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適当にドレスを選んで以来、ギルバートとトマスの仲は冷え冷えとしていた。
トマスは必要最低限の事しか口を利かないくせに、時折物言いたげな視線をギルバートに向ける。ギルバートはそれに気づきながらも、全て受け流し黙殺した。
だいたい、エミリとて侯爵家の娘だ。ドレスが気に入らなければ適当な理由をつけて、自分のドレスを着るはずだ。まるごと違うものではなく、ショールでごまかすなり贈った宝石だけ活かすなりするだろう。そんな風に心の中で何度もトマスに反論し、ギルバートはただひたすら仕事に没頭した。
そんな日々も今日で終わり。
夜会の支度をして目の前に立ったエミリを見て、トマスは首を傾げた。
彼女にはまったく似合わない紫と赤のドレス。体の線をくっきりと映しだすピタリとしたデザインは、艶めかしいと言うより下品な印象だ。それに、ドレスにまったく似合わないチープな宝石もいただけない。ただ大きいだけのフェイクダイア。散りばめられたビーズが哀愁を誘う。
一目見て、自分が適当に選んだ衣装そのままだと分かった。
しかし、何故エミリは何のアレンジもせず、この衣装を身につけたのだろうか?
頭は悪くないエミリならば、この衣装がまったく夜会に向かないとすぐに気づいたはずだ。
それとも、ギルバートに異を唱えず完全服従を示しているのか?
いや、それも違う気がする。
俯いているエミリの表情を見ることはできない。
ギルバートは、何の含みもなく本心から疑問をぶつけた。
「何故、その娼婦のような装いを?」
単純に、疑問だけだった。
軽い気持ちで口にした言葉だった。
しかし、ギルバートの言葉を聞いたエミリは、一度弾かれたように顔を上げ、そして再びうつむいた。
一瞬、彼女の目に涙が光るのに、ギルバートは気がつく。
「……、申し訳、ございません……」
エミリは震える小さな声で告げ、一歩後退した。
何を謝るのか理解できないギルバートは、混乱してエミリを見る。
彼らを囲むように控えている使用人達も、ギルバートの後ろに佇むトマスも、誰も、何も言えなかった。
「申し訳ございません……っ」
静寂を破るようにエミリは叫び、くるりと体を反転させた。
「そ……」
ギルバートが疑問を挟む余地もない。
彼女はそのまま、王宮の奥へと走り去った。
何がどうなったのか。
全くわからない。
呆然と立ち尽くすギルバートの前に、エミリの侍女リリーが進み出た。
「あんまりでございますっ」
「え?」
どうやら、リリーはひどく怒っているようだ。
「リリー、控えなさい」
興奮したリリーをトマスが諌める。
しかし、リリーは止まらなかった。
「あんまりでございます、陛下。エミリ様の事情を何もわかってくださらない。そこまでエミリ様を追い詰めて、何が楽しいのでしょうか。エミリ様は、あのドレスを着る他なかったのです! それを、あんなお言葉で……!」
「リリー、おやめなさい。これ以上は、不敬罪で処罰の対象になりますよ」
トマスがギルバートをかばうように、二人の間に入り込んだ。
「……」
リリーの声が止む。
彼女の顔は見えないけれど、ギルバートには、リリーが『不敬罪でも構わない。こんな王様に、仕えることはできない』と、はっきり決断した気配が伝わってきた。
「王妃様が心配です。リリー、お側に行ってあげて下さい」
「……、はい」
トマスの説得に、ようやくリリーがその場を立ち去る。
また、場がしんと静まり返った。
「トマス、お前はあの侍女が何を言わんとしたか、知っているんだな?」
ギルバートは、確信を持ってトマスに問うた。