「そっか……」

「緋毬。ちょっといい?」

「なんだ? って近ぇ!?」

 息が届く距離。その距離に千歳は近づき、緋毬を抱きしめた。

「お、おい!?」

 緋毬は千歳の抱擁から逃れようとジタバタと動く。

「ごめん。こうしたくて……」

「ぐぐぐ……」

 その言葉で動くのを止め、緋毬は頬を朱色に染めながら呻く。

「緋毬?」

「ん?」

「ありがと」

「ん」

 千歳は何かに感謝して。緋毬はその何かを聞かず感謝の言葉を受け取った。

 そんな春の日のこと。

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