3話 物理実験室
第一物理実験室に怪しい集団が集まっていた。
第一物理実験室は本来使われていない教室だ。
この学校の設立当初は使用されていたが、生徒数の変化や新しい設備を伴った第二物理実験室が作られたため閉鎖された場所だった。
その怪しい集団は黒いローブを纏い、これまた黒い三角頭巾をかぶっていた。三角頭巾には目だけ穴が開いていて、これで鎌を持っていたら秘密結社として認定されること間違いないだろう。
「よくぞ集まってくれた」
その怪しい集団の中で一番背が低い人物が厳かに発言した。声の高さから女性であるとわかる。というか、ぶっちゃけると竜崎緋鞠だ。
「集まったのはいいけど、この衣装はなんなの」
千歳はその衣装に似つかわしくないとぼけた声をあげて質問した。
「てめ、趣をわからんやつだな。様式美ってやつだぞ」
「わかりたくないなぁ……脱いでいい?」
千歳はげんなりしながら答えた。この黒いローブは生地が分厚くて暑く、三角頭巾は呼吸穴がないため息苦しい。一刻も早く脱ぎ去りたいのだ。
「駄目だ! ちゃっちゃと自己紹介するからそれまで待て」
そう言って、緋鞠は感覚頭巾をはずした。
「わたしはこの部活の部長にて至高なる存在。竜崎緋鞠だ」
「至高かどうかは知らないけど、みんな知ってると思うよ緋鞠のこと」
「うっさい。さっきから茶々入れやがって、いい加減様式美を理解しろ。次は千歳の自己紹介だからな」
「うんわかったよ。ってことで僕は神代千歳。緋鞠の幼なじみになるのかなぁ。よろしくね」
千歳はそう言って衣装を外し、自己紹介をした。
「よし、みー。次はてめーの番だ」
「わかったよ」
そして、みーと呼ばれた人物が頭巾を外した。
その頭巾から波立つように黒髪が躍り出た。その黒曜を思わせる綺麗な光沢に千歳は目を奪われた。彼女の髪は腰まである長い髪。窮屈そうに頭巾に収められていたが、自由になって外に出た瞬間、宝石のようにきらめいた。
「私は九条院御影。話には聞いていたけど、ちゃんと話すのは初めてだね。これからよろしく頼むよ、千歳君」
「九条院?……え、はい? よ、よろしくお願いします」
「千歳、てめぇ何みーに見惚れてやがるんだ。みーが美人だからって鼻伸ばすな!」
「ちっ、違うよ。綺麗だなぁと思っただけだよ」
「ふふっ、綺麗と言って貰えて嬉しいよ。ありがとう」
千歳はフォローになっているかよくわからない言い訳をし、緋鞠はジト目で千歳を非難し、御影は余裕のある態度で礼を言った。
「よし、これで全員の自己紹介を終えたな。っておい、どういうことだ?」
「どういうことって?」
「人数だよ。なんで三人で終わりなんだよ。足りねぇだろうが」
「アリアは研究所に行ってるよ」
「それはしゃねぇな……ってちげーよ」
「違う?」
「一人勧誘しろって言っただろうが」
「うっ……」
千歳はたじろいだ。だが、仕方ないともいえる。千歳の交友関係もお世辞にも広いとは言えない。そんな中で何の部活かもよくわからないのに勧誘するのは難しいのだ。
「まぁまぁ、まだ時間はまだあるから大丈夫」
御影が千歳のフォローにまわる。
「ちっ、千歳も頑張れよ。みーなんて凄いぞ。部室と顧問を確保してくれたんだぞ」
「凄い! 部室ってもしかして……」
「ああ。この場所。第一物理実験室だ」
「よく確保できたね」
5階の一番端にあるため移動するのに距離があるのだが、部屋は広く冷暖房設備が整っていた。新設の弱小部に与えられるには破格の待遇だ。
「ええ。ちょっと脅し……お願いしたらすんなりと了承してくれたよ」
「脅したんだ……」
千歳はちょっと引き気味になった。
「それは違うよ、千歳君。交換条件ってやつだ。私は偶然先生の知ってはいけない秘密を知ってしまったのだ。そこで黙っとく約束をするかわりに、融通を利かしてもらったのだ。私も部室を手に入れて幸せ。先生もその秘密が無かったことになって幸せ。いわばWin-Winの関係」
「脅迫ですね、それ」
「見解の相違だね。先生に聞いてみなさい。きっと震えながら首を横に振ると思うよ」
「めっちゃ脅迫されてますよね、それ! 怯えてますよ!」
「歓喜の震えさ!」
何も悪いことはしていないという聖女のような微笑みで御影は答えた。
誤字・脱字があるかもしれませんが、重大なものでないかぎりスルーor脳内変換してくれると嬉しいです。