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テーブルに並べられたスコーンを眺めて、ギルバートは不思議に思った。
菓子職人を変えたのだろうか?
それとも、仕入先の手違いか。
小ホールで用意されていたティーセットは、驚くほど……、
庶民的なものだった。
いや、もっとはっきりと表現するなら、見た目は粉の塊でところどころ焦げが見える。
とてもスコーンには見えない。
けれど、エミリのそばに控えている侍女は何も言わない。
紅茶を給仕に来た使用人も、焦げたスコーンのようなものの事には一切触れなかった。
「どうぞ、トマスもお座り下さい。リリーも、座って」
エミリが声をかけると、エミリの侍女リリーがギルバートにペコリと頭を下げ着席した。
「失礼します、エミリ様」
トマスも、ギルバートの斜め横に静かに座る。
ギルバートは、目の前のスコーンについて何も感じないのかとトマスに必死の視線を送った。しかし、トマスは主の視線を受け流し、普通の茶会のように振舞った。
「それでは、改めまして、いらっしゃいませギルバート様。まだあまり上手くはありませんが、今スコーンが焼けたところなんですよ。お口に合わなければ、無理せず残してくださいね」
「はあ、なるほど」
エミリの説明でようやく合点がいって、ギルバートは間抜けな声を上げた。
どうやらこの焦げた粉の塊はエミリが作ったものらしい。
どうりで、誰も何も言わないはずだ。
「大丈夫ですよ、エミリ様!! 今日のスコーンは、生地の色が割りと綺麗に仕上がっています」
ぐっと手を握りしめ、侍女のリリーがエミリに声をかけた。
つまり、エミリは何度かスコーンを焼いた、と言う事か。
「そうかしら、良かった」
エミリが嬉しそうに微笑む。
(……いや、素直に喜ぶ言葉じゃない)
流石に口に出さず、ギルバートは心の中で呟いた。
しかし、エミリは上機嫌で茶会を開始した。
まず紅茶に口をつけ、周囲を観察する。
エミリとリリーはスコーンのできについて、色々やり取りしている。
どうやらこの一月で随分打ち解けたようだ。
驚いたのが、トマスだ。
焦げたスコーンらしきものを、優雅に食べている。
焦げた部分もどんどん口に入れるトマスはまるで英雄のようだった。
「まぁ、トマス、無理をしないでね? 残していいのよ」
黙々とスコーンを食べるトマスに、エミリが声をかけた。
残して良いとのことだが、エミリの表情は明るく、ギルバートにはエミリがトマスを眩しく見つめて居るように感じた。
やけに親しげなエミリとトマスに、何故か急に腹が立つ。
ギルバートはイライラとしながらスコーンを口に放り込んだ。
仄かに甘い。が、それ以外は全く評価できなかった。
ただの粉の塊だ。最初の見た目の評価は間違ってなかったのだ。
けれど、ギルバートは自分に出されたスコーンを食べきった。トマスもそうしていたし、負けたくなかった。
ギルバートがスコーンを食べると、面白いようにエミリの表情がくるくると変化した。
彼女が何を言って欲しいのか、ギルバートも気づいていた。しかし、今まで冷たく断ってきた身としては、気軽に声をかけてはいけない気がした。
きっとエミリには裏表がない。
まっすぐギルバートを見る瞳。それが全てを物語る。
急にいたたまれなくなって、ギルバートはスコーンを食べる手を止めた。
「何故……」
ギルバートは考え言葉を探した。
「何故君は、毎朝私を誘う? 私はきっとこれからも君の誘いには乗らない」
「……それは」
エミリも手を止め、やはりまっすぐにギルバートを見た。
「せっかくご縁あって私はここに嫁いで来ました。だから、せめて仲良く居たいのです」
「……それは、必要か」
「ではお伺いしますが、何故わざわざいがみ合う必要が? 毎日笑って暮らすほうが、私は良いです」
それは、ギルバートの心情を無視した偽善だと思った。
そして同時に、その偽善を信じて疑わないエミリを凄いとも思った。