7
夜会まで10日を切った。
ところが、ここ2日ほどエミリの朝の訪問がない。
せっかく自分が誘ったのに、音沙汰がないとはどういう事か。
今までさんざんエミリの誘いを断り続けてきたギルバートは、自分の事を棚にあげもやもやとした思いを抱きながら毎日を過ごしていた。
もっとはっきりと喜んでくれると思ったのに……。
ギルバートは今日何度目かのため息をついた。
「ギルバート様、お寂しいのは分かりますが、手が止まっていらっしゃいます」
トマスの言葉に慌てて筆を執り、ギルバートは顔をしかめた。
「寂しい? 勘違いしてもらっては困る。私は、別にエミリが居ても居なくても興味がない。むしろ、静かで落ち着くくらいだ」
「……、別にエミリ様の事を言ったわけではありませんが」
「なっ……」
簡単に引っ掛かった事に、かっと血が逆流する。
しかし、トマスはギルバートの厳しい視線を無視して、ファイルを取り出した。
「冗談はさておき、エミリ様にドレスと宝石類を贈る準備をしてください」
「はぁ?」
「いつ指示があるのかと待っていましたが、もう待てません」
冷ややかなトマスの視線に気づかぬふりをして、ギルバートはそういえばと考えた。夜会に誘ったのに、エミリにドレスを贈っていない。むしろ、今までプレゼントもしたことがない。
エミリはそんな自分に飽きもせず話しかけてくれたのだ。
彼女の辛抱強さに改めて気付かされる。
素直にファイルを受け取ったギルバートを見て、トマスはほっと息をついた。
「ようやくエミリ様に向い合って下さいますね」
しかし、図星を突かれギルバートはカッとなる。
結局部下の思い通りに事が運んでいるのが非常に気にくわない。
「これからはエミリ様のこと、大切になさってください。軒並み王妃の名乗りを断られ、エミリ様だけが王のもとへ来て下さったのですから。例え、ギルバート様に想い人がいるという不穏な噂があったとしても来て下さった、それはご立派な……」
「私は王妃を迎えたこと、何一つ納得していないが?」
気づけばギルバートは、たらたらと話し始めたトマスの言葉を強い口調で遮っていた。
「確かに彼女は頑張っているな。それは認めようか。だがそれだけだ。愛していない女に言い寄られる身にもなってくれ。毎日断り文句を考えるだけでうんざりする」
言いながら、じくじくと心が痛む気がした。
「ギルバート様?」
咎めるように名前を呼ばれて、醜く口の端が上がる。
自分でもひどい顔をしているのだとわかった。
「ドレス? 宝石? 贈れば良い。ただ、どうでもいい女に贈るものを吟味するほど暇じゃない。コレとコレと、コレで決まりだ」
ギルバートはまったくファイルを見ずに、適当にめくったページのドレスや宝石を指さした。
「おやめ下さい、王。王妃が着るドレスです。もっと慎重に……」
「うるさい。これは決定事項だ」
まるで羽虫を払うような仕草をしてトマスの言葉を遮り、ギルバートは手元の呼び鈴をかき鳴らした。
すぐに数名の女中が現れる。
何か喚くトマスを無視し、適当に選んだドレスをもう一度指差しエミリへの贈り物とするように指示を出した。
エミリのことが絡むと、どうにも素直になれない。
ギルバートは苦々しい思いでため息をついた。