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けんぽう部  作者: 九重 遥
春から夏へ
33/129

33話 セルミナと朝ごはん2

 猫のじゃれあいが終わった後。

 場所は千歳の家、リビング。

 セルミアと千歳がテーブルに座っていた。。

「あのぅ、千歳。さっきからステーキが焼ける匂いが漂って来てるのですが」

 つい、心配になって千歳に問いかけるセルミア。

 朝から肉なのか。

「それに、ステーキが焼ける音が10分ぐらい続いているのですが」

 長時間焼く必要があるほどのゴツイ肉なのか。

 塊か。塊なのか。 

 朝からそれは、重すぎないか。

 テーブルから厨房の様子は見えない。いや、見たら駄目だと言われたのだ。

 振り返らなければいけない位置取りをされ、振り向くことを禁止されたのだ。

 だから、セルミアは音や香りから料理を判断するしかないのだが……。

「くくっ、アリアは何作ってるか知られたくないらしいね。安心して、ステーキじゃないよ」

「ええぇ、ですわ!? でもステーキの焼ける音と匂いが!?」

「それ竜崎エレクトロニクスの開発品でステーキの焼く音と匂いが出るアイテムなんだ。実際は別の物を作っているよ」

 あっけらかんと千歳は言う。

「違う意味で頭が痛くなったきましたわ」

 頭を抑えながら、セルミアが呻く。

 凄いアイテムかもしれないが、一体どこに需要があるのだろうか。

 セルミナは首を捻るが誰も答える者はいない。

 そして、暫く時が過ぎた後。

 アリアの料理は完成した。その直後、不思議とステーキの焼く音と匂いが霧散する。まるで何事もなかったかのように。

「お待たせいたしました」

 そう言って、アリアはセルミナの前に皿を置いた。

 コトリとテーブルから音が鳴る。

「……美味しそうですわ」

 ゴクリとセルミナの喉が鳴る。

「アリア渾身の一品、フレンチトーストです」

 皿の上に置かれたフレンチトーストは食べやすいように一口大に切られ山を作るように重ね合わせられていた。その黄金色の頂上には雪を彷彿とさせるが如く白い生クリームが降り積もっていた。

 鼻をくすぐるは豊潤なバターと優しいミルクの香り。

「……では、頂きますわ」

 まずは何もかかっていないフレンチトーストを一片。それにセルミナはフォークを刺し、口に運ぶ。

「………ッ」

 セルミナは目を見開く。

 フレンチトーストの原料はパンだ。パンにミルク、卵、砂糖をつけて焼く。

 シンプルな料理。

 だからこそ、フレンチトーストはパン以上にはならない。セルミナはそう思っていた。

 しかし、それは間違いだった。

 外は焼き目がついており程よい硬い感触なのだが、中は驚く程ふんわりと柔らかった。一度噛めば肉汁を出すが如くパンから味が染み出てくるのだ。それはフレンチトーストを漬け込んだ濃厚な卵とミルクの風味。そして甘く人を蕩けさせるような砂糖の味。三者が一体となり作られた味。口の中でとろけていく感触は極上のプリンを食べるが如し。表面の硬さが良いアクセントとなり食感に強弱が生まれ飽きさせない。人が作りし楽園がここにあったのだ。

「まだだ。まだですのよ」

 だが、それも前座。

 フレンチトーストに生クリームのソースがかかった部分があるのだ。セルミナは山の頂上を崩し口へと運ぶ。

「………ンンッ!」

 セルミナは再度、目を見開く。

 その速度、大きさは先程を上回る。

 セルミナがまず最初に感じたのは温度の差。熱々のフレンチトーストに載っかっていたのは冷たい生クリームだったのだ。温と冷。相反する熱量のはずが不思議といがみ合わず強調しセルミナを楽しませるのだった。

 そして次に感じたのは甘みの暴力。フレンチトーストも砂糖が使われており、十分甘いと言えるのだが、それでは足りぬと言わんばかりに生クリームが口内に甘味の世界をつくり上げるのだ。

「お、美味しいですわぁ!」

 頬に手を当て、セルミナは歓喜の声をあげる。

「これなら十分、わたくしの料理人として働けますわ!」

 グルメを自称するセルミナの料理の番人。その栄えある名誉の声にアリアは、

「いえ、アリアは千歳様のメイドですし、セルミナ様の料理人とか全然嬉しくないのですが」

 情け容赦無くセルミナの提案を切り捨てた。


次回も3話更新。

『放課後の寄り道』

『おでん屋』

『そんな春の日のこと』

の3本を予定。

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