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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
2章 公正のヴァンパイア
25/29

盗賊

「何でオレを助けたんだ……?」


 少年は目の前の青年を見上げて言った。アベルは自分の顎を触った。


「うーん……なんとなく?」

「そうよ、何で助けたのよ」


 少し離れた場所で見ていたウルリカが、ずかずかと二人の間に割って入る。


「一万カネーをドブに捨てたようなもんよ、あれは」

「まあ、実際そうなんだが……金ならまだ十分あるからな! ははは!」


 アベルはげんこつをつくって、少年の頭を小さく叩いた。


「ガキ、運が良かったな」

「え……」


 少年は戸惑いの表情を浮かべた。口をぱくぱくさせて何か言おうとしたが、何を言えばよいのかわからなかったのか、出てくる言葉の大半は意味を為すものではなかった。


「さて行くぞウルリカ」


 アベルはそう言って、少年に背を向けた。ウルリカもその後に続く。少年は二人の足音が遠くなりつつある頃に、


「……ありがとう」


 と、小さく呟いた。アベルは振り返らずに、右手をすっと挙げた。ウルリカはそんな彼を見つめ、そのまま視線を別の場所へと滑らせた。

 






 アベルは少年と別れてから、迷いのない足取りで、高低あるドザの街を徐々に下って行った。

 小路に逸れると、両脇の建物が壁のようにそり立って、圧迫感をもたらした。無駄に性能が高まった鼻がカビの臭いを嗅ぎ取って、アベルは渋い顔をした。

 

「ウルリカ、あそこで曲がれ」


 ぼそっと、隣にしか聞こえないような声で囁く。


「……わかったわ」


 素直だ。やはりウルリカも、気付いていたのだろう。


「残念ながらここでお別れだ。また会おう」

「ええ、また会いましょう。楽しかったわ」


 ウルリカは妖艶な笑みを浮かべて、分かれ道で曲がった。その先には下りの石階段。とんとんと、リズムを刻むように靴音が降りていく。やがてそれが平らな道を歩く音に変わった頃、別の音がアベルの後ろろから近づいてくる。

 アベルは振り返った。それは猫が獲物を仕留める時のような素早さで、彼に突撃していた。顔の下半分をバンダナで隠し、右手にはダガーを握りしめている。ひとまず、彼をバンダナと呼称することにする。

 バンダナは無言でそれを振りかざした。刃は真っ直ぐにアベルの肩へ向かったが、ダガーを持つ手首を掴み、強く捻ると、バンダナの体が舞った。


「うっ」


 石畳に叩きつけられ、バンダナは苦しげな声を上げた。すぐに立ち上がろうとしたが、その喉元には先ほどまで自分が持っていたダガーが突きつけられていた。


「さあて、どうしてくれようか……」


 アベルはじろじろとバンダナの全身を見渡した。髪は茶色くぼさぼさで、腰にポーチをつけている。


「アベル、もう出てきていい?」

「ああ」


 下からウルリカの声。バンダナは小さく舌打ちをした。してやられたという気分だろうか。ウルリカはバンダナの存在に気付いてもさほど驚かず、心底楽しそうな笑顔で、


「やるじゃない」


 と言った。


「俺をどうする気だ」


 バンダナはバンダナをもごもごさせて喋った。感情の籠っていない言い方だった。


「とりあえず持ってる物全部置いていってもらおうかな。ウルリカ」

「はいはい」


 ウルリカは躊躇いなくバンダナの腰からポーチを外した。


「ガキは助けて大人からはむしり取るのか」


 バンダナは言った。相変わらず平淡な口ぶりは、どこか挑発的だった。


「あ、ポケットとかも全部調べろよ」

「わかってるわよ」


 ウルリカはごそごそとバンダナの身体を漁る。ズボン、上着、靴の中と、くまなく漁る。

 

「バンダナ、運が悪かったな」


 アベルはにやりと笑った。バンダナの尾行に気付いたのは、けっこう前だ。商店街を歩いている時、不審な――どの辺が不審かと言うと、賑わいの中を歩くにしては、静かすぎるあたりが不審な――足音に気付いた。ちょうどその時、泥棒少年を見かけた。アベルは金の力で彼を助けた。我ながら、気前の良い富豪らしさが出ていたと思う。そして何事もなかったように歩き出すと、不審な音はつかず離れず、一定の距離を保ったまま付いて来た。人気が無いことを確認し、一人になる。尾行者はアベルを襲う。

