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敵意

アベルはヘルハウンドに噛みついた瞬間、己のしていることをようやく理解した。


(俺は何をしているんだ!?)


 何故噛みついてしまったのか、全くわからない。

 しかも、自分の歯がヘルハウンドの分厚い皮を貫いている。いや、歯なんてものではない。長さ、鋭利さからするに牙と呼ぶのが相応しいだろう。

 剛毛が口内に入り不愉快だ。なんとも形容しがたいような、奇妙な味が舌に広がる。何故か美味だ。


「アベル……? 貴方は……」


 ラシェルは剣をヘルハウンドに向けていた。正確に言うならば、ヘルハウンドの上に覆いかぶさるようにしていたアベルに剣を向けていた。

 弁解しようと牙を引き抜いたアベルだが、かえってその行為が裏目に出た。


「なんだ!? その牙は!」


 少女の放つ声は、明確な敵意が含まれていた。アベルは血で汚れた口の周りを手で隠した。


「言いたいことは色々あるだろうが、まずはこの犬を何とかするのが先決だ。違うか?」

 

 ヘルハウンドは牙から逃れるなり、激しく暴れ出した。ものすごい力だったが、アベルもまた、ものすごい力で押さえつける。


「ライトニング!」


 ビッシャーン。雷光が一人と一匹を包む。直撃したヘルハウンドは地面に倒れ、ヘルハウンドを盾にしたアベルはふらつきながらも立っていた。


「早く止めを差せ!」


 アベルはバスタードを握ったまま、きょろきょろと辺りを見渡していた。その足元ではヘルハウンドが倒れている。


「自分の使い魔だから止めを差せないんだな?」


 ラシェルは挑発的に言った。


「なっ!? 違う!」


 アベルはヘルハウンドの脳天にバスタードを突き刺した。血が噴き出し、ヘルハウンドは絶命した。

 ラシェルは一連の動作を、冷徹な眼差しで見つめていた。


「アベル、貴方は……吸血鬼だな?」


 剣の切っ先がアベルの喉元につきつけられる。それと同時に、バスタードソードがラシェルの喉元につきつけられた。剣と視線が交錯した。


「ああ、俺は吸血鬼だ」


 アベルは最も恐れていた展開にありながら、不思議と落ち着いていた。


「しかしあんたの血を吸うつもりもないし他の人間の血を吸うつもりもねえ。つまり無害だ。そしてこのヘルハウンドも俺の使い魔じゃあない。使い魔だとしたら俺を襲ったりなんかしないだろ」

「信じられるか! 私と共闘する振りをして私を殺そうとしたのだろう!」

「俺はお前を助けたじゃねえか」

「うるさい、とにかくお前は吸血鬼だ! 吸血鬼が何を言おうと従う必要はない! 神の敵め!」


 ものすごい剣幕でまくしたてるラシェル。アベルは今の彼女に何を言っても無駄だと悟った。


「サンダー!」


 彼女の剣が金色に発光した。

 

「うわっ」


 アベルがいた場所に、雷が落ちた。大きく後ろへ跳んでいなければ、直撃していた。


「トスウハ村を滅ぼしたのも、ゴーレムを街に解き放ったのも、全て貴様なんだな!? アベル!」

「は!? 何でそうなるんだよ!」


 アベルの声に怒気がこもる。


「おかしいとは思っていた! どうしてこうも立て続けに魔物が市街に入ってくるのか! 門の警備が手薄だったわけでもない! 内部から召喚されていたとしか考えられない!」


 必死に彼女をなだめる方法を考えていたアベルだが、一気に沸き上がった憤怒でその気も失せた。


「俺は……トスウハ村の……トスウハ村の唯一の生き残りだ! 俺が、俺だけが吸血鬼として生き延びてしまったんだ! だから俺は、トスウハ村を滅ぼした奴に復讐しなければならない! 例えこんな体でも! いや、奴を倒すには人間じゃあ無理だ。これはきっと神の啓示なんだ。強くなってあの吸血鬼を殺せと、神が、家族が、村人たちが望んでいるんだ! あんなクソ野郎と同じ存在だなんて反吐が出るが、あのクソを殺すことができるなら」

「よく、そんなに流暢に嘘を述べられるものだな! ライトニングソード!」


 ラシェルは黙って聞いていたが、我慢できなくなったのか呪文を唱えた。雷を纏った剣が襲う。

 事実だ、というアベルの訴えは電気の音で掻き消された。アベルは剣で受け止めたが、電気は剣を通し、アベルに被雷した。


「うっ……」


 まるで太陽に飛び込んだかのような熱さに力を奪われる。アベルは残った力を振り絞り、剣を振った。ラシェルが若干後退した隙に、逃げ出した。


「待て! この卑怯者め!」


 最早、反論する気力さえアベルには残っていなかった。とは言え、単純な走力ならアベルが遥かに上だった。少女は二度、呪文の詠唱をしたが、アベルは細かく道に曲がってそれをかわした。

 

 

 そうして数分走り続け、アベルは狭い路地裏の奥で座り込み、荒い呼吸を整えていた。ラシェルの声や足音はもう聞こえない。

 しかし、全身が酷く痛む。腕を見ると、青白かった肌が茶色に変色していた。ヘルハウンドに噛まれた傷はふさがっていた。その回復の早さはアベルの予想を遥かに超えていた。

 今は休もう。吸血鬼の高い回復力に任せて寝てしまおう。そう思い、瞼を閉じかけたところではっと目を見開いた。

 眠っている間に、ラシェルに見つかったら、確実に殺されてしまう。

アベルはボロボロの身体に鞭を打ち、壁に寄りかかりながら立ち上がった。そして歩き出そうとしたところで、苦笑を浮かべた。


「はあ、はあ、見つけたぞ、吸血鬼、ぜえ、ぜえ」


 8メートルほど先で、ラシェルが壁に寄りかかっていた。


「よくここにいるってわかったな」

「サーチ、で、はあ、はあ、ともかく、だ。死ね、アベル・フェルマー!」


 彼女は見るからに疲弊していた。しかしアベルの体力も限界が近い。アベルはバスタードを構えた。それは一種の賭けだった。万が一にでも、ラシェルを倒せる可能性に賭けたのだ。


「はあ、はあ、ライトニング!」


 ラシェルの魔法剣が光る。アベルは横に跳んで避けようとしたが、体が動かなかった。


(終わったか……)


 しかし、雷がアベルに落ちることはなかった。ラシェルは魔法が出ていないことに気付くと、光っているだけの剣を何度も振った。


「ライトニング! ライトニング! くそ、魔力切れか」


 アベルは猛虎の勢いで走り出した。ラシェルも剣を構える。


 カーン!


 ラシェルの手から魔法剣が離れ、空高くとんでいった。唖然とする少女の首に、バスタードが据えられる。ラシェルはこの世の終わりのような顔でバスタードの刃を見つめた。


「俺は吸血鬼だが、トスウハ村の住民だったのは本当だ。あの吸血鬼を倒すのに、お前たちの力を借りることになるかもしれん。だからまあ、今日のところは、これで手を打ってやるぜ」


 アベルはそう言って剣を引き、走り去った。暫くすると魔法剣が石畳に落ち、からんと音を立てた。


「貴方の言っていることは本当なのか……? アベル」


 ラシェルが剣を拾った時にはもう、吸血鬼の姿は闇夜に消えていた。

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