34話 放課後の寄り道
今日も今日とて部活の日。
その放課後。
千歳は一人帰宅の途についていた。
「おーい!」
大通りから少し裏手に入った路地を歩いてる時に何処からか声がした。
「ん?」
千歳は辺りを見回すが、誰も知り合いはいない。
千歳と同じく帰宅の途中のサラリーマンや女子高生がいるだけだ。ありふれた帰宅の景色。変わった点といえば、おでんの屋台がでているくらいだろうか。赤い提灯に黒い暖簾を吊るすその場所はおでんの良い香りの発生源だ。
気のせいかと思い、千歳は再び歩こうとした。
「こっち、こっちだよ、千歳くん」
「あ……」
おでん屋の屋台。その暖簾から顔を出すのは。
「緋毬のおじさ……竜崎さん!?」
「ちょっと待って! 何で他人行儀になってるの!?」
無精髭を生やしボサボサの髪と白衣がトレードマークの緋毬の父、竜崎碧人だった!
「いえ、その僕も高校生になったし礼儀をわきまえただけです。では、失礼します」
「すっごく距離感離れてるよね!? 親しき中にも礼儀ありって言うけどこれは違うよね!? いつも通り格好いい碧人さんって呼んでよ? それに去らないで!」
「で、碧人さんどうしたんですか? 家で食べないのですか?」
「サクッと無視するね、千歳くん……。まぁ、今日は外食だね。元々会食があったのだけどキャンセル食らってね、家には夕飯要らないって言ってたから僕の分の晩御飯が無いんだよ。だから、ここで晩御飯」
そう言って、碧人はビールが入ったグラスをクイッと掲げた。
「で、千歳くんも一杯やってく?」
「部下を誘う上司みたいなこと言わないでください。それにアリアが用意してくれてますからって何やってるんですか!」
いつの間にか碧人は携帯電話を耳に当てていた。
「あ、もしもしアリア。千歳くんの食事はキャンセルだ。理由? 理由は格好いい紳士との夕食だ。その格好いい紳士は誰かというと………って切りやがった! 酷くない、千歳くん?」
「ひどいのは碧人さんの方ですよ。何勝手に決めてるんですか!」
眉間にしわを寄せながら千歳は碧人の横に座る。言っても無駄だと諦めたからだ。
「まぁ、まぁ。支払いは僕が多めに払うから」
「奢りじゃないの!?」
対照的にニヤニヤと眉を細め笑うのは竜崎エレクトロニクス会長、竜崎碧人。
「冗談だよ。好きなもの頼みなさい。まず、ビールいっとく?」
「あの、僕は学生なんですよ? お酒の味わからないし」
「大丈夫、大丈夫。保護者同伴だから。それに飲めば味がわかってくるよ。ね、大将?」
大将と呼ばれたのはこの屋台の主。スキンヘッドの初老の頑固親父。その大将は碧人の言葉を受け口を開いた。
「警察に電話だな」
「ちょっとぉぉぉぉぉ!? 大将、味方じゃないの?」
「阿呆か。ガキに無理矢理酒を飲ますな」
碧人の抗議を切って捨てる大将。そして、大将は千歳の方を向き。
「ここには酒しか置いてないから。飲みたいものはいつも通りそこらの自販機で買ってくれ」
「はい、わかりました」
「あれ? 僕との対応違うような?」
「うるせぇ」
「ひどい!?」
大将と碧人のやり取りを放っておいて、千歳は自販機でお茶を買いに行く。
「で、千歳くんはおでんで何を頼むんだい?」
お茶を買って座るやいなや碧人がニヤニヤしながら問いかける。
その口ぶりは饒舌で目は千歳を格下と見なしていた。
「有名な話だけどね、おでんは注文の順番にそのおでん者の知力、能力、経験が現れると言われているよ。見ものだね、千歳くんが何を頼むかは」
「あ、すいません。カレーライスお願いします」
「ちょっっっと!? 聞いてた? 僕の話聞いてた?」
「うわ、何ですか、碧人さん? いきなり?」
「いやいや、僕が変なこと言ったみたいになってるけど、おかしいのは千歳くんの方だよね? おでん屋に来てカレーライスって! そんな注文されたら大将、ぶち切れだよね?」
「お待ち、カレーライスだ」
「ってあるのぉぉぉぉ!?」
「碧人さん、知らないですか? ここのお店は裏メニューで牛すじを使ったカレーがあるんですよ」
「衝撃の新事実!? 僕知らなかったんだけど! 常連なのに!」
「碧人さん、そういうのよくありますよねぇ」
こうして、おでん屋で碧人と千歳の賑やかな夕食が始まった。




