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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
1章 高貴なるエルフ
18/29

犠牲と悪

「お前……保守派だったのか。いや、そのジジイを攻撃したということは……革新派? 二重スパイということか」

「まあ、そんな感じだな」


 人を殺した直後にも関わらず、テオは酒場の時と同じ調子で飄々としていた。


「お前は……保守派として、変装して革新派に潜り込んだ。しかし裏では革新派と繋がっていた……と考えて間違いはないのか?」

「ああ。裏と言っても、俺の正体を知っているのはオーギュストだけだがね」

「どうして、保守派に入る必要があった?」

「結界だよ。村結界の管理の全権はロランド村長……すなわち保守派のトップにある。その側近となれば、こちらに村結界の権利が委ねられる。アベルは気付いているかもしれないが、エルフの村には魔力探知結界だけでなく、迷いの結界がはられている」

「どうりで、ヒューマンはエルフが何処に住んでいるのかわからんわけだ」


 エルフを除いたあらゆる生物は迷いの結界へ入ると、必ず迷う。迷って、もといた道に戻される。いくら挑んでも結界がある限り村に辿りつくことはできない。そのため、たとえドラゴンと言えどエルフの村を襲うことは難しかった。アベルは、魔法が効かないと言われるファーフニルに結界が通じるのかという疑問を持ったが、今はそれほど重要ではないため口には出さなかった。


「そして俺は結界の一部を破り、ファーフニルと交渉し、ファーフニルを入れた」

「ファーフニルが来れば、革新派が力を強めると確信していたわけか……。だが、そんな大胆な真似をしてバレないはずがない」

「アベル、お前は勘違いしている。俺は結界の指揮を行っていた。結界の管理は数十人で行うんだが、その中には元革新派もいてな。そいつが結界を破ったことにすれば、俺にはお咎めなしだ」

「その元革新派はどうなったんだ?」

「殺されたよ。結界破りは大罪だからな」


 さらりと言ってのけるテオドール。


「テオドール……お前……そいつを犠牲にしたってのか?」

「おいおい、元革新派とは言え保守派だぜ? あいつは敵だ。敵を殺してでも目標を達成するのが戦いだ」



 アベルは後悔した。

 俺は間違っていた、と。



 保守派? 改革派? 俺は本来どちらでもないはずなのだ。それなのに、気付けばまるで革新派の一員であるかのような立ち回り。


 命の恩人だともてはやされ、舞い上がっていたのかもしれない。

 ソレーユの涙の理由に情が移ったのかもしれない。


 ともかく俺の「人殺しの魔法使いに制裁を加える」という目的は、いつの間にか「エルフの問題を解決する」に変化してしまっていた。


 違うだろう。エルフの問題なんて、俺にはちっとも関係ないじゃあないか!

 エルフが村から出ようと、閉じこもっていようと、俺には利益も不利益もない。


 殺人は許されざることだ。しかし当人達には事情がある。悪が善を倒すという単純な関係ではない。悪と悪のぶつかり合いだ。どちらが正義かなんてわからない。わかるはずがない。どちらも、自分が正義だと信じているのだから。


 俺はそんな中にずかずかと入りこみ、己の正義を振りかざした。


 結果、二人のエルフを殺した。


 一歩引いてみれば、悪と悪が争っている中、また別の悪がやってきて好き放題やった感じだ。


 悪魔とは、自らの利益のために他人を犠牲にする。

 ブーメランは見事な曲線を描き帰って来たようだ。

  

 最早俺は悪魔ですらない。馬鹿な悪魔だ。馬鹿で阿呆で愚かな悪魔。

 生きている価値なんてあるものか、死んじまえ死んじまえ。

 だが、生きなければならない。



「しかしアベルよ……どうして俺らの味方をしてくれたんだ?」

「さあな」


 アベルは痛みを堪えて立ち上がった。


「何処へ行く? 村へ戻って祝杯をあげれば良いじゃないか」

「エルフに取り入るのは……もうやめだ」


 ふらふらと村と逆方向に進むアベル。


「俺は間違えていた」


 そう言い残し、アベルは木の根をまたごうとしたが、痛みでその場に膝をついた。


「おっと、大丈夫か?」


 テオが肩を貸そうとしたが、アベルはそれを払いのける。


「お前……これからどうするつもりだ?」


 アベルは樹の幹を背に座りこみ、訊いた。


「俺は、ファーフニルと戦う」


 そう言うテオドールの横顔には、昨晩、酒場で見せた時の真剣さが蘇っていた。


「革新派のテオドールは偽りの顔。本当の俺は保守派を裏切った。そんな俺に居場所なんてない。だからせめて、エルフに犠牲を強いた報いを受けるためにも、ファーフニルと戦う」

「お前ひとりで勝てると思っているのか?」

「いいや、全く」


 アベルはじっと土を見下ろしていた。彼が見ていたのは土ではない。土よりも下、或いは全く別にある、どこか遠いところを見ていた。

 

「……お前じゃ絶対に負ける」


 テオドールは笑った。構わない、寧ろ負けるつもりだ。と言いたげな曇りのある笑いだった。


「俺も戦おう」

「エルフに取り入るのはやめるんじゃなかったか?」

「俺が取り入ったせいでテッサには迷惑をかけてしまったし……二人も殺してしまっているからな。だが、正真正銘、これでエルフに関わるのは最後だ」

「それに、テッサを助けなくてはならない。そうだろ?」

「そうだな」


 いつか交わしたように、二人は互いに口元をほころばせた。


 ファーフニルが所望した今月のエルフは、テッサ・ベルナディスである。何故、ソレーユがオーギュストと共に街へ向かったのか? それを何故、内密に決行したのか? ソレーユは何としてでも、テッサを救いたかったからだ。テッサを救うためにオーギュストに取り入り、革新派が気軽に集まれる酒場を提供した。何故オーギュストが彼女の意思に応じたのかまではわからない。


