弱さ
地名は全てテキトーです。
また作中にロドルフ教という宗教が存在しますが、キリスト教のようなものだと思ってください。
「そう言えばアベル、貴方は驚かないのだな」
「何に?」
「私のことだよ。この齢で、しかも女で軽騎兵隊長を勤めているんだ。一般人なら疑問に持つものだと思うんだが……」
「まあ、珍しいとは思ったさ。でも、有り得ないことはないなと思ってな」
「どうしてだ?」
「魔法剣士だろ? 魔法の才能に年齢は関係ない」
隊長就任の背景にあるのはそれだけでないことはわかっていたが、彼女の才能を褒めるという意味もこめてそう言った。
「……あるよ」
ぼそっと、アベルに聞こえないほどの小さな声。しかし吸血鬼であるアベルははっきりと聞き取れているのであった。
「色々大変みてえだが、とりあえず飲め飲め」
アベルはなんとなくだが、隊長である重責を担う彼女の気苦労を察し、まだ飲みかけの杯にワインをついだ。
「あっやめろ!」
「え?」
アベルが酒の口を上に傾けた時にはもう、ワインは杯の9割を占めていた。ラシェルは困ったような表情でアベルを見上げた。
「私は酒に弱くて……一杯以上飲むと酔っぱらってしまうんだが……」
「酔っちゃいけないのか?」
「流石に、会ったばかりの男性の前で醜態を晒すのはな……。私は酒癖がひどく悪くて……」
「俺は気にしないぞ」
本音を言うと非常に迷惑だったが、自分が勧めた手前引き返せないアベルであった。
「む……では、頂こう」
ラシェルは杯をしばらく口元で留めた後、決心したのか、一気に飲み干した。そして下を向きながら杯をテーブルに叩きつけた。数人の客が二人の方を向く。ラシェルは下を向いたまま顔を上げなかった。
「どうした?」
ラシェルはゆっくりと顔を上げた。顔は紅潮し、その眼はアベルを見ているのか、それともアベルの後ろの壁を向いているのかもわからなかった。
「よし、アベルよ、チャペル教会騎士団に入れ!」
「は?」
いきなり何を言い出すのかこの女は。
「私の進言で隊長の補佐を任命してやるぞ!」
「俺はロドルフ教徒じゃないんだが」
「構わん! 今から教徒になればいい!」
「ラシェル、水飲むか?」
「ええい、いいから私の話を聞け! 私はイーアリウス北部のブラン家の長女として……」
どうやら出生から語り出すらしい。アベルは帰りたくなった。しかしラシェルはアベルの帰りたいオーラを無視して話し続ける。幼い頃から魔法において抜きん出た才能を持っていたこと、体のハンデを覆せる剣技を特訓し身に着けたこと、両親が自分を愛していたこと。
アベルはうんざりしたように空になった瓶を転がして遊んでいたが、一応話は聞いていた。
「そして私が10になった頃。バアルクールとの戦争で父が死んだ」
ラシェルがそう言った瞬間、空気がずしりと重くなった。
バアルクール帝国。アベルがいる国より北西に位置する大国である。結果としてはアベルの国、イーアリウス王国が勝利を収めたのだが、多くの犠牲者を伴った。
「馬鹿馬鹿しい話だ。今は、争っている場合ではないと言うのに……」
「そうだよな……」
アベルは久しぶりに口を開いた。
今、ヒト全体が危機に陥っている、と言っても過言ではない。
キーディン海峡を挟み、遥か西にあるカイン大帝国。かつてはキーディンランドという名の国だったその地は、魔王カインと呼ばれる魔物によって支配されている。その支配は100年間近く続いており、一度人々はキーディンランドを取り戻そうと大量の軍を送り込んだが、その半分はキーディン海峡に沈み、また半分はカイン大帝国で命を落とした。つまり、全滅したのである。
更にこの作戦の後、魔王カインの部下を名乗る魔物が大陸を攻撃してくるようになった。そのためイーアリウス王国の極西部は、事実上カイン大帝国の一部となってしまったわけである。それに便乗しバアルクールがイーアリウスを攻めた。出兵した多くがイーアリウスの兵士だったため、イーアリウスの兵力は他国に比べ弱っていたのである。
「バアルクールだって、いずれカインが支配しに来る。そんな単純なこともわからんとは」
苦虫を噛み潰したような表情で、空になった杯を握りしめるラシェル。それにしてもよく一杯ちょっとでこれだけ酔えるものだ。
それから三十分ほど愚痴を吐いた後、ラシェルは机に突っ伏して眠り込んでしまった。
(こんな若いのに色々大変だな。あ、それは俺もか。まあ、お互い頑張ろうぜラシェル。俺の正体に気付かないでくれよ)
アベルは幸せそうな寝顔のラシェルを置いて、店を出た。
宿までの帰り道。少し冷たい夜風を浴びながら、アベルは考えていた。
今の俺に足りないものは知識だ。ヘルハウンドの倒し方も然り、他の魔物の倒し方も然りだ。この旅に戦いはつきまとって離れない。昼に戦ったゴーレムのように、吸血鬼とは何ら関係のない魔物や、ラシェルのような人間と戦う可能性はいくらでもある。それらに対処できるだけの知識がなければ、吸血鬼どころではない。ヘルハウンドを屠れたのも偶然に過ぎないし、ゴーレムと戦って生き延びられたのもまた偶然だ。
俺は努力とか、こつこつやるとかが嫌いだ。自分の才能だけで乗り切れると信じているからだ。しかし俺に才能なんてない。吸血鬼にあっさり負け、ゴーレムも倒せず、剣技は18歳の少女よりも劣る。旅に出てそのことがはっきりとわかった。
村にいた時は自分が弱いだとか、無力だとか、そんなネガティブなことは全然考えなかった。自分は強く、一人で生き抜けると思って生きていた。しかしそれは周囲の脅威に対して目を背けていただけだ。本当の俺は俺が思っている以上に、ちっぽけで弱々しい存在なのだ。まずはそれを認めなければならない。
認めた上で、強くなるにはどうすればいいのか模索する。どう探せばいいのかさっぱりわからなかったが、ラシェルと話したおかげで「知識」を求めることが先決とわかった。
あいつには感謝だな。
アベルは明日、王立図書館へ行くことを決めた。




