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けんぽう部  作者: 九重 遥
春から夏へ
12/129

12話 蚊帳の外の吸血鬼

 トントントンとリズムよく包丁がまな板を叩く音が聞こえる。他にも男女の話声や何かを炒める音がする。

 それは少し賑やかな音だった。だが、無秩序でざっくばらんな音色のそれは不思議と不快感をもたらさなかった。むしろ、どこか温かみのあるものだった。

「………はっ、自分を見失ってましたわ」

 あまりの居心地の良さに我を忘れていた。

 今の状況は何なのだろうか。何がどうなって今に至ったのだろうか。

 それが吸血鬼の少女、セルミナ・フォー・ストラグルの抱いた感想だった。吸血しようと思ったら、失敗して夕食に招かれた。うん、再度考えてもわからない。

「ふぅ………」

 斜め後方から、食欲を刺激する臭いが漂ってきた。自然、ごくりと唾をのむ。

 千歳に夕餉に招待され、セルミナは彼の家のリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。お客さんだから座っていてと言われたのだ。暇だろうからと好意でテレビをつけて貰ったのだが、正直頭に入ってこない。目はテレビを見ていても、耳と鼻は台所、千歳とアリアのいる方向に集中してしまう。

「何なのでしょう、ほんと……」

 ぽつりと言葉が漏れ出た。

 すると、台所から千歳の声が聞こえてきた。

「セルミナさーん、コンソメスープとコーンスープどっちがいい?」

「ふぁ! ええと、コーンスープでお願いしますの」

 慌てて、千歳に返事を返す。

 コーンスープの甘い温かな味を思い出したせいか、ぐぅと小さくお腹がなった。

 恥ずかしくなり、首を振ってごまかす。

 テレビから音が出ている。彼らは料理中だ。台所にいる彼らには距離も雑音もあるので聞こえるはずがないとわかるのだが、恥ずかしい。

 その恥ずかしさをごまかすため再度、思い出す。

 一体なぜこうなったのか。



 廃社となった神社の裏手での出来事だった。

 「…………は?」

 突然の夕食への誘い。

 セルミナは呆気にとられた。

 敵とはいわないが、血を吸う、つまり自分は害を与えようとしたのだ。

 それなのに、なぜ食事に呼ばれるのか。セルミナは吸血鬼。人間とは種族が違う。気味が悪がられるのが普通なのに。

 もしや、なめられているのでは。人間より種族としてポテンシャルが高い自分が。

 体がカッと熱を持った。

 千歳と出会ってから予期せぬ出来事が立て続けに起こり、セルミナは混乱していた。普段のセルミナならば吸血鬼が人間より優れていると思わなかっただろう。

 だが、羞恥や未知への恐怖、驚愕等といった感情が撹拌され、混迷していた。その入り混じった感情を統一化、つまり、それらを脇に追いやるために怒りという感情へと逃げたのだった。

 だが、息を吸い千歳に文句を言おうとしたところで、冷水を浴びせられた。

 アリアが鋭い声で静止の声をあげたのだ。

「反対です」

 それは小さな声ながらも、力強い言葉だった。セルミナの息が止まる。

 セルミナを睥睨し、千歳とセルミナの間に自分が入るように位置取りをするそれは、子を守る親猫のようだった。目には力が入り、セルミナの一挙一動を逃さないといわんばかりだ。

「アリアは反対です。仮にも千歳様に危害を加えようとした人物です。いつ何時また危害を加えるか……」

「大丈夫だよ。セルミナさんはそんな人じゃないよ」

 対照的に千歳はのほほんと平和そうにアリアに言った。その顔は人類皆友達とでも言うかのようだった。セルミナにはそう見えた。

「しかし、万が一………」

 なおも、アリアが言い募ろうとしたが、その言葉を遮って千歳は言った。

「アリア、これは命令だよ」

 アリアは目を見開き、それも一瞬、いつもの表情に戻り千歳に頭を下げ一歩後ろに下がった。

「失礼しました、マスター」

「うん、ごめんね。アリアが僕の身を案じてくれたことはわかる。でも、僕はわがままなんだ。セルミナさんを夕食へ招きたいんだ」

「ええ」

 アリアは千歳に同意した。二文字の言葉だったが、そこには感情がつまっていた。自身の諫言を無碍にされたにもかかわらず、なおも抱かずにはいられない慕情が。

「ええ。千歳様は相変わらず、わがままですからね。仕方がないとしましょう」

 仕方がないと呟いたアリアの顔は晴れやかだった。

 そして、セルミナに一礼し、自身の態度を謝罪した。

 セルミナは何かわからないまま千歳の家に行くことが決定したのだった。

 本人の意志を一切確認されぬままに。

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