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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
2章 公正のヴァンパイア
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19話 出会い(後編)

 アベルは慌てて吸血を止めた。女は首から血を流し、ぐったりとしていた。


「すまん、大丈夫か!?」


 肩を持ってゆさゆさと揺らす。二か所ある噛んだ跡からそれぞれ鮮血が一筋、防具の内側へ流れ落ちた。出血量はそれほどでもないのだが、問題は吸血量だ。アベルがひやひやしていると、女は虚ろな目を開けた。


「貴方……吸血鬼だったのね……」


 もはや言い逃れはできない。アベルは覚悟を決めた。しかし彼女が口を開いて出てきたのは、予想外の言葉だった。


「いいわ……それでも、一緒にいて……」

「え……」


 一瞬、言葉を失う。


「どうしてだ!? 俺はお前の血を吸った吸血鬼だぞ!」


 女はにこりと笑みを作った。


「外見じゃなくて中身。そう言ったのは貴方の方でしょう?」

「それとこれとは話が……それに」

「とにかく! この事を不問にするということで、今夜は私と供に寝る! ……いいでしょ?」

「……ああ」

「そうだ、傷口を隠しておかないと吸血鬼が街に居るってことで大騒ぎになっちゃうから、隠しておかないとね。上、脱ぐから手伝ってくれない?」

「ああ」


 すっかり言いなりとなったアベルは、レザーのベストを外した。肩の付近が赤く汚れたブラウスが目に入る。そして彼女に言われたわけでもなく、そのボタンを上から外し始めた。


「いきなり積極的になったわね……」

「そういうつもりじゃないから安心しろ」


 胸元が開いたブラウスをずりさげ、傷口に傷薬を塗る。


「そう言えば……お互いの名前言ってなかったわね。私はウルリカ・デュカス。貴方は?」

「アベル・フェルマー」

「素敵な名前ね」

「ありがとう」

「素直にはなったけど、無愛想は相変わらずね。もうちょっと楽にしてもいいのよ? ま、こんな美女の前で緊張するのはわかるけど」

「そうだな」


 アベルは淡々と答えながら、傷口に包帯を巻いていた。からかい甲斐がないとでも思っているのか、ウルリカはつまらなそうに頬を膨らませた。


「立てるか?」


 ブラウスのボタンを留め直し、外したレザーベストを拾い上げ、手を差し伸べる。引き上げられたウルリカは、ふらつきながらもどうにか立ち上がった。


「歩けそうか?」

「うーん……一人じゃキツいかも……」


 どさっとアベルの方へ体を預けるウルリカ。アベルは表情を崩さずに彼女を受け止め、肩を組んで歩き出そうとした。しかしそれなりに身長差があり、アベルは屈み、ウルリカは背伸びをすることを余儀なくされていた。アベルは荷物を前にかけ、ウルリカを背負った。


「適当な宿を見つけたら入るってことでいいか?」

「うん!」


 ウルリカは満足げに言った。一方アベルの心境は重苦しかった。無意識の吸血。しかも未遂ではないという事実がアベルを蝕んでいたのだ。

 また、彼女は外見ではなく中身と言ったが、この短い関わり合いで中身を判別できるとは思えない。それほどまでに気に入られているのだろうか。それとも、やはり彼女は敵で油断させる演技を行っているだけなのだろうか。

 後者だとしても、もはやアベルに疑う権利はない。吸血行為によって自分は吸血鬼です、と堂々と主張してしまったのだ。襲われても……最悪、殺されても文句は言えまい。


「アベル!」


 耳元で大声を出され、アベルは顔をしかめた。


「何だ?」

「ぼーっとしてたけど大丈夫!?」

「……ああ」


 憂鬱なのは精神的なものだけあって、肉体的には寧ろ力がみなぎるようである。これもやはり、人間を吸血した効力なのだろうか。もしそうだとしたら、今後も定期的に人間から血を吸わなければならなくなる。そう考えると、アベルは更に憂鬱になるのであった。

 路地裏を抜け、大きめの通りに出る。彼女と出会った酒場のあった通りほどではないものの、多くの人間が行き交っていた。

 アベルは通りをざっと見渡し、「YADO」と書かれた札が掛けられた、三階建ての建物を目指した。


「アベルはさ……旅人よね? どうして旅しているの?」

「人を探しているんだ」

「女じゃないよわよね?」

「ははは」

「ははは、じゃなくて! もう、ちゃんと答えなさいよ」


 アベルが彼女を背負いながら歩いて気付いたのは、道を行く人々の視線の数だった。特に男性の視線は顕著なもので、追い抜いた後もちらちらちらと、何度もウルリカをちら見した。


「なんか私たち、すっごく注目されてるわね」

「注目されるのは避けたいんだが……」


このざまでは仕方ないだろう。何せ、背中にいるのは絶世の美女なのだ。そんな美女が男に背負われていれば、民衆の関心はうなぎ上りである。

同時に「野郎、いい思いしやがって」といった声も飛んできた。アベルはつっかかられませんようにと祈りながら、宿へと着実に歩を進めた。ウルリカはまだ何か言いたげにしていたが、人の波にもまれる内に話す気をなくしたのか、黙ってアベルにしがみついていた。


 

