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けんぽう部  作者: 九重 遥
春から夏へ
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11話 セルミナ・フォー・ストラグル

 それがメイドロボと吸血鬼と男子高校生の出会いだった。

 時が過ぎれば笑い話となるものだが、吸血鬼の少女にとって現時点では自分の道を左右する重要な場面であった。

「やっぱりお腹すいてるの? ご飯は?」

 彼にとって善意の質問だろう。だが、吸血鬼、もとい年頃の女性にとっては傷口に塩を塗る行為だった。

「あ、もしかしてご飯がわりに血を吸おうとしたの? 吸血鬼だから」

 よせばいいのに、話を進める千歳。

 そして、普段見せない鋭さを発揮し、名探偵もかくやという推理を披露しはじめた。

 千歳が発言するたびに、吸血鬼の彼女はビクンビクンと恥辱で肩を震わしている。勿論、その様子を千歳は気が付かない。

 もし、緋鞠がいたら『やめてやれ、吸血鬼のライフはゼロだ』と止めていただろう。

 だが、ここには緋鞠はいない。ずっと千歳のターンなのだ。

 暫くの間、千歳の蹂躙は続いた。

「うぅ………仰るとおりですわ。わたくしは貴方の血をご飯として吸おうとしましたの。どうか、罪深いわたしくを罰してください」

「さすが千歳様。相手のプライドを完膚なきまでに破壊するその手際、脱帽です」

「えぇ、やってないよ!」

 思わず千歳は吸血鬼の少女を見る。

 吸血鬼の少女は千歳の視線にビクッとした後、恐る恐る言った。

「えぇ、やってませんわ。やってませんです。いえ、やってませんであります?」

「ホントだ! なぜか怯えてる!?」

 普通の状態を取り戻すのに5分の時間がかかった。

「吸血鬼って普通の食事は食べられないの? 誰かここに来る人を狙ってたの?」

 千歳は吸血鬼の少女に問いかけた。

 普通、お腹が空いたならばご飯を食べればいい。吸血鬼はそれが出来ないのか。だから、運悪くここに来た人の血を吸い、飢えを凌いでいたのか。

 千歳はそれが気になったのだ。千歳がここに来た目的にも関係する。

「いいえ、人間と同じように食べ物から栄養を取ることが出来ますわ。それに、吸血は必要な時以外しないようにしてますわ。ただ、貴方の時は例外。目を見られたから致し方ないというか記憶を奪うついでにしようと思いましたの」

「普段は吸血してないの?」

「ええ」

「じゃあ何で神社に来ていたの?」

 そこで吸血鬼の少女は言い淀む。しばらく逡巡した後。

「………吸血鬼の状態になればトランス状態になって空腹が紛れますの。それで人気のないこの場所で変化していましたの」

 か細い声で吸血鬼の少女は言った。今夜は何度女性のプライドが折れたのだろうか。吸血鬼の少女にとってこの場は弾劾裁判所かもしれない。一刻も早く終わって欲しい。そう願った。

 だが、終わらない。核心的な疑問が残っているのだ。

「じゃあ、何でご飯を食べないの?」

 お腹が空いたらご飯を食べればいいじゃないか。

 もし、18世紀のフランスでそれを言ったら暴動ものだが、ここは現代社会で日本だ。コンビニやスーパーに行けば100円でおにぎりやパンを買うことができる。

「………………の」

「え? もう一度言って」

 吸血鬼の少女は顔をうつむかせ声も小さかった。千歳は再度理由を求める。

 何かが吹っ切れたのだろう。

 吸血鬼の少女は顔をあげ、大きな声で言った。瞳には涙をにじませながら。

「お金を落としてしまいましたの!」

 吸血鬼の少女は語る。

 彼女は親元を離れ、一人ぐらしで仕送りで生活をしている。銀行からお金を引き下ろし家に帰ってみると、お金がなかった。お金を入れたはずの封筒をいくら探してもなかった。落としたのだと思って、帰路にないか見てみても出てこない。警察に連絡したが、届け出は出ていない。再度、お金を送ってもらおうにも、親は普段連絡が取れないのでこちらの状況すら伝えられない。決まった日にちにお金が振り込まれるのを待つしか無い。だから、どうしようかと吸血鬼に変化して飢えを紛らわせながら悩んでいたのだ。

「そうなんだ…………大変だったね」

 彼女にとって辛く恥ずかしいこと。それを包み隠さず千歳に言った。

 千歳は彼女の言葉を聞いて、大きく頷いた。

「大事な事を聞き忘れてたよ。貴方の名前を教えて欲しい。僕は神代千歳。そして、こちらは僕のメイドロボのアリア」

「えっと、セルミナ・フォー・ストラグルですわ」

 突然の自己紹介。目を瞬かせながら、セルミナも自己紹介をした。

「セルミナさん。僕らも夕食まだなんだ。一緒にご飯を食べようよ」

「…………は?」

 あまりの展開に呆然とするセルミナ。血を吸おうとした相手に夕餉に招かれるとは考えもしなかったことである。

  


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