 少年と別れた辺りで、ウルリカが人の変わったように無口になったため、まさかとは思ったが、どうやら彼女も尾行を知っていたようだ。それどころか、こちらの意図を一瞬で汲み取るとは……。


「本業を盗賊としているみたいね」


 ウルリカはバンダナから奪った物を広げた。巾着袋が数個、ダガーが数本、いくらかの小銭、かぎ爪、バール、手鏡、用途の知れぬ鉄の棒。

 アベルは巾着袋を開けて、出て来た白い球体をつまんだ。


「何だこれ?」


 バンダナ、もとい盗賊は話す気がないと言いたいのか、黙って顔を反らした。


「私もわからないけど、多分睡眠薬とかその辺でしょうね」


 ウルリカは奪い取ったバールで、地面をこんこんと叩いた。


「で、剥ぎ取るだけ剥ぎ取ったわけだけど、どうするの? 警察に突き出す? 縛って捨てる?」

「そうだなあ……」


 アベルの脳裏に、形相の悪い絵が浮かぶ。


「なあお前、バティスト・ベルガーという男を知っているか?」

「……知らん」

「お前と同じ盗賊なんだけど、中々のやり手らしくてな。そっちの界隈じゃ有名だと思ったんだが」

「知らんと言ったら知らん。俺は初犯だ」


 アベルは首を捻り、何かの薬かと思われる、白い玉をバンダナの目と鼻の先の所につき出した。


「じゃあこれ、何処で買ったんだ?」


 盗賊は表情を崩さずにまばたきを繰り返した。


「教えてくれたら、見逃してあげてもいいんだけどな~。もちろん、道具も返して」


 アベルはぽんぽんと玉を投げてはつかみ、投げてはつかみを繰り返した。


「……本当に見逃してくれるのか」

「ああ、本当だぜ」

「……案内しよう。だからダガーを離してくれ」

「おーけい」


 アベルはダガーを引いた。盗賊はそれを見届けると、慎重に立ち上がった。表情こそ不満気であるが、敵意は感じられなかった。


「ここから歩いてどれぐらいかかる?」

「三十分程度だ」

「よし、行こう」


 アベルとウルリカは二人並んで盗賊の後に続いた。盗賊は振り返ることなく、早足で目的地を目指している。


「それにしてもウルリカ、よく俺の意図がわかったな」

「やけに真剣な顔つきをしていたから、断れなかっただけなんだけどね。まさか演技で盗賊を誘き出して捕まえるなんて、さすが私のアベル!」

「まず、お前のじゃないし、それにあれは演技というか――」


 二人はすぐそこにいる盗賊のことは一切気にせずに会話を弾ませた。盗賊は小さく舌打ちしたが、ウルリカには聞こえていないようだった。

 狭く、入り組んだ道を下りていくと、多少広めの通りへ出た。昼だと言うのに、どんよりとした空気がたちこんでいた。妙な雰囲気だとアベルは思ったが、その理由はすぐにわかった。

 黒い檻が、通り一体にずらりと並んでいた。中には人が入っている。若い男女が主で、中には窃盗少年よりも幼いのではないか、といった齢の者もいた。檻にはそれぞれ値札がかかっている。奴隷市だった。


「そういえばアベル、眠くないの?」


 ウルリカはアベルを純粋に心配するように言った。


「え……いや、さっき昼寝をしたから大丈夫だ」

「そう、良かった」


 ウルリカは優しげに笑ったが、アベルはその笑顔を、笑顔と受け取ることが出来なかった。アベルは檻を見つめた。中に居る奴隷と目が合う。その瞳には生気を感じられなかった。一度は抵抗し、敗れ、諦めを知ったような表情。

 傷だらけの奴隷もいた。端でうずくまり、声を押し殺して泣いている奴隷もいた。アベルは奥歯を強く噛んだ。拳を強く握った。この状態で爪を伸ばしたら掌を貫通してしまうだろうか。今なら、貫通しても大して痛くはない気がする。

