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けんぽう部  作者: 九重 遥
春から夏へ
16/129

16話 猫のじゃれあい

 今日も今日とて部活の日。

 場所は物理実験室。

 いつもと違うのは、争いの声が聞こえることだった。

「許されざる大罪だ!」

「真実を言って何が悪いのですの!」

 部屋の中央でセルミナと御影が言い争っているのだ。

 千歳は謎の争い声を聞きながら、目立たないように部屋の後方にいる緋毬とアリアの元へ移動した。

「ねぇ、これどういうこと?」

 千歳は小声で緋毬に尋ねる。

「どうもこうも見ればわかるだろう」

 半ばうんざりしながら、緋毬はセルミナと御影に視線を向ける。

「でも、喧嘩というか言い争いをしてるけど大丈夫なの?」

 不安げに緋毬に問いかける。

 人数が少ないこの部活で、不協和音が生じるのはまずいのではないかと。

 だが、緋毬はため息をつき、投げやりに首を横に振った。

「しょーもないことだ。アリア、説明」

 はいと、それまで後ろに控えていたアリアが一歩前に出て千歳に説明をする。

 たまに、緋毬の方がアリアのマスターっぽいよなぁと思ったのは千歳の秘密だ。

「最初は、お互いを褒めあっていました。御影様の黒髪が滑らかで綺麗だとか。セルミナ様の透き通るような金髪が輝かしいとか。それが……」

「それが?」

 そこで一旦途切れる。

 アリアは少し躊躇った後に、セルミナと御影のある部分を見ながら言葉を続けた。

「御影様の胸囲について話が変わった時、場の雰囲気も変化しました」

 御影の体型は良く言えば、スレンダーだ。

 女性にしては長身のスラっと細い体つき。モデルといっても通じるプロモーションである。

 ただ一点、惜しむならば胸の出っ張りがないこと。

 つまり、まな板なのだ。

 対して、セルミナは同じモデル体型といっても、御影とは系統が違い、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 わかりやすくいえば、巨乳だ。

「セルミナ様も他意はありませんでした。中途半端に胸があるより今の体型のほうが御影様は美しく見えるとセルミナ様なりに褒めたのでしょう」

 貧乳にも需要がある。体型にもバランスがある。御影には今の姿が一番だ。それらの言葉は賛辞なのかもしれない。しかし、それは他者にとってはだ。御影が貧乳を嫌っているのならその言葉達は何の礼賛にもなりはしない。

 悲しいかな、それが現実だ。

「御影様はその言葉を開戦の合図と受け取りました。そして、今に至ります」

「な、くだらないだろう」

 緋毬は千歳に問いかける。

「…………」 

 千歳は何も返すことは出来なかった。

 チラリと一瞬、目線を緋毬とアリアに移す。

 緋毬はその身長に不釣り合いな胸の豊かさ。

 そして、アリアもセルミナに劣らないほどの胸囲だ。

 つまり、この場にいる胸囲弱者は御影しかいないのだ。

 持つものが何を言っても、御影の心に響かないのだ。緋毬は自分の体型に不釣り合いな胸を嫌がっている。だからこそ、この争いはくだらないと思っているのだろう。

「ほっといていいの?」

 千歳は緋毬の問いを答えることができず、話を変える。

「ま、いいんじゃねえの? 猫のじゃれあいと変わらないだろう」

 セルミナと御影の争いに再び目を向ける。

「だから私は褒めていますのよ。御影には今の体型がバランスがとれてると。その体型では中途半端に胸があるより、いっそ無い方が見栄えがいいですわ」

「それが勝者の驕りだとなぜ気がつかない! 人は一晩では巨乳にならないのさ! 少しづつ胸が膨れることによって巨乳となる。私はその発展途上の道の真ん中にいるのさ」

「その胸で?」

 現時点で、まっ平らの胸を見ながらセルミナは御影に尋ねる。

 その言葉は火薬庫に火をつけることと同じことだった。

「いいだろう。見ているがいい、セルミナ君。もうすぐ身体測定の日だ。その時に私の成長を証明出来るだろう」

「では、それを楽しみにしてますわ」

 少し、涙目になっている御影とは対照的に、優雅に髪をかきあげるセルミナ。

 勝負が始まっていないのに、その光景はなぜか勝負が終着している雰囲気だった。

「ええと、一件落着なのかな」

 ポツリと千歳は言う。

 だが彼はこれが部室で巻き起こる猫のじゃれあいの序章とは知らなかった。

復活。不定期に更新すると思います。

間違って公開してしまいました。時期を見て一気に4話ぐらい公開するつもりだったんですど。残り3話はそのうち公開予定。

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