17話 神代流
今日も今日とて部活の日。
場所は物理実験室。
「しっかし、邪魔だな、これ」
けんぽう部の部長である緋毬は机をパンパンと叩きながら言った。
「ん? どうしたの、緋毬?」
「千歳は思わないのか? 窮屈だって」
「それは確かに……」
物理実験室の机は特別製だ。
わかりやすく言えば、でっかくて重い。
4人一列に座れる長さ。
地震がこようとびくともしない安定感。
実験をする際に当たって素晴らしい机なのだろう。
だが日常生活においては、何の役にも立たない。広い部室にわざわざ横一列になって座る必要はないし、動かそうにも重い。
それが人が二人横になって通れる程度のスペースで列をなしている。
「畳を入れた時に、もう少し机を回収してもらえば良かったかな?」
黒の髪をなびかせ御影は緋毬に問いかける。
物理実験室の入り口は一つしかなく、入り口から見て部屋の奥側右には寝転べるスペースとして畳が、左側のスペースには小型の冷蔵庫や電子レンジといった電子機器が置かれていた。
元々その場所にも物理実験室の机があったのだが、けんぽう部が部室にするに辺り撤去したのだ。
「みー、この机は勝手に処分していいのか?」
「うん。顧問から好きにしてくれと言質を取ってるよ」
「んじゃ、千歳。頼む。持ち運びやすくしてくれ」
「いいの?」
「ああ」
千歳が尋ね、緋毬が了承する。
千歳は少し悩んだが、納得した。
理解できないのは御影とセルミナだった。
「話が見えないのだが、どういう意味かわかるかいセルミナ君」
「いえ、わたくしにもわかりませんわ。机を処理するのでしょう。何で千歳が出てきますの?」
机を移動させるなら、一人の力では無理だ。華奢に見える千歳なら尚更。
そして、持ち運びやすくしてくれという意味。
千歳は二人の少女の疑問には答えず、行動で示した。
神代流 一ノ瀬乃型『刃断』
それは刹那の出来事だった。千歳が腕を振り下ろし、机に当てた瞬間、真っ二つに切断された。
「えっ!」
「なっ!」
「できたよ、緋毬。これでいい?」
「うーん、もうちょい持ち運びしやすいようにしてくれ」
「了解」
驚きの声をあげる両者をよそに、淡々と緋毬と千歳は会話を続ける。
そのまま流れるように千歳は行動する。
神代流 弐童乃型『跳ね馬』
2つに分割されたが、決して軽いとは言えない机を千歳はサッカーボールでリフティングするかのように軽やかに蹴り上げる。
宙に飛んだ机は千歳の頭上付近まで到達した。
その瞬間。
神代流 一ノ瀬乃型『千華繚乱』
高速で繰り出される手刀の連打。
千歳の手が机に当たるたびに、机は裁断されていく。
時間にして1秒にも満たないだろう。その短時間で机は拳大の大きさに切り分けられた。
「あ、ありえませんわ……」
人外代表、吸血鬼のセルミアが呆然と呟く。
「ど、同感だ。ひー、ひーちゃん説明してくれるかな。今見ているのは夢だって」
「みー、現実逃避しすぎだ。現実だぞ」
やれやれと緋毬は首を振る。
「だから言ったろ。千歳がなんか拳法らしきものを身につけてるって」
「ひーちゃん、あれは武術の枠組みを超えている気がするよ」
「人外、人外ですわ」
御影は汗をたらし、セルミナが自分を棚であげる中、緋毬が顎をしゃくる。
「千歳」
それに答えるのは神代千歳。
「うん。正式に自己紹介するのは初めてだね。僕は神代千歳。神代流三代目正統後継者、神代千歳です」
そう言って千歳は初めて皆に自己を紹介した。