(ソレーユの容姿、性格の美しさに魅了されたのかな)


 などと、アベルは無粋なことを考えていた。


「倒せる見込みはあるのか? やけに自信ありげな顔をしているが」

「ある」


 アベルの背中から、漆黒の翼が生えた。竜巻に巻き込まれた時は出なかったが、何故か今度はできた。

 次に、指を上に向ける。爪が伸びた。


「この通り、俺は吸血鬼だ。魔法は使えない。……しかし、どうしてわかったんだ? さっき、俺を吸血鬼だと言っただろう」

「サーチで見つけた魔力は村長のものだけだった。にも関わらず、村長は殺されていた。テッサが殺ったとは考えにくいから、必然的にお前となるわけだが、普通の人間が村長を倒せるはずがない。そして背中がガッツリ破けているお前の服を見て、吸血鬼と確信したわけだ」

「なるほどな。背中さえ見れば一発でわかるってわけだ」

「おい、おい。前半の俺の推理はどうなったんだよ」

「どうだっていい……それより、一応俺らはファーフニル討伐のチームとなったわけだから、回復魔法をかけてくれ」


 テオドールはキュアーの魔法をかけた。アベルの傷は深いものもあり、全てが完治とまではいかなかったものの皮膚の大部分が肌色に戻った。凄まじい治癒力だ、とテオドールは驚いた。


「なあアベルよ、お前は魔法を使えないと言ったが、テッサに魔力供給をしていたな?」

「ああ、それか。どうやら俺には魔力があるらしい。吸血鬼になった影響かな」

「それを俺にやってみてくれないか?」


 差し出されたテオの手を握る。テッサに魔力供給した時は、殆ど勢いだった。たまたま前日読んだ魔法に関する書物に書かれていた内容を実行してみたらうまくいったのだった。


「……来ないぞ」

「あれ、おかしいな。素肌に触れていればいけるはずなんだが」

「ふむ、どうやら魔力切れだな。それも、完全に空だ」


 テオは手を離した後も、ぶつぶつ何かを呟きながらその手を見つめていた。


「どうかしたのか?」

「アベル。お前の魔力の溜まり方は、普通の魔法使いとは違うタイプだな」

「違うタイプ?」

「魔力って言うのは、息を吸ってるだけで自然に溜まっていく。溜まる量も速さも人それぞれだな。だがお前の場合は、魔力を自力で生成することが出来ない」

「つまり?」

「お前は誰かから奪うことで魔力を得る吸収型だ。吸血鬼に限らず、スライムなんかの一部のモンスターもそうだな。多分、以前血を吸った相手の魔力を吸い取ったんだろうな」

「一度だけ、ヘルハウンドの血を吸った」

「それだな。そしてテッサへの魔力供給でその分を使い果たし、空になったってことだ」


 テッサは村長にキュアーをかけた後「もう空」と言っていたのにも関わらず、数分後には強靭なマジックバリアをはっていた。彼女は魔力の回復が速い体質なのだろう、とアベルは思った。


「あとこれは自動生成型と吸収型の両方に共通することだが、誰かから魔力供給をもらったり、魔力を含む草を食べたりしても魔力は得られるな」

「なるほどな。ところで、魔力があるってことはイコール魔法が使えるってことではないのか?」

「魔力を持つのと、魔力を排出するのは全く別のことだから難しいだろうな。だが、不可能じゃない」

「できるのか」

「可能性として、な。もっとも、ファーフニルの前では魔法など無意味だが」

「完全に無意味ってことはないだろう。回復魔法とか、体を軽くする魔法とか、ブレスを防ぐ魔法とか、直接効かなくても色々あるだろう」

「いや、エクソシズムドラゴンにはあらゆる魔法が通じない。と言うには、語弊があってな。正確には『あらゆる魔法が発動できない』んだ」

「何……?」

「エクソシズムドラゴンは魔力を排出できなくする、『禁魔煙』を常に放出している。だからエクソシズムドラゴンに魔法で攻撃しようとも、防御しようとも、そもそも魔法が使えないんだ」


 モンスター大全にはそんなこと書いていなかった、とアベルは内心憤怒した。

 

「範囲は?」

「半径一キロほどかな」

「広いな……」

「それでも、迷いの結界の範囲よりは狭いから、エクソシズムドラゴンが結界を停止させてエルフの村に入ってくるような事はない」

「なるほどな」


 アベルは腕を組み、しばし考え込んだあと、いきなり大声を出した。


「じゃあてめー役に立たねーじゃねえか!」

「一応、弓があるんだが」


 アベルはテッサの風魔法で岩を避けた時のように、テオドールの補助に期待していた。


「……まあ、仕方ない。できねえもんはできねえと割り切るしかないな。とにかく、作戦を考えよう。ファーフニルがテッサを喰らうのは月末だから……11日後か」

「勝つ見込みはあるのか?」

「負ける勝負なんざ鼻から挑まねえよ。これだけ猶予があれば、充分だ」


 テオドールは思わず唾を飲んだ。自分よりも何十と下の青年が、歴戦の将軍のように見えたのだ。

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