 盗賊は依然として沈黙を貫いていた。アベルは沸き上がる感情を押し堪えながら、その後を追った。ウルリカは気に留まった奴隷がいたのか、時折振り返っていた。

 通りを抜けて、また狭い道に入る。そうしてしばらく歩いて歩いて、盗賊はある建物の前で足を止めた。


「ここだ」

「靴屋だな」


 サンダル、ブーツ、紐靴、木靴など、様々な靴が店頭に並べられていた。人通りが少ない割には、品ぞろえが良い。アベルは先の尖った靴を手に取り、しげしげと眺めた。


「本当にここで買えるの?」


 ウルリカが尋ねる。


「店主が薬屋も兼業していてな。おい、いるか?」


 人気の無い店内から、杖をつきながら、背の低い老人がのっそりと姿を現した。ウルリカは小声で「ドワーフかと思った」と言った。


「トムか。そいつらはなんじゃ?」

「あんたの薬が欲しいと言うんだよ」

「ほう、薬とな……」


 老人は細い目でアベルとウルリカを見た。吟味するかのように、じっくりと。特に、ウルリカの方を。


「お嬢ちゃん、すこぶるべっぴんさんじゃのう」

「ふふ、ありがと」


 アベルは少しイラっとした。


「でもここってどう見ても靴とかしか売ってないわよね? 本当に薬なんて売っているの?」


 ウルリカは店内を見回しながら言った。棚に積まれているのは靴や、靴に関連する商品ばかりで、薬らしき物は何一つなかった。


「わしの扱う薬は貴重でな……簡単に盗れる場所には置いてないんじゃ。来なさい」


 老人は杖をつき、店の奥へ向かった。そして壁に触れ、呪文を唱えた。すると何もなかった壁に、人が通れるほどの穴が開いた。いや、元から開いていたのだ。


「隠し扉……」


 正確には扉ではなく、ただの穴なのだが。

 穴は下へ続いていた。老人はランタンを点け、おぼつかない足取りで階段を下りる。一人しか通れない狭さだったため、トム、アベル、ウルリカという順番で下りて行く。


「じいさん、穴は塞がなくていいのか?」


 アベルが尋ねると、すうと開いていた穴に再び壁が生まれ、周りは一気に暗くなった。


「放っておくだけで復活するんじゃよ」

「ふうん……便利な魔法だな」


 恐らく、イリュージョン――幻影を生み出す魔法を利用しているのだろうが、まさか自然に発動するとは。アベルが感心していると、天井に頭をぶつけた。


「後ろ向いて歩いてるからよ」


 ウルリカが笑った。階段は長かった。老人が降りきったところにある扉の鍵を開けた。階数で言うと地下三階ほどの深さがあった。


「ほれ、入りなさい」


 老人がまた短く呪文を唱えると、真っ暗だった部屋に灯りが点いた。魔法光ランプは、魔法使い次第では遠隔で消灯が可能となる。本当に便利なものだと、アベルは舌を巻きながら中へ入った。

 地下部屋は狭かった。雑魚寝するなら五人が限界だろう。代わりに天井は二階分ほどの高さがあった。ドザの小路に近い感覚だった。壁と天井は木で出来ており、床は石が敷きつめられている。部屋の端には本棚が置かれ、書物が乱雑に入れられている。


「薬棚らしきものは見えないが……」

「まだ先じゃよ」


 老人は部屋の一番奥で、店内の時と同じように壁に触れた。


「また隠し扉か。随分と厳重なんだな」

「ファファファ……この齢になると心配性が酷くてな」


 老人はしわがれた声で言った。

 魔法が解ける。周囲の壁が消える。狭い、だなんてとんでもない。地下部屋は広かった。一、二……六人が雑魚寝しても、まだスペースが有り余るほどに。


「何よこれ、どういうこと!?」


 ウルリカが叫ぶ。消えた壁の奥から、六人の男たちが姿を現した。誰もが目をぎらつかせ、各々武器を持っている。彼らは四人を取り囲み、薄笑いを浮かべていた。


「すまんなおふたがた。本来なら身ぐるみ剥がして終わりだが、この場所を知られちゃ生かしておけねえ」


 トムはにやりと口角を歪めた。


「騙したのね!?」

「ククク……ジジイの言うとおりあんたはすこぶる美人だ。殺される前にどうなるか見ものだな!」


 トムは作戦が成功したのが嬉しいのか、声を裏返らせた。


「私にとっては……」


 対して、ウルリカの声は静かになった。


「貴方たちがどうなるかって方が見ものだわ」


 その口調に、一切の焦りや恐怖は含まれていなかった。トムは一瞬黙ったが、すぐに強がりだとわかったのか再びにやつく。


「この状況で助かるとでも思ってんのか? 俺らは最強の盗賊団『ニコラウス』だぜ?」


 ニコラウス、か……王都でも耳にしたことがあるな。バティストも、そこに身を置いているのだろうか。いや、ここまで来ればバティストであろうとなかろうと、関係ない。高額の賞金首祭りだ。

 アベルはバスタードソードを抜いた。

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