29話 竜崎碧人
時はFPS騒動があった日。
時間は夜。
千歳が夕食を食べ、自分の部屋で寛いでいる時だった。
携帯が鳴ったのは。
「うわっ…………」
発信者の名前を見て、千歳は思わず声をあげた。
10秒経ち、20秒経っても電話の音は鳴り止まない。
千歳は諦めて携帯の受信ボタンを押した。
「ち、千歳くん!ひど……」
ピッ。
千歳は思わず電源ボタンを押して電話を切ってしまった。
間髪入れず、また着信音が鳴った。
一縷の希望を託して画面を見ると、発信者は同じ人物だった。
竜崎碧人。緋毬の父親である。
「はぁ…………」
深いため息をついて、千歳は再度、受信ボタンを押した。
「ひ、ひどいじゃないか千歳くん!」
すると携帯から批難の声が響いた。声の主は中年と言ってもいい年齢なのに、若々しく甲高い声質だった。
「すいません、つい」
「謝ってるようで謝ってないよね、それ! ついって何だよ!?」
「はは、ごめんなさい。では、明日も早いのでお休みなさい」
「ああ、おやすみって違うでしょ! 今電話かけたばかりだよね、僕?」
「緋毬のおじさんには話しかけるなって言われてるので」
「誰!? そんなこと言ったの誰!? それにさ、緋毬のおじさんって言わないで碧人さんって言ってくれよ。格好いい名前の碧人さんって」
「で、碧人さんどうしたんです?」
「あれー? 素直に呼んでくれたのはいいけど、格好いいが抜けてるよ?」
「電話切りますね」
「ちょっと待って、何で切るの!?」
「ええと……うん、そうだ。アリアに呼ばれて」
「嘘だよね!? 言い訳考えてたでしょ! 僕が悪かったから切らないで」
「はぁ……で、碧人さんどうしたんです?」
千歳は諦めて、碧人と会話を続けることにした。
「そうだった、千歳くん! ひどいじゃないか! 僕のHNネーム緋毬にバラしたね!」
「すいません、つい」
千歳としても悪気があったわけではない。思わず言ってしまったのだ。
「ついじゃないよ! そのせいで家族会議が開かれたんだよ! 家族会議って言うより魔女裁判みたいだったけど。僕が悪いってみんな決めつけるんだよ!」
「碧人さんが全部悪いんじゃないですか。だって仕事中だったですよね」
「休憩中だったんだよ! そんなこと言ったら緋毬や千歳くんだって部活中だったじゃないか!」
「いや、あの学生のクラブ活動と仕事を一緒にしないでくださいよ」
「そんな正論聞きたくないよ! 緋毬には頑張るパパさんって何を頑張ってるんだよってツッコまれるし!」
竜崎碧人が使っていたHNは頑張るパパさん@仕事中なのだ。
「はぁ……」
「仕事に決まってるだろって言い返したら、仕事中にゲームすんなって言い返すんだよ!?ひどくない?」
「どこにひどい要素があるんです?」
「僕の味方は千歳くんだけなのに! 緋毬と戦ってくれよ。緋毬は千歳くんに弱いから、千歳くんが強く言ったらこっちの味方になるからさ」
「いや、絶対そんなことにならないと思いますよ」
どこをどうすれば、仕事中ゲームすることを推奨することになるのだろうか。
「こう、壁ドンっていうの?壁際に追い詰めて愛をね囁いたら………って緋毬!?」
その声を最後に碧人の声が途切れ、物音が断続的に続いた後、声が聞こえてきた。
緋毬の声だった。
「千歳か?」
「う、うん」
「わりぃな、親父が迷惑かけて」
「うん。それはいいんだけど。碧人さんは?」
「地面で痙攣してる。しょーもないこと言ってるからな成敗した」
「そ、そうなんだ」
「んじゃな、千歳。おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切る瞬間、なにか打撃音が聞こえてきた気がするが、気のせいだろう。
それから千歳は携帯の電源を切って寝た。起きて、携帯の電源をつけると碧人からの着信が20を超えていた。勿論、無視した。