 無事宿についた二人は同部屋を希望し、三階の部屋で泊まることになった。アベルはウルリカを降ろし、鍵を開け、照明を点けた。室内の照明には大きく分けて二種類ある。一つはロウソク、もう一つはランプ。ランプの燃料として魔力が用いられると「魔法光ランプ」と呼ばれ、この宿はまさにそれだった。油を使わないため費用もかからず便利だが、魔法使いとしての実力がないと照明用の魔力を維持することは難しい。そのため室内の魔法光照明は一時間、長くても二時間しか持たないのが普通である。

 鈍く光沢を放つこげ茶の柱の先に、魔法光ランプは取りつけられている。傍の壁には「点灯時間一時間」と黒インクで書かれた羊皮紙が貼ってあった。

 部屋が淡い橙色に照らされるなり、ウルリカは靴も履いたまま、ぼさっと羽毛を潰す音を立ててベッドに飛び込んだ。


「いたぁっ!?」


 傷口に響いたのか、涙目で首筋を押さえるウルリカ。アベルはテーブルに荷物を置き、奥側のベッドに腰かけた。


「ねえ、アベル」


 ウルリカはうつぶせに寝ころんだまま、顔だけをアベルに向けた。


「さっきの質問だけど……その人が何処にいるか見当はついているの?」

「いや、まだ」

「そっか……じゃあ、どうやって探すつもりなの?」

「とりあえずこの街に身を置いて情報を集めるつもりだ。酒場が理想だが、さっきのは時間と場所が悪かったな」

「その人って有名?」


 アベルは答えなかった。ウルリカは大げさにため息をついた。


「はっきり言わせてもらうけど、そんなんじゃ百年かかっても見つからないわよ」

「なんとかなるさ。それよりも、本当に首の傷は大丈夫なのか?」

「ええ。まだちょっと痛むけど、平気よ」

「よかった」


 しばし、二人の間に沈黙が訪れた。先に破ったのはウルリカだった。


「ねえアベル、さっきは一晩だけと言ったけれど……やっぱりもうしばらく、一緒にいない?」


 アベルはぎこちなく首を縦に振った。もしここで断りでもすれば、彼女が部屋を飛び出して、宿のロビーで「吸血鬼がいます!」と大声で叫ぶだけで即、正体が明らかになってしまう。それ以前に、勝手に吸血したという罪の意識が拒否を許さなかった。


「言っておくが……いつ吸血の衝動が起きるのかは俺ですらわからない。つまりお前はいつ血を吸われて死んでもおかしくないってことだ」


 ウルリカは唾を飲んだ。さすがの彼女も躊躇しているらしい。そのことにアベルは少しほっとした。


「でもアベルって、人の血を吸わない吸血鬼よね」

「正確には吸わない主義の、だな」

「今まではどうしていたの?」

「魔物や動物の血を吸っていた。あと……一時期は仲間の血を分けてもらっていた」


 アベルはエルフの村にいたことを思い出す。いや、エルフの村の外と言った方が正しいか。エクソシズムドラゴンを倒す下準備をするため、アベルは二人のエルフと十一日間過ごした。中でもヴァンという名のエルフは吸血鬼について知識があり、吸血鬼は定期的に人の血を吸わなければ吸血衝動が起きることを知っていた。そこで彼は、毎日少しずつ自分たちの血を提供すると提案した。

 アベルは気乗りはしなかったものの、衝動が起きて血を吸い尽くすよりはマシであると、「絶対に人の血は吸わない」というポリシーを曲げ、毎晩僅かながらの血を頂いた。そのおかげか、ここ数日は平穏に過ごせている。


「じゃあさ……毎日、ちょっとずつ私の血を吸っていいわよ。それなら衝動が起きて、吸い尽くしてグールにしちゃうことなんてなくなるでしょ?」


 それはアベルにとって、これ以上とない提案だった。


「……そうさせてくれれば、助かる。でもやっぱり腑に落ちないな……どうしてウルリカは、初対面の俺にここまでしてくれるんだ?」

「一目惚れじゃあ、理由として不十分なの?」

「……十分、かも、しれない」


 自分のどこに惚れる要素があったのかとアベルは色々考えたが、何も思いつかなかった。強いて言えば背が高いところだろうか。

 

「ウルリカはどうして旅をしていたんだ?」

「そうね……世界を知りたかったから、かな」


 ウルリカは恥ずかしそうに続けた。


「私の故郷は。農作物も満足に取れるし、魔物が現れても対抗できる自衛力もあって、経済面も良好……そこなら、平穏な一生を送れると思ったわ。でも、そこで何十年と生きられてもつまらないと思ったの。世界にはもっと色々な人や物や景色があるのに、それを知らないで死ぬなんて。凄く人生を損している気がしない? だから私は同じ考えを持つ友達と、ついに旅立った! ……結局友達は死んじゃったんだけどね」


 ウルリカは枕に顔をうずめた。アベルは静かに彼女に近づき、手を出した。


「……何?」

「握手だよ」


 ウルリカは顔を上げて、不思議そうにその手を見つめていた。


「握手……?」

「知らないのか? 相手に好意を示す時にやるやつだぞ」

「それは知ってるけど……」


 おそるおそると、細い指がアベルの掌に触れる。アベルは彼女の手を強く握りしめると、彼女も握り返した。


「いつまで一緒かはわからんが……これからよろしくな」


 ウルリカは微笑んだ。


「よろしくね、アベル」

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